M&Aをする際には相手企業の価値を見極めるためにDD(デューデリジェンス)を行う。テラドローン社長の徳重徹さんは「UniflyのDDでは、赤字を止めるには早急に企業改革が必要であることがわかった。
そしてある理由から社長のレオンのクビを切らざるを得ないと判断した」という――。
※本稿は、山口雅之『常識を逸脱せよ。日本発「グローバルメガベンチャー」へ テラドローン・徳重徹の流儀』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■日本の大手企業がM&Aで失敗する理由
ベルギーに拠点を置く運航管理システムプロバイダーのリーディングカンパニーであるUniflyの株式シェア25%取得後、徳重はすぐにデューデリジェンス(DD)の準備に取り掛かる。最終的に子会社化に必要な51%を獲得するには、まずUniflyの価値やリスクを正確に把握しておかなければならないからだ。
ただ、海外企業のDDは楽ではない。別のところでも触れたが、相手は自分たちにとってマイナスになるような情報は隠したり、過小に見せようとしたりする。その結果生じる情報の非対称性をそのままにしておけば、企業価値を正確に判定できない状態でM&Aが成立しかねない。
日本の大手企業がしばしば海外M&Aで高値づかみをしてしまうのは、それだけDDが難しいということの裏返しだといえる。
一方、スタートアップながら、海外M&A経験が豊富なテラドローンは、ケガをしても致命傷にはならないよう、相手の会社をできるだけ安く買うという制約を自分たちに課しており、そのために毎回ほぼ自前でDDを納得できるまで行うという方針を、これまでとってきている。
今回はどのようなDDを行ったのか、ここはテラドローン執行役員であり、運航管理事業本部の責任者である植野佑紀に話を聞いてみよう。
【植野佑紀】
2021年9月の取締役会ではテラドローンが25%の株式を取得することに加え、他の株主が株を売却する際はテラドローンがそれを買い取る。
それからUniflyのDDを行う権利も認められました。
そこから入念な準備をして、11月から本格的なDDを始めます。経営陣やキーとなっている社員との個別面談や飲み会です。こちら側は徳重と私、それから当社の技術開発担当の3人が出席し、こちらが用意した質問に答えてもらいます。
その後はドイツ政府の航空管制サービスプロバイダーであるDeutsche Flugsicherung GmbH(DFS)や創業者など大口の株主たちと時間をかけて議論をし、何がUniflyの課題なのかを明らかにしていきます。その結果、翌年の1月にはひとつの仮説にたどり着きました。
いまのままでは赤字が止まらず会社はもたない。早急に企業改革を行う必要がある。しかし、現経営陣にはそれを断行する気も能力もない。したがって、Unifly存続のためには社長のレオンを解雇すべきである。
DDの結果を見て私たちは、こう判断したのです。
■社長の解雇を決めざるを得なかったDDの結果
文字にするのは簡単だが実際これを行うには、相当な体力と気力が必要だ。
ましてや対する社員は全員欧米人で場所は完全アウェーのベルギー。しかもコロナ禍真っ最中ときている。
並大抵のミッションではない。だが、これをやりきっている。こんなことをやられたら向こうだって、その本気度を認めないわけにはいかないだろう。そして、出した結論が、最初に味方に引き入れたレオンの解雇とは驚きである。ここはぜひ徳重にその真意を聞いてみたい。
【徳重徹】
テラドローンがUnifly株式の25%を取得できたのは、ある意味レオンのおかげです。だからすごく感謝はしています。
一方で、Uniflyの経営を立て直して黒字化するという次のステップに、私たちは直ちに進まなければなりません。最初はレオンと組んでこれをやろうと考えていました。Uniflyはこのままでは未来がないから、無駄を削って利益が出るようにしよう。
リストラも避けて通れないぞ。
ところが、こういう話をレオンにしても、彼はそれを受け入れようとしないのです。自分が採用した社員をクビにするなんて冗談じゃない。そんなことより新しい事業の計画があるから、逆にもっと社員を採用したいと、現実にそぐわない話ばかりしてくる。新規事業をやるにしてもそれは黒字化した後だと説明しても、いや売上はこの先伸びるから心配要らないとまるでかみ合いません。
レオンは、コロナ禍で売上がないのに分不相応な広い事務所を借りて平気で高い家賃を払い続けるなど、もともとコスト意識が希薄なところがありました。それじゃダメだと2カ月も3カ月も説得を続けても、一向に考え方を変えようしないのです。
挙句の果てに、日本円で3500万円くらいもらっていた自分の給料を5000万円にすると言い出す始末。さすがにこれを聞いて、私も匙を投げるしかありませんでした。たぶん彼は、日本からお金が入るから楽になるということしか頭になくて、その前にリストラすると言われるとは予想だにしていなかったのです。それで、これはもう辞めてもらうしかないという結論に達したのです。
■嫌な仕事は部下任せにせず自分が手を下す
たとえ恩義があっても自分たちがこれから進めようとする改革の足を引っ張るようなら、クビを切るのもやぶさかではない。
泣いて馬謖を斬るとでもいったらいいのか。
実は、徳重は情に厚い男だ。たとえ経営陣や社員が失敗してもファイティング・スピリットを失っていないなら、何度でもチャンスを与える。そういう懐の深さが徳重にはある。
だから、恩人のレオンをクビにするという決断はつらかったはずだ。誰だって嫌われたくはない。いい人だと思われたい。しかし、それを優先すれば歩みが鈍る。自分がどこに向かって進んでいるかを片時も忘れないというのも、経営者としての徳重の特質のひとつだ。
さらに、嫌な仕事は部下任せにせず自分が手を下すことで、きちんとけじめをつける。それができるリーダーなのである。
【徳重徹】
レオン、お前じゃ社長は無理だ。
悪いけど辞めてくれ。
こう言って、ああそうですかと納得してくれるなら楽ですけど、そうは問屋が卸しません。クビを切られるほうは収入の道が途切れるし、プライドも傷つくのですから、必死で抵抗を試みます。
ましてやレオンはUniflyの社長に収まるまでに、いくつもの会社を渡り歩いてきた海千山千のビジネスパーソン。ケンカの仕方もよく心得ています。自分は徳重に騙された、テラドローンは俺たちの会社を乗っ取ろうとしている、いまからでも遅くない、あいつらを排除しろと他の株主たちに吹き込み始めたのです。
テラドローンが最初にUniflyにお金を入れて株を取得したのは2016年ですが、その2年後DFSに筆頭株主の座を奪われてから2年ほどは、経営陣と懇意というわけではありませんでした。2021年9月に株式シェア25%を認められナンバーワンに返り咲きましたが、他の株主たちとの信頼がそこまで構築されているかといったら、この時点ではまだ万全とは言い難かった。
片やレオンはというと、持ち前の口のうまさでそれなりに信頼されていましたから、株主たちもそれは疑心暗鬼にもなります。
中でも当社に次ぐ大株主のDFSは、Uniflyが赤字を垂れ流し続けていることに以前から懸念を示しており、私たちが進めようとしているコスト削減や経営陣の刷新なども理解してくれていました。ところが、そのDFSまでもがレオンにあることないこと言われ、このままテラドローンを信用していいものかと態度が揺らいできたのです。
だからといって、じゃあレオンを残そうという選択肢はもちろん私たちにはありません。
誤解を解くのはやはり話し合いです。DFSはレオンがカットされることで会社に対する他の役員たちの求心力も薄れ、組織が崩壊することを心配していました。
レオンがいなくても問題はない。その後は私たちがこうやって会社を立て直すから安心してほしい。そのことを納得してもらうために、私は植野とDFSの本社のあるフランクフルトまで、二度も三度も足を運ぶことになります。
創業者やファンドの代表者たちとは食事をともにしながら、レオンの主張は何が真実でないかを一つひとつ説明し、彼らの質問にも逐一答えていきました。最後は、もし経営陣の入れ替えに反対するならテラドローンは手を引く。そうなったらUniflyにはお金も入らない、それでいいのかと半ば脅すようなかたちで、なんとかこちらの主張を認めてもらった格好です。
こうして紆余曲折ありながらも水面下でレオンを指名解雇するという各株主の合意を得ることに成功すると、3月の取締役会でその決議をとることにしました。
■病院で点滴を打ちながら外国人社長を解雇
レオンの解雇劇には、さらにこの先に壮絶なエンディングが用意されていたと、テラドローン執行役員の羽渕毅が教えてくれた。
【羽渕毅】
レオンの指名解雇が決まる取締役会当日。もしここでレオンが逆襲に出て首尾よく彼を解雇できなかったら、その後のPMIのプランはすべて崩れてしまいます。だから、絶対に失敗できません。
さすがの徳重も珍しく緊張しているようで、定宿にしているAirbnbからUniflyに向かうタクシーの中でも、黙ったままずっと前を見つめていました。
日本との往復が続き、疲労もたまっていたのだと思います。車がUniflyの本社に到着し、エントランスの前に降り立った途端、突然徳重はその場にしゃがみ込むと激しく嘔吐したのです。
額からは汗が流れ顔色は真っ青、とても仕事の話ができる状態ではありません。そこからタクシーで病院に直行し点滴です。
そのまま入院となってもおかしくありません。というか普通の人なら当然入院でしょう。
ところが徳重は点滴を打ち終わると、どうしても役員会に出ると言ってきかず、いったんAirbnbに戻ってしまいました。
そして、すこし仮眠をとった後フルーツジュースを飲んで、取締役会にはオンラインで出席すると、レオンとの応酬にもまったくひるまず、最後はきっちりレオンに引導を渡したのです。
鬼気迫るものがありましたが、元気だったのは会議の間だけ。終わるとベッドに倒れるように眠ってしまいました。
自分の健康よりも仕事のほうが優先順位が上みたいな話ですから、いまの時代反発もあるかも知れませんが、とにかく徳重というのはそういう人間なのです。私利私欲がまるでない。尊敬しますが、なかなか真似はできないですね。
■世界のビジネスシーンで戦うために必要なこと
異国の地で体調を崩しながら外国人社長に解雇を言い渡す。これがビジネスパーソンにとって超上級のミッションであることは間違いない。徳重はこれをクリアしてみせた。本人の資質もあるのだろうが、やはりそれまでの経験によるところが大きいのだと思う。
徳重のように世界のビジネスシーンで戦えるようになりたいのなら、そういうことのできる環境に身を置くのがいちばん確実なのだろうが、日本で会社勤めをしていたらなかなかそんな機会はないはずだ。
そうすると日本人にはそんなことできないという発想にどうしてもなってしまう。植野や羽渕のように徳重と一緒にいて彼の一挙手一投足を間近に見られるなら、日本人だってこんなことができるというのが実感としてわかるから、日本人という属性が足枷や言い訳になることがない。
結果として人が勝手に育っていく。これもテラドローンの強さなのだろう。

----------

山口 雅之(やまぐち・まさゆき)

フリーライター

ビジネス誌、経済誌を中心に活動。単行本の執筆、映像台本も手掛ける。テレビ朝日21世紀新人シナリオ大賞優秀賞。著書に『一流の人の考え方』(日本実業出版社)、『塀の中から見た人生』(カナリア書房)。

----------

(フリーライター 山口 雅之)
編集部おすすめ