千葉県にある進学校の渋谷教育学園幕張中学校・高等学校、通称「渋幕」の研修旅行は生徒たちが現地集合し、グループごとに自由に巡り、現地解散する。教育ライターの佐藤智さんは「集合時間に間に合わないといったアクシデントも起きる。
それでも生徒を信じ、自己決定の場を与えるという方針が見える」という――。
※本稿は、佐藤智『渋幕だけが知っている「勉強しなさい!」と言わなくても自分から学ぶ子どもになる3つの秘密』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
■開校当初からノーチャイム制…「自調自考」が浸透
渋幕では開校当初からチャイムが鳴りません。だから、生徒たちは次の授業への移動時間になると、自分で時間を見計らって動きます。今でこそ、チャイムをなくす学校もちらほらと出てきていますが、40年前から「自調自考」の教育目標をすみずみまで浸透させ、ノーチャイム制をとってきた渋幕は稀有(けう)な存在でしょう。
卒業生の一人がこんなエピソードを話してくれました。
「前日に夜更かしをした私は、他の生徒の目につかない教室の窓際の一番後ろの席で授業中眠りこけてしまいました。ハッと目を覚ますと、教室には誰もおらず……! 別の教室で次の授業が始まっていました」
チャイムが鳴らないことによる、とんだ失敗談です。
しかし、本書をここまでお読みいただいた方ならばもうおわかりだと思いますが、こうした失敗も含めて、渋幕の学びです。
■教員が面白い授業をすることが大前提
化学の岩田久道先生はノーチャイム制は教員にとっても重要な意義があるものだと語ります。
「チャイムを気にせずに、急き立てられるような緊張がない中で、自分の学びに集中できる環境を作ることはとても重要です。一方で、『生徒たちがきちんと時間通りに授業に入れるのか?』と疑問に思う方もいるでしょう。

私の授業では教室から離れた化学室で実験の準備をしなければならないことも多く、生徒が時間通りに動くことはとても重要です。だから、生徒たちが自律性を持つことは欠かせません。とはいえ、そもそも生徒が授業に興味を持てなければ間に合わせようと思いませんよね。だから、当たり前に聞こえるかもしれませんが、私たち教員がおもしろい授業をする、ということが生徒たちが前向きに授業に向かうための大前提なんです」
■管理体制を敷くことに信頼関係はない
渋幕では昼休みにグラウンドでサッカーをして走り回っているような生徒も、5時間目の授業開始前にはきちんと戻ってくる。他校から移ってきた先生は、最初は驚きの目でその様子を眺めているといいます。
「一般的に、もし授業に間に合わない生徒が出れば、『昼休みは外に出てはいけない』などの制限をすぐにルール化しようとするでしょう。しかし、そういった管理体制を敷くことに信頼関係はないですよね。教員が生徒を信頼し、生徒もそれに応えるような、そんな関係性があれば対話をしながら結論を出せるはずです。渋幕で40年間ノーチャイム制が続いてきたのにはそんな背景もあると考えています」
ノーチャイムは渋幕のあり方を象徴する制度です。生徒は信頼されているからこそ、自律していくことができるのです。
管理ではなく、信頼をすることで人は育っていく――。渋幕は、そんなことを私たちに教えてくれているのではないでしょうか。

■研修旅行の「現地集合・現地解散」は渋幕の象徴
研修旅行の「現地集合・現地解散」を渋幕の象徴として挙げる生徒や卒業生も多かったです。
一般的な学校はグラウンドや駅に集合して、全員で目的地に向かい、全員で帰ってくるでしょう。さらに、自由行動があったとしても限られた範囲内でグループごとに活動することがほとんどだと思います。
それに対して、渋幕では生徒たちが現地集合し、グループごとに自由に巡り、現地解散して帰ってくる。研修先で深めたいテーマを出し、その関心が近いメンバーで班を組み、事前に生徒間で相談をしながら行き先を決めていきます。「私はここを見に行きたい」「僕はこのテーマでレポートを書くので、ここはおさえておきたい」とすり合わせをしていきます。こうした取り組みを中学1年生からスタートし、高校2年生まで繰り返します。
■どんなことでもまず議論して決める
ちなみに、研修旅行は、男女混合の班になります。「男女がフランクに協働できている姿に価値を感じます」と岩田先生はいいます。卒業生からも「男子女子の仲がいい」「そもそも男女をあまり気にしていなかった」といった声も挙がっていました。
卒業生はこの研修旅行の特徴について、「自分たちで計画を練るので授業外でも自然に話し合いをするようになります。どんなことでもまずは議論して決めようという姿勢は、渋幕の中で自然と育っていきました。
大学に入り、周りの友達が話し合いに慣れていないことを感じ、この環境は当たり前ではなかったのだなと実感しました」と振り返ります。
■逆算してスケジュールを立て、動く
生徒たちは研修先の現地でどのような体験をしているのでしょう。卒業生に尋ねました。
「長野県の研修旅行ではツキノワグマの害獣問題について学びを深めました。レポートをそのテーマで仕上げて、クラス代表発表をしました。自分の好きなことを研究していく楽しさに触れた経験だったと感じています」
「中学3年生のとき、『平城京の発掘をする』班に入って、実際に土器を掘り起こす体験をしました。他の班とは全く異なる行程で、ほぼ丸一日平城京でスコップを持って泥だらけになっていた。特別な許可がないと入れないエリアに入れてもらい、発掘のお手伝いをさせてもらえたことは今も鮮明に覚えています」
「中国に行った際は、芸術選択で書道を取っていたので『毛筆がほしい!』と思い、書道の先生に相談をして西安にあるお勧めのお店を紹介してもらって訪れました」
目的地をひとつに絞ることも、たくさん巡ることも、班の自由。生徒たちが全行程を考えて、逆算してスケジュールを立て、動きます。
その結果、「(たくさん巡りたいから)お昼は歩きながら食べよう」と目的遂行に邁進したり、「○班が集合時間に間に合わない!」といったアクシデントが起こったりします。
■何が良くて何が悪いかも自己判断
あまりにも自由なので、「どこからはNGなのでしょう?」と卒業生に質問すると、「何がよくて何が悪いかも自己判断です。もちろん最終的に怒られるようなこともあるんですが」と笑っていました。

自己決定には責任をともなうものです。もし、最終的に怒られるような判断をしてしまったとしても、それもまた学びとなります。
ご家庭でも旅行に行く際に、地図を渡して、午前中の過ごし方だけお子さんに任せてみる、などの機会を設けてみても楽しいですね。子どもに対して、「え! こんなことに興味があったの?」という発見があるかもしれません。それに、時間的な感覚を身につけるチャンスにもなります。
生徒を信じ、自己決定の場を与えていく。これが渋幕の研修旅行の現地集合・現地解散に込められている狙い。私たちもその試みから学んでいきましょう。
■カラースプレーで顔をペイントしても怒られることはない
行事や部活動に思い切り取り組むのも渋幕の特徴です。
大きな行事には、スポーツフェスティバルである「槐(えんじゅ)祭・体育の部」、文化祭である「槐祭・文化の部」があります。いわゆる体育祭に相当する通称「スポフェス」は2日間にわたって行われ、かなりの熱気。1日目は球技が中心、2日目がトラック競技中心となっており、副校長の深村誠先生曰く「学校の施設をフルに使って行うオリンピック方式」となっています。

クラスごとに、赤、黄色、青の3組に分かれていて、卒業生の話によると、当日は所属チームのカラーに合わせて髪の毛を染めてきたり、カラースプレーで顔をペイントしたりする生徒もいるそう。「おそらく保護者受けは最悪でしたが、先生から怒られることはありませんでした」と振り返っていました。
■大学入試ギリギリのタイミングまで高校行事に没頭
あらゆる行事が、生徒によって自由に運営されています。
「球技は、それぞれの生徒がどの競技に出たいかをクラスで話し合って決めていきます。バレーボールの試合に出る人、バスケットボールの試合に出る人というように、グラウンドや体育館に自主的に散らばっていきます。ちなみに、自分の出番がないときは、クラスの応援に行くのも、教室で休むのも自由。過ごし方を管理されることはありませんでした」と卒業生。
球技においてもトラック競技においても、先生から練習を指示されることはありません。そのため、卒業生の一人は「団結できたクラスとそうでないクラスで露骨に差が出ます」と笑っていました。
また、こういった行事に高校3年生の“大学入試ギリギリのタイミング”まで没頭することも渋幕らしさといえるのではないでしょうか。文化祭の開催時期をずらしたり高校3年生は行事には不参加としたりする進学校が多い中、渋幕では文化祭を2学期に実施し、全く強制はされていませんがほとんどの3年生が参加します。しかも、勉強の片手間ではなく、3年生になっても仲間同士で本気でぶつかり合い、寝る間を惜しんででも最高のものを作り上げようとします。

■楽しんで、かつ結果に結びつけてほしいという願い
こういった生徒主体の行事について、先生方は何を思うのでしょう。田村聡明校長は、「生徒がすごく楽しそうに取り組んでいることは純粋に嬉しいです。ただ、楽しく活動していればOKかというと、そういうわけでもありません。楽しんで、かつ結果に結び付けてほしいと願っているのです。外から見えやすい結果は、大学合格や成績ですが、それだけではなく、生徒自身が内面的な成長を実感したりソフトスキルを身につけたりといったことも含んでいます。難しいのは、たとえ同じ体験をしたとしても、生徒が何を受け取るかはそれぞれ異なること。まさに100人いたら100通りあります」と語ります。
「どんなことを受け取ったか」を生徒に尋ねたいが、面倒くさがられないようにグッとこらえて見守っているという田村校長。
先生方に見守られながら、思い切り、自身の打ち込みたいことに邁進している生徒たちの様子がありありと浮かび上がりました。

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佐藤 智(さとう・とも)

教育ライター

全国約1000人以上の教員へのヒアリング経験をもとに、現在は教育現場のリアルな情報をわかりやすく伝える教育ライターとして活動。両親ともに教員という家庭に育ち、教育の道を志す。横浜国立大学大学院教育学研究科修了。中学校・高校の教員免許を取得。出版社勤務を経て、ベネッセコーポレーション教育研究開発センターにて学校教育情報誌を制作。その後、独立し、ライティングや編集業務を担う「レゾンクリエイト」を設立。青森県教育改革有識者会議広報戦略チーム。著書に、『SAPIXだから知っている算数のできる子が家でやっていること』、『SAPIXだから知っている頭のいい子が家でやっていること』、『公立中高一貫校選び 後悔しないための20のチェックポイント』などがある。

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(教育ライター 佐藤 智)
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