性犯罪加害者の家族には何が起きるのか。『夫が痴漢で逮捕されました 性犯罪と「加害者家族」』(朝日新書)を上梓した精神保健福祉士の斉藤章佳さんは「家族が起こした性犯罪によって社会的不利益に見舞われ、精神的にも経済的にも苦痛を味わう」という――。

■加害者家族からの相談は母と妻で約8割
加害者家族がどのような支援を求めているのか、データからひもといていきましょう。
性犯罪に関する取り組みを始めてからの私のクリニックの受診者は、加害当事者が2572人(2006年5月~2022年3月)、そして家族が1012人(2007年7月~2022年3月)でした。ここで紹介するのは、加害者家族1012人へのアンケートの結果です。
まず、クリニックを受診した家族の内訳から見ると、母親が圧倒的に多く45%、妻が29%と、約8割を女性が占めています。父親は22%にとどまっていて、わが子の問題であるにもかかわらず、父親はなかなか相談に来ない傾向がその割合からもうかがえます。父親の不在については、で詳しく取り上げます。
クリニックの来院経路としては、インターネット(36%)や弁護士からの紹介(31%)がもっとも多く、合わせて7割弱です。その他にも新聞や雑誌、講演で知ったという人や保健センターからの紹介という人もいます。また、最近では警察から受診をすすめられるケースもあり、9%ほどになっています。
これは本書の第4章で詳しく解説しますが、コロナ禍前から、少年による盗撮事件(とくに男子高校生)が増加傾向にあります。そのような場合、逮捕時に警察が少年の母親に「これは病気だから専門医に診てもらったほうがいい」と助言したことからクリニックにつながるケースもあります。
■複数回の逮捕でようやく治療につながる
初診時の逮捕回数を見ると、初犯だった人は8%、2回目が21%、3回が37%、4回が19%、5回以上が15%となっています。
実刑経験がある者はだいたい「5回以上」に含まれます。
初犯時には治療につながる割合がかなり低いのに対して、3回目の逮捕では約4割が治療につながっているのはなぜでしょうか。
たとえば盗撮行為は従来、迷惑防止条例違反でしたが、2023年7月の刑法改正で性的姿態等撮影罪(撮影罪)が新設され、実質的には厳罰化されました。
ただ、今回のデータは刑法改正前のため、再犯を経ないと裁判に至らず、3回目の逮捕でやっと受診に結びついたというケースが多く、約4割という数字に反映されているのだと考えられます。
■刑法改正で「初犯で実刑」ケースも生まれる
一方で、刑法改正後は撮影罪(3年以下の懲役または300万円以下の罰金)の他にも、第三者に盗撮画像データを提供する「提供罪」(3年以下の懲役または300万円以下の罰金)、提供目的で保管する「保管罪」(2年以下の懲役または200万円以下の罰金)、そのような盗撮データを記録する「記録罪」(3年以下の懲役または300万円以下の罰金)、そしてそのデータを送信(ライブストリーミング)する「送信罪」(5年以下の懲役または500万円以下の罰金)が新設されました。
これらの併合罪が成立することで相応の厳罰化となり、クリニックに通院していた対象者のなかにも「初犯で実刑」というケースが出てきました。
加害行為の内訳は、痴漢が40%、次いで盗撮が26%、露出症が10%でした。子どもへの性加害(小児性愛障害〈ペドフィリア〉)が9%、下着窃盗(フェティシズム)が6%、強制性交(現・不同意性交)が3%となっています。
■一番の悩みは「誰にも話せない」こと
受診した家族に「何に一番悩んでいるか」を訊ねた結果、もっとも多かったのが「誰にも話せない」(297人)ことでした。
次に多かったのが「刑事手続がわからない」(199人)、「被害者への対応」(153人)、「事情聴取が苦痛」(139人)という回答でした。さらに「(インターネットを含む)報道被害」(129人)という回答も見逃せません。これは性犯罪の場合、すぐにインターネット上の掲示板などで加害者の個人的な情報や憶測が書き込まれ、拡散されてしまうためと考えられます。
また「外出できない」(83人)という悩みもありました。
加害者家族が求める支援としては、「相談できる場所・仲間」がほしいという声がもっとも多く、399人でした。これも、先の「誰にも話せない」という悩みと呼応します。
次いで「治療機関の紹介」(179人)、「弁護士の紹介」(117人)という声もありますが、これは今後、裁判を控えている家族が多いためです。
「身近な人からの支援」(108人)という回答もあります。事件が発覚したあと、知人や親戚など身近な人にも家族が起こした事件について相談できない窮状の裏返しともいえるでしょう。さらに「経済的な支援」(99人)「マスコミへの対応」(71人)など、現実的な支援の必要性もうかがえます。
このアンケート結果からも、加害者家族は家族が起こした事件についてさまざまな社会的不利益に見舞われ、精神的にも経済的にも苦痛を味わうことがわかります。
■アノニミティの尊重が大前提
クリニックでの家族会は、「母親の会」「父親の会」「妻の会」という3つのグループに分かれ、それぞれ月に一度開催されています。
家族会が行われる会場はクリニックではなく、近隣のビルの一室なのですが、これには理由があります。多くの家族は、事件のことやクリニックで治療を受けていることを知られたくない、クリニックの入口で他の人から目撃されるのを避けたい、と考えているためです。
また、参加者のプライバシーを守るためにも、家族会では本名を名乗る必要はありません。
ミーティングなどで他の参加者と関わる際には、自分で決めた仮名を伝えます。このように、加害者家族のプライバシーを保護すること(アノニミティの尊重)が家族会の大前提です。
家族会のプログラムは1回90分で構成され、心理教育プログラムとテーマミーティングが主な柱となります。
最初の30分は心理教育の時間として、性犯罪加害者が受講する再犯防止プログラムの内容の紹介や、性依存症とはどのようなものか、どのようにプログラムを実施して、リスクマネジメントをしていくか……といった性依存症全般とその治療についての正しい知識を学びます。これにより加害者家族が、加害当事者と問題行動について話し合うための基本的な知識と共通言語を身につけることができます。
■ミーティングは「言いっぱなし、聞きっぱなし」
家族会で欠かせないのは、ミーティングの時間です。特定のテーマについて「言いっぱなし、聞きっぱなし」を前提に、皆でミーティングを行います。
話題は子どもやパートナーのこと、事件の前後での家族の変化、裁判について、加害者と暮らしていくうえでの悩みごと……など多岐にわたります。とくに、裁判を控えている家族にとって、すでにさまざまな経験をした先輩家族、「先行く仲間」の話を聞くことは、人生を再構築していくための貴重な情報源となっています。
そしてミーティング後、希望者には個別セッションの時間を設けています。カウンセリング形式でのフォローアップを行い、必要に応じてカルテを作成し、薬物療法も実施しています。
加害者家族のなかには、事件のショックや周囲からの偏見などで心を深く傷つけられ、不眠や抑うつ状態、ときには自傷行為に至るケースもあるからです。
また、加害当事者が未成年の場合、「息子と心中したい」とほのめかす家族(主に母親)もいるため関わるうえで注意が必要です。
この家族会の取り組みは20年近くになりますが、セッションでは参考資料を毎回配布しています。参加者がそれを自宅に持ち帰り、加害当事者や他の家族と分かち合うことができるからです。
最近では、性依存症の当事者である津島隆太さんの漫画『セックス依存症になりました。』(集英社)の一部を教材として使用しました。さらに、刑法改正の話題や再犯防止プログラムで起きた最近の出来事をテーマとして取り上げるなど、タイムリーな話題を提供することもあります。

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斉藤 章佳(さいとう・あきよし)

精神保健福祉士・社会福祉士

西川口榎本クリニック副院長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模と言われる依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして、長年にわたってアルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症などさまざまな依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で現在まで3000名以上の性犯罪者の治療に関わり、性犯罪加害者の家族支援も含めた包括的な地域トリートメントに関する実践・研究・啓発活動に取り組んでいる。主な著書に『男が痴漢になる理由』『万引き依存症』(ともにイースト・プレス)、『「小児性愛」という病 それは、愛ではない』(ブックマン社)、『しくじらない飲み方 酒に逃げずに生きるには』(集英社)、『セックス依存症』、『子どもへの性加害 性的グルーミングとは何か』(ともに幻冬舎新書)、『盗撮をやめられない男たち』(扶桑社)、監修に漫画『セックス依存症になりました。』(津島隆太・作、集英社)がある。


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(精神保健福祉士・社会福祉士 斉藤 章佳)
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