物価高の今、タンパク源をどう確保したらいいか。元水産庁職員の上田勝彦さんは「どんな料理にも合うし安いのに、関東ではほとんど食べられていない魚がある。
とくに夏にはお勧めだ」という――。
■漁業就業者14年間で10万人減の約12万人
世界では魚の需要が高まっている。一人当たりの食用魚介類の消費量が増加傾向にあるのだ。一方で、魚食文化を誇る日本での消費量は減り続けていて、過去20年間で約半減し、肉のそれに追い抜かれている。
消費量が減れば生産者も減る。2022年時点での漁業就業者数は12万3100人。トヨタグループで働く人の3分の1程度の人数で日本の漁業を支えているのだ。2008年に比べて約10万人も減った。しかも、全体に占める65歳以上の割合は約4割。漁師が今後ますます減っていくことは避けられない。
■黒潮が流れる限り夏はこの魚
「夏の到来を告げる黒潮の使者! 黒潮が日本列島に向かって流れている限り、シイラは我が国不変の夏味だよ」
漁業の衰退データで暗くなっている筆者の気分を吹き飛ばす勢いで恐竜みたいな巨大魚を両手で掲げて見せてくれるのは、元漁師で元水産庁職員の上田勝彦さん。現在は「魚の伝道師」として日本各地を回りつつ、鎌倉にある鮮魚店「サカナヤマルカマ」でアドバイザーを務めている。
魚の適切なさばき方をスタッフに教えつつ接客もしているので、ウエカツさんの愛称で知られる上田さん目当てで買い物に来る客も多い。
そんな上田さんによれば、黒潮に乗って日本にやって来るシイラはとにかくお得な魚だ。どんな料理にも馴染む味であるだけでなく、大きな切り身でも安く売っている。筆者は小田原港で水揚げされたという新鮮なシイラの半身とあらを2500円で買った。ズシリと重く、8人分ぐらいは優にある。大家族向けの魚、と言えるかもしれない。
■なぜこんなにお得なのに日本ではあまり食べられていないのか
シイラはなぜこんなに安いのか。ハワイではマヒマヒと呼ばれてムニエルやフライに人気だが、特に関東地方ではほとんど食べられていない。強い引きを楽しめる魚として釣り好きに知られるぐらいだ。この力強さが食用魚として不人気な理由の一つになっていると上田さんは指摘する。
「漁獲されるときに大暴れする魚なので乳酸が筋肉に残りやすくて、劣化しやすい。でも、乳酸の酸味はうまみを合わせて夏らしさを感じさせてくれる。
それもシイラの魅力だよ」
海水温の上昇によってシイラの北限も上昇。最近では東北や北海道の海でも獲れるようになった。盛夏に獲れる北限のシイラは「尋常ではない脂をその身にのせる」と上田さんは教えてくれたが、今回のシイラは小田原沖で初夏に獲れたもの。さっぱりとした身の味わいを楽しもう。
料理の前に注意点がある。釣り人以外はシイラを丸ごと手にしてさばく機会はないと思うが、シイラの体表には蕁麻疹などを引き起こすヒスタミンを生成する細菌が付着していることが多く、鮮度が落ちるほどに増殖するのだ。なお、ヒスタミンは加熱しても死滅しない。上田さんに対策を聞いた。
「皮は先に取り除いて、身に触れないようにすること。皮に触れたまな板と包丁などはしっかりと水洗いしよう」
■フライ、塩なめろう、セビーチェ、味噌汁…シイラを味わい尽くす
もはや全国で漁獲されるようになったシイラ。しっかりした知識と技術のある鮮魚店に頼んでおけば、鮮度の良いシイラを安全かつ安価に手に入れられるだろう。筆者のように半身で買うと、さばきたてのものを様々な料理法で楽しめる。

「シイラは大味だなんて誤解だよ。しっかりとしたうまみがあるけれど余韻が軽い。コクがあるのにキレもあるんだ。加熱するとしっとりするのでフライもいいね」
シイラを絶賛する上田さんが勧めてくれた料理法は4つ。卵を使わないフライ、塩なめろう、セビーチェ、そして味噌汁だ。
まずはフライから。シイラをそぎ切りにして、塩コショウをしておく。かために水で溶いた小麦粉をつけて、パン粉をまぶす。180度ぐらいの高温でサクッと揚げる。
次に塩なめろう。材料はシイラ、たまねぎ、粗びき胡椒、塩、ルッコラのみ。刻んで和えればたたきになる。
粘りけが出るまで包丁でたたけばなめろう、なめろうを丸めてフライパンで焼けば山家焼きだ。シイラの三段活用だ(詳しくはマアジの記事を参照)。なめろうは味噌を入れるのが定番だけど、シイラの味をより感じるために塩だけにした。
尾に近い部分は筋が多い。フライにしてもいいが、酢の力で柔らかくする手もある。上田さんが推奨するのが夏らしいセビーチェだ。
「酢を当てると筋は柔らかくなって肉は締まって弾力性を増す。シイラは強い筋肉を持つ魚なので歯応えも楽しんでほしい」
シイラは塩をまぶして30分間ほど置き、にじみ出てきた水分と一緒に洗い流す。筋を断ち切るように1センチ幅の平切りにして、刻んだにんにくを入れた酢に浸す。表面が白くなったら酢締め完了。たまねぎとピーマン、セロリ、ニンジンはすべて細切りにして塩を入れて混ぜ、出てきた水分を絞る。ニンニク酢から取り出したシイラをよく拭いて野菜を混ぜ、レモン汁と粗びき胡椒、オリーブ油を加えたらできあがり。

■絶品セビーチェで「生のシイラがこんなに旨いとは知らなかった」
筆者の自宅は愛知県の三河地方にある。サカナヤマルカマでシイラを買った日は東京出張の初日。自宅には持って帰れないので、好奇心が強そうな友人に台所を貸してもらった。世田谷区のマンションで愛猫とともに2人暮らしを満喫している50代夫婦だ。野菜を切るなどの下ごしらえを旦那さんに手伝ってもらい、まずはたたきと塩なめろうを作って出した。
「シイラには甘みもあるんだね。生で食べたのは初めてかも。ルッコラとたまねぎを入れるのは不思議だったけれどすごく合うね!」
たたきを絶賛するのは奥さん。かなりの料理上手だが、この日は筆者に花を持たせてくれた。ただし、まとまりが悪かったなめろうは「もっとたたいたほうが良かったかも」と冷静に指摘。なるほど……。そして、山家焼きの生っぽい仕上がりには高得点をつけてくれた。

「表面は鶏のつくねだと言われてもわからないけれど、中がレアなので魚だとわかる。刺身でも食べられるんだから生っぽいほうがいい。1つの料理で2つの味が楽しめる!」
一方の旦那さんは「たたきをもっと食べたい。レモンもかけたい」と要求。料理の段取りが悪い筆者を辛抱強く手伝ってしてくれた穏やかな人だが、食事に関してはこだわりが強いのかもしれない。ならば、ニンニク酢とレモン汁の酸味を楽しめるセビーチェをどうぞ。
「これは旨いね~! ニンニクがほどよくきいて食欲をそそるし、そもそも生のシイラがこんなに旨いとは知らなかった。半身を買うといろんな食べ方が楽しめるのがいいよね」
さきほどの塩なめろうも生なんだけどな。人は好きなものに出会うと感度が増し、いろんなことに改めて気づくのかもしれない。
■スーパーにあるシイラの揚げ物とは全然違う
食卓の熱量が上がったのはやはりフライを出したときのこと。旦那さんは「ザ・シイラという感じだね。イメージ通り。レモンだけで十分に旨い」と言いながらビールをどんどん飲んでいる。料理上手の奥さんのほうは衣に卵を使っていないから魚の味がよくわかると指摘。
「スーパーで売っているシイラの揚げ物を食べたことがあるけれど、冷凍で添加物が入っていたからなのか魚の味なんてしなかった。これはシイラの味がよくわかるね」
30切れほどのフライの全部は食べられなかったので、衣をつけた状態で冷凍した。夫婦のお弁当のおかずにしてほしい。
■A5ランクの黒毛和牛よりも新鮮なシイラのほうが嬉しい自分を発見
最後に、シイラのあらを贅沢に入れた味噌汁で締めた。小口切りにしたジャガイモを水から煮て、火が通ったらあらを入れ、浮き上がってきたアクは取り除く。たまねぎのくし切りを加えて味噌を溶いたらできあがり。ちなみにダシは不要。あらからシイラのうまみがたっぷり出るからだ。
友人夫妻との食事でシイラはうまみが強く、レモン汁などの酸味によく合うことがわかった。「走り」のシイラは脂少なめでさっぱりとしているので、平均年齢50歳の筆者たちにはありがたかった。A5ランクの黒毛和牛などよりも新鮮なシイラのほうが嬉しい。世間一般の価値や値段は脇に置いて、自分の体質や好みを細かく知ることがお得な道に通じているのだ。
この記事を読んでシイラを食べてみたいと思ったら、ぜひ近所の鮮魚店やスーパーの鮮魚コーナーで注文してみてほしい。普段は扱っていなくても「半身は買いますので」と言えば気合の入った担当者なら仕入れてくれるはずだ。ここで紹介した料理を参考にしてシイラしばりのホームパーティーを開けば面白い人たちが集まってくれるだろう。大きなもので2メートルにもなるシイラの需要がマグロ並みに上がれば、漁師の減少にも少しは歯止めがかかるかもしれない。

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大宮 冬洋(おおみや・とうよう)

フリーライター

1976年埼玉県所沢市生まれ。一橋大学法学部卒業後、ファーストリテイリング(ユニクロ)に就職。退職後、編集プロダクションを経て、2002年よりフリーライターに。著書に『人は死ぬまで結婚できる~晩婚時代の幸せの見つけ方~』(講談社+α新書)などがある。2012年より愛知県蒲郡市に在住。趣味は魚さばきとご近所付き合い。

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(フリーライター 大宮 冬洋)
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