「みなし残業代制」を円滑に運営するにはどうすればよいのか。経営塾の塾長の大坂靖彦さんは「みなし残業代制で残業代が抑えられるわけではない。
どうしてもみなし残業代制を導入するなら、社員に説明し、感謝を形にして示すことが大切だ」という――。
※本稿は、大坂靖彦『中小企業のやってはいけない危険な経営』(かんき出版)の一部を再編集したものです。
■みなし残業代制はベストなのか
中小企業では、実質の残業時間にかかわらず、残業代は一律○万円としている会社がよくあります。これは、「みなし残業代」あるいは「固定残業代」と呼ばれる制度です。
この制度自体は正しく運用すればもちろん合法ですが、適正な運用をしなければ違法状態になることがあります。
また、会社にとってメリットもありますが、デメリットもあります。そのため、みなし残業代制がベストで、そうしておけば安心だとしか考えていない社長は、安直であって、思慮が足りないといわざるを得ません。
まず、みなし残業代制の基本を確認しておきます。
これは、あらかじめ定額の残業代が定められ、固定給の中に含まれている労働契約です。ちなみに、直行・直帰が多い外回りの営業社員などに用いられることが多い「みなし労働時間制」とは異なる制度なので、混同しないように注意してください。
みなし残業代制は、例えば月に30時間など、毎月一定の残業をしたものとみなして、その分の残業代を固定費で支払う制度です。
なお、この残業代の計算は125%(休日・深夜労働の場合、135%または150%)の割り増し賃金で計算する必要があります。
また、みなし残業時間は原則として、36協定による残業時間の上限である、月45時間が上限となります。
■会社にとってのメリットとデメリット
会社にとっては、毎月、社員各自の残業時間に基づいて残業代を計算して支給するという、経理作業の手間が大幅に省けることになるのがメリットです。また、年間を通した総人件費の見通しをつけやすくなり、経営計画や資金繰り計画を立てやすくなります。
社員にとっては、残業量によって毎月の給与額が変動することがなくなり、収入見込みが安定することはメリットになるでしょう。もちろん、みなし残業時間よりも、実際に残業をした実残業時間が短ければ、その差額の分、得になるメリットもあります。
他方、会社にとってのデメリットは、実際の残業がほとんどないような時期でも、残業代を払うことになる点です。また、社長や社員がみなし残業代の趣旨を誤解していると、サービス残業や長時間残業が横行するという点も、デメリットになるでしょう。
しかしもっとも大きな問題は、多くの企業で実残業時間がみなし残業時間を上回っているのにもかかわらず、固定残業代しか支払われていない状況が蔓延していることです。
■超過分の残業代を支払わないことは違法である
ほとんどの社長が誤解している、あるいは、理解しているのに無視しているのは、みなし残業代は「いくら残業をさせても、固定残業代だけを払えば済む制度ではない」という点です。例えば、みなし残業時間を月30時間としている会社で、社員の実残業時間が月40時間だったときは、みなし残業時間を超えた10時間分の残業代は、法の規定通りに割り増しで計算して支払わなければなりません。
ところが、みなし残業代を導入している中小企業のほとんどで、実残業時間がみなし残業時間を超えていても「固定残業代を払っているから」といって、超過分の残業代を支払っていません。つまり、社員からすれば、本来もらえる残業代がもらえない状態になっているのが現状です。
これは違法状態です。
そして、ここが重要なポイントですが、社員は必ず自分が残業代の「もらい損」をしていることに気づいています。するとどう思うでしょうか? 当然ですが、「社長はずるい、ごまかしている、信用できない」と不信感が渦巻きます。
■ブラック企業と見なされる
ところが、そんな社員の心情にまったく頓着せず、「みなし残業代制で、残業代が抑えられて良かった」としか思っていない社長も多いのです。これでは、社員のエンゲージメント、社長の求心力が高まるはずがありません。
このような現状があるため、みなし残業代制を導入している会社は、求職者や学生からはいわゆる「ブラック企業」とみなされることも多くなっているようです。
法律上の問題はいったん脇に置くとすれば、社員の不信を招き、エンゲージメントを低下させるという点が、みなし残業代制導入の最大の問題点だといえるでしょう。
そこで、もしみなし残業代制を導入している、あるいはこれから導入しようとするなら、社長は社員に対して「今の会社の状況では、残業代は固定とせざるを得ません。しかし、業績が安定したときには必ずその点は改善しますから、皆さんどうかご協力ください」などと頭を下げるのです。正直かつ丁寧に会社の現状を説明しながら協力を要請するべきです。
決して「我が社はこういう制度です」と一方的に押しつけるのではなく、社員の心情に配慮しながら協力を要請することが、労使トラブルの防止にもつながります。
■総人件費の削減が反発を招く
利益が低迷している中小企業でよく見られるのが、経費を削減して、手っ取り早く利益を増やそうとする動きです。

業種にもよりますが、大半の企業では人件費が経費の多くを占めています。そこで、総人件費の削減が図られるわけですが、基本給を引き下げることは簡単ではありません。ではボーナスはどうかといえば、日本企業ではボーナスが実質上生活給として捉えられていることが多いので、その引き下げも社員から強い反発を招きます。
そこで、労務管理を徹底して正社員の残業時間や、パートやアルバイトの勤務時間を減らすことで総労働時間を削減し、人件費削減を図ることがよくあります。しかし、労働時間という「量」だけに着目してこれを減らそうというのは、あまり良い方法ではありません。
■「そもそも作業を省けないか」を考える
最初にやるべきことは、業務の「質」に着目して、質的な無駄を減らすことです。
例えば、ある業務に60分の時間をかけていたところを、社員にはっぱをかけてその業務を30分でやらせれば、確かに労働時間は減って費用削減になります。しかし同じ仕事量を半分の時間でやらされれば社員の疲労度は増します。
それよりも、そもそもその作業を省くことができないかを考えるべきなのです。それは例えば、オペレーションの短縮、2つの作業を統合する、重複する内容のものを省く、といったことによります。何が無駄で何が省けるものなのか、どのようにして業務を効率化すればいいかという部分を察知するのも社長の力量です。
しかし、それがまったくわからないという場合は、業務効率化に関してさまざまな手法が考案・提唱されているので、それらを勉強してみるといいでしょう。

例えば、生産現場で用いられる工程管理技術であるIE(Industrial Engineering)や、製品・サービスの価値を高める手法として広く用いられているVE(Value Engineering)などの基本的な業務改善手法の考え方を学ぶことも役立ちます。
■無駄な働き方を削減する
レイバースケジューリング(稼働計画)は、無駄な働き方を削減する手法です。
まず、社員一人ひとりについて、1日の勤務時間を15~30分単位で区切って、どんな作業をしているのかを1週間分、毎日記録します。その単位時間あたりの作業を、本質的に必要な作業と、重複や無駄のある作業とに分解して、必要な作業だけを残します。
次にその作業単位ごとに、誰が、いつ、それをやるべきかをスケジューリングして、最適な量と質の人員を割り当てていきます。
例えば、店員への指導という業務が1日に1時間必要であれば、その業務は店長に割り当てます。また、倉庫から店舗に商品を移動する作業が午前と午後に1時間ずつ必要なのであれば、それぞれを社員やアルバイトに割り当てます。
このように、業務や作業ごとに、誰をそこに割り当てるのが最適なのかは異なっています。ところが、このようなレイバースケジューリングを行っていないと、1名でできる作業に2名が取りかかったり、逆に2名が必要なところに担当者が1名しかおらず作業に遅れが出るといったムラが出たり、店長がアルバイトでもできる仕事をして、本来店長がやるべき仕事を後回しにするといった非効率が生じてしまいます。
レイバースケジューリングによって、そういった無駄やムラを排除できます。
レイバースケジューリングの結果、業務時間が短縮化できるのであれば、そこではじめて短縮による費用削減を考えるのが順序です。
■多くの社員は残業代を給与の一部と見込んでいる
ただし、ここで注意しなければならないのは、多くの社員は残業代をあらかじめ給与の一部として見込んでいることです。

それまで毎月30時間残業をして、残業代を含めて月35万円の手取り給与をもらっていたのに、業務効率化で生産性が上がったことで残業が月10時間になって手取りが30万円になった。こういうことだと、多くの社員は「会社ばかり儲けている」と不満を抱くようになります。
そこで、業務改善により人件費が削減できたのであれば、例えば、そのうちの3割を、特別ボーナスや特別手当として社員に支給するといった形で、社員に報いる配慮も必要です。会社によっては、報酬ではなく、月に1~2回、週休3日制を導入するといったことでもいいかもしれません。
いずれにしても、協力してくれた社員への感謝を形にして示すことが大切です。

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大坂 靖彦(おおさか・やすひこ)

非営利ビッグ・エス インターナショナル代表取締役/大坂塾塾長

ケーズホールディングス元常務取締役、ビッグ・エス元代表取締役、香川大学客員教授、上智大学元非常勤講師、松下幸之助経営塾元講師、ドイツ連邦共和国功労勲章功労十字小綬章。香川県大手前高校卒業後、上智大学在学中24カ国をヒッチハイクで無銭旅行。海外で活躍するビジネスマンを目指し、現パナソニックに入社(ドイツ駐在)するも挫折。従業員3人、年商7000万円の家業の家電小売店に入社。ナショナルショップ店から、政府認定VC四日電、マツヤデンキ、カトーデンキ販売(現ケーズホールディングス)と、弱者の戦略で時代の先を読みパートナーを変えながらステージを変え、従業員800名、年商339億円の企業に成長させた。2010年全ての役職をリタイヤ後、自身の全ノウハウを次世代の中小企業経営者に伝授すべく大坂塾を始めた。現在までに約1000人が学ぶ。
自らが実践し成果を出してきたメソッドを伝授し、経営者の成長を阻む棘を一つ一つ抜く指導により、多くの経営者が結果を出している。若者への人生戦略を伝える『若者未来塾』、小中学生向け『ドリームシッププログラム』も開催。経営者向け講演会は15年間で動員数10000人、コンサル実績1000回を超える。

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(非営利ビッグ・エス インターナショナル代表取締役/大坂塾塾長 大坂 靖彦)
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