■“叱らなくていい環境”を作ってしまう
「叱る」という行為について、私たちはある逆説的な考え方を持っています。それは、「最も理想的なのは、叱らなくて済む環境を作ること」という考えです。その具体的な方法の一つが「セーフティトーク」です。これは問題が起きそうな場面の前に、子どもたち自身に考えてもらう声かけのこと。例えば、学童の子どもたちみんなで公共のバスを使って出かける前に、こんな質問をします。
「バスの中で、どんなことをしたら危ないと思う?」
「周りの人に迷惑をかけることって、どんなことかな?」
すると子どもたちは、実に的確な答えを返してくれます。
「走り回ったら危ない!」
「大声を出したら迷惑!」
「バスが止まるまで立ち上がらない!」
どれも合っていますから「そうだね」「よくわかったね」と承認する。すると、子どもたちが自分たちで出し合った答えを守ってくれます。もちろん、ちょっと元気が出すぎてしまう子も現れますが、そのときは友達同士で注意し合って場を収めてもくれるのです。
■「答え」は子供に考えてもらう
結果的に大人が叱らなくてはいけない場面は激減します。ここでも大切なのは、子どもたち自身に考えさせ、答えを出してもらうこと。
家庭で新しいおもちゃを買ったときには、こんなセーフティトークを投げかけてみましょう。
「これはどこで遊んだらいいかな?」
「気をつけることはある?」
ルールを一方的に押しつけるのではなく、子ども自身に考えてもらう。すると不思議なことに、危ない遊び方は減っていくのです。そして、いつもなら注意しなきゃいけないような行動を自ら我慢できたときは、すかさず褒めましょう。
「今、よく我慢できたね」
「約束を守れて、すごいね」
叱らないための環境作り。子どもたちにも損得勘定はあるもの。「こっちのほうが楽しく遊べる」という実感があれば、自然と良い行動を選ぶようになっていきます。もちろん、危ないことをしたとき、しそうになったときなど、叱ることは必要です。でも、その前にできることもたくさんあります。「こうしちゃダメ」という否定的な声かけを減らし、「どうしたらいいと思う?」という問いかけを増やしてみませんか?
■イラっとしたら6秒待つ
保護者の皆さんにセーフティトークの効用をお伝えすると納得してくださる一方で、「わかっているけど、どうしてもカッとなって感情的に叱ってしまうんですよ……」という本音を漏らしてくれる方もいます。
私も自分の息子たちが小中学生の頃を振り返ると、その気持ちはよくわかります。
わかっているけど、感情的に叱ってしまう。本当は冷静に対応したい。やさしく諭したい。そう思っていても、目の前で危ないことをしたり、約束を破ったり、言うことを聞かなかったり。つい声を荒らげてしまう場面はあるもの。子育て中の親なら、誰もが経験するジレンマです。
親子関係は距離感が近く、思い入れが強いからこそ、感情的になりやすい。でも、キレるように叱りたくない。そんなとき、私たちはどうすればいいのでしょうか。
まず覚えておきたいのが「6秒ルール」です。脳科学の研究によれば、怒りの感情を引き起こす物質は、6秒で脳内から消えていくとされています。
■親と子供は「別の人格」
実際、イラッとしたら深呼吸をする、ムカッときたら6秒数える。そんなふうに自分なりの「クールダウンの呪文」を唱えると、その間に少し冷静さを取り戻すことができます。
そうやって怒りの感情の初期衝動を抑えたら、「子どもは別の人格を持った存在である」という事実を思い出してください。
子どもは、生まれた瞬間から私たちとは別の人格を持っている。だから当然、親の考えとは違う思いも持っている。すべてが思い通りにいかないのが当たり前。この割り切りができるようになると、心が楽になります。子どもには子どもの考えがある。それを尊重しながら、一緒に成長していけばいい。
そして、これも覚えておきたい大切なことです。先ほどの継続性のところでも触れましたが、たとえ感情的になってしまっても、親子関係には何度でも「やり直せる」強みがあるということ。
一時の感情で声を荒らげてしまっても、関係を修復することができます。大切なのは、その後でたくさん褒めてあげたり、一緒に楽しい思い出を作ったりすること。どんなに気をつけていても、完璧な親子関係などありません。でも、お互いを理解しようとする気持ちがあれば、きっと関係は深まっていくはずです。
■ホワイトボードで“自律した子”が育つ
子どもが小学校4年生くらいになると、親としては「自分の予定は自分で立てて守ってくれるようになったらいいな」と思うもの。しかし、計画性があるかどうか、立てた計画を実行できるかどうかは、年齢性別に関係なく個人差があります。
それでも親は「保育園で一緒だった○○くんや△△さんは、自分で段取りよく日々を過ごしていると聞くけど、うちの子は……」と比較してしまいがち。でも、学童保育でたくさんの子どもたちと接してきた中で自信を持って言えることですが、大人側が施すちょっとした仕掛けと少しの期間見守る根気があれば、どの子も自ら動く行動習慣を身につけていくことができます。
例えば、小道具として100円ショップに売っているようなホワイトボードを用意します。そこに休日の過ごし方の一日のスケジュールを自分で書いてもらいましょう。起きる時間、宿題の時間、遊ぶ時間、就寝時間など……。
「休みの日は、朝は何時に起きる?」
「宿題はどのタイミングにやる?」
「ゲームは、何時までやっていいことにする?」
■小さい目標から始めてみる
そのとき、こんなふうに問いかけて手助けするのはいいですが、大人の考えを押しつけるのはやめましょう。
最初は計画倒れになることもあります。でも、そこで「ほら、自分で決めた計画でしょ!」と叱ったり、注意したりしたくなる気持ちはぐっと堪(こ)らえてください。ここで大事なのは、根気と「スモールステップ」の考え方です。
スモールステップとは、小さな一歩。どんな習慣も小さな一歩を踏み出し、継続するうちに身についていくもの。例えば、今まで休みの日は一日3時間ゲームをしていた子が「次の週末からは10分にする!」と宣言したとしても、それは現実的ではありません。無理な目標を立てると、早々に挫折してしまい、そこで親から叱られると「やっぱりできない」という思い込みを強めてしまいます。
大切なのは、確実に達成できる小さな一歩から始めること。「いきなり10分は難しかったね。休みのたびに15分ずつ短くしてみたら?」や「どのくらいなら続けられそう?」とサポートしながら、スモールステップで少しずつハードルを上げていきましょう。
■親が管理するのは絶対NG
また、行動習慣の定着にも「認める」という関わりが欠かせません。
「予定より10分遅れたけど、自分で起きられたね」
「今日は声をかけなくても宿題始められたね」
できなかったことを指摘するのではなく、わずかでもできたことを認める。その積み重ねが、子どもの行動を強化していくのです。逆に「言った通りに起きられなかったじゃない」という否定的な声かけは、子どもの意欲を削(そ)いでしまいます。そのときは達成できなくても、チャレンジしようとした気持ちを認める。そうすることで、「次は頑張ってみよう」という意欲が生まれていくのです。
また「どうして難しかったのかな?」と理由を聞く。さらには「じゃあ、成功させるためには、どうするとよさそう?」と問いかけ、考えさせることで、そこから新しい工夫が生まれることもあります。
行動習慣の形成で最も避けたいのは、親が管理するという構図なので、「考えに寄り添い、見守る」姿勢を大切に。習慣づけは一朝一夕にはいきません。それでも、子どもたちは自分で決め、実行し、認められる経験を積み重ねることで、少しずつ自律的な習慣を身につけていくのです。
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島根 太郎(しまね・たろう)
東急キッズベースキャンプ代表取締役社長、キッズコーチ協会代表理事
1965年東京都目黒区生まれ。中央大学卒業。輸入雑貨事業や自然食事業等を経て、2003年株式会社エムアウトに入社。心理学に関わる事業開発を経験し、「小1の壁」の問題解決と非認知能力の教育を志し、2006年キッズベースキャンプを創業。2008年12月には東急グループ入りし、東急グループの子育て支援事業の中核企業としての展開を開始。一般社団法人民間学童保育協会、東京都学童保育協会で理事を務める。保育士資格保有。
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(東急キッズベースキャンプ代表取締役社長、キッズコーチ協会代表理事 島根 太郎)