フジテレビや旧ジャニーズ事務所の長時間記者会見がネットやテレビで公開され、記者側の質問のマズさにも注目が集まった。では、世界中のメディアが集まりしのぎを削るホワイトハウスの記者会見で、記者たちはどのように質問しているのか。
■フジ会見で注目された「日本の記者の質問力」の低さ
2023年9月、旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP=スマイルアップ)が、創業者の故ジャニー喜多川氏による性加害問題に関する記者会見をおこなった。4時間以上も続いた会見の中で、性加害を初めて認めて謝罪し、海外メディアもそれを大きく報じた。また、今年1月、元タレント中居正広氏の女性問題に関して、フジテレビと親会社のフジ・メディア・ホールディングス主催による、およそ10時間にわたる記者会見がおこなわれた。
この2つの会見に共通しているのは、人々の関心の高さや、会見の異例の長さだけではない。会見の映像が、テレビやインターネットで公開されたが、多くの人々が目にしたのは、質問に対する主催者側の応答だけでなく、質問をした記者の「質問力」の低さでもあった。
この2つの会見において、質問する記者側に注目して見ると、不必要に長すぎる質問や、質問する側の記者が感情的になり、質問というより、自分の持論を展開するような場面が多々あったことに気づくだろう。質問内容や、質問する記者の姿勢やマナーに関するワードがXで一時トレンド入りするほど多くの注目を浴びたこれらの会見は、我々に、日本人の「質問力」のレベルについて、あらためて考えさせる機会を与えた。
■大統領に質問するホワイトハウスの記者たち
では、各国のメディアから常に注目され続けている、米国ワシントンD.C.のホワイトハウスで、記者たちは大統領や報道官を相手に、どのような質問をしているのか。ホワイトハウスで記者会見に出席し、何度も質問する機会を得てきた記者に取材した。
1人目の記者は、ラクエル・クラヘンビュール氏。ラクエルは、ブラジル最大の民放テレビ局「TVグローボ」のワシントン支局長である。
■準備を怠らず、臨機応変に質問を変える
ラクエルはジャーナリストとして、ホワイトハウスでの記者会見に欠かさず出席すること、そして、そこで質問するための準備を怠らないこと、これらを非常に大事にしている。それは、会見を主導する報道官に、自分の顔と名前を覚えてもらうために常日頃から努力することや、普段からさまざまなニュースをフォローすることなどである。
そして、どうしても出席できなった会見は、必ず後から映像やスクリプトで、どのような質問がされたかを確認する。それは、すでに報道官が答えた質問を、自分が次の会見で繰り返すということを避けるためだ。質問トピックは、事前にいくつか選んでおき、あらゆる角度から絞り込んでいく。質疑の間に想定外のことがおきた場合、どう対応するかの準備も忘れない。会見中、他の記者が、自分の質問したかったことを、先に質問してしまうという場面に備えて、質問は常に複数準備している。
だが、それと同時に、ラクエルが強調しているのは、臨機応変に対応することの重要性だ。さまざまな質問を準備して、あらゆる事態に備えても、時に、ニュースが急速に変化することがあるように、会見中に状況が変われば、それに応じて、その場で、質問も変えていかなければならないからだ。
■早く手を上げて猛烈にアピール
ラクエルは、アグレッシブなタイプの記者だ。
そして質問は非常にシンプルで短め。ブラジルのメディアに所属しているが、質問するトピックは、ブラジルや中南米に関わることだけでなく、欧州、中東、アジアと幅広い。が、一貫しているのは、人々の関心が高い国際情勢や外交政策ということだ。
もちろん、質問する時に最初に意識するのは、ブラジルの視聴者だ。ただ、「国際情勢を全般的に質問するのは、(自分がおこなった質問に対する)報道官の回答を、他のメディアが引用し報じることができるようにしたり、アメリカ国民や世界中の人々にとって価値ある発言を報道官から引き出すためだ」と、ラクエルは言う。それによって、彼女の質問の価値をも高めることになる。
■「相手を喜ばせるために質問するのではない」
そんな彼女に、「良い質問と悪い質問の違いは何か?」と聞くと、「常に質問から学ぶことができるから、全ての質問に意味がある。もしあえて定義するなら、重要な問題点を明らかにできるのが良い質問ではないだろうか」と話してくれた。
ラクエルは、「ジャーナリストがホワイトハウスの記者会見で質問する目的は、大統領や米政府を喜ばせるためではない。我々の仕事は、何か間違ったことがおきた時にはそれを追及すること、何かわからないことがおきた時にはそれを理解しようとすること、そして、権力にその責任を負わせ続けることだ」と語った。
■30年間ホワイトハウスを取材している超ベテラン
2人目は、ジョン・デッカー氏。ジョンは、アメリカで100以上のローカルテレビ局を運営する「グレイ・メディア」のホワイトハウス特派員兼シニア・ナショナル・エディターである。彼は、1995年、クリントン政権時からホワイトハウスの取材を始め、今年で30年目になる超ベテラン記者だ。これまで取材したホワイトハウスの報道官は、現在のレビット報道官で17人目だ。
ジョンは、初めてホワイトハウスで取材した時から、報道における公平性と客観性を意識したという。これは、自分が尊敬するジャーナリストの取材姿勢から学んだことだ。「我々の仕事は、ここホワイトハウスで、厳しいながらも公平な質問をすることだ」とジョンは言う。
そんな彼が重視していることは、報道官との関係性だ。ジョンは、「私は、取材した歴代報道官全員と、良好で緊密、かつプロフェッショナルな関係を構築したが、これはホワイトハウスでの取材において、非常に重要なことだ」と話す。報道官が変わる度に、新たに関係を構築する必要があり、ジョンのように、それぞれの報道官から顔と名前を覚えられている記者は、なかなかいない。
ジョンは会見前に、事前に質問するトピックを決めていない。彼は、自分が報道官から指名され質問できるとしても、会見の最初の方ではないとわかっているので、質疑の流れと報道官の回答から、会見中に、自分の質問トピックと内容を決めていく。
■追加質問をすることも
彼の質問はシンプルで、具体的に事実関係を羅列する質問スタイルも多い。例えば、今年1月、新トランプ政権発足直後におこなわれたレビット報道官初の記者会見では、「トランプ大統領は、“出生地主義(アメリカで生まれれば、ほぼ自動的にアメリカ国籍を得られる)”を大幅に見直す大統領令に署名したが、22州が違憲だと提訴している。政権の主張する大統領令の正当性の根拠とは何か?」と質問。
ジョンは、ベテラン記者らしく、常に冷静だが、時に、どうしても続けて別の質問をしたい時は、すでに報道官が別の記者を指名していたり、別の記者が質問していたとしても、構わず次の質問を続けるということもある。間の取り方がうまいのか、報道官も、つい彼の次の質問を受け入れる場面が多々ある。例えば、先ほどの「出生地主義」についての大統領令に関する質問の後には、「トランプ政権は今後どのようにNATO(北大西洋条約機構)に関与していくのか?」ということについて、質問した。
そんな彼に、「質問する時に念頭に置いていることは何か?」と聞くと、「視聴者だ」と即答した。「自分は記者会見室では、視聴者の声なのだ」と自分に言い聞かせていると言う。
■多くの記者は質問もできない
ホワイトハウスで取材する記者にとって、記者会見で質問することは非常に重要な仕事の1つであるが、記者会見で質問できる記者は、ほんの一握りで、その他ほとんどの記者は質問する機会すらないことが多い。それ故に、記者の間では、我先に質問しようする、激しい競争が繰り広げられる。そんな競争の中、一歩も二歩も三歩も先んじているラクエルとジョンに共通しているのは、報道官が、すでにその存在を認識しており、会見中に指名され質問できる確率が高いということだ。
質問する前から、このような状況を作り出すことは容易なことではない。彼ら以外の、報道官から優先的に指名され質問できる多くの記者は、CNNやNBCニュース、FOXニュースなどの米主要メディア所属である。2人とも、報道官に顔と名前を覚えてもらうためにどのようなことをしているかという「企業秘密」は、具体的には答えなかったが、米主要メディアの記者と対等な取材環境を作り上げるということは、並大抵の努力ではないだろう。
幸運にも報道官に質問できたとしても、その質問内容が偏っていたり、主観的だと判断されれば、次回から、報道官に相手にされず、それ以降、質問できない記者も数多くいた。
■「自分をアピールする場」にしている記者も
外国人記者であるラクエルや、米主要メディアに属さないジョンが、政権や報道官が交代しても、会見で質問を続けられているのは、彼らの質問が、時に厳しくても、常に公平であり、「彼らの質問には答えなければならない」と、報道官に思わせているからではないだろうか。
だが、ホワイトハウスの記者会見に出席しているのは、2人のような記者だけではない。今年1月にトランプ大統領が就任した後は、政権に好意的なメディア所属記者が増え、会見で、トランプ大統領や政権を喜ばせるような質問をする場面を数多く見かける。
また、会見は自分をアピールする場だと割り切っているかのような行動をする記者もいた。
CNNなどのニュース専門チャンネルが記者会見をライブで放送することもあるので、報道官に、あえて感情的なけんか腰の大声で質問をし、自分が国民の声を代表して権力に立ち向かっていることを見せつけようとしているかのようだった。彼はオフカメラの会見では、おとなしいタイプの記者だった。しかし、報道官との激しいやりとりがライブで全米に放送された後は、多くのメディアからもインタビューされ話題となり、某ニュース専門チャンネルとコメンテーター契約するまでに至った。
ホワイトハウスの記者会見では、フジテレビや旧ジャニーズ会見で散見されたような、不必要に長すぎる質問をしたり、質問ではなく自分の持論を長々と主張したりする記者がいれば、報道官に白い目で見られる。
■中途半端な挙手でスルーされたことも
私自身も20年以上にわたり、ホワイトハウスの記者会見に出席した。ブッシュ、オバマ、トランプ、バイデン政権の報道官の記者会見に出席し、何度も質問したことがあるが、ラクエルとジョンの2人ほど多くの質問はできていない。私も、それなりに名前と顔を覚えてもらえた報道官はいるが、実際には名前を呼んで指名してくれた報道官は数人しかいない。
それに、顔と名前を覚えてもらえていたにもかかわらず、質問できなかったことも多々あった。ホワイトハウスの記者会見という雰囲気に圧倒され、少しでも遠慮がちに挙手していたら、百戦錬磨の報道官からはなかなか指名されない。日本の首相がホワイトハウスを訪問し大統領と会談する直前という、日本に関する質問を受け付けてもらいやすい絶好のタイミングでも、中途半端な挙手をしてスルーされたこともあった。
だからこそ、常日頃の印象付けを大事にした。私の場合、日本人であることを前面に出してアピールし、日本関連のトピックを中心に、中国、北朝鮮情勢など、東アジア情勢についての質問を繰り返すことによって、「東アジアについてよく質問するジャーナリスト」だと報道官に認識してもらえるようにした。報道官にとって、どのような質問をするか、ある程度把握している記者からの質問は、比較的受け答えがしやすいだろうし、事前に準備もできるはずだと考えた。
旧ジャニーズ事務所やフジテレビの記者会見においても、すばらしい質問をした記者や、質問力が優れた日本人もたくさんいるし、ホワイトハウスでの記者会見と単純には比較できないかもしれない。旧ジャニーズ事務所やフジテレビは、それぞれの不祥事について謝罪し、会見は記者がその問題を追及することを目的としていたため、回答に納得しない記者が感情的になりやすい環境でもあったと思う。一方、私が今回取り上げたのは、ホワイトハウスの定例記者会見であり、純粋に、記者の質問力と報道官の回答力が問われる場である。
ホワイトハウスを取材するジャーナリストで構成されるホワイトハウス記者協会は、「我々の仕事は、政権に焦点をあて、その責任を追及するために大統領について報じることである。我々は、アメリカ国民を代表して、ここホワイトハウス記者会見室にて、日々質問をしている」と定義し、何のために、そして誰を代表して質問しているかを明確にしている。
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阿部 貴晃(あべ・たかあき)
ジャーナリスト
2000年、米国首都ワシントンDCに所在する大学院、ジョージ・ワシントン大学エリオット国際関係大学院卒業。その後、日系メディアのワシントン支局にて20年以上、国際関係の報道に携わる。この間、ホワイトハウス・国務省・国防総省・米国議会などにおいて、日米関係を中心に取材し、6期連続アメリカ大統領選挙、ブッシュ、オバマ、トランプ、バイデンという4人のアメリカ大統領の同行取材(計40回以上の海外訪問を含む)などを経験する。トランプ政権1期目、バイデン政権時においては、ホワイトハウスを取材する海外メディアグループの、日本人初かつ日本人で唯一の会長に選出され、米政府と海外メディアの取材交渉と調整を担当。2025年4月より、ワシントンDCを拠点とするフリージャーナリストに。
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(ジャーナリスト 阿部 貴晃)
20年以上、ホワイトハウスで取材をしてきたジャーナリストの阿部貴晃さんがリポートする――。
■フジ会見で注目された「日本の記者の質問力」の低さ
2023年9月、旧ジャニーズ事務所(現SMILE-UP=スマイルアップ)が、創業者の故ジャニー喜多川氏による性加害問題に関する記者会見をおこなった。4時間以上も続いた会見の中で、性加害を初めて認めて謝罪し、海外メディアもそれを大きく報じた。また、今年1月、元タレント中居正広氏の女性問題に関して、フジテレビと親会社のフジ・メディア・ホールディングス主催による、およそ10時間にわたる記者会見がおこなわれた。
この2つの会見に共通しているのは、人々の関心の高さや、会見の異例の長さだけではない。会見の映像が、テレビやインターネットで公開されたが、多くの人々が目にしたのは、質問に対する主催者側の応答だけでなく、質問をした記者の「質問力」の低さでもあった。
この2つの会見において、質問する記者側に注目して見ると、不必要に長すぎる質問や、質問する側の記者が感情的になり、質問というより、自分の持論を展開するような場面が多々あったことに気づくだろう。質問内容や、質問する記者の姿勢やマナーに関するワードがXで一時トレンド入りするほど多くの注目を浴びたこれらの会見は、我々に、日本人の「質問力」のレベルについて、あらためて考えさせる機会を与えた。
■大統領に質問するホワイトハウスの記者たち
では、各国のメディアから常に注目され続けている、米国ワシントンD.C.のホワイトハウスで、記者たちは大統領や報道官を相手に、どのような質問をしているのか。ホワイトハウスで記者会見に出席し、何度も質問する機会を得てきた記者に取材した。
1人目の記者は、ラクエル・クラヘンビュール氏。ラクエルは、ブラジル最大の民放テレビ局「TVグローボ」のワシントン支局長である。
彼女は、2015年、オバマ政権時からホワイトハウスを取材し始め、今年で10年目になる。ホワイトハウスでの定例記者会見に、数多く出席し、トランプ、バイデンの両大統領にも直接何度も質問した経験もある。
■準備を怠らず、臨機応変に質問を変える
ラクエルはジャーナリストとして、ホワイトハウスでの記者会見に欠かさず出席すること、そして、そこで質問するための準備を怠らないこと、これらを非常に大事にしている。それは、会見を主導する報道官に、自分の顔と名前を覚えてもらうために常日頃から努力することや、普段からさまざまなニュースをフォローすることなどである。
そして、どうしても出席できなった会見は、必ず後から映像やスクリプトで、どのような質問がされたかを確認する。それは、すでに報道官が答えた質問を、自分が次の会見で繰り返すということを避けるためだ。質問トピックは、事前にいくつか選んでおき、あらゆる角度から絞り込んでいく。質疑の間に想定外のことがおきた場合、どう対応するかの準備も忘れない。会見中、他の記者が、自分の質問したかったことを、先に質問してしまうという場面に備えて、質問は常に複数準備している。
だが、それと同時に、ラクエルが強調しているのは、臨機応変に対応することの重要性だ。さまざまな質問を準備して、あらゆる事態に備えても、時に、ニュースが急速に変化することがあるように、会見中に状況が変われば、それに応じて、その場で、質問も変えていかなければならないからだ。
■早く手を上げて猛烈にアピール
ラクエルは、アグレッシブなタイプの記者だ。
会見の最初の方に質問するのは、CNNなどの、米主要メディアの記者という暗黙の了解がある状況下で、質疑が始まると、すぐに大きく手を上げ、報道官に、猛烈にアピールする。記者会見では、外国人記者は指名されるとしても、会見後半になることが多いが、そんなことはお構いなしに、とにかく誰よりも早く質問しようとする。
そして質問は非常にシンプルで短め。ブラジルのメディアに所属しているが、質問するトピックは、ブラジルや中南米に関わることだけでなく、欧州、中東、アジアと幅広い。が、一貫しているのは、人々の関心が高い国際情勢や外交政策ということだ。
もちろん、質問する時に最初に意識するのは、ブラジルの視聴者だ。ただ、「国際情勢を全般的に質問するのは、(自分がおこなった質問に対する)報道官の回答を、他のメディアが引用し報じることができるようにしたり、アメリカ国民や世界中の人々にとって価値ある発言を報道官から引き出すためだ」と、ラクエルは言う。それによって、彼女の質問の価値をも高めることになる。
■「相手を喜ばせるために質問するのではない」
そんな彼女に、「良い質問と悪い質問の違いは何か?」と聞くと、「常に質問から学ぶことができるから、全ての質問に意味がある。もしあえて定義するなら、重要な問題点を明らかにできるのが良い質問ではないだろうか」と話してくれた。
ラクエルは、「ジャーナリストがホワイトハウスの記者会見で質問する目的は、大統領や米政府を喜ばせるためではない。我々の仕事は、何か間違ったことがおきた時にはそれを追及すること、何かわからないことがおきた時にはそれを理解しようとすること、そして、権力にその責任を負わせ続けることだ」と語った。
■30年間ホワイトハウスを取材している超ベテラン
2人目は、ジョン・デッカー氏。ジョンは、アメリカで100以上のローカルテレビ局を運営する「グレイ・メディア」のホワイトハウス特派員兼シニア・ナショナル・エディターである。彼は、1995年、クリントン政権時からホワイトハウスの取材を始め、今年で30年目になる超ベテラン記者だ。これまで取材したホワイトハウスの報道官は、現在のレビット報道官で17人目だ。
ジョンは、初めてホワイトハウスで取材した時から、報道における公平性と客観性を意識したという。これは、自分が尊敬するジャーナリストの取材姿勢から学んだことだ。「我々の仕事は、ここホワイトハウスで、厳しいながらも公平な質問をすることだ」とジョンは言う。
そんな彼が重視していることは、報道官との関係性だ。ジョンは、「私は、取材した歴代報道官全員と、良好で緊密、かつプロフェッショナルな関係を構築したが、これはホワイトハウスでの取材において、非常に重要なことだ」と話す。報道官が変わる度に、新たに関係を構築する必要があり、ジョンのように、それぞれの報道官から顔と名前を覚えられている記者は、なかなかいない。
ジョンは会見前に、事前に質問するトピックを決めていない。彼は、自分が報道官から指名され質問できるとしても、会見の最初の方ではないとわかっているので、質疑の流れと報道官の回答から、会見中に、自分の質問トピックと内容を決めていく。
アメリカのメディアらしく質問トピックも内政から外交まで幅広い。
■追加質問をすることも
彼の質問はシンプルで、具体的に事実関係を羅列する質問スタイルも多い。例えば、今年1月、新トランプ政権発足直後におこなわれたレビット報道官初の記者会見では、「トランプ大統領は、“出生地主義(アメリカで生まれれば、ほぼ自動的にアメリカ国籍を得られる)”を大幅に見直す大統領令に署名したが、22州が違憲だと提訴している。政権の主張する大統領令の正当性の根拠とは何か?」と質問。
ジョンは、ベテラン記者らしく、常に冷静だが、時に、どうしても続けて別の質問をしたい時は、すでに報道官が別の記者を指名していたり、別の記者が質問していたとしても、構わず次の質問を続けるということもある。間の取り方がうまいのか、報道官も、つい彼の次の質問を受け入れる場面が多々ある。例えば、先ほどの「出生地主義」についての大統領令に関する質問の後には、「トランプ政権は今後どのようにNATO(北大西洋条約機構)に関与していくのか?」ということについて、質問した。
そんな彼に、「質問する時に念頭に置いていることは何か?」と聞くと、「視聴者だ」と即答した。「自分は記者会見室では、視聴者の声なのだ」と自分に言い聞かせていると言う。
■多くの記者は質問もできない
ホワイトハウスで取材する記者にとって、記者会見で質問することは非常に重要な仕事の1つであるが、記者会見で質問できる記者は、ほんの一握りで、その他ほとんどの記者は質問する機会すらないことが多い。それ故に、記者の間では、我先に質問しようする、激しい競争が繰り広げられる。そんな競争の中、一歩も二歩も三歩も先んじているラクエルとジョンに共通しているのは、報道官が、すでにその存在を認識しており、会見中に指名され質問できる確率が高いということだ。
質問する前から、このような状況を作り出すことは容易なことではない。彼ら以外の、報道官から優先的に指名され質問できる多くの記者は、CNNやNBCニュース、FOXニュースなどの米主要メディア所属である。2人とも、報道官に顔と名前を覚えてもらうためにどのようなことをしているかという「企業秘密」は、具体的には答えなかったが、米主要メディアの記者と対等な取材環境を作り上げるということは、並大抵の努力ではないだろう。
幸運にも報道官に質問できたとしても、その質問内容が偏っていたり、主観的だと判断されれば、次回から、報道官に相手にされず、それ以降、質問できない記者も数多くいた。
■「自分をアピールする場」にしている記者も
外国人記者であるラクエルや、米主要メディアに属さないジョンが、政権や報道官が交代しても、会見で質問を続けられているのは、彼らの質問が、時に厳しくても、常に公平であり、「彼らの質問には答えなければならない」と、報道官に思わせているからではないだろうか。
だが、ホワイトハウスの記者会見に出席しているのは、2人のような記者だけではない。今年1月にトランプ大統領が就任した後は、政権に好意的なメディア所属記者が増え、会見で、トランプ大統領や政権を喜ばせるような質問をする場面を数多く見かける。
また、会見は自分をアピールする場だと割り切っているかのような行動をする記者もいた。
CNNなどのニュース専門チャンネルが記者会見をライブで放送することもあるので、報道官に、あえて感情的なけんか腰の大声で質問をし、自分が国民の声を代表して権力に立ち向かっていることを見せつけようとしているかのようだった。彼はオフカメラの会見では、おとなしいタイプの記者だった。しかし、報道官との激しいやりとりがライブで全米に放送された後は、多くのメディアからもインタビューされ話題となり、某ニュース専門チャンネルとコメンテーター契約するまでに至った。
ホワイトハウスの記者会見では、フジテレビや旧ジャニーズ会見で散見されたような、不必要に長すぎる質問をしたり、質問ではなく自分の持論を長々と主張したりする記者がいれば、報道官に白い目で見られる。
それだけでなく、周囲の記者からも「それで、あなたの質問は何か?」と容赦なく突っ込まれことになる。
■中途半端な挙手でスルーされたことも
私自身も20年以上にわたり、ホワイトハウスの記者会見に出席した。ブッシュ、オバマ、トランプ、バイデン政権の報道官の記者会見に出席し、何度も質問したことがあるが、ラクエルとジョンの2人ほど多くの質問はできていない。私も、それなりに名前と顔を覚えてもらえた報道官はいるが、実際には名前を呼んで指名してくれた報道官は数人しかいない。
それに、顔と名前を覚えてもらえていたにもかかわらず、質問できなかったことも多々あった。ホワイトハウスの記者会見という雰囲気に圧倒され、少しでも遠慮がちに挙手していたら、百戦錬磨の報道官からはなかなか指名されない。日本の首相がホワイトハウスを訪問し大統領と会談する直前という、日本に関する質問を受け付けてもらいやすい絶好のタイミングでも、中途半端な挙手をしてスルーされたこともあった。
だからこそ、常日頃の印象付けを大事にした。私の場合、日本人であることを前面に出してアピールし、日本関連のトピックを中心に、中国、北朝鮮情勢など、東アジア情勢についての質問を繰り返すことによって、「東アジアについてよく質問するジャーナリスト」だと報道官に認識してもらえるようにした。報道官にとって、どのような質問をするか、ある程度把握している記者からの質問は、比較的受け答えがしやすいだろうし、事前に準備もできるはずだと考えた。
旧ジャニーズ事務所やフジテレビの記者会見においても、すばらしい質問をした記者や、質問力が優れた日本人もたくさんいるし、ホワイトハウスでの記者会見と単純には比較できないかもしれない。旧ジャニーズ事務所やフジテレビは、それぞれの不祥事について謝罪し、会見は記者がその問題を追及することを目的としていたため、回答に納得しない記者が感情的になりやすい環境でもあったと思う。一方、私が今回取り上げたのは、ホワイトハウスの定例記者会見であり、純粋に、記者の質問力と報道官の回答力が問われる場である。
ホワイトハウスを取材するジャーナリストで構成されるホワイトハウス記者協会は、「我々の仕事は、政権に焦点をあて、その責任を追及するために大統領について報じることである。我々は、アメリカ国民を代表して、ここホワイトハウス記者会見室にて、日々質問をしている」と定義し、何のために、そして誰を代表して質問しているかを明確にしている。
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阿部 貴晃(あべ・たかあき)
ジャーナリスト
2000年、米国首都ワシントンDCに所在する大学院、ジョージ・ワシントン大学エリオット国際関係大学院卒業。その後、日系メディアのワシントン支局にて20年以上、国際関係の報道に携わる。この間、ホワイトハウス・国務省・国防総省・米国議会などにおいて、日米関係を中心に取材し、6期連続アメリカ大統領選挙、ブッシュ、オバマ、トランプ、バイデンという4人のアメリカ大統領の同行取材(計40回以上の海外訪問を含む)などを経験する。トランプ政権1期目、バイデン政権時においては、ホワイトハウスを取材する海外メディアグループの、日本人初かつ日本人で唯一の会長に選出され、米政府と海外メディアの取材交渉と調整を担当。2025年4月より、ワシントンDCを拠点とするフリージャーナリストに。
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(ジャーナリスト 阿部 貴晃)
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