相手との大事な約束を破らなければいけなくなったとき、どう伝えるといいか。気が重い会話を相手との絆を深める会話に変える方法があるという。
臨床心理士の平木典子さん、明治学院大学心理学部心理学科教授の野末武義さんの共著『大切な人とうまくいく「アサーション」』(三笠書房)より紹介しよう――。
■「仕事と私のどちらが大切なのか」の最終結論
私たちは小さい頃から、「相手の立場に立ち、相手の気持ちになって考えましょう」と教わりますね。ですが、「それがいったいどういうことなのか」を本当に理解し、実践できている人は多くありません。
こんなケースがありました。
次の金曜日の夜、ディナーの約束をしていたカップルがいます。お互いにいつも仕事で忙しく、久しぶりのデートです。しかし、前日になって男性がこう言い出したらどうでしょうか。
男性「ごめん、明日は残業しなきゃならなくなった」

女性「えっ⁉ だって明日は二人の記念日だから、絶対に空けようって約束したじゃない」

男性「そうだけど、どうしても急な仕事が入って」

女性「いつもそうじゃない! 一年に1回の記念日くらい、どうして一緒にいてくれないの⁉」

男性「でも、仕事なんだからしょうがないだろう」

女性「私のことなんてどうせ大事じゃないんでしょう! もういい!」

男性「そんなこと言ったって……(ため息)」
「仕事と私のどちらが大切なのか」というのは、男女間のケンカによく出る難問です。「私のことなんて」「どうせ」あるいは、「仕事と私とどっちが大切なの?」という言葉。
いつも仕事のために約束をキャンセルされているとしたら、こう言いたくなる女性の気持ちもわかります。一方、一生懸命働いているのに、責められたりすねられたりする男性の側もつらいでしょう。
このような二人のすれ違いは、つき合いが長くなっても形を変えて、さまざまな場面で見られます。

■気が重い会話を、相手との絆を深める会話に変える方法
まず、約束を破ることになってしまった側。
せっかくのデートの約束を仕事でキャンセルしなくてはいけなくなった。
何度も同じような出来事があり、心の中では申し訳ないと思っているし、相手に対して負い目がある。しかも大切な記念日である。
相手が怒ったり悲しんだりする姿が目に浮かび、言い出すのも気が重い。
そんな気持ちを抱いているでしょう。
そんなとき、ほんのひと言、ふた言をつけ加えるだけで、気が重い会話を、相手との絆を深める会話に変えることができます。
まずは、状況をきちんと「説明」すること。これは「言い訳」とは違います。
「今、抱えている仕事で急にトラブルが起きている。早く手を打たないと、会社が大きな損害を出してしまう。だから、明日の夜は徹夜してでも、すぐに処理しなければならない。
それが終わったらディナーに行こう」
たとえば、こんなふうに説明すれば、仕事の内容がわからない相手にも、「今、どんな状況にあって、何を優先すべきか」が伝わるでしょう。
■自分も相手も事情や気持ちをつけ加えることを習慣に
さらに、事情説明だけでなく、「自分の気持ち」をつけ加えます。
「自分も今回のデートをとても楽しみにしていたから、とても残念だ」

「悲しませてしまって、申し訳ないと思っている」
こういった“気持ち”を伝える言葉があるだけで、楽しみにしていた約束が延期されたとしても、相手は「互いの気持ちが同じところにあった」という安心感を得ることができるでしょう。
とくに、いつも論理的に話をする人の場合、「残念だ。楽しみにしていたのに」という気持ちがあっても、相手に理由を説明したり謝罪することに一生懸命になっているうちに、気持ちの部分を忘れてしまい、伝えられなくなることは少なくありません。
そして、それを聞いた相手は「この人は仕事のことしか頭にないのだ」と誤解することにつながります。
もし、自分のパートナーがそうした気持ちも事情説明も伝えてくれなかったら。
その場合は、自分のほうから「それはどういう仕事で、どれくらい大事なの? そして、あなた自身はどう思っているの?」と聞いてみるのもいいでしょう。
ただし、このときに一方的に責めるのではなく、冷静に聞くことが大切です。
そういった働きかけを続けていれば、いずれ事情や気持ちをつけ加えることが相手の習慣になっていくでしょう。
■自分の気持ちが先走って相手を責めてはいけない
約束を破られた場合は、「聴く」の出番です。
「残業で……」と言われた時点で、こちら側には“また約束を破られた”“楽しみにしていたのに”といった気持ちが湧き上がります。
そうした自分の気持ちに支配されると、相手の話を「聴く」ことができなくなってしまいます。
そこで自分の気持ちはちょっと横に置いて、相手の話していることに注意を向けることができると、「急な残業が入った」ということから、
「何か仕事でトラブルがあったの?」

「何時くらいまでかかりそうなの?」

「どんな仕事なの?」
といった質問が浮かんだり、
「ここのところずっと忙しくて大変そう」「夜遅い日が多くて疲れているだろう」
といった、いたわりや共感が浮かんでくるかもしれません。
「そっか、仕事が入ってしまって大変だね」
というひと言を、大切な相手だからこそ、とっさに言える。
それが「相手の立場に立って考える」「共感的に理解する」ということです。
何より、そう考えられるということは、自分が冷静な状態でいられるということ。
自分の気持ちが先走って相手を責めてしまったり、ケンカになって後味の悪い思いをすることがなくなります。
■「相手の靴をはいて歩いてみよう」
私の好きな英語の表現に「Put Yourself in someone's shoes」という言葉があります。
直訳すると、「相手の靴をはいて歩いてみよう」。
相手の靴は、あなたにとっては大きすぎたり、小さすぎて窮屈だったりで自分にフィットせず、とても歩きにくいもの。でも、自分とは違う誰かと一緒に生きていくということは、お互いにときどきそんなことをする必要があるのではないでしょうか。
男女間だけではなく、日々の人間関係でも「相手の立場に立って考える」ということを思うとき、この言葉を思い出します。

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平木 典子(ひらき・のりこ)

臨床心理士、家族心理士

1936年生まれ。
津田塾大学英文学学科卒業後、ミネソタ大学大学院に留学し、カウンセリング心理学を専攻(教育心理学修士)。帰国後、カウンセラーとして活躍する一方、後進の指導にあたる。日本におけるアサーション・トレーニング(自分も相手も大切にしながら行う自己表現)の第一人者。立教大学カウンセラー、日本女子大学教授、跡見学園女子大学教授を歴任。1995年、IPI統合的心理療法研究所を創設。主な著書に、『図解 相手の気持ちをきちんと〈聞く〉技術』『図解 自分の気持ちをきちんと〈伝える〉技術』(PHP研究所)、『アサーション入門』(講談社)ほか、多数。

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野末 武義(のずえ・たけよし)

明治学院大学心理学部心理学科教授

家族心理士、臨床心理士、公認心理師。1964年生まれ。立教大学文学部心理学科卒業。国際基督教大学大学院教育学研究科博士前期課程修了(教育学修士)。医療法人社団草思会錦糸町クボタクリニック、立教大学池袋学生相談所、国立精神・神経センター精神保健研究所などを経て、現職。IPI統合的心理療法研究所所長。
主な著書に『夫婦・カップルのためのアサーション』(金子書房)、『家族心理学 家族システムの発達と臨床的援助 第2版』(共著、有斐閣ブックス)、『マインドフル・カップル』(監訳、金剛出版)などがある。

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(臨床心理士、家族心理士 平木 典子、明治学院大学心理学部心理学科教授 野末 武義)
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