大切な相手との会話の質を高めるには何をすればいいか。本当に聴き上手な人は五感をフルに使って、相手の話し方、声のトーン、体の動かし方、表情から、なんらかの情報を受け取っているという。
臨床心理士の平木典子さん、明治学院大学心理学部心理学科教授の野末武義さんの共著『大切な人とうまくいく「アサーション」』(三笠書房)より紹介しよう――。
■人は相手の話の中で自分が一番ピンとくるところに反応する
相手が悩みを打ち明けてくれたり、大変な状況に追い込まれているという話を聞くと、「相手の役に立ちたい」「問題を少しでも解決してあげたい」と思うものです。
それが大切な人であればあるほど、いいところを見せようと無理をしてしまいます。
そんなとき、相手の話を聞きながらも、頭の中では「どんなひと言をかけようか、なんと言ってアドバイスをしようか……」と、そればかり考えてしまい、実はきちんと話を聴けていない場合があります。
または、「相手の話の中で自分が一番ピンとくるところ」に反応することで、相手を理解している“つもり”になることもあります。
多くの人たちが、次のようなピント外れの会話をしているのではないでしょうか。
男性「今日、外回りの営業でたまたま先輩と一緒になって。そうしたらずっと愚痴ばっかり聞かされて」

女性「ふーん」

男性「最近自分の成績が上がらないのは、上司が評価してくれないからだって。まったく、まいったよ」

女性「そんなの、聞いてあげることないじゃない」

男性「いや、一応相手は先輩だし。なんて言ったらいいかわかんなくて……」

女性「そうやって優しいから、相手につけ込まれるのよ。そんな面倒くさい人と一緒になったら今度から、“僕は違う営業先がありますので”ってはっきり言わないと。この間だって……」

男性「(女性の話をさえぎって)もういいよ。
まるで俺が悪いみたいじゃん」
男性のほうは、ただ「大変だった。疲れてしまった」ということを聞いてもらいたいだけ。それをわかってくれさえすればいいと思っている。
一方、女性はよかれと思って具体的なアドバイスをしようとしますが、それは相手が「本当に聴いてほしいと思っていること」と食い違ってしまったのです。
■五感をフルに使えば会話の質は格段に上がる
“聴き上手な人”というと、「相手に気持ちよく話をさせてあげられる人」というイメージがあり、相づちの打ち方などのテクニックに重点を置いて考えがちですが、実は聴き上手な人は、“観察上手な人”でもあります。
人が話しているときの表情、または話していないときの表情やしぐさ。
手元にあるものにずっと触れている、何か言いたそうにしているが、言いかけてはやめることをくり返している、視線がいつもより下を向いている……など。
私たちは、無意識のうちに多くの“メッセージ”を送っています。
こういったことに気づくのは、そんなに難しいことではありません。
相手のことをよく見ていれば、相手の話し方、声のトーン、体の動かし方、表情から、なんらかの情報を受けとることができるでしょう。
メールや電話とは違って、向き合ってする会話は、五感をフルに使うもの。
それを心にとめておくだけで“会話の質”は格段に上がります。

■日頃の小さな心遣いが、意外なほど「聴く姿勢」に影響
あなたはどのようなときに、相手の話に耳を傾けたくなるでしょうか?
その答えは裏返せばそのまま、人に自分の話をきちんと聴いてもらうためのコツになります。
自分の興味のある話題、楽しい話、笑える話なら、聞いていてイヤな気持ちになる人はいないでしょう。
また、たとえ愚痴でも、毎日延々と同じ話を聞かされたらイヤになってしまいますが、日々努力している相手からたまに聞かされる弱音であれば、かえって応援したくなるのではないでしょうか。
そうした愚痴や理不尽な体験、悩みをきちんと聴いてあげよう、力になってあげたい、と思うとき、心の中ではどこかに「相手への感謝」があるのではないかと思います。
自分が疲れていてつらいとき、弱音を吐きたいとき、隣にいて支えてくれた。
なんでもない日に、励ましのメールをくれた。
体を気づかって、おいしいごはんをつくってくれた。
そんな日頃の小さな心遣いが、意外なほど「聴く姿勢」に影響しています。
たとえば、こんなカップルがいました。
女性のほうは、いつパートナーが来てもいいように、家の中は気持ちのいい空間に整えていようと、部屋の片づけは欠かさないと言います。
男性は、そんなパートナーの部屋に行ったときには、食事の後片づけなどを率先して行なっていました。
お互いに忙しいのに、相手が自分のために何かを一生懸命にやってくれる。

それを感じれば、人は相手のために何かをしてあげたいと思うものです。
近頃会話が続かない、相手が真剣に話を聴いてくれない! と不満に思ったら、何かひとつ、自分から相手のためになることをしてみるといいかもしれません。
「いつもお疲れさま」「いつもありがとう」
そんなひと言をかけるだけでもいいのですから。
■会話が弾む「二人のルール」を
ふだんから「いい会話の習慣」があるカップルには、共通点があります。
それは、相手が耳を傾けたくなる“時間”や“空間”をつくってから、話をするということです。これは単純なようでいて、とても効果があります。
◇会話がスムーズに行くルール
①相手が忙しそうなときや、疲れているときは、複雑な話やネガティブな話は避ける。
誰にも「聴ける状況」と「聴けない状況」があります。それを忘れず、話すタイミングをはかることを重視します。
たとえば、待ち合わせの場所に駆けつけた相手に息つく間も与えず、いきなり「今日ね……」と話しかけても、満足のいく会話はできないでしょう。
②話すときには、とくに悩みや愚痴では、同じ話はくり返さない。
できるだけ簡潔に話すことを心がけたり、ある程度、時間を区切って会話をしたりすることも有効です。

③話題を変えたり、相手に対して意見を言うときにはひと呼吸をはさむ。
ひと言「ところでね……」「話は変わるんだけど……」、あるいは「私の話もしていい?」など。こうした“クッション”があるのとないのとでは、相手が受ける印象が大きく異なります。お互いに会話の主導権を奪い合うような会話にならず、よりスムーズで満足がいく会話ができるようになるでしょう。
④自分が「聴ける状態ではないとき」は、相手に伝える。
自分自身が何か大きな不安を抱えていたり、イライラした気持ちでいたりすると、相手の話に耳を傾けることができません。相手の話が愚痴や不満だったりすると、なおのこと。「こっちだって大変なのに!」という気持ちにもなりますよね。
そんなときには無理をせず、
「今、私はこういう状況なので、話をじっくり聴くことが難しい」

今週末には仕事がひと段落するから、そのときでも大丈夫?」
などと、提案してみてください。
互いにイライラしたり、心に余裕のない状態で話をするよりも、いい結果になるでしょう。

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平木 典子(ひらき・のりこ)

臨床心理士、家族心理士

1936年生まれ。津田塾大学英文学学科卒業後、ミネソタ大学大学院に留学し、カウンセリング心理学を専攻(教育心理学修士)。
帰国後、カウンセラーとして活躍する一方、後進の指導にあたる。日本におけるアサーション・トレーニング(自分も相手も大切にしながら行う自己表現)の第一人者。立教大学カウンセラー、日本女子大学教授、跡見学園女子大学教授を歴任。1995年、IPI統合的心理療法研究所を創設。主な著書に、『図解 相手の気持ちをきちんと〈聞く〉技術』『図解 自分の気持ちをきちんと〈伝える〉技術』(PHP研究所)、『アサーション入門』(講談社)ほか、多数。

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野末 武義(のずえ・たけよし)

明治学院大学心理学部心理学科教授

家族心理士、臨床心理士、公認心理師。1964年生まれ。立教大学文学部心理学科卒業。国際基督教大学大学院教育学研究科博士前期課程修了(教育学修士)。医療法人社団草思会錦糸町クボタクリニック、立教大学池袋学生相談所、国立精神・神経センター精神保健研究所などを経て、現職。IPI統合的心理療法研究所所長。主な著書に『夫婦・カップルのためのアサーション』(金子書房)、『家族心理学 家族システムの発達と臨床的援助 第2版』(共著、有斐閣ブックス)、『マインドフル・カップル』(監訳、金剛出版)などがある。


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(臨床心理士、家族心理士 平木 典子、明治学院大学心理学部心理学科教授 野末 武義)
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