※本稿は、有田秀穂『』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■休んでも疲れが取れない原因は「脳疲労」にあった
最近、「ちょっと体調がよくないな」と感じることはありませんか。
例えば、
・何となくやる気が出ない
・イライラする
・家事が手につかない
・ささいなことで、ついキレてしまう
・寝付きがよくない
・気分が落ち込みがち
・ボーっとしてしまって、目の焦点が合わない
・仕事に行きたくない
・悲観的になる
・動作や話し方が遅くなる
このような、病気ではなさそうだけれど、どうも調子がよくないという状態は、「脳疲労」が原因のことが少なくありません。
「脳疲労」は「頭の疲労」と「心の疲労」に分けることができます。ここではまず、「頭の疲労」について紹介していきます。
■「頭の疲労」を回復させる右脳の働かせ方
頭といってもいろいろな部位と働きがあります。パソコンで長い時間作業をするときや、情報量が多すぎて混乱してしまうときなどに、頭の疲れを感じる方もいるかもしれません。
頭が疲れると、仕事などの効率が低下し、集中力が落ちて、やる気がなくなります。このときに疲労するのは、主に大脳皮質の認知機能。脳の部位としては、大脳皮質(左脳)のほぼ真ん中にある言語中枢とその周囲。ここに視覚を通して文字情報が入力されると、その意味を理解し、記憶情報に照合して、認知的判断が下され、直ちに反応が出力されます。
この一連の反応をテキパキとこなすために、大脳皮質の先端部(前頭前野)のワーキングメモリーが働きます。
集中力の脳です。
この認知的作業が長時間繰り返されると、やがて集中力が落ちて、やる気がなくなってしまうのです。これが「頭の疲労」です。
この認知機能の疲労を回復させるには、目をつぶって休息すればよいわけですが、認知機能をつかさどる以外の脳、例えば右脳を働かせることで、回復させることもできます。外に出て散歩をしてもよいですし、軽く運動するのも効果的です。使われる脳が違いますから、認知機能は回復します。
また、誰かと談笑するのも有効です。この場合、ポイントは笑いにあります。言語中枢は左脳にありますが、右脳では笑いや自然音などが処理されます。たわいもない会話などで盛り上がると、認知機能の回復に有効です。
例えば太鼓のリズムや小鳥のさえずり、小川のせせらぎ、寄せては返す波の音などの気持ちのよいリズム音は右脳を活性化させて頭の疲れを解消します。いうまでもないことですが、むずかしい議論は左脳を休ませることにはならないので避けること。
皮膚に心地よい触刺激をするのも、「頭の疲労」に効きます。マッサージや、子どもとの触れ合い、ペットとのグルーミングなども、「頭の疲労」すなわち、認知機能の回復に有効です。
■脳を機能不全に陥らせるスマホ依存
現代はデジタル社会といわれます。社会人も学生も、朝、通勤や通学する途中からずっとスマホを操作。仕事や授業の合間にもスマホ、仕事や勉強が終わったら気晴らしにスマホでゲーム、インターネットやSNSで通信、入浴中やベッドの中でも……典型的な「スマホ依存」の人が少なくないのです。
しかし、スマートフォンやパソコンなどのデジタル機器を長時間、使い続けると大脳を興奮させます。それが脳の疲れをもたらして、心の疲れに結びつくのです。
しかも、大脳が興奮して夜、眠れなくなります。すると、さらにインターネットやゲームをやってしまい、寝不足で頭がすっきりしない、体調がすぐれないまま、職場や学校に向かうことになります。
こうして脳全体が機能不全に陥ると、パニック症状や強迫観念が強まってきます。やがて、うつ症状が現れてくるのです。つまりスマホやパソコン依存が「脳を破壊する」ということです。
デジタル三昧の生活は、本人がそうとは知らずに陥ってしまう悪循環です。“知らないうちに”というところに大きな問題があります。
疲れを取るためには、休息と睡眠が不可欠です。しかし、スマホの操作で使われる脳は「認知機能」で、仕事だけでなく、プライベートでダラダラと継続的にスマホを使い続けると、認知機能が疲れてしまいます。疲れてしまったら休息すればよいのですが、その疲れを回復させようと、「気晴らしに」ゲームにのめり込む。これがまったくの逆効果で、逆に頭の疲労を増加させてしまうことにつながります。
■人は「いいね」を求めてスマホの虜になる
スマホに依存して使い続けてしまうのは、脳科学的な根拠があります。使用していると依存状態を引き起こす神経、つまりドーパミン神経が活性化する仕掛けが組み込まれているからです。
誰の脳にもドーパミン神経があります。ドーパミンが分泌されると、心を意欲的にし、ハッピーな気分をもたらしてくれます。このような脳内物質が、人間には備わっているわけです。
このドーパミンは「報酬系」とも呼ばれ、何か欲しいもの=報酬対象があると活性化されます。
■睡眠ホルモンを減少させるブルーライト
スマホを使っているときに働く脳は認知機能ですから、仕事だけではなく、日常生活でもスマホを依存的に使い続けてしまうと、認知機能の疲労=「頭の疲労」が蓄積されてしまうのです。ここがデジタル社会の大きな「落とし穴」です。スマホとの上手な向き合い方、使い方をマスターしなければ、人間の脳疲労は積み重なっていくばかりです。
それだけではありません。スマホやパソコンの画面からのブルーライトが、睡眠ホルモンを減少させて、良好な「睡眠」を妨げてしまうのです。「デジタル社会は不眠の時代」ともいわれる理由はここにあります。
寝付きが悪い、ぐっすり眠れない、いくら寝ても寝た気がしないという人は、脳科学的に問題を抱えている可能性があることを知っておいてください。
それに伴い、「自然の中で仕事や生活をする」という意識が人々の中で芽生えてきています。「自然に帰る」という姿勢です。
■ストレス中枢の興奮で臓器にダメージが
デジタル依存生活で「脳の疲れ」が蓄積して、睡眠が取れなくなると、朝の寝起きが悪くなり、何もやりたくない、仕事や学校に行きたくないということが起こります。当然、バイオリズムが乱れ、体調も悪くなってしまいます。それが高じて集中して作業ができなくなると仕事を休みがちになり、「ひきこもり生活」になってしまう危険もあります。
実は、この「ひきこもり生活」こそが「心の疲れ」=うつ症状や強迫性障害の状態を作り出してしまうのです。
「心の疲れ」は、脳の視床下部にある「ストレス中枢」を刺激して興奮させ、体にもストレス反応を引き起こします。
ストレス中枢の興奮は、体のストレスシステム(視床下部・下垂体・副腎経路)を介して副腎皮質を刺激して、ストレスホルモンである「コルチゾール」の分泌を促し、全身の臓器に悪影響を与えます。その結果、免疫機能を低下させて風邪をひきやすくしたり、肥満や高血圧、糖尿病などの、いわゆる「ストレス関連疾患」を誘発するのです。
さらに最近の研究では、「ストレス中枢」の興奮が、「覚醒中枢」の一つである「セロトニン神経」の働きを抑えてしまうことがわかりました。デジタル依存生活は、セロトニン神経が活性化しにくいライフスタイルをもたらし、自律神経失調症や慢性疼痛、うつ病の原因になるということです。
■セロトニン神経の活性化で「心の疲れ」は回復する
そこで「デジタル依存の生活」→「頭の疲労」→「不眠」→「休職」→「ひきこもり生活」という生活パターンをなくすことが大事になります。
デジタルに依存したライフスタイルがセロトニン神経を知らない間に弱らせる生活となり、これらがうつ病増加の背景にあると考えられるのです。
頭が疲れていなくても、「ひきこもり生活」を続けているだけで、うつ症状やキレやすいなど、メンタルヘルスの不調を誘発してしまいます。
それが明確になったのが「コロナうつ」です。それまで何事もなく、元気に生活していた人が、新型コロナウイルス感染予防のために数週間から数カ月「ひきこもり生活」を続けていただけで、やがてうつ症状やキレやすくなる現象などの強迫性症状を発症してしまったのです。
しかし、「心の疲れ」は、きちんと対策をすれば、未病のうちに回復させることができます。その方法が「セロ活」、セロトニン神経を活性化させる生活です。本書では、その具体的な方法を詳しく解説していきます。
大切なことは、「心の疲れをこじらせない」こと、そして「セロ活」を続けること、それに尽きるのです。
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有田 秀穂(ありた・ひでほ)
医師・脳生理学者、東邦大学医学部名誉教授
セロトニンDojo代表。1948年東京生まれ。東京大学医学部卒業後、東海大学病院で臨床に、筑波大学基礎医学系で脳神経系の基礎研究に従事、その間、米国ニューヨーク州立大学に留学。東邦大学医学部統合生理学で坐禅とセロトニン神経・前頭前野について研究、2013年に退職、名誉教授となる。各界から注目を集める「セロトニン研究」の第一人者。メンタルヘルスケアをマネジメントするセロトニンDojoの代表も務める。著書として『医者が教える疲れない人の脳:「慢性疲労」を消す技術』(三笠書房)、『脳からストレスを消す技術』(サンマーク出版)、『脳科学者が教える やっかいな脳のクセをリセットする 朝5分の呼吸法』(総合法令出版)など多数ある。
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(医師・脳生理学者、東邦大学医学部名誉教授 有田 秀穂)