■「進次郎米」で潮目が変わった
新農水相、小泉進次郎の「セクシーさ」が炸裂している。スピード感という言葉の響きに煽られ、低迷を続ける石破政権の支持率も勢いで微増というボーナスつきである。
世間では「古米、古古米、古古古米」という小気味よい早口言葉と共に、随意契約組の政府備蓄米販売が始まった。古古米や古古古米の響きがどうもよろしくないという世論を汲んで、コンビニのローソンは「ヴィンテージ米」という“お洒落な”ネーミングを編み出し、ヴィンテージ米おにぎりの発売を予定している。
「米は自分で買ったことがない」とあまりにも正直な告白をしてしまった江藤・前農水相交代の経緯や、スマートでスピーディーでセクシーを自認する小泉進次郎らしい放出備蓄米の随意契約導入などを、あくまでニュースとして「ほー」と受け取っていた5月の私。しかしいよいよ「5kg約2000円備蓄米」(以下、進次郎米)がダイレクトに小売店頭に並ぶ運びとなり、昨年同期比約2倍という米価格の高騰と、都市部における謎の品不足感にストレスを感じていた消費者が群がるのを見て、あっこれは潮目が変わった、と感じた。
「1年後には家畜の飼料になるような米(のちに謝罪訂正)」との野党政治家の発言も、かえって「日本の農水省が、本当に国民にそんなレベルの食糧を食べさせるだろうか?」と関心を高める要因になる。さっそくどこのニュース番組や新聞記事でも、競うようにして「食べてみた」の検証が始まった。
初めは静観の予定だった私も、仕事の事情で「進次郎米」を手に入れる必要が生じたのだが、人気すぎて全く手に入らず。いくつかのサイトでネット購入に挑戦するも、5月29日の販売皮切りから約1週間はアクセス集中や抽選落ちに振り回され続け、プレッシャーで夢に見るほどだった。
■ブランド米が店頭に並びはじめた
徐々に進次郎米の出荷が安定し、限定的ではあるがいくつかのコンビニ店頭でも小分けで買えるようになると、今度は「スーパー店頭の景色が変わった」とのSNS投稿が目立ち始める。
私も、自宅近くのスーパーにブランド米が残っているのを新鮮な気持ちで見たばかりだった。これまでブランド米が店頭に出た先から争うように購入していた「米のヘビーユーザー」たちの関心が進次郎米の購入へと移行した結果、これまで慎重に絞られていたブランド米の出荷が緩められた影響なのだろうかと感じた。
さらに江藤ブレンド米(江藤前農水相時代に競争入札された放出備蓄米)が5kg3000円台でどっと積まれているのも見た。これは、結果として高騰ブランド米と格安進次郎米との間に「中途半端な価格帯の、中途半端な品質米」を生んだ状態である。価格二極化なりに供給が安定して市場が冷静になると、すでに精米されてしまった江藤ブレンド米が一斉に微妙な立場におかれるのであろう未来を物語っていた。
そう、米は工業製品ではない。玄米の状態で貯蔵して、いったん精米したら2カ月ほどで食べ切ることが推奨される、消費期限をもつ生鮮食品なのだ。食味が落ちるだけでなく、うっかりすると虫(コクゾウムシなど)が湧いたりする。この、トイレットペーパーやマスクなどとは違う、単純に「買っておけば買っておくほど安心」ではない商品の性質が、需給バランスをここまで不安定かつ不透明にした大きな要因の一つであると考えられている。
■流通の目詰まりの原因は「農水省もよくわかっていない」
マスコミでは「令和の米騒動」と名付けられた、この急激な米価高騰。世間は政府の減反政策を遡って責めると同時に、「利益を得ようとして売り渋っている誰かがいるに違いない」と、JAや卸や小売や転売ヤーなど、流通の目詰まりの悪者探しをしてストレスをぶつけ合ってきた。だが農水相となった当の進次郎でさえ、「不足感の連鎖が結果として米全体の市場に大きな影響を与えた」としつつ、「この流通の世界でいったい何が起きているのかは実は農林水産省でも見えていないところがある」と、実態把握の困難を語っている。
■世間の心理的不安感が生んだ米騒動
転売ヤーは悪役にしやすいが、単一の勢力として市場を左右できるほどの信用も影響力も持たない。どうやら真の犯人は、我々消費者を含め、その「世間」を構成するあらゆるレイヤーの心理的不安感そのものだったのだ。
組織や個人が一斉に始めた、米価格上昇に備えた備蓄が多層的に積み重なったもの、つまり明確な誰かの悪意云々以前に、「米がなくなると困るから、いつもより意識的に早めに手に入れておこう」という行動変容が絡み合った結果のようだ、との分析がいま主流である。
もちろん背景には2021年から始まった生産量不足がある。23年産では生産量661万トンに対し需要量705万トンと、大幅な供給不足が発生。23年の猛暑・渇水による品質低下に加え、24年8月の南海トラフ地震臨時情報による買いだめが追い打ちをかけて、市場から米が姿を消した。昨夏、秋の新米シーズンを心待ちにしていた自分が思い出される。
ところが、ここから心理戦が始まったのである。面倒なのは、先述の通り、精米された米には消費期限があるということだ。買い占めてもカビを生やしたり虫が湧いたりしたら、商品価値がなくなる。だから量と価格に加えて、時期を見極めて精細に入荷量を調整しなければならない。この、業者も消費者も、つまり供給側も需要の側も、まるでそれぞれせっせとデイトレーディングをするかのような、ミクロな判断が複雑に絡み合った結果、農林水産省でも把握できない「流通のブラックボックス」「消えた(どこかに蓄えられた)米」が誕生したということのようだ。
■需給のバランスを崩壊させた「空隙」
需要があるのに供給できないのは困る。業者間での米奪い合いが激化し、卸値が上がる。価格の上昇は、消費者の危機感を呼び起こす。店頭から米がなくなると、マスコミが米不足を喧伝し、「それは急がなきゃ」とさらに需要が刺激される。小売から生産者直接交渉のチャネルはしょせん絞られるため、焦った小売は卸にプレッシャーをかける。
そして集荷機能を担うJAが、これまでの「農業という牧歌的な雰囲気を裏切って実は日本を代表する巨大な機関投資家」的な悪役イメージを一緒くたに巻き込まれて悪の帝王に祭り上げられ、農水省は「今後の農政が描けているのか」と揶揄され、農水族議員は「JA票ばかりを数える田舎者」扱いされ、総合的に不安と焦燥と怒りだけが残って、消費者はまた店頭で米をせっせと買う。結果として、物理量としては決して生産量不足ではなかったはずの24年産米で、見かけの米不足が発生した。
SNS社会となった令和に起きた米騒動は、昭和と違ってウェブで情報が流れ、ウェブでモノが売買され、一層「敏感に煽られやすくなった」消費者行動の時間感覚と、従来の枠組みに甘んじていた米流通の時間感覚との間に生まれた空隙(ディレイ)が「需給のバランス崩壊」として浮かび上がったのではないだろうか。
■結局、進次郎氏が解決しそうなのが悔しい
とはいえ、「進次郎米」が順調にはけ、店頭の米不足感が解消され、消費者の動きや感情がいったんは沈静化された現時点……。
もちろん今回の備蓄米は、滑り出しこそ話題性込みで市場に歓待されているものの、今後、2021~22年産の古米を消費者がどこまで受容するかは未知数。店頭には3つの価格帯の米が並んでおそらくまずは「江藤ブレンド米」がダブつき、精米済みの米は値崩れし、状況が悪ければ在庫は政府に買い戻される可能性もある。だが進次郎がもくろんだ通り、輸入米含めさまざまな選択肢が店頭に用意されることで、市場が「冷静な議論をできる状態」になったことは進次郎の明らかな手柄だ。
米価格の「暴落」はまた別のパニックと離農加速を引き起こすので、前年水準への急激な回帰は想像し難いが、穏当な値段への着地が期待される。もちろん既存業者は今さら値下げには消極的だろうし、農家からは「適正価格は5キロ3500円程度」との声もある。米価格の新水準はそのあたりにソフトランディングするのではないだろうか。
7月にもなれば、九州産の早場米が出回り始め、新米の季節が来る。パフォーマンス主義だとして、ネットミームにもされがちな進次郎だけれど、わかりやすい言語化と参院選前にスピーディーに「結果を出す」姿勢は(悔しいからなかなか認めたくないけど)結局セクシー、ということなのか。
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河崎 環(かわさき・たまき)
コラムニスト
1973年、京都府生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業。時事、カルチャー、政治経済、子育て・教育など多くの分野で執筆中。著書に『オタク中年女子のすすめ』『女子の生き様は顔に出る』ほか。
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(コラムニスト 河崎 環)