■グーグルが自社スマホとして販売した「Pixelシリーズ」
スマホメーカーとしての参入は後発ながら、日本市場で急成長しているブランドがあります。グーグルのPixelです。
Androidの開発元であるグーグルですが、オープンプラットフォームであるがゆえに、端末開発は行ってきませんでした。純正モデルとして投入していたNexusシリーズも、サムスン電子やファーウェイといったメーカーに開発を委ねていました。
この方針を変え、自社スマホとして販売したのがPixelシリーズです。3世代目にあたる「Pixel 3」では日本上陸も果たし、以降、毎年のように端末を発売しています。特にシェアを伸ばすようになったのは、廉価モデルのPixel aシリーズを手がけるようになってから。2023年に発売された「Pixel 7a」ではドコモが取り扱いを再開し、このタイミングから一気にシェアを拡大しています。
調査会社MM総研が5月に発表した2024年度(2024年4月~2025年3月)の携帯電話端末出荷台数調査では、国内シェア3位につけていることが明らかになりました。Androidでは2位で、その出荷台数は1位のシャープに肉薄しています。一時はアップルに次ぐ2位につけていたこともあります。では、Pixelシリーズにはどのような魅力があるのでしょうか。4月に発売されたPixel 9シリーズを例に、その実力をひもといていきます。
■AIの力でスマホの弱点を克服したカメラ機能
Pixelシリーズは、「コンピュテーショナルフォトグラフィー」を広げた1台として注目されました。
これは、カメラの性能をコンピューターの処理で底上げすることを指します。スマホに搭載できるカメラのセンサーは、そのサイズ的な制約ゆえに、デジカメと比べるとどうしても小さくなります。センサーが小さいと、取り込める光の量が減り、暗所などに弱くなります。
■夜景を失敗なく、キレイに撮ることができる
また、厚みにも制約があるため、望遠カメラも簡単には搭載できません。Pixelシリーズは、その制約をAIによる画像処理の力で乗り越えた端末と言えます。同モデルを一躍有名したのは、まるで暗視カメラのように暗い場所でも被写体をクッキリ写せる「ナイトモード」。この機能は現行モデルのPixel 9シリーズでも健在で、夜景を失敗なく、キレイに撮ることができます。
望遠性能も優れています。最上位モデルの「Pixel 9 Pro」には、潜望鏡型の望遠カメラが搭載されており、光学ズームは5倍です。ここにAIの処理やセンサーの処理を掛け合わせた「超解像ズーム」を使うことで、最大30倍までズームした写真を撮影できます。AI処理を活用しているため、画質もまずまず。望遠カメラを持たない「Pixel 9」でも、最大8倍までの超解像ズームを利用できます。

■撮ったあとの画像処理に関してもAIの力を発揮
撮ったあとの、画像処理に関してもAIの力が発揮されています。テレビCMなどで連呼され、有名になったのが「消しゴムマジック」です。実際にはGoogleフォトの機能で、今では他の端末はもちろん、iPhoneでも利用はできますが、これを先行搭載したのがPixelでした。現状では、生成AIを使ってより編集精度を高めた「編集マジック」を利用することができます。
実際、以下の作例の前後比較を見ていただければ分かるように、写り込みを消したあと、空白になった部分を生成AIで書き足しているため、あたかも最初から写り込みがなかったかのように見えます。AIを駆使した機能をいち早く搭載して、ユーザーに驚きを与えてきたことがPixelシリーズの人気を高める理由の一つになったと言えるでしょう。
グーグルがAIの開発に力を入れていることもあり、編集マジックのような“Pixelに先行搭載される機能”は増えています。代表的なところでは、AIアシスタントして内蔵されているGeminiとリアルタイムな会話ができる「Gemini Live」の機能です。Gemini Liveには、カメラで写したライブ映像を見せながら会話できる機能が今年3月に加わりましたが、これを無料で利用できるのはPixel 9シリーズとサムスン電子のGalaxy S25シリーズだけでした。
■グーグルの開発力をいち早く体験できるスマホ
また、Geminiが複数のアプリをまたいで連携させる機能も、当初はPixelとGalaxy S25シリーズに提供されていました。これを使うと、音声やテキストで「この周辺のイタリアンレストランを調べてメールで○○に送って」と指示を出すだけで、バックグラウンドで検索をかけ、その結果をメールで送信する寸前のところまで実行してくれます。
今のPixelは、カメラがきれいなだけにとどまらず、グーグルの開発力を生かし、それをいち早く体験できるスマホとしての位置づけが色濃くなっていると言えるでしょう。
GeminiのようなクラウドベースのAIは、他の端末に開放された時点でPixelだけの強みではなくなってしまうものの、常に最新のAIに触れていたい人にはいい選択肢になります。
これだと、他のメーカーが後追いできてしまうのでは……と思われるかもしれませんが、OSとして提供するAndroidやグーグルのサービスとは別に、Pixel専用のAIを使ったアプリも搭載されています。文字起こし可能なボイスレコーダーは、その代表例と言えるでしょう。今では同様の機能がiPhoneにも搭載されていますが、その精度には雲泥の差があります。
■誤字脱字が少なく、高い精度の「文字起こし」
Pixelの場合、大きなホールで開催される発表会の文字起こしも、誤字脱字が少なく、高い精度を叩き出しています。しかも、このAIの処理は、すべて端末上で完結しています。機密情報などを含むセンシティブな音声データをクラウドにアップロードしていない安心感があるだけでなく、電波のよくない場所で使えたり、海外ローミングせずに海外で利用できたりと、端末上で処理するメリットは大きいと言えます。
Pixel 8以降の標準モデル以上なら、ボイスレコーダーが書き起こしたテキストは、同じ端末上の処理だけで要約することも可能。これもきちんと要点をまとめてくれるため、あとからどんな内容だったのかを振り返る際に役立ちます。筆者のように取材で使えるのはもちろん、会議の議事録作成など、一般的な仕事にも役立ちます。AIをいち早くスマホに取り込み、しかもそれが実用的になっている点が、Pixelの優位性になっています。
■評価が高まった、廉価モデルの「Pixel a」
ただし、いくら機能が優れているからといって、それだけで売れるわけではありません。
それに見合った価格も重要だからです。特にスマホは円安ドル高や部材費の高騰、高機能化などが重なり、ここ数年、ハイエンドモデルが一気に高くなってしまいました。20万円を超える端末も珍しくありません。
このような状況で評価が高まったのが、廉価モデルの「Pixel a」シリーズです。廉価といっても、性能が特段低いわけではなく、搭載されているプロセッサーは上位モデルとまったく同じ。発売は通常モデルより半年程度遅くなるものの、コストパフォーマンスの高さが際立つシリーズになっています。
例えば、4月に発売された「Pixel 9a」は、128GBモデルが7万9980円と10万円を大きく下回っています。キャリアによっては、MNPの割引と2年後の下取りを組み合わせることで、実質価格を1000円台まで抑えられます。これに対し、上位モデルのPixel 9は12万8900円。処理能力がほぼ同じなら、廉価モデルで十分というユーザーが多いこともうなずけます。
■センサーサイズの違いほど、撮った写真に差が出ない
もちろん、グーグルも単純に価格を下げているだけではなく、カメラのセンサーサイズやディスプレイなどの仕様は、上位モデルより低くなっています。一方で、先に挙げたように、PixelはAIの力でカメラの画質を底上げしており、センサーサイズの違いほど、撮った写真に差が出ないのも事実。
AIの力で、ハードウェアのコストダウンを補い、買いやすい価格を実現しているとも言えるでしょう。
処理能力を上位モデルとそろえた廉価モデルという点は、アップルのiPhone 16eも同じですが、こちらは超広角カメラ非搭載で、価格も9万9800円から。Pixel以上に上位モデルとの差が大きく、価格も高くなっています。Pixelシリーズが躍進した理由には、こうしたお得感が評価されたことも大きいはずです。
一方で、そんなPixel aシリーズも、円安ドル高の影響を受け、世代を経るに従って値上がりしています。ドコモが取り扱いを再開した当時のPixel 7aは6万2700円でしたが、わずか2年で1万7280円も高くなってしまいました。米国でのドル建て価格は変わっていないため、円安が直撃したことが分かります。とはいえ、この性能で8万円を切っている端末はなかなかなく、各種販売ランキングでも売れ行きは好調なことが分かります。また、8月にはPixel 10の発売もウワサされており、AIを生かした新機能を打ち出してくることに期待が高まっています。

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石野 純也(いしの・じゅんや)

IT・スマホ ジャーナリスト

大学卒業後、出版社へ入社。IT関連の雑誌・書籍の編集を行う。独立後はモバイル関連を中心に、スマホからネットワーク、コンテンツに至るまで多岐に取材。
著書に『ケータイチルドレン』(SBクリエイティブ)など。

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(IT・スマホ ジャーナリスト 石野 純也)
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