■『M:I』も『トップガン』も超えた『リロ&スティッチ』
洋画不況と言われて久しい。しかし、今年は上半期から洋画のヒット作が続いている。
その目玉の1作が6月6日より公開された実写版『リロ&スティッチ』だ。初週興行収入5.6億円(動員38.1万人)の大ヒットスタート。同日公開の邦画大作『国宝』を上回り、週末観客動員ランキング初登場1位にランクインした。
ディズニーアニメの実写版としては、昨年12月20日公開の『ライオン・キング:ムファサ』(公開週末3日間の興収3.7億円、動員25万人)、今年3月20日公開の『白雪姫』(同3日間の興収1.9億円、動員13万人)を大きく上回る出足になった。
世界的に厳しい興行になった『白雪姫』とは対照的に、『リロ&スティッチ』は国内外で今年のエポックメイキングなヒット作になる兆しを見せている。『リロ&スティッチ』は他作品とは何が違うのか。
その予兆は5月末からあった。北米ではメモリアルデー週末の5月23日に公開された『リロ&スティッチ』は、同週末4日間で歴代No.1のオープニング記録となる興収1億8300万ドルの大ヒットスタートを切り、大きな話題になっていた。
■『白雪姫』と対照的な結果に
この数字のインパクトは、今年最大の話題作のひとつである同日公開の『ミッション:インポッシブル/ファイナル・レコニング』(興収7700万ドル)にダブルスコアの大差をつけただけでなく、同週末歴代記録だった『トップガン マーヴェリック』(2022年)の興収1億6000万ドルを抜いたことからわかるだろう。ちなみに2002年のオリジナルアニメーション『リロ&スティッチ』(初週3日間興収3500万ドル)も大きく上回っている。
そして、実写版『白雪姫』の最終全世界興収9260億ドルを初週末にして超えた。今年公開されたディズニーアニメの実写版新作が極めて対照的な結果になっている。

その要因をひもとくと、まず作品の内容面がある。
近年のディズニー作品が一部から批判を浴びてきた、ポリティカルコレクトネス(ポリコレ)への過剰な配慮からのオリジナル改編が、『白雪姫』には顕著に表れていた。ストーリーもキャラクター設定もオリジナルから大きく外れている。ディズニーを代表する名作『白雪姫』のファンは多いはずだ。しかし、実写版の物語は、彼らだけではなく、アニメ版を知る一般層の期待にも応えることができなかった。
■『リロ&スティッチ』と『白雪姫』の作品性の違い
それに対して『リロ&スティッチ』は、物語のオリジナル性を担保しつつ、実写ならではの映像演出が加わった痛快アクションエンターテインメントのファミリー映画になり、作品そのもののおもしろさがある。登場人物たちもオリジナルに寄り添うハワイを舞台にしたキャスティングであり、ホワイトウォッシュもポリコレ偏重もない。
実写になったスティッチは、ブラックなキャラクター性は生々しくなるが、それが笑いにもつながり、子どもだけではなく、若い世代など大人たちも楽しめるフックになっている。オリジナルアニメから実写へのアレンジの差配が絶妙だ。家族の絆が描かれるストーリー展開に引き込まれる、しっかりとした作品の力がある。
そもそもの製作企画を振り返ると、『白雪姫』は、ディズニー初の長編アニメ映画という世界中で愛されるディズニーブランドを象徴する名作だ。その実写化は一大プロジェクトだったことは想像に難くない。

一方、『リロ&スティッチ』はもともとディズニープラスの配信作品として企画されていたが、途中で劇場版へと変わったことが伝えられている。比較的自由度が高いであろう“配信向け”というスタートが、作品性にプラスに作用したことが、両作の結果からは推察できるかもしれない。
■『インサイド・ヘッド2』『モアナと伝説の海2』との共通点
もうひとつ『リロ&スティッチ』の大ヒットの背景にあるのが、ここ数年でディズニーのエコシステムが機能し、ヒット方程式が確立しつつあることだ。
昨年から今年にかけて、シリーズ続編の新作アニメ『インサイド・ヘッド2』(日本興収53.6億円)と『モアナと伝説の海2』(日本興収51.6億円)がどちらも世界的に大ヒットしていた。コロナ禍以降、不振が続いていたディズニーからようやく生まれた国内興収50億円超えヒット作だ。この2作と『リロ&スティッチ』には共通点がある。
『インサイド・ヘッド2』はシリーズ前作から9年ぶり、『モアナと伝説の海2』は8年ぶりの続編であり、『リロ&スティッチ』は実に23年を空けた実写版になる。この前作から長い時間を空けた続編(新作)という点がポイントになる。
■ディズニー特有のエコシステムが機能したヒット
ディズニーの特徴は、テーマパークのアトラクションやディズニーストアのグッズ、名曲が多い音楽関連のつながり、ディズニーチャンネルの放送など、ファンを取り巻く日常にタッチポイントが多くあり、作品やキャラクターとのエンゲージメントを強めていることがある。
そうしたなか、2019年に独自の動画配信サービス・ディズニープラスがスタートした(日本は2020年)。映画や配信オリジナルシリーズなど豊富な作品群を、気になったときにいつでも見られる環境が整ったことで、ファンにとっては作品もキャラクターもより身近な存在になった。
新作の製作情報が出れば、関連作品をすぐに視聴できる。
新作への期待が高まり、公開されれば劇場へ足を向ける。そして、作品に感動して楽しめば、グッズやテーマパークの体験へつながる。
昨年の2作はアニメの続編だったが、今年の『リロ&スティッチ』は実写版という違いがあった。それでもヒットが生まれた。
もちろん巧みなストーリーテリングによる作品力が備わっていることが前提だが、ディズニープラスの浸透によって、ファンと作品がこれまで以上に密接した関係性になり、そこに強い結びつきが生まれている。アニメ、実写を問わず、ディズニーのエコシステムが機能していることを、この3作の大ヒットが示している。
■日本とは特別な縁があった『リロ&スティッチ』
加えて、『リロ&スティッチ』は日本と特別な縁がある。沖縄を舞台にした日本オリジナルアニメ『スティッチ!』シリーズが2008年から2011年にかけて地上波テレビ放送されていたほか、東京ディズニーリゾートでは2008年からシアターショー「魅惑のチキルーム:スティッチ・プレゼンツ“アロハ・エ・コモ・マイ!”」、2015年からアトラクション「スティッチ・エンカウンター」がスタートしている。
■たびたびスティッチブームが起きていた
そうした環境のなか、テレビアニメ放送時期からたびたびスティッチブームが起きていたが、2010年代後半には日本オリジナルのかわいいキャラクターグッズが人気になり、ファンを公言する芸能人が続出。社会的ブームにもなっていた。
当初のアニメファンから世代が一回りし、現在は配信を軸にグッズやテーマパークを親子で楽しむ2世代ファンが増えている。こうしたファン層の下地が、今回の再ブレイク的なブームの背景にある。
オリジナル映画以外のさまざまなシーンでの縁が、幅広い世代のファン作りと、コア層以外の一般層への認知拡大につながり、日本での大ヒットにつながった。
国内市況では“洋画離れ”が叫ばれるなか、エコシステムが機能しはじめているディズニーにそれは当てはまらない。
■アニメや漫画原作の実写化へのハードルは高い
これまで名作アニメの実写化をルーティンのように進めてきたディズニーだが、厳しい声にさらされた『白雪姫』の興行結果から、この先の製作の再検討が伝えられている。
そもそもアニメや漫画の実写化はハードルが高い。『ドラゴンボール EVOLUTION』(2009年)など黒歴史になったタイトルも少なくない。昨今では、日本でも一時期に比べて漫画実写化はヒットしなくなっている。その背景には原作ファンが求めていないことがある。SNSなどを通じてその声が大きくなるなか、ビジネス起点の原作ファン依存の実写化(実写化すれば原作ファンは見るだろうという安易な企画)が成立しない時代に入っている。
ディズニーのかつての名作の実写化にも逆風が吹いている。しかし、ディズニーはそこに頼らずとも、ディズニープラスの充実したオリジナルラインナップからの映画化が、ヒットを生み出す高いポテンシャルを持つことが示されている。
今年11月には、前作から9年ぶりの続編となるアニメ『ズートピア2』が公開される。エコシステムが機能すれば、コロナ禍以降4作目の大ヒットになるはず。
この先もディズニー作品のヒットが続くのか。ヒット方程式は確立されたのか。今年はディズニーの未来を占う1年になるかもしれない。

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武井 保之(たけい・やすゆき)

ライター

エンターテインメントビジネス・ライター、編集者。音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスで活動中。映画、テレビ、音楽、お笑いを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを分析や考察する。

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(ライター 武井 保之)
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