一見、ブランドに何の関係もないものが巨額の利益をもたらすケースがある。イギリスの起業家であるスティーブン・バートレット氏は「私は20歳でマーケティング会社を立ち上げたが、社内には営業チームを置かず、代わりに大きな滑り台を置いた。
これが大きな利益を生み出した」という――。
※本稿は、スティーブン・バートレット、清水由貴子訳『執行長日記 THE DIARY OF A CEO』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■階段代わりに設置したらメディアで話題に
マーケティングやブランドメッセージをより多くの人に10倍速く、しかも100分の1の予算で届ける方法。
私が最初のマーケティング会社を立ち上げたのは20歳のとき。ビジネスは予想をはるかに超えて急速に成長し、設立から1年後、最も大口の顧客から30万ドルの投資を受けた。
経験の浅い20歳の新人CEOに巨額の資金──彼自身、人生で目にしたことのないような大金──を託したら、突拍子もないことをするのではないか。そう考えた人は大正解だ。
私はイギリス北部のマンチェスターにある1400平方メートルの巨大な倉庫を10年契約で借りた。何百人もの従業員が入る広さだったが、実際にはたったの10人。
仕事用デスクを購入するよりも先に、中2階を設置し、コンピュータゲームができるようにゲーム部屋をつくった。部屋から出るのに階段を使うのはつまらないと思い、1万3000ポンドをかけて、巨大なボールプールに滑り降りる大きな「青い滑り台」を取りつけることにした。
デスクが届くころには、バスケットボールのリング、あらゆる酒をそろえたバー、ビールサーバー、オフィスのど真ん中に大きな木、それ以外にも子どもっぽいものがいくつか備えつけられていた。

■わずか5年で従業員は10人から500人超え
それから数年で、従業員の平均年齢がわずか21歳の我が社は業界内で最も多くマスメディアで取り上げられ、最も話題に上り、最も速く成長し、最も大きな変革を起こした企業となった。年間の売上増加率は数年連続で200%以上。顧客には世界有数のブランドが名を連ね、私が25回目の誕生日を迎えるころには、従業員数は500人を超えていた。
それだけではない。驚いたことに、我が社には営業チームはなかった。大きな青い滑り台があったから、営業チームは必要なかったのだ。
そんなばかな、と思うかもしれない。話を盛っているのではないかと。けれども本当に、我が社の最初の数年間、もっぱらメディア戦略を牽引したのは、あの巨大な青い滑り台だった。
我々の記事を掲載した主要な新聞の見出し、テレビ番組、我が社の話題に触れたブログ……すべてが大きな青い滑り台について言及し、おもしろおかしく取り上げ、あるいは特集を組んだりした。
設立3周年を迎えるまでに、記者たちは何百回となく滑り台の写真を撮り、記事のために、私は毎回のようにボールプールに寝そべってポーズを取るよう頼まれた。おかげで、それが我が社の鉄板ネタとなった。
インタビューをする記者が受付に到着するなり、オフィスの誰かが決まって「ボールプールに入れ!」と私に叫ぶというわけだ。
■イギリスで「最もクール」なオフィス
BBC、バズフィード、ヴァイス・メディア、チャンネル4、チャンネル5、ITV、フォーブス、GQ、ガーディアン、テレグラフ、フィナンシャル・タイムズ……皆、取材やインタビューのために列をなして我が社を訪れ、記事の見出し画像には、かならずと言っていいほど、あの大きな青い滑り台の写真が使われた。あるBBCの記事では、イギリスで「最もクール」なオフィスだと紹介された。ヴァイスはドキュメンタリーの制作のために訪れ、かなりの時間を費やして、さまざまな角度からボールプールや大きな青い滑り台を撮影していた。
結果的に、創業当時のチームは全員同じ意見だった。私たちが下した最高の財務上の決定は、ばかばかしくて、想定外で、子どもじみてはいるものの、1万3000ポンドの投資額をあの大きな青い滑り台に費やしたことだった。
たしかに、私が会社を経営していた7年間で、実際に誰かが滑るのを見たのはほんの数回だった。だが、あの滑り台の価値は本来の目的ではなく、「マーケティング・メッセージ」としての効果で判断すべきだ。
■どんなマーケティング・キャンペーンよりも効果的
滑り台は私たちのことを世界に向かって大々的に宣伝した。「この会社はほかとは違う」「この会社は若い」「この会社は大きな変革を起こす」「この会社は革新的だ」と叫んでいた。我が社がそれまで企画したどんなマーケティング・キャンペーンよりも声高に、説得力を持って、そのメッセージを伝えたのだ。
1枚の写真が1000の言葉を表すとしたら、あの大きな青い滑り台は1冊の本を書き上げた。
その本は、私たちの価値観、私たちがどんな人間か、何を信じてどう行動するかを記したストーリーである。
大きな青い滑り台に大金をつぎこめと言っているのではない。ただ、企業が発信するストーリーを特徴づけるのは、意味のある実践的な行為ではない。多くの場合、販売する製品でもない。ブランドに関連する「役に立たないばかげたもの」がストーリーをつくるのだ。
■最先端設備より30メートルのクライミングウォール
最近、友人がロンドンの「サード・スペース」というジムに入会した。そこは誰もが認めるロンドン最大の高級ジムで、3フロアに最先端の設備が整っている。私のことも勧誘すべく、彼はこう言った。「きみも入ろう。最高だぜ。入口に高さ30メートルのクライミングウォールがあるんだ!」
おわかりだろうか。彼は皆と同じようにした。
無数にある効果的なトレーニングマシンのことにも、驚くほど便利なパワーラックのことにも、とても使い勝手のよい更衣室のことにも触れなかった。何の役にも立たない特徴でジムを宣伝したのだ。
正直に言おう。それは効果てきめんだった。私は入会して1年以上になるが、その30メートルのクライミングウォールに誰かが近づくのを一度も見たことがない。
だが、ジムに高さ30メートルのクライミングウォールがあると聞いたら、無意識のうちに思うだろう。「30メートルのクライミングウォールがあるなら、何でもあるにちがいない!」。あるいは「30メートルのクライミングウォールがあるなら、さぞ大きなジムにちがいない!」。もしくは、Z世代やミレニアル世代の人なら、「30メートルのクライミングウォールがあるなら、ほかにもおもしろくてすごいものがあるはずだ。写真を撮ってSNSに投稿できるぞ!」。
■テスラが世界有数の自動車メーカーに成長した理由
並み居るライバル会社を尻目に、テスラはみるみる世界有数の自動車メーカーとなった。モデルYはヨーロッパで販売台数第1位、モデル3はアメリカでの高級車販売ランキングの上位にランクインしている。
だが、テスラの広告予算は0ドルだ(原書が刊行された2023年当時=編集部註)。
私のマーケティング会社に営業チームは不要だった。前述のロンドンのジムにもおそらく営業チームは不要だ。それと同様に、テスラにも宣伝は必要ない。というのも、ばかばかしさを前面に押し出したブランドだからだ。
この車は、あえてばかげた機能を満載し、顧客、マスメディア、世間の人々の話題をさらい、笑わせて、評判を広めてもらおうとしている。ほとんどの自動車メーカーが、運転モードを「コンフォート」「スタンダード」「スポーツ」と名づけているのに対して、テスラの場合は思わずニヤリとするようなネーミングだ。その名も「インセイン(正気でない)」「ルディクラス(ばかげた)」「ルディクラス+」。
2019年には、新たに「カラオケ」機能を追加し、車の中でカラオケを楽しめるようになった。それ以前にも、2015年に運転者を「生物兵器」から守る「生物兵器防衛モード」を搭載。そのほか車をゲームセンターにする「アーケード」。「イースターエッグ」という隠し機能では、画面上の車がサンタクロースのそりになったり、前方の道路を虹にしたり、シートを指定しておならの音を出せる「おならモード」などというのもある。

■子どもじみてばかばかしく思えるけれど…
どれもこれも、我が社の大きな青い滑り台と同じく、子どもじみてばかばかしく思える。だが、SNSのデータを詳しく分析すると、こうしたばかげた機能のほうが、競合他社が提供する便利な機能よりも話題となっている。
従来と何も変わらない「取り立てて代わり映えしないもの」は、誰も考えたり、話したり、書いたりしたいとは思わない。だが、思わず笑ってしまうようなばかげたものは、シェアしたくてたまらなくなるのだ。
独立系ビール会社のブリュードッグは、2019年にイギリスで最も急成長したビールブランドだ。ご多分にもれず、競合他社に比べてきわめて歴史が浅く、マーケティング予算も創業200年以上の大手老舗メーカーのそれのほんの一部だが、やはり広告の効果に影響はない。というのも、よくも悪くも、意図的にばかばかしさを打ち出してメッセージを広める戦略を立てているからだ。
■シャワールームにビール用冷蔵庫のインパクト
2021年、ブリュードッグはホテルチェーンの経営に乗り出した。宿泊客が身体を洗いながら好きなだけビールを飲めるように、各部屋のシャワールームに冷蔵庫を備えつけたのだ。そんなサービスは誰も──少なくとも良識のある人は──利用するはずがない、と私は決めつけていた。ところがグーグル画像検索でざっと調べたところ、ホテルの写真の多くに、シャワールームのビール用冷蔵庫が写っていた。ブランドの最もばかげたことが、そのブランドのすべてを語っている。
あえて何も言わなくても、ビール用冷蔵庫の存在が顧客に訴えかけた。「私たちはビール好きのためのホテルだ」「私たちはパンク・ブランドだ」「規則など気にしない」「大変革を起こす」「ユーモアのセンスもある」「変わった人のためのホテル」……そして、やはり若い世代には「とびきりSNS映えするホテル」とアピールしている。
■直接測ることが可能な投資利益率ばかりを求める
これほど強力なのに、なぜ誰も「ばかばかしさ」を活用しないのか? それは、ビジネスリーダー、CFO(最高財務責任者)、経理担当者のほとんどが、マーケティング、ブランド、製品計画から直接測ることが可能な投資利益率を求めるからだ。
ここに挙げたばかばかしさは、測定や数値化がきわめて難しい。だが、それを言うなら、マーケティングやストーリーテリング、ブランディングでは明確に数値化できないものがほとんどだ。
私は10年間にわたって世界のトップブランドにアドバイスをしてきた。その経験から言うと、ばかばかしさの力を信じ、それに基づいて行動する(数少ない)人は、ほぼ全員が企業の創業者だ(任命されたCEOは危険を回避し、財務管理に消極的で、ブランド価値に自信がない傾向がある)。彼らが投資するマーケティング費用は、たいてい競合他社の10倍の効果を発揮し、その企業は長期にわたって業界のトップに立ちつづける。そして何よりも、そうした創業者は一緒に働きたいと思わせるような人物ばかりだ。
■合理的な手段ではどういう人間かをアピールできない
周囲に目を向ければ気づくはずだ。説得力のあるブランドのストーリーテリングは、ばかげたこと、筋の通らないこと、コスパが悪いこと、不便なこと、意味のないことの力を利用している。なぜなら、従来の方法、皆がやっていること、合理的な手段は便利な反面、自分がどういう人間であるかをアピールすることはできないからだ。
あなたの名を知らしめるのは最もばかげた行為だ。その行為があなたのすべてを語る役目を果たしてくれる。だから、自分では何も言う必要はない。ばかげたことは力を発揮し、何より楽しい。ただし臆病者には向かない。リスクを恐れない者、バカ、天才のための手段だ。

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スティーブン・バートレット
起業家

40以上の会社に投資し、講演、執筆、コンテンツクリエーターとして活躍。ヨーロッパでランキング第1位のポッドキャスト『The Diary Of A CEO』のホストを務める。22歳で世界的なデジタルマーケティング会社〈Social Chain〉を設立し、5年後に株式上場。サンフランシスコのソフトウェア会社〈Thirdweb〉、革新的なマーケティング会社〈Flight Story〉を共同設立し、その業績が『フィナンシャル・タイムズ』『ガーディアン』などに取り上げられる。スマートフォン向けアプリ「FT Edit」のゲスト編集者を務め、『フォーブス』の「30歳未満の特筆すべき30人」に選出。初めての著書『Happy Sexy Millionaire』に続いて、『THE DIARY OF A CEO』も発売直後にサンデー・タイムズ紙のベストセラーリスト第1位に輝き、世界累計でミリオンセラーとなる。

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(起業家 スティーブン・バートレット)
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