現代において「沢山の中から選べること」は、もはや豊かさではなくなった。自宅に誘致したお酒のセレクトショップ「IMADEYA」の社外取締役を務める小島雄一郎氏は「人々は沢山の選択肢の中から最高の一品を選びたいわけではない。
※本稿は、小島雄一郎『「選べない」はなぜ起こる?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■意思決定の労力は重要なことに使いたい
「なんだか最近、意思決定がダルくて……」
とある若者が、ぽつりと言った。
意味がよくわからなかったので、詳しく聞いてみた。すると彼は、コンビニでの日常的なワンシーンを例に挙げた。
「僕は毎朝、コンビニでお茶を買います。コンビニで売っているお茶って、どれもそれなりにおいしくて、ハズレを引いたことなんてないじゃないですか。正直、味の違いも大してわからないし。それなのに毎日、僕は『どのお茶にするか』を選ばないといけない。それがなんだかダルくて。意思決定をする労力は、もっと重要なことに使いたいと言うか……」
周囲にいた若者たちも、彼に続いた。
「わかる、あれマジで無駄な時間だよね。
これは新しい感覚だなと思った。同時に、妙に納得もした。
たしかに私も、同様のモヤモヤを日常生活で感じていた。
モヤモヤする、という状況を言い換えると「決めかねる」という表現が近い。
今の時代は、モノが溢れている。情報も溢れている。SNSを使えば、多くの人や企業と出会うこともできる。つまり今の世の中には「選択肢」が溢れている。
モノや情報、出会いが少なかった時代は、そもそも選択肢が限られていた。必然的に、選択する機会も少なかった。しかし今や選択肢が山ほどあるので、生活の中で選択を迫られる機会が爆発的に増えている。
■際限なく増えている選択肢への判断材料
あなたがお茶を買うシーンを思い浮かべてみてほしい。
緑茶、ほうじ茶、麦茶、紅茶、ウーロン茶、ジャスミン茶、さらにはそれぞれのメーカーやブランドの違い、糖分や添加物の有無、健康促進機能、温かいか冷たいか常温か……。どれを選んでも「まあ、悪くはない」という状況なのに、私たちは毎回「どれにしようか」と頭を悩ませる。
また、そんな選択肢に対する判断材料も際限なく増えている。
日常の些細な選択も、人生の重大な決断も、何かを選ぶ時、私たちは事前に口コミや評判をチェックするのが当たり前になった。
裏を返せばそれは、選択の際に膨大な情報を処理しなければいけなくなったということだ。
現代人は、一昔前に比べて圧倒的に多くの①選択機会・②選択肢・③判断材料に囲まれて生きている。
だから徐々に「選ぶこと」が「煩わしいこと」に変わりはじめている。コンビニでお茶を選ぶ。今夜の飲食店を選ぶ。住まいや就職先を選ぶ。その際の労力が一昔前と今では、比べ物にならないからだ。
■「選択肢インフレ社会」でお腹いっぱい
かつて「沢山の中から選べること」は豊かさの象徴だった。
企業は世の中により多くの選択肢を提供しようと、新しい商品や新しいサービス、新しい情報を生み出そうとしてきた。
こうして誕生したのが、現在の選択肢インフレーション社会だ。
しかし現代において「沢山の中から選べること」は、もはや豊かさではなくなった。
正直、もうお腹いっぱいの状態だ。
その結果、私たちの中には今、「選ぶのが面倒くさい」や、「決めきれない」という感情が広がりつつある。
この変化は、消費者だけの問題ではない。企業と消費者のパワーバランスも一変した。
モノや情報が少なかった時代、企業は「選ばせる側」、消費者は「選ばされる側」だった。テレビCMを流せるのは企業だけ。新商品を全国展開できるのも企業だけ。
だから企業は消費者よりも「強い」存在だった。
例えば「情報」は、メディアという種類の企業によって独占的にコントロールされていた。
消費者はメディアが許した範囲内でしか、情報を選択できなかった。
■ネットやSNSの普及で変わったパワーバランス
それが今やどうだろう。
インターネットやSNSの普及によって、誰にでも情報が発信できるようになった。個人が作った動画が数億回再生され、企業の高額CM以上の影響力を持つ。個人のECサイトの商品が大企業の商品を抜いてベストセラーになる。片手間で書いたSNSのつぶやきが大手メディアの記事より信頼されることもある。
象徴的な例が、SNSでの立ち位置だ。企業アカウントも個人アカウントも、同じ一アカウントとして扱われる。しかし、「偉い企業」のポストより、一般人のユーモアあふれる投稿のほうが何万倍も「いいね」を集める時代になった。
マーケティングの世界では、企業が発信した情報や商品をただ消費する「消費者」という名称から「生活者」と呼ぶほうが一般的にもなった。
つまり企業やメディアが偉かった時代は終わったのだ。まずはこの前提を理解しないと、選ばれる企業にはなり得ないだろう。
■ますます厳しくなる「生活者」の選ぶ目
そして、生活者の選ぶ目はますます厳しくなっている。
このまま選択肢が増え続ければ、生活者はどれを選んでも満足できない気がしてしまう。選択肢が豊富すぎるので「もっといい選択肢があるのでは?」と期待して、モヤモヤが募る。結局最後まで決めきれず、脳内が疲れただけで終わる。現代ではそんな状況に陥っている人が急増している。
これが冒頭の若者が言っていた「なんだか最近、意思決定がダルくて……」というセリフの真意だ。
生活者にとって選ぶハードルが上がり続けているということは、企業にとっては選ばれるハードルが上がり続けているということだ。そんな時代に選ばれる企業やブランドとはなんだろうか。
■モヤモヤした感情を整理する
私は17年間、広告会社の電通で生活者研究に取り組んできた。
人々の、まだ言語化されていないモヤモヤした感情を整理して、シンプルな構造としてまとめる。
新卒から10年間担当したのは、流通・小売り企業だった。「なぜ人はある商品を選び、別の商品を選ばないのか」という問いと向き合い続けた。
どの商品が選ばれるのか。どのブランドが選ばれるのか。24時間365日、そのリアルを最前線で体験し続けることができた。一人ひとりの生活者の行動と、世の中の動向を俯瞰して、構造的に整理しようとする思考の癖がついたのは、その時の経験からだ。
そんなモヤモヤの整理術だが、私はいつからかプライベートでも応用するようになった。
モヤモヤすることがあると、自分の思考を整理して、構造化する。相談された他人のモヤモヤも構造化する。仕事のモヤモヤ、キャリアのモヤモヤ、恋愛のモヤモヤなど、多岐にわたるトピックを整理してはX(旧Twitter)で発信していた。
これが日本経済新聞社の目に留まり、今では「新時代のキーオピニオンリーダー」という大それた肩書きで公式noteの連載を持っている。
現在では電通を離れ、複数の会社で役員を務めながら、フリーランスでも活動している。自分が何者かはよくわからないが、「思考の整理業」という表現が近いかもしれない。
■「選ぶストレス」から解放されたい
人が選択をする時の思考を分析し続けて、気付いたことがある。
人々は沢山の選択肢の中から最高の一品を選びたいわけではない。「選ぶストレス」から解放されたいのだ。
この本を手に取ってくれたあなたは、ビジネスの現場で「なぜ売れないのか」「なぜ選ばれないのか」を読み解く力が得られるだろう。
特に、商品開発やマーケティングに携わる人にとっては、お客さんの心を動かす「届け方」と「ズラし方」の勘所がつかめるはずだ。
選ばれるための「思考」と「実践」を同時に鍛えるための一冊として、きっと役立ててもらえるだろう。
同時に、これはビジネスだけの話ではない。
日常生活やキャリア、恋愛、友人関係。私たちはあらゆる場面で、選び、選ばれて生きている。
「なぜ迷ったのか」「なぜあの人を選んだのか」
選択に迷う理由がわかれば、もっと軽やかに、納得して決断できるようになる。
本書が今「選べない」、「選ばれない」とモヤモヤしている人の一助になることを期待している。
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小島 雄一郎(こじま・ゆういちろう)
kojimake代表取締役/IMADEYA社外取締役
2007年に電通へ入社。3年間の営業経験を経てプランナーに転向。電通では社内ベンチャーとして大学サークルアプリの新規事業を立ち上げ、2014年のグッドデザイン賞ビジネスモデル部門を受賞。その後は生活者研究を専門としながら、子ども向けゲーム開発などで、世界3大デザイン賞であるRed Dotデザイン賞(ドイツ)や、D&AD賞(イギリス)、キッズデザイン賞(日本)を受賞。2023年に立ち上げた事業を売却し、電通を退社し独立。2024年より、自ら企画書を送って自宅に誘致したお酒のセレクトショップ“IMADEYA”の社外取締役に就任。著書は『広告のやりかたで就活をやってみた。』(宣伝会議)。日本経済新聞社のnoteである「日経COMEMO」で新時代のキーオピニオンリーダーとしても連載中。
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(kojimake代表取締役/IMADEYA社外取締役 小島 雄一郎)
『選ぶストレス』から解放されたいのだ」という――。(第1回/全2回)
※本稿は、小島雄一郎『「選べない」はなぜ起こる?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■意思決定の労力は重要なことに使いたい
「なんだか最近、意思決定がダルくて……」
とある若者が、ぽつりと言った。
意味がよくわからなかったので、詳しく聞いてみた。すると彼は、コンビニでの日常的なワンシーンを例に挙げた。
「僕は毎朝、コンビニでお茶を買います。コンビニで売っているお茶って、どれもそれなりにおいしくて、ハズレを引いたことなんてないじゃないですか。正直、味の違いも大してわからないし。それなのに毎日、僕は『どのお茶にするか』を選ばないといけない。それがなんだかダルくて。意思決定をする労力は、もっと重要なことに使いたいと言うか……」
周囲にいた若者たちも、彼に続いた。
「わかる、あれマジで無駄な時間だよね。
めっちゃモヤモヤする」
これは新しい感覚だなと思った。同時に、妙に納得もした。
たしかに私も、同様のモヤモヤを日常生活で感じていた。
モヤモヤする、という状況を言い換えると「決めかねる」という表現が近い。
今の時代は、モノが溢れている。情報も溢れている。SNSを使えば、多くの人や企業と出会うこともできる。つまり今の世の中には「選択肢」が溢れている。
モノや情報、出会いが少なかった時代は、そもそも選択肢が限られていた。必然的に、選択する機会も少なかった。しかし今や選択肢が山ほどあるので、生活の中で選択を迫られる機会が爆発的に増えている。
■際限なく増えている選択肢への判断材料
あなたがお茶を買うシーンを思い浮かべてみてほしい。
緑茶、ほうじ茶、麦茶、紅茶、ウーロン茶、ジャスミン茶、さらにはそれぞれのメーカーやブランドの違い、糖分や添加物の有無、健康促進機能、温かいか冷たいか常温か……。どれを選んでも「まあ、悪くはない」という状況なのに、私たちは毎回「どれにしようか」と頭を悩ませる。
また、そんな選択肢に対する判断材料も際限なく増えている。
日常の些細な選択も、人生の重大な決断も、何かを選ぶ時、私たちは事前に口コミや評判をチェックするのが当たり前になった。
裏を返せばそれは、選択の際に膨大な情報を処理しなければいけなくなったということだ。
現代人は、一昔前に比べて圧倒的に多くの①選択機会・②選択肢・③判断材料に囲まれて生きている。
だから徐々に「選ぶこと」が「煩わしいこと」に変わりはじめている。コンビニでお茶を選ぶ。今夜の飲食店を選ぶ。住まいや就職先を選ぶ。その際の労力が一昔前と今では、比べ物にならないからだ。
■「選択肢インフレ社会」でお腹いっぱい
かつて「沢山の中から選べること」は豊かさの象徴だった。
企業は世の中により多くの選択肢を提供しようと、新しい商品や新しいサービス、新しい情報を生み出そうとしてきた。
こうして誕生したのが、現在の選択肢インフレーション社会だ。
しかし現代において「沢山の中から選べること」は、もはや豊かさではなくなった。
正直、もうお腹いっぱいの状態だ。
その結果、私たちの中には今、「選ぶのが面倒くさい」や、「決めきれない」という感情が広がりつつある。
この変化は、消費者だけの問題ではない。企業と消費者のパワーバランスも一変した。
モノや情報が少なかった時代、企業は「選ばせる側」、消費者は「選ばされる側」だった。テレビCMを流せるのは企業だけ。新商品を全国展開できるのも企業だけ。
だから企業は消費者よりも「強い」存在だった。
例えば「情報」は、メディアという種類の企業によって独占的にコントロールされていた。
とりわけテレビや新聞、雑誌などのマスメディアしか、世の中全体に情報を流通させることはできなかった。記者やネットワークを持つメディアに情報が集まり、その中からどの情報を世の中に流通させるかを「選べる」のはメディアの特権だった。
消費者はメディアが許した範囲内でしか、情報を選択できなかった。
■ネットやSNSの普及で変わったパワーバランス
それが今やどうだろう。
インターネットやSNSの普及によって、誰にでも情報が発信できるようになった。個人が作った動画が数億回再生され、企業の高額CM以上の影響力を持つ。個人のECサイトの商品が大企業の商品を抜いてベストセラーになる。片手間で書いたSNSのつぶやきが大手メディアの記事より信頼されることもある。
象徴的な例が、SNSでの立ち位置だ。企業アカウントも個人アカウントも、同じ一アカウントとして扱われる。しかし、「偉い企業」のポストより、一般人のユーモアあふれる投稿のほうが何万倍も「いいね」を集める時代になった。
マーケティングの世界では、企業が発信した情報や商品をただ消費する「消費者」という名称から「生活者」と呼ぶほうが一般的にもなった。
つまり企業やメディアが偉かった時代は終わったのだ。まずはこの前提を理解しないと、選ばれる企業にはなり得ないだろう。
■ますます厳しくなる「生活者」の選ぶ目
そして、生活者の選ぶ目はますます厳しくなっている。
このまま選択肢が増え続ければ、生活者はどれを選んでも満足できない気がしてしまう。選択肢が豊富すぎるので「もっといい選択肢があるのでは?」と期待して、モヤモヤが募る。結局最後まで決めきれず、脳内が疲れただけで終わる。現代ではそんな状況に陥っている人が急増している。
これが冒頭の若者が言っていた「なんだか最近、意思決定がダルくて……」というセリフの真意だ。
生活者にとって選ぶハードルが上がり続けているということは、企業にとっては選ばれるハードルが上がり続けているということだ。そんな時代に選ばれる企業やブランドとはなんだろうか。
■モヤモヤした感情を整理する
私は17年間、広告会社の電通で生活者研究に取り組んできた。
人々の、まだ言語化されていないモヤモヤした感情を整理して、シンプルな構造としてまとめる。
そこから、企業が選ばれるためにとるべき戦略や戦術を立案していた。
新卒から10年間担当したのは、流通・小売り企業だった。「なぜ人はある商品を選び、別の商品を選ばないのか」という問いと向き合い続けた。
どの商品が選ばれるのか。どのブランドが選ばれるのか。24時間365日、そのリアルを最前線で体験し続けることができた。一人ひとりの生活者の行動と、世の中の動向を俯瞰して、構造的に整理しようとする思考の癖がついたのは、その時の経験からだ。
そんなモヤモヤの整理術だが、私はいつからかプライベートでも応用するようになった。
モヤモヤすることがあると、自分の思考を整理して、構造化する。相談された他人のモヤモヤも構造化する。仕事のモヤモヤ、キャリアのモヤモヤ、恋愛のモヤモヤなど、多岐にわたるトピックを整理してはX(旧Twitter)で発信していた。
これが日本経済新聞社の目に留まり、今では「新時代のキーオピニオンリーダー」という大それた肩書きで公式noteの連載を持っている。
現在では電通を離れ、複数の会社で役員を務めながら、フリーランスでも活動している。自分が何者かはよくわからないが、「思考の整理業」という表現が近いかもしれない。
■「選ぶストレス」から解放されたい
人が選択をする時の思考を分析し続けて、気付いたことがある。
人々は沢山の選択肢の中から最高の一品を選びたいわけではない。「選ぶストレス」から解放されたいのだ。
この本を手に取ってくれたあなたは、ビジネスの現場で「なぜ売れないのか」「なぜ選ばれないのか」を読み解く力が得られるだろう。
特に、商品開発やマーケティングに携わる人にとっては、お客さんの心を動かす「届け方」と「ズラし方」の勘所がつかめるはずだ。
選ばれるための「思考」と「実践」を同時に鍛えるための一冊として、きっと役立ててもらえるだろう。
同時に、これはビジネスだけの話ではない。
日常生活やキャリア、恋愛、友人関係。私たちはあらゆる場面で、選び、選ばれて生きている。
「なぜ迷ったのか」「なぜあの人を選んだのか」
選択に迷う理由がわかれば、もっと軽やかに、納得して決断できるようになる。
本書が今「選べない」、「選ばれない」とモヤモヤしている人の一助になることを期待している。
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小島 雄一郎(こじま・ゆういちろう)
kojimake代表取締役/IMADEYA社外取締役
2007年に電通へ入社。3年間の営業経験を経てプランナーに転向。電通では社内ベンチャーとして大学サークルアプリの新規事業を立ち上げ、2014年のグッドデザイン賞ビジネスモデル部門を受賞。その後は生活者研究を専門としながら、子ども向けゲーム開発などで、世界3大デザイン賞であるRed Dotデザイン賞(ドイツ)や、D&AD賞(イギリス)、キッズデザイン賞(日本)を受賞。2023年に立ち上げた事業を売却し、電通を退社し独立。2024年より、自ら企画書を送って自宅に誘致したお酒のセレクトショップ“IMADEYA”の社外取締役に就任。著書は『広告のやりかたで就活をやってみた。』(宣伝会議)。日本経済新聞社のnoteである「日経COMEMO」で新時代のキーオピニオンリーダーとしても連載中。
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(kojimake代表取締役/IMADEYA社外取締役 小島 雄一郎)
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