世の中に流通している情報量は莫大に増え、2050年までには現在の4000倍になるとさえ言われている。自宅に誘致したお酒のセレクトショップ「IMADEYA」の社外取締役を務める小島雄一郎氏は「映画選びも、飲食店選びも、日常が選択肢と判断材料で溢れているため、私たちは『(考える)時間が足りない』と常に感じている」という――。
(第2回/全2回)
※本稿は、小島雄一郎『「選べない」はなぜ起こる?』(サンマーク出版)の一部を再編集したものです。
■飲食店界隈で急速に普及した「コンセプト○○」
飲食店にとって入店前の評価が重要になり、「選ばれるハードル」が上がる中で、ある興味深い現象が広がっている。それがコンセプトブームだ。
「猫カフェ」「昭和レトロ居酒屋」「釣り居酒屋」「忍者レストラン」。これらはすべて、明確なコンセプトを掲げた飲食店だ。
コンセプトなんて言葉は、それまで広告やマーケティング界隈の人たちの業界用語だった。それが今や、コンセプトカフェ、コンセプト居酒屋、コンセプト寿司屋まで登場し、「コンセプト○○」が乱立している。
なぜこの言葉が飲食店界隈で急速に普及したのか? それは、コンセプトが「選ぶ理由」や「選ばれる理由」に直結するからだ。
コンセプトとは一般的に「一貫した方向性」といった意味で使われる。それがある場合と、ない場合では何が違うのか。その違いが「選びやすさ」だ。コンセプトがあれば選びやすい。
コンセプトがなければ、選びにくい、ということだ。この手法は新規参入する飲食店にとって有効な戦略だった。
■新規飲食店は「選ぶ理由」が少ない
コンセプトには、評判と同じような効果がある。
現代において、新規出店の飲食店を選ぶのには勇気がいる。判断材料が少ないからだ。つまり「選ぶ理由」が少ないのである。だから評判が安定している老舗や、インフルエンサーのお墨付き店舗に流れてしまいがちだ。
しかし店側からコンセプトが提示されていれば、選びやすい。そのため近年、新規出店の飲食店は自らコンセプトを掲げるようになった。
「なぜこの店を選んだのか?」という選ぶ側が背負った説明責任を、選ばれる側で負担しようとした。それが近年のコンセプト飲食店増加の背景だ。「うちの店はこう楽しめばいいんですよ」と、明確に言語化して伝える。
いつしかそれが飲食店にとって当たり前の所作になりつつある。
■初回訪問のきっかけにコンセプトは有効だが…
しかし、実はコンセプトには見落とされがちな落とし穴がある。
ここで一つ、考えてみてほしい。あなたの「行きつけの店」、「馴染みの店」のコンセプトはなんだろう?
**がおいしい。

店長がいい人。

店内の雰囲気が良い。
など、その店の魅力を語ることができても、その店のコンセプトを語れる人は少ないのではないだろうか。同じように、常連が多い人気店の店主に「この店のコンセプトはなんですか?」と聞いても、明確な答えが返ってくるケースは意外と少ない。
その背景には、コンセプトと消費期限の関係がある。
先ほど、コンセプト飲食店ブームの背景として、初回訪問のハードルが上がったことを挙げた。SNSの浸透により入店前の競争が激化して、「わかりやすいコンセプト」が求められるようになった。
確かにコンセプトは初回訪問のきっかけとして有効だ。

では入店後はどうだろう?
「もう一度訪問したい」と思わせるのに、コンセプトは有効だろうか。「通って常連になりたい」と思わせるのに、コンセプトは有効だろうか。
■比例関係にある「わかりやすさ」と「飽きやすさ」
「うちの店はこう楽しめばいいんですよ」と店側が提示すると、そこに客側の解釈は必要なくなる。「次はアレを頼んでみたい」とか、「夜はこんなメニューもあるんだ」とか、「店員さんと顔馴染みになってきた」とか、客が自ら少しずつ解釈していくプロセスが消失する。
それはある意味で、飲食店の醍醐味の消失かもしれない。
飲食店がわかりやすいコンセプトを掲げるということは、入店しやすくする一方で、自らの消費のされ方を規定してしまい、消費期限を早めてしまう側面もある。
つまり、飽きられるのが早くなるということだ。
「わかりやすさ」と「飽きやすさ」は比例関係にある。生活者は、一瞬で理解できるものほど、一瞬で興味を失うようになってきた。飲食店にとってコンセプトとは諸刃の剣でもあるのだ。
もちろん、これらのリスクを十分に理解した上で戦略的にコンセプト飲食店を経営している会社もある。そんな店の多くは、2年程度でコンセプトをリニューアルする。
お客さんが飽き始める前に変えるのだ。
食材だけでなく、コンセプトにも鮮度が重要な時代。これもまた、これからの飲食店の生き残り方の一つだろう。
■動画系SNSが「飽きられやすさ」に拍車
コンセプト飲食店の「飽きられやすさ」に拍車をかけている存在がある。
それが動画系SNSだ。
SNSは現在、Xのようなテキスト系、Instagramのような写真と動画が入り混ざったハイブリッド系、TikTokのような動画特化系に分けられる。先程のようなコンセプト飲食店はこの動画系SNSと相性がいい。
相性がいいので一度話題になるとものすごい勢いで拡散される。最近では美術館や展示会などもその対象だ。背景には、こうした拡散を狙ってコンテンツ提供側が「撮影可」に踏み出したことが挙げられる。
これまで体験コンテンツはいわゆる「ネタバレ」になることから、SNSでの拡散が禁じられてきた。しかし近年では、それが告知や集客につながることから、撮影を解禁する提供者が増えてきた。

つまり現代では、他人の体験を驚くほど高精度で追体験できるようになった。
Instagramが流行り始めた時期は写真1枚での追体験だったが、ストーリーズやTikTokで動画が主流となり、あたかも自分自身がそこにいるかのような臨場感を味わえるようになったのだ。
■「ネタバレ消費」から「ネタバレ非消費」へ
「行ってみたいな」「あの展示、面白そう」
初期段階ではこうした反応が生まれ、来訪者が殺到する。その来訪者がまた同じように体験動画をSNSにアップする。気がつくと、未体験者はSNS上で何度も体験レポートを閲覧することになる。
そして、ここで皮肉な現象が起こる。自身では一度も体験していないのに段々行ったつもりになってくるのだ。その結果、実際は行ってもいないのに、SNSだけで飽きてきてしまい「もう行かなくていいや」のスイッチが入ってしまう。既視感が醸成される。
これは、これまで起こりえなかった新しい消費行動だ。
誰かの体験動画をSNSで見かけて「(どんな体験コンテンツかは知っているけど)私も実際に体験してみたい!」と、予め結論を知った上での消費を「ネタバレ消費」と呼ぶ。このネタバレ消費はZ世代に特徴的な消費行動として一時期話題になった。

しかし今や、ネタバレの精度があまりに高すぎるので「ネタバレだけでもういいや」と消費に結びつかない「ネタバレ非消費」の傾向が加速している。
例えば、映画に対して「公式の予告編と、YouTubeの感想動画」だけ見て満足して、本編を見に行かないというケースが増えている。「あらすじと結論はわかったから、わざわざ見なくてもいいや」という判断だ。
■2時間強の映画鑑賞は「タイパ」的に非効率
「体験前の飽き」という新たな消費行動の根底には、もう一つの重要な意識の変化が横たわっている。それが「タイムパフォーマンス意識」(タイパ意識)だ。
映画を例に考えてみよう。
予告編とネタバレ動画なら10分程度でコンテンツの要点だけは押さえられる。60%程度の理解度は得られるだろう。
一方、映画の本編を見ようとすると2時間強は消費してしまう。もちろん100%の理解度にはなるが、10分×60%の理解と、2時間×100%の理解なら、前者のほうが「効率がいい」と考えてしまう。これが現代のタイムパフォーマンス(タイパ)意識だ。
「見たことないけど、大体の内容は知ってる」

「行ったことないけど、SNSで見たから雰囲気はわかる」
こうした発言が日常会話で増えているのは偶然ではない。そこには「効率」の概念自体の変化が関係している。
■節約すべきコストは「お金」から「時間」へ
かつて「効率がいい」は「コストパフォーマンス」のことを指していた。節約すべきコストは「お金」だった。そして得たいパフォーマンスは「高品質なモノ」だった。
だから「こんなに高品質なモノが、少ないお金で手に入った」ことを「効率がいい」と捉えていた。
この「何をコストと捉えるのか?」が今、根本から変わりつつある。
現代において節約したい対象は「時間」だ。もちろんお金も必要だが、私たちはそれ以上に「時間が不足している」と感じている。
なぜか? その背景にもまた、選択肢と判断材料のインフレーションがある。
それらが私たちの「時間的余裕」を圧迫しているからだ。映画選びも、飲食店選びも、日常が選択肢と判断材料で溢れているため、私たちは「(考える)時間が足りない」と常に感じている。
■増え続ける情報量…取捨選択を迫られる日々
事実、この十数年間で世の中に流通している情報量は莫大に増え、2050年までには現在の4000倍になるとさえ言われている。私たちは日常の中で、常に情報の取捨選択を迫られて、それに貴重な時間を浪費しつづけているのだ。
同時に、「何をパフォーマンスとして得たいのか?」という価値観も変化している。これまで私たちはモノの品質を求めてきた。しかしコンビニの例にもあるように、涙ぐましいほどの企業努力によって私たちは今、モノの品質にほぼ満足している。
ユニクロや100円ショップなどが代表例だが、現代において高品質のモノを低価格で売っている企業は珍しくない。一昔前の「安かろう悪かろう(モノの値段と品質は比例する)」の考え方はもはや過去のものだ。もう「モノの良さ」だけでは選ぶ理由になりにくい。
では、私たちは何を求めて商品や体験を選ぶのか?
その答えの一つが、「自分の個性や人間関係にどう影響するか」だ。
■「モノの良さ」だけでは選ぶ理由にならない
例えば、映画を観る目的は、昔から「誰かと語り合うため」という側面もあった。
けれど今は、SNSの広がりによってその役割がさらに大きくなっている。観た作品を発信し、自分の好みや感性を表現することが日常的な行動になっている。だから10分×60%の理解でも「観た」という事実が十分な意味を持つのだ。
これまでは主にオフラインで会う時間だけが人間関係だったが、今は24時間365日オンラインで人間関係が存在し続けている。一人ひとりにフォロワーや友達数がカウントされ、個性を表すタグがつけられ、SNSでは複数アカウントで人格の使い分けもなされるようになった。
こうした変化は、私たちの消費行動にも影響を及ぼしている。
これまでのように「モノの良さ」だけでは選ぶ理由にならず、「それを選ぶことで得られる関係性や自己表現」の価値が重要視されるようになったのだ。
このように、現代における選択機会と選択肢、判断材料のインフレーションは、私たちの生活だけでなく、意識さえも変えつつある。
選択肢の増加と判断材料の増加が考える負担を増大させ、それらが複合的に「時間の不足感」を生み出した。
その結果、私たちは「効率」の定義を変え、お金の節約だけでなく、時間の節約を意識するようになっている。

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小島 雄一郎(こじま・ゆういちろう)

kojimake代表取締役/IMADEYA社外取締役

2007年に電通へ入社。3年間の営業経験を経てプランナーに転向。電通では社内ベンチャーとして大学サークルアプリの新規事業を立ち上げ、2014年のグッドデザイン賞ビジネスモデル部門を受賞。その後は生活者研究を専門としながら、子ども向けゲーム開発などで、世界3大デザイン賞であるRed Dotデザイン賞(ドイツ)や、D&AD賞(イギリス)、キッズデザイン賞(日本)を受賞。2023年に立ち上げた事業を売却し、電通を退社し独立。2024年より、自ら企画書を送って自宅に誘致したお酒のセレクトショップ“IMADEYA”の社外取締役に就任。著書は『広告のやりかたで就活をやってみた。』(宣伝会議)。日本経済新聞社のnoteである「日経COMEMO」で新時代のキーオピニオンリーダーとしても連載中。

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(kojimake代表取締役/IMADEYA社外取締役 小島 雄一郎)
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