※本稿は、小松裕介『1+1が10になる組織のつくりかた チームのタスク管理による生産性向上』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■日本社会と相性の悪いシステム化
本書は『1+1が10になる組織のつくりかた』というタイトルだが、会社の組織を作ることで「1+1」を「3」にも「5」にもできるわけだが、今の時代はシステムを活用することで、これを「10」にできるようになったのだ。
それこそシリコンバレーでは、「ソロプレナー」といわれる一人のエンジニアが制作したシステム会社が時価総額1000億円以上のユニコーン企業になるのではないかと言われている。それほどシステムは社会にインパクトを与えることができるのである。
システムは、合理的・論理的に制作され、人間と違って時間を問わず反復継続して同じことをミスなく行うことができる。この特長をビジネスに活かさない手はないだろう。
ところが、日本企業はこのシステムの活用がとても下手である。もう少し正確に表現をすると、日本社会とシステム化とは相性が悪い。
日本社会の強みは、観光業の「おもてなし」に代表されるように、会社や仕事に対する一般スタッフの忠誠心の高さや真面目さから来る、業務の柔軟性である。より人間らしい気遣いや心遣いに世界中の人々が感動しているのだ。
しかし、この業務の柔軟性は、あらかじめ決められた業務を実行するという対極にある仕事の進め方のため、合理的・論理的に制作するシステムとは決定的に相性が悪いのだ。
■上司の意を汲んで部下が動くことはもはや日常風景
そして、問題は、この「おもてなし」が日本社会全般に蔓延っていることである。一般的な会社でも上司の意を汲んで部下が動くことはもはや日常風景である。
2020年の新型コロナウィルス感染症問題以後は極端に減ったと思うが、社内の飲み会で上司のお酒の杯が空きそうになったら部下がお酌をする、というのは象徴的なシーンだろう。
このように、上司と部下の間でも「おもてなし」が繰り広げられている。会社の中ではさすがに「おもてなし」とは表現されず忖度と言われるが、日本の大企業での出世や昔からある古い業界での成功には、この忖度ができることが必須であると言っても過言ではない。
会社とお客様の間でも、お客様が会社に対して面と向かって要望や不満を言ってくれることは少ないため、酒席など非公式なコミュニケーションを通じてこれらの情報を収集しなければならないことも多い。
日本の官公庁や大企業でシステム開発の失敗が数多くあるのは、まさに上司やお客様に対する忖度が続いた結果、要件定義がなかなか決まらないからと言われている。
このような忖度がビジネスシーンにあふれていても、日本経済がここまで成長することができたのは、一般スタッフの強さのおかげに他ならない。サラリーマン全員が真面目に働くことに加え、今までは人口増とそれに伴う国内市場の拡大という要因もあった。
しかし、今の日本経済は、この社会とシステム化との相性の悪さによって、世界的に見ると地盤沈下が進んでいる。
■要件定義された仕事は24時間365日稼働するシステム化を
アメリカを代表とする世界の国々は、日本と比べて、社会とシステム化との親和性が高い。海外の現地企業では一般スタッフに高いモチベーションはないから、管理職による明確な指示がなければ業務自体が遂行されない。
そのため、上司は、明確に仕事の要件定義をしてから、部下に対して仕事を振る。そして、業務の効率化を図るには、この要件定義された仕事をシステム化すればいい。
外国企業の場合、日本と違って、仕事の要件定義をすることが当然に上司の仕事になっているから、システム開発・導入と相性が良いのである。
それこそ24時間365日稼働するシステムは、人間とは比較にならないほどの生産性を生み出す。システム活用が会社や社会全体の生産性を上げることに直結するのだ。
多くの日本人は、「おもてなし」や忖度すらもシステム化できると思っている節があり、未だにシステムを万能な魔法の杖のように考えている人が多い。
経費精算ツールやタスク管理ツールのように多種多様なSaaS(Software as a Serviceの略)がツール(Tool)と呼ばれることからも分かるとおり、システムは道具に過ぎない。
そのため、やる気がないと使いこなせないし、昨今の急激なAIの進化があるとはいえ、現時点では、ほとんどの場合、人の役割をそのまま代替してくれるわけではない。
生産性が上がらない原因の一つは、日本社会全体のシステムに対する理解の乏しさにある。これを変えていかねば日本社会の生産性が大きく上がることはないだろう。
■面白くない「労働」が簡単になることを望む多くのサラリーマン
①システム万能論
21世紀になって四半世紀が経つが、今なおサラリーマンの仕事の大半は、生活をしていくために必要な収入を得るための「労働」である。
そして、システム導入における業務の要件定義が明確でなくても、あたかも人間のように自分を補助してくれないかとも期待する。
昨今のAIの精度の向上によって、曖昧な業務であってもある程度システムによって行えるようになりつつあるのも事実だが、まだまだ万能には程遠い。
上司も部下もシステムが万能ではないことをちゃんと理解していないと、システム化する業務が何かという要件が定義されることのないまま、システム開発・導入がなされる。そうなると期待とは裏腹に、システムが実現できる業務にズレが生じ、業務で使えないシステムが開発・導入されるという残念極まりない事態が起こる。
特に中小企業では、未だにPCやタブレットなどのIT機器も一人一台用意されていないこともあって、システム導入の経験が乏しく、システムに対する理解が大きくズレているケースをよく見かける。
それこそ人によっては、システム上で部下の承認印を上司側の欄に傾かせたいといった冗談なのか本気なのか分からないようなシステム導入の話をはじめ、未だにシステムを万能ツールのように考えているのである。
多くの会社でシステム導入・運用を経験してきた私の認識では、システム導入には経営者の理解と覚悟、そして、システム運用には何よりシステム利用者の多大な努力が必要となる。
例えば、システム導入によって業務工程の99.9%を自動化できたとしても、残りの0.1%を人が行わなければならないのであれば、相変わらず1名を配置しなければならないことになる。業務工程の大半をシステムによって自動化できたとしても、人が減らなければコスト減にならず、経済合理性が合わず、導入できないシステムも多数ある。
システムが万能であるなんて程遠く、システムは所詮、人が使う道具に過ぎない。そのため、どのようなシステムを導入、運用するのかをよく考えなければ、人が行っている業務がシステムに置き換わることはあり得ない。
■「Nice to have」と「Must have」の落とし穴
②やる気がないと使えない
繰り返しになるが、システムは道具である。そのため使用する人にやる気がないと導入されないし、運用もされない。
システム導入のきっかけとしては、経営陣が積極的に経営改革をしたいと考えてシステム化を検討することもあるが、多くの場合は、人間の手ではその業務があまりにも非効率でありシステムでしか問題解決ができない場合、つまりシステム導入が不可欠な場合である。
スタートアップ業界では前者を「あったらいいね」という意味の「Nice to have」、後者を「なければならない」という意味の「Must have」というような言い方をする。
この2つには、モチベーションに違いがあるため注意が必要だ。
「Must have」は必要不可欠なシステムだから、そのシステム導入・運用に対して強いモチベーションがなくとも、やらざるを得ない。逆に「Nice to have」はあったらいいぐらいのシステムだから、もっと強いモチベーションが必要になる。
「Nice to have」のシステムでは、たとえシステム導入後に大きな利便性の向上が見込まれるとしても、導入にたくさんの作業を伴ったり、運用に際してシステム利用者が覚えることが多かったりすると、システム導入プロジェクトは途中で頓挫してしまう。
そのシステムを使わなくても業務はできるわけだから、「何でここまで苦労してシステム導入をしなければならないんだ。これをしたところで給料は上がらないし」といった不満が出るのも理解はできる。
システム化によって業務の全て、または、一部が自動化され、当該業務の担当者はその業務に費やす時間が減って代わりに新しい業務に着手できるわけだが、サラリーマンからすれば今までの業務が変更されて新しい業務になるに過ぎないとも言える。
■短期的な目線では利益相反する
経営者ならば、その業務がシステム化によって効率化されたにもかかわらず、今までと同じ業務範囲のままで新たに追加業務をしない人に同じ報酬額を渡す人はいない。
サラリーマンは一日の拘束時間内での「労働」に対して給与をもらっているため、システム導入による未来の業務効率化よりも、システム導入作業、導入後のシステム運用という、目の前の業務が増えることにデメリットを感じるのは当然の心理と言えるだろう。
仮に業務そのものが全て自動化されたとしても、新しく別の業務担当になるだけで、「自分の給料が増えるわけでもないのに、やることが変わったり増えたりしてイヤだな」と考えても不思議ではない。
このように短期的な目線では、サラリーマンと会社・経営者間で、システム導入・運用は利益相反しているのである。
また、システムは道具だから使う人を選ぶ。クリック一つだけで全ての業務が自動化されるようなことは滅多にない。使う人の知見やノウハウによって、使いこなし方が変わってくるのは他の道具と変わらないし、システムも道具だから、より手に馴染んでくれば効率的に使いこなせるようになる。
しかし、その前提にあるのは、道具を使う人のモチベーションだ。気まぐれで当てにならない人間のやる気に影響されずに安定した生産活動を実現するためにシステムが必要なのだが、その開発、導入、そして運用と全てのフェーズにおいて、人のやる気が求められるのである。
■「中長期的に会社が良くなる」では人は動かない
③データ入力という苦行
ChatGPTなどLLM(Large Language Modelの略、大規模言語モデル)の登場により、AIは新しい時代を迎えている。
AIでは、大量のデータを学習させることによって、システムの精度が上がる。システムで人間のような柔軟性を表現するには膨大なデータを読ませて、その時々の対応を個別に設定するしかない。そのときに大事になるのがデータである。
しかし、このデータの取得が、多くのシステム利用者を苦しめている。
どういうことかというと、システム導入の担当者は、会社の将来を考えて、様々なデータを取得できるようにする。この担当者が優秀であればあるほど、滅多に起こりえないことまで想定してデータ取得できるように設計するだろう。
しかし、滅多に起こりえないことまで想定して日々、データ入力していたら本業に支障をきたす上、データ入力という作業にも多額の人件費を費やすことになる。このように、データの取得自体がシステム利用者を苦しめているのである。
データが大事であることは言うまでもないが、どのデータを取得するかの項目の設定は、実は経営者の意思決定事項である。
現時点でのデータ取得のコスト低減を優先すべきか、それともコストがかかっても将来のシステムの精度向上に向けてデータ取得を優先すべきかは投資判断なのだ。
今後、人間の全ての行動に関するデータが自動的に収集できるような時代を迎えると思うが、それまではこの問題が続く。
システム導入の担当者と利用者の時間軸の違いは大きな問題で、サラリーマンがシステムを使わなくなってしまう理由の一つでもある。
多くのサラリーマンは、今、目の前の自分の仕事が楽になることが明確であればシステムを使うかもしれないが、中長期的に会社が良くなるということだけではシステムを使ってはくれないのである。
しかし、冷静になって考えると、システム導入した多くの企業で、社員が日々のデータ入力をし続けられないためにシステム運用が継続できない状況に陥っているのは異常である。システムに人間が振り回されているような状況が至るところで起きているのだ。
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小松 裕介(こまつ・ゆうすけ)
スーツ代表取締役社長CEO
2013年3月に、新卒で入社したソーシャル・エコロジー・プロジェクト(現社名:伊豆シャボテンリゾート、東証スタンダード上場企業)の代表取締役社長に就任。同社グループを7年ぶりの黒字化に導く。2014年12月に株式会社スーツ設立と同時に代表取締役に就任。2016年4月より総務省地域力創造アドバイザー及び内閣官房地域活性化伝道師。2019年6月より国土交通省PPPサポーター。2020年10月にYouTuber事務所VAZの代表取締役社長に就任。月次黒字化を実現し、2022年1月に上場企業の子会社化を実現。2022年12月にスーツ社を新設分割し同社を商号変更、新たにスーツ設立と同時に代表取締役社長CEOに就任。
現在、スーツ社では、チームのタスク管理ツール「スーツアップ」の開発・運営を行い、中小企業から大企業のチームまで、日本社会全体の労働生産性の向上を目指している。
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(スーツ代表取締役社長CEO 小松 裕介)