生産の上がらない日本の閉塞感を打破するにはどうすればいいか。複数の中堅・中小企業やスタートアップの経営をしてきた小松裕介さんは「現時点において日本企業は『まわっている』ために『ゆでガエル』の状況にあって、緩やかに日本経済は減退していっている。
今、迫りくる危機を正しく認識することが必要だ」という――。(第4回/全4回)
※本稿は、小松裕介『1+1が10になる組織のつくりかた チームのタスク管理による生産性向上』(実業之日本社)の一部を再編集したものです。
■生産性が上がらない根本にある「人間の性」
生産性が上がらない最も根本的で厄介な理由は「危機感がないから」である。
会社経営という仕事を長年していて思うのは、人間は、変わらなければならない明確な必要性がなければ、そう変われるものではないということだ。
私が企業再生で会社経営に携わらせてもらう時には、徹底的に情報開示を行う。
企業再生が必要になるまで傾いてしまう会社の多くは、経営者が途中から自分に都合の良い情報だけを発信するようになり、悪い情報を隠し始める。
もちろん傾いた会社の社員もなんとなく自分の会社の業績が悪いことを認識しているが、変化を嫌がるため、経営者が正しく情報開示しないことを理由として行動を変えようと思わないのである。
以前、サービス業の会社の企業再生をしていた時に、とある事業が明らかに来客数が少なく大赤字に陥っていたため、そのことを経営会議で指摘した。すると、その会社の幹部社員たちは大赤字であることをあたかも初めて知ったかのような口ぶりで答え始めたのである。
もちろん、彼らがその事実に気付いていないはずはない。幹部社員たちは、当該事業の人員整理や事業閉鎖をしたくなかったから、見て見ぬふりをしていたのだ。
人間は見たいものだけを見る生き物で、自分がやりたくないことについては簡単に嘘をつき知らないふりをする。

私の企業再生の経験から言えることは、経営状況が悪化しており、このままでは会社が存続できない、変わらなければならないという必要性さえ正しく共通認識できれば、再生への目途が立ったと言っても過言ではない、ということだ。
■危機感がない「ゆでガエル」
危機的な状況を正しく認識できれば、それを一枚岩になって努力して乗り越えるしかないと、目指すべき道がはっきりとするからだ。変わらなければならない明確な理由が分かれば、案外、人は変わることができるのである。
しかし、今、日本で働く多くのビジネスパーソンは変化の必要性を感じていない。
その理由は明確で、現時点において日本企業は「まわっている」からだ。まさに「ゆでガエル」の状況にあって、緩やかに日本経済は減退していっているのである。
私が設立・運営に関わっていた若者キャリア問題の解決を目指す一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事の古屋星斗氏の『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社、2024年)が話題になるなど、マクロ経済の観点からも、日本経済の衰退や労働人口の減少については日々報道されている。
しかし、日本の経済順位(国内総生産)がドイツに追い抜かれて世界3位から4位になろうとも、インドに抜かれて5位になろうとも、仮にさらに下落して5位が10位になろうとも、今後さらに人手不足によって中小企業の倒産件数が増えたとしても、多くの人々は自分の毎日の生活に影響が出なければ変化の必要性を感じることはないだろう。
「まわっている」とは何か、私たちが置かれている現状はどのような状況か、そして、その上で私たちはどのように変わっていくべきなのか。
私たちは「ゆでガエル」を脱して、近い将来に確実に来る未曾有の労働人口減少社会に対処できるのか。労働人口が減少する中で経済規模を維持するには、生産性を高めるしか方法はない。私たちが正しく現状認識をして変わっていかねばならないことは明らかである。

■未来においても会社はまわっているか
①まわっている会社
会社において、組織が通常どおり、それ相応に運営できていることを、「まわっている部署」、「まわっている事業」や「まわっている会社」のように、「まわっている」と表現することがある。
サラリーマンの目線では上司から言われたことができていれば「まわっている」になるし、経営者の目線では社員に毎月給料が支給できて少しぐらいの昇給もあって、会社も少しの利益を出して安定的に運営できていると「まわっている」と表現する。
会社によってこの「まわっている」の捉え方も違うわけだが、本来、会社は継続を前提とするので、将来も見据えて「まわっている」ようにしなければならないわけである。
オーナー経営者以外にも株主がいて、コーポレート・ガバナンスが効いている会社であれば、「まわっている」状態に飽き足らず、株主から、来期は今期よりも良い経営成績を出してほしいと言われるかもしれない。しかし、日本のほとんどの中小企業ではそのようなことは起こらない。
多くの場合は「まわっている」状況にオーナー経営者も満足してしまって、「まわっているし、今のままで大丈夫」となってしまうのである。
社長は周囲の人から社長と呼ばれて社会的にも一定のステータスを保つことができ、多くの社員も一定の給与水準で慣れた仕事ができれば良いと考える。
改めて考えると恐ろしいことだが、このような状況下において、日本は未曾有の人口減少社会を迎える。人口減少により国内消費市場は大幅に縮小し、労働人口も減少する局面に立たされている。
「まわっている会社」が必ずしも未来においても、同じように「まわっている」かどうかは誰にも分からない。
■人間にとって現状認識が難しい理由
②現状認識が全て
人が変わるためには、まずは現状を正しく認識する必要がある。
長年、企業再生をしてきて思うのは、現状認識と一言で表現しても、人によって捉え方が違うことが組織改革を難しくしているということである。
危機的な状況にあることが分かりやすければ分かりやすいほど、危機への対処そのものは難しいが、社内をまとめるのは簡単になる。
例えば、私が伊豆シャボテン動物公園グループの企業再生をしている時に東日本大震災が発生してお客様が来なくなるということがあった。福島第一原子力発電所の危機的な状況が連日報道され、伊豆へ旅行する人がいなくなってしまったのである。
レジャー施設に観光客が来ない。これは明らかな経営危機である。この時ばかりは、平時ならばなかなかまとまらない全社的な経費削減やスタッフの出勤調整などもスムーズにまとまった。
一方で、競合他社と比較すると商品・サービスの魅力が落ちていて、売上が横ばいや微減しているような緩やかに減退している会社の場合、社内をまとめる難易度が一気に高くなる。
組織は設立時を頂点として、徐々にエネルギーを失って、解散などの「死」に至るわけだが、組織に対して忠誠心の高い人や危機意識の高い人以外には衰えが見えない時点で組織改革を行うのは本当に難しいのである。
また、現状認識が難しいのは、人は見たいものを見る生き物だからだ。組織となると立場ごとに見え方も違う。
■誰か他の人のことを考えると、保守的な現状認識になる
例えば、サラリーマンの世界では世代間格差もあって「逃げ切り」という言葉がよく使われる。「逃げ切り」とは、斜陽産業に属する会社で、自分が定年まで勤め上げれば、その後、会社が傾いても自分の給与には影響がないことをいう。

会社や社員の未来のために正しいことを言って他の人に対して変化を求めた結果、自分が嫌われ者になるかもしれないという理由で、問題を見て見ぬふりをして先送りし、悪化している現状に蓋をする人はいくらでもいる。
私は人が本当に誰か他の人のことを考える場合は、保守的な現状認識になると考えている。
例えば子育てをしている親は、子どもの未来を考えれば、今後ますますIT機器が高度化するからといっても鉛筆で文字を書く練習が不要だとは言わないだろうし、AIが発展して近い将来に同時通訳が実現するとしても語学の勉強を止めなさいとは言わないだろう。
このように、多くの親は、子どもを大事に思っているからこそ、保守的なアドバイスを子どもにする。未来は誰にも分からないわけだから、その中でも真剣に未来を予測して、保守的なシナリオに基づいた現状認識をするのだ。
私たちは、日本の子どもたちの未来を考えて、正しく現状認識ができているだろうか。
繰り返しだが、日本が未曾有の人口減少社会を迎えることは既定路線である。これによって国内市場は縮小し、労働人口は大幅な減少を迎える。このような大きな変化を前にして、私たちは正しく現状認識ができているのかを改めて問い直す必要がある。
少なくとも私には、今日と同じ働き方を続けていて、日本経済の維持もそうだが、人口減少により今後起きるであろう様々な問題が解決できるとは到底思えない。
■変われる人から変わればいい
③人は変わることができる
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず」
特に冒頭の一文が有名だが、これは日本海軍の連合艦隊総司令官だった山本五十六の言葉である。優れたリーダーとは人を動かすことができる人だ。
正しく現状認識さえできれば、何をしなければならないかを理解し動くことは決して難しくはない。今、迫りくる危機を正しく認識できれば、人は変わることができる。
私は企業再生の醍醐味は「人の再生」だと思っている。下を向いてその場に留まっていた人が、前を向いて歩き始める。一般の人は企業再生というとリストラを思い浮かべるようだが、実際は、傾いた会社にいる人たちと向き合って、時に厳しい現実を突きつけ、自分の足で歩き始めるのをサポートするのが仕事である。
また、私が企業再生をする時には一つルールにしていることがある。それは変われる人から変わればいいということだ。
現状認識の仕方にも違いがあるし、現状認識に時間がかかる人もいる。現状認識をできたとしても変化に対して心の準備ができていない人もいるかもしれない。そのため変われる人から変わっていって、それぞれ協力し合えばいい。

今の日本で必要なのは、大きな変化を前にして、今日と同じことをしていて大丈夫なのかと現実を直視して、変化することだ。
■明日のための準備を今日しなければならない
「失われた30年」と表現されるように、30年以上も「ゆでガエル」の状態が続いているから、日本人みんなが分からなくなっているのかもしれない。少なくとも私にはこの状況がそのまま続くとは考えられない。
日本は未曾有の人口減少社会を迎え、国内市場は縮小し、労働人口は大幅に減少する。この大きな変化に対して、日本企業は、今までの仕事の進め方を見直し、しっかりとマネジメントシステムの構築をし、システム化を行い、生産性の向上を実現しなければならない。
日本社会は今までの前提が大きく揺らいでいる。そのため、明日のための準備を今日しなければならない。私たちは変わっていかなければならないのである。

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小松 裕介(こまつ・ゆうすけ)

スーツ代表取締役社長CEO

2013年3月に、新卒で入社したソーシャル・エコロジー・プロジェクト(現社名:伊豆シャボテンリゾート、東証スタンダード上場企業)の代表取締役社長に就任。同社グループを7年ぶりの黒字化に導く。2014年12月に株式会社スーツ設立と同時に代表取締役に就任。2016年4月より総務省地域力創造アドバイザー及び内閣官房地域活性化伝道師。2019年6月より国土交通省PPPサポーター。2020年10月にYouTuber事務所VAZの代表取締役社長に就任。月次黒字化を実現し、2022年1月に上場企業の子会社化を実現。2022年12月にスーツ社を新設分割し同社を商号変更、新たにスーツ設立と同時に代表取締役社長CEOに就任。
現在、スーツ社では、チームのタスク管理ツール「スーツアップ」の開発・運営を行い、中小企業から大企業のチームまで、日本社会全体の労働生産性の向上を目指している。

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(スーツ代表取締役社長CEO 小松 裕介)
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