控除とは、税金を計算するときに収入から差し引ける金額のこと。2025(令和7)年以降は、基礎控除は95万円、給与所得控除は65万円で計160万円となった。
だが、元大蔵(財務)官僚の経済学者・髙橋洋一さんは「欧米各国と比べるとその額の差は大きく、日本はずっと“ステルス増税”を行なってきた」という――。
■「160万円」でも欧米各国より少ない基礎控除
2025年3月4日、30年ぶりに「年収103万円の壁」の引き上げという修正案が盛り込まれた2025年度予算案が、衆議院を通過した(基礎控除95万円、給与所得控除65万円で計160万円)。所得税が発生する「103万円の壁」を、マスコミは「年収の壁」と説明しているが、私に言わせれば、こうした見方が実は問題の焦点をぼやけさせている。
「103万円」以降、「106万円」「130万円」など社会保険料を含めればいろいろな「壁」が取りざたされてきた。だが、この議論が起きた当初から私が言っているように、「壁だ、壁だ」という騒ぎ自体が財務省の“陽動作戦”“陰謀”だったのだ。そして、「壁はおかしい!」と叫んでいた人は皆、財務省に踊らされていただけだったのである。
どういうことか。
端的に言えば、問題の本質は「壁」ではなく、所得税における「基礎控除48万円」と「給与所得控除55万円」で合計103万円という「額」なのだ。
基本に立ち返ると、「基礎控除」とは、そこからは税金を取らない生活のための最低限のコストのことだ。103万円というのは、基礎控除(48万円)と給与所得控除(55万円)を合計した額である。つまり、基礎控除が48万円ということは、月の最低限の生活コストが4万円ということだ。
だが、当たり前の話、これで生活しろというのはムリがすぎる。
たとえば東京都の生活保護費ですら、単身世帯の生活扶助(ふじょ)が月およそ8万円、住宅扶助を合わせれば月約13万円になるのだ。
では、世界はどうなのか。
各国比較は財務省の得意技で、消費税増税の際には「ヨーロッパでは20%を超えていると散々言っていたが、基礎控除についてはなぜか比較しない。
であるならば、奥ゆかしい財務省の代わりに、私が国際比較をしてみよう。
ただし、あらかじめ正直に言えば、いろいろな条件を合わせないと正確な国際比較はできない。そこで、これまでに公表された政府資料を参考にして、各国の最低所得に近いところを見てみることにする。
直近の為替レートでアメリカの基礎控除は61万円、給与所得控除が219万円で合計280万円。イギリスは基礎控除214万円、給与所得控除はなし。ドイツは基礎控除143万円、給与所得控除は20万円で合計163万円。フランスは基礎控除160万円、給与所得控除8万円で合計168万円だ。
欧米に比べて、日本の控除額の異様な少なさが、ご理解いただけたであろう。
考えなくてもわかることだが、基礎控除が低いということは、課税所得が大きくなるということ。
ただし、法律を変えるわけでもないので、問題提起がない限り議論にすらならない。つまり、日本はずっと「ステルス増税」を行なってきたのだ。
だからこそ、「壁」の本質がバレないよう、多くの「壁」があるかのように見せることにより、議論を混乱させる……。これが財務省の狙いなのである。
■バカげた霞が関理論が生み出した「106万円の壁」問題
日本でも、かつて基礎控除は物価の上昇とともに何度も引き上げられていた。1960年代など、毎年のように1万円ずつ引き上げられていたのだ。それが1995年に38万円になってから、25年間、一度も引き上げられることはなかった。
ようやく2020年になって48万円へと10万円引き上げられたが、それ以降再び、まったくもってアンタッチャブルとされてしまう。グラフを見ればおわかりのように、その間、ずっと税収が上がっていたにもかかわらずだ。
この件に焦点が当たりそうになると、財務省の手先となっている著名なエコノミストや経済学者は、「いや、昔と違って、今は財政が厳しいからムリ」と口をそろえる。では、果たして財源のために国民の生存権を脅かしていいのか。
今の時点で減税政策を打てば、物価の変動を考慮しない名目経済成長率も増える。
私の計算では名目成長4~5%も達成でき、減税分も自然増収で賄(まかな)えるであろう。
また、たとえ増収がなくても外国為替(かわせ)資金特別会計(外為(がいため)特会)や国債費などから捻出できるので、いずれにせよ「財源問題」などというものは起きない。おそらく、減税しても景気が悪くならなければ、財務省が30年間ついていたウソがバレる。それが怖いのだろう。
だから霞が関は結託して、あるいは財務省に忖度(そんたく)し、話をややこしくするために他の壁を持ち出すのだ。霞が関だけでしか通じない、まったくバカげた理論である。
たとえば、厚労省が「106万円の壁」を持ち出し、所得なしでも原則として社会保険料を負担させると言い出した。簡単に言えば、低所得の人に対する年金支払いの免除をやめるということである。別の言葉で表せば、
「今まで低所得だから厚生年金の支払いが免除されていた人からも、一律に厚生年金を吸い上げるようにしますので」
という、年収106万円以下の人をターゲットとした“大増税”にすぎない。
こんなことは、本来、基礎控除などの引き上げが終わってから検討すべき問題だ。ただし、私から見れば、この問題自体も実は解決することはなんら難しくない。
「106万円の壁」とは、親や配偶者に扶養される人が従業員101人以上の企業で週20時間以上働いて年収106万円を超えると、扶養から外れて社会保険に加入しなければならなくなり、結果として手取り給与が減少する状況をいう。

また、「130万円の壁」とは、従業員100人以下の企業において、扶養される人がパートなどで働き年収が130万円を超えると、扶養から外れて社会保険に加入しなければならなくなり、結果として、やはり手取り給与が減少するということだ。
いずれも、「壁」を少しでも超えると、増える給与に比べて、失う控除額や支払う保険料が大きくなるので、手取りが減少することになる。それを恐れて、多くの人が労働時間を少なくしていた。いわゆる「働き控え」というものである。
だが、彼ら、彼女らは働きたくなくて、仕事を控えたわけではない。手取りさえ減らなければ、もっと働きたいのだ。だから、減税により「壁」を取っ払えば、当然1人当たりの労働時間は増え、結果、労働供給も増える。バカらしいくらい当たり前の話だ。
■フランス式なら税控除による「壁」はなくなる
この「壁」は、かなり前から問題視されていたが、私はなぜ問題とされるのかすら不思議だった。なぜなら、これは単に制度に起因するものであるから、それを改正すれば言うまでもなく解決できるからだ。
最大の問題は「壁」を超えると、一気に控除がなくなったり保険料を徴収したりすること。であるならば、シンプルに年収が「106万の壁」を超えた分の差額に対して控除額や保険料支出を新たに設定するのが答えだ。
たとえば、106万円を超えたら控除の負担を「超えた分についてだけ段階的に増やしていく」計算にするだけでいい。
このような支出について「ある金額以上」を対象とすることを、「『限界的』に対処する」ともいう。さらに、日本独特の税控除に代えて、フランスなどのように「2分2乗方式(夫婦の所得を合算し、その2分の1に所得税率を適用した額を2倍にする所得税の計算方式)」にすれば、税控除による「壁」はなくなる。
岸田政権は、この「壁」問題に対処するため、「社会保険適用促進手当」の創設を打上げた。それもひとつの方法ではあるが、わざわざ企業への補助金が必要か、というのが率直な感想だ。
私の言う「限界的」対処は、税・保険料の徴収方法の変更にすぎず、政府内でできることなので、なぜこれまで行なわれなかったのか不思議なくらいである。だから出演した大阪朝日放送の「正義のミカタ」で、思わず「バカの壁」と言ってしまったのだ。

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髙橋 洋一(たかはし・よういち)

政策工房会長、嘉悦大学教授

1955 年、東京都生まれ。東京学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。80 年、大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。
小泉内閣・第1 次安倍内閣ではブレーンとして活躍。2008 年に『さらば財務省!』(講談社)で第17 回山本七平賞を受賞『髙橋洋一のファクトチェック2025 年版』(ワック)、『明解!金融講義 世界インフレ時代のお金の常識・非常識』(ソシム)、『財務省亡国論』(あさ出版)ほか著書多数。

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(政策工房会長、嘉悦大学教授 髙橋 洋一)
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