■「水問題」が終わったと思ったら「土問題」
前回の記事で、静岡県とJR東海との間でかねて懸念になっていた地下水の流出問題がようやく節目を迎えたことを紹介した。
だが、問題はほかにも残されている。
静岡工区のリニアトンネル工事の影響を話し合う6月2日の県地質構造・水資源専門部会で、トンネル掘削工事で発生する自然由来の重金属を含む「要対策土」の取り扱いについて初めてテーマとなった。
静岡県は2024年2月、JR東海との対話を要する28項目のなかの一つに、要対策土を処理する「藤島残土置き場」計画を盛り込んだ。
そこにはただ「現在のJR東海の計画は条例上、認められない」とある。
■工事が熱海の災害でできた条例に抵触する
藤島残土置き場計画が認められないのは、2021年7月に発生し28人の死者を出した熱海土石流災害を踏まえ、22年7月に施行された静岡県の盛り土等に関する規制条例で、重金属など要対策土の盛り土を原則禁止したからである。
だから、川勝前知事の時代に県はJR東海に計画そのものの見直しを求めてきた。
川勝氏は「藤島残土置き場について、リニア計画時にこのような厳しい条例は制定されていなかったが、新たな条例に書かれている通り、要対策土の盛り土は認められない。適用除外にならないこともはっきりしている」と何度も述べていた。
しかし、それでもJR東海は県に条例の適用除外として藤島残土置き場計画を認めてもらえるよう働き掛け続けている。藤島残土置き場以外の方法はハードルが非常に高く、これから対応するのでは長い時間が掛かってしまうからだ。
2日の専門部会で、JR東海は要対策土処理の他の選択肢が非常に困難であることを強調しただけで、藤島残土置き場についての説明を避けた。
会議後の囲み取材で、平木省副知事は適用除外となる要件について、「国交省(鉄道局)に法解釈を求めている」ことを明らかにした。
要は、静岡県だけでは手に余るとして、リニア事業を推進する立場の国に、法解釈で何とかならないのか下駄を預けるかっこうとなったのだ。
ただし、国がどのような法解釈をしようが、条例に基づいて藤島残土置き場を認めるのかどうかを判断するのは県である。
となれば、国の見解を待つまでもなく、現在のままでは適用除外とするのは極めて難しいのだ。
残土置き場が決まらなければ、トンネル工事に入ることはできない。川勝氏の残した“難問”を解決できなければ、リニア開業がさらに遅れるのは必至だ。
■工事で出る残土の97%の置き場所は決まっている
JR東海は、リニア南アルプストンネル静岡工区工事で発生する土砂を約370万立方メートルと見込んでいる。
そのうち、全体の97%、約360万立方メートルの発生土を処理するために、大井川左岸に面した燕沢(つばくろさわ)上流付近に「ツバクロ残土置き場」を建設する計画である。リニアトンネル工事現場にも近く、好都合な場所である。
このツバクロ残土置き場について、川勝氏は2022年8月の現地視察で突然、「深層崩壊について検討されていない。残土置き場にふさわしくない。熱海土石流災害を踏まえても極めて不適切だ」などと認めない方針を示してしまった。
川勝氏の退場のあと、土石流の同時多発の可能性等の広域的な複合リスク、対岸の河岸侵食による斜面崩壊の発生リスク、周辺の断層などの議論を行い、ことし3月の専門部会で、ようやくJR東海の説明を受け入れた。
もともと川勝氏らの言い掛かりだったから、ツバクロ残土置き場が認められるのは時間の問題だった。
■静岡県が施行した厳しい盛り土条例
主要なツバクロ残土置き場が決着したことで、ようやく藤島残土置き場の議論に入ることになった。
藤島残土置き場はリニアトンネル工事現場から約10キロ下流に位置し、2013年9月に設置計画が立てられた。ヒ素、セレンなど自然由来の重金属が含まれる汚染土壌約10万立方メートルの盛り土ができる施設である。
しかし、2021年7月に発生した熱海土石流災害の原因となった不法盛り土の問題をきっかけに、静岡県は2022年7月に非常に厳しい盛り土条例を施行した。
環境汚染の拡散防止を目的に、基準値を超える自然由来の重金属など土砂基準に適合しない盛り土を原則禁止とした。その条例が未着工のリニア工事にも適用されるのだ。
要対策土の盛り土は原則禁止なのだから、適用除外にしてもらうしかない。
適用除外となるのは、生活環境上の支障を防止するための措置を知事が適切と認めた上で行う盛り土としている。
JR東海は「二重遮水シートによる封じ込め対策を行い、遮水型として要対策土対策を取る。近くには井戸水等の利水状況がないこと、河川からの高さ(約20メートル)が十分あり、大井川の増水による影響が極めて小さく、排水管理が十分実施できる計画」などの万全の対策を取るとしている。
つまり、「生活環境上の支障を防止するための措置」は知事が適切と認める上で、何らの問題もないのだ。
■条例が「適用除外」となるための要件
ところが、当時の森貴志副知事は2023年2月14日の国の有識者会議で、「藤島は工事現場から離れているので適用除外の要件を満たさず、適用除外とはならない。藤島残土置き場計画を認められない」と断固とした姿勢を示した。
適用除外となるにはもう1つ要件があり、こちらは非常に厄介である。
それは、「要対策土を同一事業区域内で処理する」ことである。この2つの要件を満たせば、土壌汚染対策法等で許容されるため、県条例ではその2つを適用除外の要件としている。
同一事業区域内とは、全国新幹線鉄道整備法に基づいて認められたリニアの鉄道事業路線区域内を指している。
将来にわたって要対策土の適切な管理を行うためには、許認可等で認められた同一事業区域内に限定することで、管理の継続性が担保できるというのだ。
他県のリニアの要対策土の処理計画を見ればわかりやすい。
長野工区では、発生した要対策土はリニア長野県駅近くに設ける橋梁の橋脚基礎に使用する予定だ。岐阜工区では、中津川市のリニア車両基地に使うことで協議している。
いずれにしても、リニア鉄道事業で認められた同一事業区域内で要対策土を処理するわけである。
■リニア工事としての使い道がなく、搬出先もない
静岡工区の場合、約8.9キロの地下トンネルが通過するだけであり、そのトンネルの地下や擁壁に要対策土を使うわけにはいかない。
藤島残土置き場はリニアトンネルから遠く離れ、それも単なる盛り土でしかない。リニア事業とは何らの関係もないのだ。
このため県は、要対策土について大井川流域外への搬出をJR東海に要請してきた。
しかし、いちばん近くの処分場までは100キロ程度離れている。そのため、搬出までの仮置き場として新たな土地の確保が必要となり、処分場への搬出のための工事用車両が増加し、往来の騒音、振動、大気質等の環境影響などの点からも合理的ではない、と説明した。
また新たな汚染土壌施設を設置するには汚染土壌処理業の許可を受ける必要があり、静岡市に申請しても供用開始までに長期間を要することが見込まれる、としている。
■「国の法解釈」の行方は…
となれば、適切な生活環境上の支障を防止するための措置を行うことを前提に、藤島残土置き場をそのまま認めてもらいたいのがJR東海の本音である。
いくら「スピード感を持った解決」を目指す鈴木康友知事でも、リニアトンネルから遠く離れ、単に盛り土でしかない要対策土の残土置き場を認めるわけにはいかないだろう。
だから県は、藤島残土置き場が認められる方策を「法解釈」に求めて、リニア事業を推進する立場の国に任せたのだろう。ただ、土壌汚染対策法を所管するのは環境省であり、国交省がどのような法解釈を示すことができるのか、いまのところさっぱりわからない。
■「条例の壁」を崩すのは至難の業
どんな法解釈をしても、県盛り土条例を厳格に運用すれば、適用除外の要件を満たしていないから認められないことになる。
県盛り土条例の改正などを視野に入れれば、県議会で議論されることになる。だがそれはリニア工事を特別扱いにすることになり、簡単には進まないだろう。
熱海土石流災害を教訓に、静岡県は厳しい盛り土条例を新設した。結果として、リニア工事に大きな影響を与えることになり、JR東海にとっては、まさしく川勝前知事の残した最悪な「置き土産」となってしまった。
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小林 一哉(こばやし・かずや)
ジャーナリスト
ウェブ静岡経済新聞、雑誌静岡人編集長。リニアなど主に静岡県の問題を追っている。著書に『食考 浜名湖の恵み』『静岡県で大往生しよう』『ふじの国の修行僧』(いずれも静岡新聞社)、『世界でいちばん良い医者で出会う「患者学」』(河出書房新社)、『家康、真骨頂 狸おやじのすすめ』(平凡社)、『知事失格 リニアを遅らせた川勝平太「命の水」の嘘』(飛鳥新社)などがある。
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(ジャーナリスト 小林 一哉)