民放初の乳幼児向け番組「シナぷしゅ」が各方面で大きな話題になっている。ファンは世代や国境の壁を越えて広がり続けている。
テレビ東京の統括プロデューサー・飯田佳奈子さんは「将来は番組が『公文式』のような世界共通の存在になり、日本の少子化の改善にも貢献できたらうれしい」という――。
■「想定外の視聴者」が続出しているワケ
その番組の主な視聴者は0~2歳児で、「赤ちゃんを育てる世帯」が楽しめることを第一に作り込まれている。ところが、放映開始から5年が経過し、制作サイドも驚く想定外の視聴者が現れたという。なんと真逆の世代である60歳以上のシニアである。
民放初の乳幼児向け番組「シナぷしゅ」(平日朝7時半~、テレ東系)は2020年から放送されている。クレイアニメ、パペット、切り絵、歌、絵本の読み聞かせなど、1~2分間のバラエティ豊かなコンテンツが次々に登場し、NHK Eテレの番組と一線を画す内容だと、多くの子育て世帯で好評を得ているのだが……。
なぜ、シニアなのか。統括プロデューサー・飯田佳奈子さんが解説する。
「高齢者介護施設のスタッフの方などから、『朝、「シナぷしゅ」をみんなで見ている』といった声をよくお聞きするんです。(同時間帯の他局の)情報番組は内容的に、私たち大人でもちょっと疲れることがありますよね。その点、「シナぷしゅ」は言語が少なく、代わりにさまざまなスタイルの映像や音楽が流れてくるので、何も考えずにぼーっと眺めていられる。ひょっとすると、それが高齢の方にとって、ちょうどいい刺激と感じてもらえているのかもしれません」
つい最近も、飯田さんが卒業した名門・桜蔭高校時代の恩師(60代後半)から手紙がきて、「毎朝楽しく番組を見ている(具体的なコーナー名も挙げて感想が書かれていた)」「見ていると疲れが取れる」と書かれていた。
人生後半の60~80代以降のシニア世代の人々に見事刺さっているのだ。
番組名の通り「ぷしゅ~」と肩の力が抜けるだけでなく、日本人が求める季節性を盛り込んだ作りも視聴者の心をとらえているのでは、と飯田さんは分析する。
「赤ちゃんを育てるご家庭の多くは季節行事を意識しています。そこでコンテンツを作る際は、季節感を大切にしています。春なら桜、夏ならスイカや海、などと季節に合う絵は欠かせません。高齢者施設でも、季節感を意識したレクリエーションなども展開されていますよね。そういう点でも、親和性があるのではないでしょうか」
もしくは、シニア世代が幼少時に実体験した季節ごとのイベントや、かつて読んだ絵本などの記憶を思い出して、昔を懐かしんでいるのかもしれない。後述するように20~40代の現役世代もよく見ているという「シナぷしゅ」のファンは世代に関係なくいるというわけだが、それだけではない。国境も越えてニーズが急拡大しているという。
■赤ちゃんに国境はない
こちらも最近の話だ。テレ東の報道局あてに、米西海岸シリコンバレーの住民からこの番組をよく視聴しているという声も届いたというのだ。
「日本経済新聞のシリコンバレー支局の記者さんからだったそうです。
『シリコンバレーでめちゃくちゃシナぷしゅが見られている』とわざわざお知らせしてくださって。現地在住の日本人コミュニティを中心にファンがすごく増えているということなんです」
番組の公式YouTubeチャンネル「シナぷしゅch」では過去コンテンツが見られるようになっており、見逃し配信として、TVer他で「シナぷしゅ」本編エピソードが常時1400本以上配信されている。それに加えて、グローバル展開にも積極的だ。2024年1月に、「PushBaby」というグローバルYouTubeチャンネルをスタートさせている。
「日本では赤ちゃんの数が減ってきているけれど、世界に目を向ければたくさんの赤ちゃんがいます。今後はそこにもアプローチしていこう、という狙いです。シナぷしゅのコンテンツの中から非言語や英語音声のものを再編集して作ったり、『PushBaby』用に英語の童謡や音楽を作ったりして、CGアニメーションも刷新しています」
現在、世界各国で計75万人近くのチャンネル登録があり、その数は右肩上がりで伸びている。
「赤ちゃんは言語に頼らないので、言語を超えた表現のコンテンツと相性がいいのでしょう。こうして世界中の赤ちゃんと繋がれると思うとすごく尊いですよね。いつか『シナぷしゅ』が『公文式』のように世界共通語になって、子供たちの間で、『小さい頃、見てたんだよ』『俺も、私も』みたいな、国境を超えたやり取りが生まれたら。想像するだけで、わくわくします」
年齢の壁、さらには国境の壁をどんどん越えて成長している同番組。世界中の教室を設けている「KUMON」のような大きなネットワークを持つ、日本発の乳幼児向けの教育・教養コンテンツとして大化けするポテンシャルもありそうだ。

■映画館にベビーカーが大集結
東京大学からテレ東に入社し、2児の母でもある飯田さんの“野望”は他にもある。そのターゲットはまだ子育てを経験していない20代~30代の若い世代だ。
「20代、30代の独身世代が、いざ結婚して子育てをしようとするとき、子供を持つことをポジティブに考えてくれたらうれしい」
その一環として取り組んだのが、番組の映画化だ。2023年5月に公開された『シナぷしゅ THE MOVIE ぷしゅほっぺにゅうワールド』は、初日から満席になり、都内のある映画館内はおびただしい数のベビーカーが所狭しと並んだ。予想観客動員数は「よくても10万人」だったが、最終的には累計20万人を突破し、予想外の大ヒットに。
「一般的に、映画館デビューするのは、早くても3歳か4歳頃。ママたちも出産後は映画館から遠のいてしまいます。つまり、映画館は公的施設でありながら、赤ちゃんの来場が想定されていない。それなのに、映画館にベビーカーが何十台も並んだんです。私が見てもあの光景は壮観でした」
何も知らないで映画館に来た若い人は、「今日何かあったの?」と目を丸くした。
「その反応こそ、私の狙いでした。例えば大学生なら、ふだんは赤ちゃんの事を考えないけれど、その光景を目撃して『赤ちゃんも映画館で映画を観られるんだ』と印象に残るでしょう。
それでいつか結婚したとき、この記憶が残っていれば、子育て中も家の外でエンターテインメントに触れることができると思えて、出産・育児にポジティブになれると思うんです」
そして今年5月16日からは2作目となる『シナぷしゅ THE MOVIE ぷしゅほっぺダンシングPARTY』が全国各地で公開されている。1作目では小学生以下の観客に無料でタンバリンが配布されたが、今回は、「泣きながら、笑いながら、喋りながら見ていいんだよ」というメッセージから、パリパリカシャカシャ音が鳴る「パリパリPARTYハンカチ」が第1弾入場者プレゼントとして配布されている。※各劇場で在庫がなくなり次第配布終了
良質なコンテンツを地道に作りながら、一方ではこうして映画製作やコンサートイベント、グッズ販売などさまざまなジャンルに進出している「シナぷしゅ」。番組関連書籍は2025年1月時点で31冊発行し、累計発行部数は約61万部以上だ。
局内では4月1日付で「シナぷしゅ事業部」が新設され、社内での存在感も高まるばかり。令和を代表する赤ちゃん番組の次なる仕掛けは何なのか。
聞けば、今度は「ヨルぷしゅ」(6月27日深夜24時12分放映)だ。家事や育児が一段落した夜の時間帯に、肩の力を抜いて楽しんでもらえる、大人を応援する内容だという。具体的には、赤ちゃんを笑わせる芸を競う「A-1グランプリ(アカチャンワングランプリ)」や、夫婦のあるあるを題材にしたショートアニメなど予定している。
「大人版を作ってみたいと言ったら、たくさんのスタッフが賛同してくれて、あれよあれよという間に企画が立ち上がりました。『シナぷしゅ』由来の、他では見られない独特な世界観で、見る人のセロトニン神経を活性化させます。『シナぷしゅ』を知らない人でも楽しめるものを目指します」
仕事や育児に疲れた大人たちの睡眠の質にもコミット……ますますファン層が拡大するかもしれない。


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飯田 佳奈子(いいだ・かなこ)

テレビ東京「シナぷしゅ」統括プロデューサー

1988年生まれ、群馬県富岡市出身。東京大学を卒業後、2011年にテレビ東京に入社。制作局や営業局など複数の部署で経験を積む。18年に第一子を出産。育休中に国内の乳幼児向けコンテンツの選択肢の少なさに疑問を持ち、育休明けすぐに「シナぷしゅ」を企画立案。番組の放送だけでなく、ビジネス面も含めたコンテンツ統括プロデューサーを務める。22年に第二子を出産。

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(テレビ東京「シナぷしゅ」統括プロデューサー 飯田 佳奈子)
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