減税はできない、の一点張りの政府や財務省。だが、元大蔵(財務)官僚で経済学者の髙橋洋一さんは「実は日本の財政は財源だらけだ。
※本稿は、髙橋洋一『財務省 バカの「壁」』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■減税と増税と景気をめぐるトンデモ理論
「年収103万円の壁」の引き上げをめぐり、内閣府は減税による税収減を景気拡大ではカバーできないという試算を出した。その根拠となっている「短期経済モデル」で理論武装しているのは、予想にたがわず、やはり財務省である。
2024年12月、自民、公明、国民民主の3党の税制調査会長らによる協議の場で提示されたその試算は、内閣府の短期日本経済マクロ計量モデルを使って行なわれた。
所得税を名目国内総生産(GDP)1%相当額に当たる6.1兆円分減税した場合、1年目は税収が6.0兆円減少する一方、実質GDPは1.2兆円の拡大にとどまるとしている。2年目は5.6兆円、3年目には5.3兆円の税収減となるが、実質GDPはいずれの年も1.8兆円の拡大にとどまるというものだ。
これらの内閣府の試算結果は、「減税による消費拡大が経済全体の活性化につながる」とする国民民主党の主張とは食い違っている。なぜか。
このモデルは以下のように説明されている。
1年程度の短期的な調整過程を描くことに主眼を置いたもので、マンデル=フレミング・モデル(IS-LM-BPモデル)を基本のフレームワークとしつつ、価格をフィリップス曲線で内生化した「価格調整を伴う開放ケインジアン型」として構築されている。(中略)
貨幣市場では、短期利子率がいわゆる、テイラー・ルール(GDPギャップや物価上昇率の状況を踏まえた短期金利の調整)に従った政策反応関数によって決定される(但し、近年のゼロ金利状況を踏まえ、ルールに基づく金利水準がマイナス値を取る場合、正の下限値0.001%で固定した)。
小難しい文章であるが、いわゆるケインズ型の短期需要予測モデルだ。これはあくまで「需要」の予測モデルであり、価格はあまり動かず、供給(労働供給等)が一定という前提があるため、供給サイドはほとんど分析できない。
政府は、減税による税収減を景気拡大ではカバーできないという試算を出しているが、減税(=「壁」の撤廃)は労働時間を増やし、労働供給を増加させることが抜け落ちている。
しかも「消費に回らない分は貯蓄に回る」と決めつけ、減税が金利を下げて投資増につながる効果も見逃している。さらに、インフレ率が少しでも高くなると、中央銀行による金融引き締めが組み込まれているのも問題だ。
ちなみに2019年に消費税を8%から10%に増税したときも、財務省は同じ短期モデルを使って「増税しても影響はない」と言い張った。だが、実際は景気が大きく落ち込んだことは記憶に新しいだろう。
要するに、財務省はこのモデルを使って、消費税を増税しても景気が悪くならないし、所得税を減税しても景気がよくなるわけではない、ということにしたいのだ。まったく、「バカも休み休み言え」としか言葉がない。
■実は財源だらけの日本の財政
減税は、民間企業でいえば値下げに相当する。値下げは減収効果がある反面、売り上が増えるので増収効果も得られる。
財源については、名目成長4~5%が達成できれば自然増収で賄える。減税による効果がすぐに出なかったとしても、外国為替資金特別会計(外為特会)や国債費などでも捻出できるので、財源を心配する必要はない。
円安によって外為特会は「含み益(まだ確定していない利益)」が数十兆円にも上る。日本政府は中期のドル債を資産にしているので、たとえ売却しなくても、ドル債の償還ロールオーバー(乗り換え)時に、債券価格の上昇などにより含み益は出る。そこから毎年2兆円程度は財源を絞り出せるはずだ。
自然増収についても、今の経済状況を考えると、かなり期待できると言っていい。2025年4~6月期でGDPギャップ(潜在的な供給力と実際の需要の差)は、私の試算では1.7%程度、およそ10兆円ある。
しかも「103万円の壁」撤廃で、労働時間と労働供給を増加させることができる。
財務省が、国債による過去の借金の返済(債務償還費)と利息(利払費)と定義しているのが「国債費」だ。国債費は2024年度予算のうち、債務償還費が16.9兆円あるとするが、既存の国債の元本を返済するために発行される新たな国債である「借換債」の発行でしのげるから問題ない。かつて、債務償還費なしで予算を組んだことも数多くある。
そもそも先進国は債務償還費を予算に計上していない。例外は日本だけだ。
また、国債費のうち9.7兆円ある利払費は、国債費を計算する際に仮置きする「予算積算金利」を1%程度高めに見積もっており、実際は1兆円程度は不要になる。これらは、補正予算を組めば、本来すべて財源化できるのだ。
このように、「財源がない」のではない。「探さない、作らない」だけなのである。
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髙橋 洋一(たかはし・よういち)
政策工房会長、嘉悦大学教授
1955 年、東京都生まれ。東京学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。80 年、大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。小泉内閣・第1 次安倍内閣ではブレーンとして活躍。2008 年に『さらば財務省!』(講談社)で第17 回山本七平賞を受賞『髙橋洋一のファクトチェック2025 年版』(ワック)、『明解!金融講義 世界インフレ時代のお金の常識・非常識』(ソシム)、『財務省亡国論』(あさ出版)ほか著書多数。
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(政策工房会長、嘉悦大学教授 髙橋 洋一)
また、財務省はかつて『消費税を増税しても景気が悪くならない』と言ったのに、今回は『所得税を減税しても景気がよくなるわけではない』と矛盾している」という――。(第2回)
※本稿は、髙橋洋一『財務省 バカの「壁」』(祥伝社)の一部を再編集したものです。
■減税と増税と景気をめぐるトンデモ理論
「年収103万円の壁」の引き上げをめぐり、内閣府は減税による税収減を景気拡大ではカバーできないという試算を出した。その根拠となっている「短期経済モデル」で理論武装しているのは、予想にたがわず、やはり財務省である。
2024年12月、自民、公明、国民民主の3党の税制調査会長らによる協議の場で提示されたその試算は、内閣府の短期日本経済マクロ計量モデルを使って行なわれた。
所得税を名目国内総生産(GDP)1%相当額に当たる6.1兆円分減税した場合、1年目は税収が6.0兆円減少する一方、実質GDPは1.2兆円の拡大にとどまるとしている。2年目は5.6兆円、3年目には5.3兆円の税収減となるが、実質GDPはいずれの年も1.8兆円の拡大にとどまるというものだ。
これらの内閣府の試算結果は、「減税による消費拡大が経済全体の活性化につながる」とする国民民主党の主張とは食い違っている。なぜか。
このモデルは以下のように説明されている。
1年程度の短期的な調整過程を描くことに主眼を置いたもので、マンデル=フレミング・モデル(IS-LM-BPモデル)を基本のフレームワークとしつつ、価格をフィリップス曲線で内生化した「価格調整を伴う開放ケインジアン型」として構築されている。(中略)
貨幣市場では、短期利子率がいわゆる、テイラー・ルール(GDPギャップや物価上昇率の状況を踏まえた短期金利の調整)に従った政策反応関数によって決定される(但し、近年のゼロ金利状況を踏まえ、ルールに基づく金利水準がマイナス値を取る場合、正の下限値0.001%で固定した)。
マネーサプライはマネーの需要関数により内生的に定まる。(「短期日本経済マクロ計量モデル2022年版」)
小難しい文章であるが、いわゆるケインズ型の短期需要予測モデルだ。これはあくまで「需要」の予測モデルであり、価格はあまり動かず、供給(労働供給等)が一定という前提があるため、供給サイドはほとんど分析できない。
政府は、減税による税収減を景気拡大ではカバーできないという試算を出しているが、減税(=「壁」の撤廃)は労働時間を増やし、労働供給を増加させることが抜け落ちている。
しかも「消費に回らない分は貯蓄に回る」と決めつけ、減税が金利を下げて投資増につながる効果も見逃している。さらに、インフレ率が少しでも高くなると、中央銀行による金融引き締めが組み込まれているのも問題だ。
ちなみに2019年に消費税を8%から10%に増税したときも、財務省は同じ短期モデルを使って「増税しても影響はない」と言い張った。だが、実際は景気が大きく落ち込んだことは記憶に新しいだろう。
要するに、財務省はこのモデルを使って、消費税を増税しても景気が悪くならないし、所得税を減税しても景気がよくなるわけではない、ということにしたいのだ。まったく、「バカも休み休み言え」としか言葉がない。
■実は財源だらけの日本の財政
減税は、民間企業でいえば値下げに相当する。値下げは減収効果がある反面、売り上が増えるので増収効果も得られる。
日々、モノを売っている人にしてみれば、当たり前の話だろう。同じように減税すれば景気はよくなり、増収につながる。ところが、予算案ではこうした増収は一切考慮されない。仮に今7兆円の減税を実施すれば、7兆円超の増収が見込まれる。だが、政府の試算では、そもそもこの減税効果をはなから度外視しているので、議論が成り立たないのだ。
財源については、名目成長4~5%が達成できれば自然増収で賄える。減税による効果がすぐに出なかったとしても、外国為替資金特別会計(外為特会)や国債費などでも捻出できるので、財源を心配する必要はない。
円安によって外為特会は「含み益(まだ確定していない利益)」が数十兆円にも上る。日本政府は中期のドル債を資産にしているので、たとえ売却しなくても、ドル債の償還ロールオーバー(乗り換え)時に、債券価格の上昇などにより含み益は出る。そこから毎年2兆円程度は財源を絞り出せるはずだ。
自然増収についても、今の経済状況を考えると、かなり期待できると言っていい。2025年4~6月期でGDPギャップ(潜在的な供給力と実際の需要の差)は、私の試算では1.7%程度、およそ10兆円ある。
したがって、7兆~8兆円程度の減税策を実施すれば、ほぼGDPギャップはゼロになるので、インフレ率は2~3%程度、5%程度の名目経済成長が安定的に見込まれる。これは理想的な経済状況だ。
しかも「103万円の壁」撤廃で、労働時間と労働供給を増加させることができる。
財務省が、国債による過去の借金の返済(債務償還費)と利息(利払費)と定義しているのが「国債費」だ。国債費は2024年度予算のうち、債務償還費が16.9兆円あるとするが、既存の国債の元本を返済するために発行される新たな国債である「借換債」の発行でしのげるから問題ない。かつて、債務償還費なしで予算を組んだことも数多くある。
そもそも先進国は債務償還費を予算に計上していない。例外は日本だけだ。
また、国債費のうち9.7兆円ある利払費は、国債費を計算する際に仮置きする「予算積算金利」を1%程度高めに見積もっており、実際は1兆円程度は不要になる。これらは、補正予算を組めば、本来すべて財源化できるのだ。
このように、「財源がない」のではない。「探さない、作らない」だけなのである。
(以下、第3回へ続く)
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髙橋 洋一(たかはし・よういち)
政策工房会長、嘉悦大学教授
1955 年、東京都生まれ。東京学理学部数学科・経済学部経済学科卒業。博士(政策研究)。80 年、大蔵省(現・財務省)入省。大蔵省理財局資金企画室長、プリンストン大学客員研究員、内閣府参事官(経済財政諮問会議特命室)、内閣参事官(首相官邸)などを歴任。小泉内閣・第1 次安倍内閣ではブレーンとして活躍。2008 年に『さらば財務省!』(講談社)で第17 回山本七平賞を受賞『髙橋洋一のファクトチェック2025 年版』(ワック)、『明解!金融講義 世界インフレ時代のお金の常識・非常識』(ソシム)、『財務省亡国論』(あさ出版)ほか著書多数。
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(政策工房会長、嘉悦大学教授 髙橋 洋一)
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