朝の情報番組『ZIP!』気象予報士、小林正寿さんへのインタビュー記事をお届けしている。今回は、第一線で活躍し続けられる秘訣、またキャリアアップやオーディション合格を目指す人に向けて、どうすれば選ばれるのかを聞いた――。
(第3回/全3回)
■なぜ第一線で活躍し続けられるのか
これまでたくさんの人を取材してきて、どの業界でも第一線で活躍し続けるには、何らかの努力をし続けないとそこに留まれないと感じている。
小林正寿さんは2012年、3回目のチャレンジで気象予報士試験に合格、その翌年の1月からウェザーマップに所属し、気象予報士として活動している。そしてオーディションを経て2019年、平日朝の情報番組『ZIP!』にお天気キャスターとしての出演が決まった。現在に至るまで6年間、同番組のレギュラーを務めている。
気象予報士資格保持者は2025年4月30日現在、国内で1万2571人。その中で東京のキー局でお天気キャスターを務めている人は数十人ほど。
1万人全員がオーディションを受けるわけではないにしろ誰もが狙うポジションだから、何かしら秀でたものがないと、そこに居続けられないはずだ。
■「天気のノート」を10年以上続けている
小林さんは気象予報士になってからずっと「天気のノート」を継続しているという。
「最初は天気に関する語彙力がなかったので、晴れる日、雨の日の言い回しのバリエーションを増やしていくことから始めて、今は天気図、各地の雨量、気温、風など網羅的に記録しています。やっぱりコンピューターが発達しても天気予報は100%当たりません。特にゲリラ豪雨のような強い降水は、コンピューターが苦手とするところですし、まだまだ人の手を加えないといけない部分があるので、毎日自分でさまざまなメモを残しています。それにより、例えば過去の災害が起きた時と同様の天気図が現れた際には、『あの時と同じ規模の被害が起きる可能性があります』と、対策をお伝えできます」
すごい、の一言。
私はこの10年間、仕事のために“毎日”続けていることはない。取材の際には必要な本を読んだり、新聞や週刊誌なども確認するが、自分の手を動かして記録していることはないと省みた。
もうひとつの努力に、「乱読」がある。
「僕は最初、天気関連の本ばかり読んで、天気の知識をつけてきました。でも次第にジャンル問わず読むようになり、自分の仕事にどんどん活かしていったのです」
■耳に残る天気の解説は「濁音」にあった
ある時、音楽関係の本を読んでいると、「濁音は強く聞こえる」と書いてあった。「確かに……」と小林さんは腑に落ちたという。
「ゴジラやキングギドラは強い怪獣ですが、濁音をとると、コシラ、キンクキトラと急に弱々しく聞こえます。それなら天気はどうだろう? と考えると、強い雨という印象を残したいならザーザーという表現が合います。強いけど短時間の雨ならザーッと降る雨。反対に霧雨ならサーッと降る、がいいですよね。風もヒューヒューより、ビュービューのほうが強く聞こえます。
僕は“耳に残る天気の解説”を意識していますから、これは使えると思いました。
そうやってどんなジャンルの本でも、『自分の仕事に活かせるかも』と思って読めば、きっと得るものがあると思います」
小林さんの著書に『ふしぎなお天気のいろいろ』(リピックブック)という子どもから大人まで楽しめる天気解説本があるが、これがとても面白い。<風はなぜビュービューと音がするの?><砂漠にはなぜミーアキャットが暮らしているのか><虹は国によって七色じゃない>など、普通の気象予報士はそこまで語らないだろうという内容が盛りだくさんなのだ。これもさまざまなジャンルの本を乱読しているからこそ、語れるのかもしれない。
■最初の仕事は「お天気キャスターの原稿を書く」
「新人の頃は『高気圧に覆われる日』の解説は苦手でした。気象予報士試験では、台風や大雪の日など荒れた天気の問題しか出題されません。ですから晴れの日は『お出かけ日和』『洗濯日和』しか思いつかず、話すことがなくなったらどうしようと不安だったんですね。でも幅広い知識を仕入れることで、『一円玉天気』(崩すことができない一円玉のように快晴の意)、『へそ天』(へそを出して寝ていても予報できるくらい簡単なこと)といった業界用語、そのほか雑学的な話も盛り込めるようになりました」
『ZIP!』ではまったく危なげのないお天気解説だが、新人の頃の小林さんはどうだったのだろう。
気象予報士として一番最初の仕事は、朝の番組で「タレントのお天気キャスターが読む原稿を書く」というものだったという。新人の小林さんは、表現として「雨が降るでしょう」「晴れるでしょう」しか書けなかった。そこで過去に先輩の気象予報士が書いた原稿をかたっぱしから読み、天気ごとに分類していった。
■公園で練習していたら投げ銭されたことも…
「例えば晴れる日の原稿なら、『洗濯日和』『日焼け対策』などのワードがあり、また晴れ方によっても言い方を変えられます。午前中に晴れて午後に曇るなら、『洗濯物を早めに干したほうがよく乾きますよ』とアドバイスできる。
一方で雨の日なら、土砂降り、傘をさしても濡れる雨など『降り方』の表現が違います。新人の頃は天気によって原稿に使う言葉や表現を徹底的に覚えました。もちろんそれは後にテレビに出演した際に役立ちました」
また堂々としゃべるにはどうすればいいのか? と考え、ステージがある大きな公園で天気予報の解説を練習しようと思い立った。「そのうち通りすがりの方から芸人さんと間違われ、投げ銭をしてもらったこともありました」と、笑う。
「新人の頃はどうすれば自信がつくのかわかりませんでした。とにかく公園での練習を続けつつ、天気のノートをつけて勉強する日々でした」
やがてそれが少しずつ自信につながっていく。
お天気キャスターが読む原稿を書く仕事からスタートし、2カ月後には早くも自らテレビ出演することになった。「あまりに出演の話が早く来てびっくりした」という。その後関西で3年間みっちりと経験を積む。東京に戻ってきたのは2018年、そして翌年の2019年に『ZIP!』のオーディション。その実技でも、30秒という限られた時間で「貝寄風(かいよせ)」をわかりやすく解説するなど、それまでの勉強が活きた。
■優秀さでも運でもない、成功した真の理由
「僕より優秀な人はたくさんいると思います。
ではなぜ自分だったのか? と考えると、どの分野のオーディションも同じかもしれませんが、『たまたま番組が求めているような人物だったから』でしょうか。経験豊富な若い男性が珍しかったのかもしれませんし、解説の仕方を気に入っていただけたのか、本当の理由はわかりません。でも、じゃあ運なのか? と言われると、それも違う気がします。当時を振り返ると、いつかチャンスが巡ってきた時のために、コツコツと準備はしていたと思うんです」
野球の世界にたとえる。
「高校時代から有名な選手は高卒でプロ入りします。その一方で、高校時代はベンチ入りすることができずスタンドで応援していた選手が、大学野球や社会人野球を経てプロ入りすることがあります。試合に出られなくても、腐らずに努力し続けた結果、大学、社会人時代にチャンスをつかんだわけですね。
だから気象予報士以外のオーディションの世界であっても、不合格にめげずにその世界の勉強を続けていれば、どこかでチャンスをつかめるのではないでしょうか。ビジネスの世界でも、なかなか昇進できない、希望の部署に行けないことがあっても、チャンスが巡ってきた時のために知識を深めていくことが重要だと思います」
実際にある取材でこんな話を聞いたことがある。大御所の漫画家が雑誌の締切に間に合わず、その時新人だった漫画家が代打で急遽描き、それがヒットした、と。今やその新人漫画家は、誰もが名前を知る大御所である。会社員でも、上司が急遽不在になる、あるいは休職となった際に代理を務める力があるかどうかが真価なのかもしれない。

■「正直、手を抜くことは?」耳の痛い返し
現在、小林さんは『ZIP!』に出演のため、平日は午前2時までにテレビ局に入り、放送に向けての準備を行うという。
「ひとつの物語を考えるように、天気図を見て今日の天気を予報し、コーナーの流れを考えます(筋書きづくり)。画面づくりの作業、出演と合わせ、4つの役割があるんですよ。番組の本番中も、出番直前まで最新の雨雲レーダーを見て、より新鮮な情報を解説に反映させるようにしています」
テレビの出演がない日も、『ZIP!』の裏方の仕事に取り組む。
「警報が出た時の字幕スーパーを作ったり、天気のニュース原稿を書いたりなど忙しくしていますし、次の出演に備えて勉強していることが多いですね」
6年間も番組に出演し、正直「手を抜く」ことはないのだろうか。
「ありません」
即答されてしまった。
「確かにどの職業の方も業務内容を覚えて、経験を積めば、〝ある程度の仕事〟はできると思うんです。だから中には遠い未来をみすえて本業とは関係のない資格を取得したり、もっと先のことを考えて趣味の時間を増やす人もいらっしゃいますよね。それもひとつの人生の歩み方だと思います。ただ僕自身は、時間ができたのならば"より高水準の仕事"ができるように、本業の腕を磨く時間に費やしたい。気象災害から命を守るという責任感から、このような考え方になっているのかもしれません」
最近どうも仕事にマンネリ感がある私には、耳が痛い。「お前は何で勝負するんだ」と問われているような気持ちになった。

■100点満点の仕事はない。だから面白い
「天気予報ってあたりはずれはありますが、100点はないじゃないですか。解説もそうです。100点満点の解説なんて、ありません。毎回何かしら反省点があって、悔やむ気持ちがある。でもだからこそ面白いんですよね」
「(『ZIP!』出演が)終わった時に後悔しない生活を送っていきたい」と、小林さんは続けて言う。
私はむしろ新人の時のほうがその気概をもっていた。毎週週刊誌で記事を書いていたのだが、「これを書き終わるまでは死ねない」「この記事が世に出せれば悔いなし」と、翌週のことは考えずその週に全力投球していた。ところが仕事に慣れた今は、その日、1週間、1カ月の仕事を常に計算し、“ある程度の仕事”を日々こなしている気がする。
スティーブ・ジョブズの名言に<今日が人生最後だとしたら、今日やることは本当にやりたいことだろうか?>があるが、それを仕事に置き換えて、今抱えている原稿が最後という気持ちでこれからは書いていこう。今日もテレビに映る小林さんの笑顔、取材でその裏にある努力を垣間見て、何だかとても励まされたのだった。

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小林 正寿(こばやし・まさとし)

気象予報士

1988年生まれ。茨城県出身。2012年気象予報士となり、2013年よりウェザーマップに所属。24歳の頃から気象予報士・お天気キャスターとして各局の番組に出演。2019年より『ZIP!』(日本テレビ系)にお天気キャスターとして出演中。著書に『ふしぎなお天気のいろいろ』(リピックブック)、『しゃもじがあれば箸はいらない』(KADOKAWA)がある。いばらき大使、常陸大宮大使、水戸ホーリーホックオフィシャルウェザーサポーター。X(@wm_mkobayashi)では、天気予報をツイートしている。

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笹井 恵里子(ささい・えりこ)

ジャーナリスト

1978年生まれ。本名・梨本恵里子「サンデー毎日」記者を経て、2018年よりフリーランスに。著書に『救急車が来なくなる日 医療崩壊と再生への道』(NHK出版新書)、プレジデントオンラインでの人気連載「こんな家に住んでいると人は死にます」に加筆した『潜入・ゴミ屋敷 孤立社会が生む新しい病』(中公新書ラクレ)、『老けない最強食』(文春新書)など。新著に『国民健康保険料が高すぎる! 保険料を下げる10のこと』(中公新書ラクレ)がある。

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(気象予報士 小林 正寿、ジャーナリスト 笹井 恵里子 聞き手・構成=笹井恵里子)
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