生成AIがさらに進化した形の汎用人工知能AGIの実現が近いと言われている。「2045年到来説」もあるAGI。
そんな時代にあって、それでも絶対にAGIに奪われることのない仕事があるという――。
※本稿は、竹内薫『スーパーAIが人間を超える日 汎用人工知能AGI時代の生き方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■人間のサポートから「パートナー」に変わるAI
ビジネスにおけるAI活用の大きなメリットとして、さまざまな専門知識を持った人々の知識やスキルをAIが学習することによって、そうした高度な知識やスキルを持っていない人々が活用できるということが挙げられます。
興味深い事例をご紹介しましょう。
トヨタ自動車がモータースポーツの知見を車両開発だけでなく、自動運転にも応用し始めました。同社は、プロのラリードライバーの走行データを反映した自動運転技術により、一般のドライバーが突然の障害物や雪道といった極限状況に遭遇した際にも事故を回避できる、より安全な自動運転の実用化を目指して開発を進めているそうです。
自動運転だけでなく、車が秘書のような役割りまで果たしてくれるようになる。
ここでひとつ、私の実体験をご紹介しましょう。
先日仕事で京都に行ったのですが、駅前のタクシー乗り場には長蛇の列……。現状としてタクシーの運転手は不足しているようです。
ようやくタクシーに乗り込むと、その運転手さんはただただカーナビに従って運転するだけで、途中で渋滞に巻き込まれながら何とか目的地に到着しました。私はそのとき、「これならAIの自動運転でも十分だな」と思いました。

その一方で、渋滞をうまく切り抜けてくれた運転手さんがいました。
先日東京で撮影の仕事があり、自宅からある撮影スタジオにタクシーで向かっていたのですが、その途中で想定外の事故渋滞に遭遇してしまいました。
すると、運転手さんがすぐに察知して「じゃあ、裏道を行きましょう」と、狭い住宅街に入っていきました。そこは地元住民の私でさえ知らない道で見事に渋滞を回避し、時間通りにスタジオに到着できたのです。私はこのとき、「あのような運転手さんの高度な専門知識をAIが学習データとして取り込んだら、きっとタクシーの自動運転も加速するんだろうな」と感じました。
このようにAGI以前のAIといえば、どちらかといえば人間のサポートをするという役割があったわけですが、この先AGIが実現されると、どうなっていくのでしょうか。私はサポートというよりも「パートナー」というレベルに到達するのではないかと予測しています。
車の例でいえば、AGIが実現することで、車そのものが「人格」のようなものを持つというか、人間のような役割を担うようになるのではないかと考えています。
例えば、運転している人が車と対話することが可能になり、「そろそろ、運転を代わりましょうか」と言ってくれるかもしれない。あるいは、危機的な状況のときには有無を言わさずにAGIが主導権を握って危険回避するなど、そういう関係になってくる。いわば、1人で車に乗っていても、まるで2人の人間が乗っているような感覚です。
渋滞している道や知らない道となれば臨機応変に運転を代わってくれたり、さらに、車に乗りながらAGIと会話をしていて、スケジュールの話もできたりするようになる。
まるで優秀な秘書のような役割さえAGIが担ってくれるかもしれません。
例えば、急な出張が決まったときでも、その場でAGIに「飛行機のチケットとホテルの予約を取って」と依頼すれば、すぐに手配してくれる。つまり、車自体が自分のオフィスであり、運転手兼秘書がついたチームのような存在になる可能性すら秘めているのです。
■うなぎ屋さんの「秘伝のタレ」はAGIでも作れない
私の祖父は晩年、鎌倉に住んでいたのですが、東京の病院に行くときにはいつも同じタクシーの運転手さんを指名していたといいます。
とても愛想がよく、道にも詳しい。病院の帰りには行きつけの蕎麦屋さんに立ち寄ってくれたりもしたそうです。祖父が信頼していたのも頷けます。
私は先に、タクシーの運転手さんはAIの自動運転でも十分であろうと述べましたが、こうした付加価値を提供できる運転手さんは、おそらくAGIが実現しても間違いなく生き残っていけるでしょう。
私を定刻通りに撮影スタジオに連れて行ってくれた運転手さんもまた、「カーナビにも出ないような道を知っている」という付加価値を持っていることで、今後も生き残っていけるでしょう。
私はそのような付加価値の部分をAIに学習させることでタクシーの自動運転技術が加速すると先に述べましたが、その一方でこのような考え方もできます。
「果たして人間がそのような付加価値をAIに学習させるかどうか」
つまり、自分だけが持っていれば自分だけの利益になるような付加価値を、わざわざAIに与えてしまったら、それがやがてみんなのものになってしまうので、付加価値ではなくなってしまうわけです。
そう考えれば、常にそういった有益な知識や高度なノウハウのようなものは、人間がそのまま自分で保持していくことで、AIに代替されないこの先も安泰なビジネスモデルになり得るということになります。

老舗のウナギ屋さんに行くと、創業以来継ぎ足してきた「秘伝のタレ」を持っているといいます。どんなにAGIが学習して成分を分析したとしてもきっと同じタレはつくれないですし、タレの中に入っている調味料だけでなく、その風土や時代、空気など、AIでも再現できないものもあるのです。
ウナギ屋さんの秘伝のタレは、AGIでも同じようには作れない。
もうひとつ、最新の事例をご紹介しましょう。
最近、ニュース番組などで、「ここからはAI自動音声でお伝えします」というコメントを見たり、耳にしたりしている方も多いのではないでしょうか。
私も実際に聞いてみたのですが、イントネーションがやや不自然だと感じましたが、それほど意識しなければAIか人間かわからないレベルでした。
スタジオには人間のアナウンサーがいるのに、なぜAIがニュースを読んでいるのでしょうか。
このAI自動音声技術を開発したNHKによれば、まずアナウンサーの人員が限られているということが、理由のひとつにあります。特に、地方局では数少ないアナウンサーに仕事が集中しているので、AIに代替できる業務はAIに任せることで、人間のアナウンサーの負担軽減や働き方改革につながるということのようです。
一部のニュースに「AIアナ」を使うことでアナウンサーの負担だけでなく、編集や技術スタッフの仕事を削減できるわけですが、その一方で人間のアナウンサーにしかできないアナウンスもあります。
緊急速報やリアルタイムで状況が変わる災害情報の対応、中継場所に出向いて視聴者に状況を伝える場面では、当然AIには任せられません。
そう考えれば、AIによるアナウンスは、人間の業務の一部は代替できても、人間のアナウンサーの仕事は今後もなくなることはないと言えるでしょう。

■後継者が見つからない「職人技」をAIが受け継ぐ
古くからこの日本ではさまざまな分野において「職人技」が脈々と受け継がれてきましたが、こうしたベテランの技術は、時代の移り変わりや後継者問題などで継承することが難しくなってきています。
そうした課題に対し、AIを活用して解決しようという動きが現れています。AIがベテラン職人の技や経験を学習し、他の人間が再現できる仕組みを構築しようとしているのです。2つ事例をご紹介しましょう。
1つめは、学校の時間割作成です。
学校の時間割というのは、すべてのクラスの授業が重複せずにスムーズに行えるように配慮しなければならないため、時には何人もの先生が徹夜で作業するということもざらにあるようです。
実はこの時間割作成は、コンピューターが普及してからも容易に編成することはできなかったようです。なぜなら、授業のコマ数や教室の空き状況、各先生の都合など、あまりにも条件が多岐にわたり複雑だからです。たとえコンピューターを駆使してもすべての制約条件を満たす時間割の作成は難しく、結局はベテラン先生の「職人技」に頼らざるを得ない状況となっていました。
しかし、ベテランの先生に頼ることによるリスクもあります。学校の先生には転勤や定年がつきものだからです。ベテランの先生が他の学校に転勤になったり、定年を迎えてしまったりしたために時間割が作成できないなどということになったら大変です。
そこで、こうしたベテランの先生の「職人技」をAIが継承する時代がやってきたのです。
ベテランの先生が過去に作成した時間割やさまざまな情報をAIが学習を繰り返すことで、最適な時間割を自動で編成できるようになり、先生たちの負担軽減に大きく貢献しているのです。
ただ、現在のAIでは、イレギュラーな授業や行事などが入って時間割を再編成することにはまだ対応できないようで、その作業は先生がその都度手作業で行っているようです。この先AGIが実現すれば、そうしたイレギュラーにも対応した完璧な時間割がAGIによって作成できるようになるでしょう。
■鉄道のダイヤ作成もAIが継承
鉄道を中心とした「ダイヤ」作成についてもAIが活用されるようになっています。ダイヤには、横軸に時刻、縦軸に駅名が記載され、列車の動きを一本の“スジ”で表した線が引かれています。その作成には緻密な「職人技」が必要とされ、そうしたダイヤを作成する鉄道職員を「スジ屋」と呼んでいます。
私たちはよく、「ダイヤ改正」という言葉を耳にしますが、ダイヤ改正ではラッシュ時や慢性的に遅延が発生する区間など、現行のダイヤの運用データを把握したうえで列車の時刻変更や本数変更に合わせて熟練のスジ屋がスジを引き直していました。そして、コンピューターが普及すると、徐々にデジタルへと切り替えられてきました。さらに近年では、AIが活用されるようになったのです。
新幹線のダイヤを確認するJR各社の指令長たち。複雑に絡む列車のダイヤもAIが活用されるようになっている。

運行管理や交通系ICカードの利用データから、鉄道の利用状況をAIが学習し、利用者のニーズに合わせてダイヤ改正をしたり、事故や災害でダイヤが乱れたときに正常なダイヤに復旧させるための「復旧ダイヤ」を作成したりする際にもAIが活用されています。
この先、各鉄道会社の相互直通が増えることで、列車運行が今よりもさらに複雑化していくことが予想されます。
そうなれば、ますますAIによる最適なダイヤの作成が必要不可欠になっていくでしょう。
将来的にはAGIが鉄道の運行システムを管理することで、利用者数が増加しそうであれば増便を行い、減少傾向にある場合は減便を行うなど、柔軟で緻密なダイヤ作成が可能になるでしょう。これによって、利用者の利便性向上と運行コストの削減を同時に達成できる可能性を秘めています。ここでも、かつての「スジ屋」の方々が蓄積した大量のデータをAGIが学習し、臨機応変に「職人技」のダイヤ作成が行われるようになるでしょう。
ダイヤ作成だけではありません。これまで人間が行っていた点検やメンテナンス作業も、基本的に鉄道が運行していない終電から始発の間という深夜の時間帯で行われているため、作業員の負担が大きいという課題がありました。
でも、AGIを活用して異常をいち早く検知できれば従業員の負担も軽減できるだけでなく、人間では発見が難しい異常も自動的に検知できるようになるかもしれません。鉄道業界は今後もAI技術の発展とともに、AGIによってあらゆる革新がもたらされていくと考えられます。

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竹内 薫(たけうち・かおる)

サイエンス作家

1960年、東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科(科学史・科学哲学専攻)、東京大学理学部物理学科卒業。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学理論専攻)。理学博士。大学院を修了後、サイエンスライターとして活動。物理学の解説書や科学評論を中心に100冊あまりの著作物を発刊。物理、数学、脳、宇宙など、幅広いジャンルで発信を続け、執筆だけでなく、テレビやラジオ、講演など精力的に活動している。

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(サイエンス作家 竹内 薫 構成=神原博之)
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