「お世話になっております」「よろしくお願いいたします」という定型メール文の記入のために1日に日本全国で支払われている給与は約81億円という試算がある。いかにもムダな行為だが、外部の人との送受信の場合、やめるのは難しい。
しかし、データサイエンティストの中村一也さんは「メールなどのやりとりの数を減らすための工夫が必要だ」という――。
※本稿は、中村一也『仕事のできる人がやっている減らす習慣』(フォレスト出版)の一部を再編集したものです。
■根が深い「いつもお世話になっております」問題
ビジネスチャットツールを提供する「Chatwork」による「ビジネスコミュニケーション最新調査(2022)」では、「お世話になっております」「よろしくお願いいたします」などの記入のために、全国で一日に81億2900万円の給与が支払われているという興味深い試算を行っています。
また、同調査では、こうした定型文を使用している人は83.6%となっていました。
メールを書く時間を短縮するため、「お世話になっております」などの定型文の入力をやめよう、という話になることがあります。
社内でのメール送受信であれば、「やめる」という判断も可能ですが、メールは外部の人との送受信も多いため、一律にやめるのは難しそうです。
私も、もし外部の人からいきなり用件だけが書かれたメールが来たら、面食らいますね。そう考えると、メールと「お世話になっております」を切り離すのではなく、もし「お世話になっております」を使用したくなければ、メールという通信手段ではなく別の手段を使うことも検討すべきです。
■メディアリッチネスと不確実性
私たちが使用できるコミュニケーション手段には、次のようなものがあります。
①対面

②ビデオ通話

③電話

④チャット

⑤メール
そして、最適なコミュニケーション手段を選択するために参考になるのが、ヴァンダービルト大学のリチャード・ダフトらが提唱した「メディアリッチネス理論」です。
リッチネスとは、豊富な情報を処理できる程度のことであり、先の①~⑤の手段では当然、「①対面」が最もリッチネスの高いメディアです。
リッチネスの高低には、主として次の2つが影響します。

・フィードバックの速さ

・手がかりの多さ(人の外見、声のトーン、数字、図形など)
一方で、メールはほかの手段と比べてフィードバックが遅く、さらには文字だけが手がかりとなるため(ファイルの添付は可能ですが)、基本的にリッチネスの低いメディアです。
そして、通信手段を使い分ける際に考慮すべきことは「不確実性」だといわれています。つまり、不確実性が高いならリッチネスの高いメディアを使用し、不確実性が低いならリッチネスの低いメディアを選びます。
たとえば、確定事項の一方的な連絡なら、メールなどリッチネスの低いメディアで問題ないということです。
不確実性の高い状況とは、たとえば何か重大な不祥事が起きたとイメージしてください。その際、文書による説明ではなく、対面での説明、あるいは記者会見を求められることがありますよね。
お客様や取引先に対して重大なミスをしてしまったときも、メールではなく直接会って謝罪するのも同じことです。
私は、メールで連絡を受けたとしても、不確実性が高く何度もやりとりが必要な場合、メールよりリッチネスの高い電話を使うケースも多いです。
このように、メディアによってリッチネスに違いがあり、状況に応じて最適なメディアを選ぶことが重要です。
■メールとビジネスチャットは何が違うのか?
さきほど、メールで「お世話になっております」を使いたくなければ別のメディアを検討するという話をしましたが、その候補となるのがビジネスチャットです。LINEでのやりとりをイメージするとわかりやすいです。
ビジネスチャットには、メールよりも優れた特性がいくつかあります。

・「お世話になっております」などの定型文が不要で用件のみを伝えられる

・フィードバックが速い(既読の判別も可能、など)

・一覧性が高い(メールだと過去のメールを探すのに苦労)

・一対多のコミュニケーションが可能で情報の共有が容易

・メールでは使用しづらいスタンプ・絵文字の使用が許容される場合がある
したがって、特に社内でのコミュニケーションでは、ビジネスチャットのほうが適しているといえます。
NTT西日本が行った「企業のビジネスチャット利用実態調査(2023)」では、ビジネスチャットの導入割合は43.1%となっており、ビジネスチャットを利用していない組織はまだまだ多いです。
また、同調査によると、使用されているツールとして圧倒的に多いのがMicrosoft Teamsであり、66.6%を占めています。私にとってこの結果は意外でしたね。SlackやLINE WORKSなどほかのツールの使用率がもっと高いと思っていたからです。Microsoft Teamsの利用率が高いのは、ほかのサービスですでにマイクロソフト社と契約をしているからだと推測しています。
■メールに費やされる膨大な時間
私たちの仕事において、膨大な時間がメールに費やされています。まずは、私たちがメールのやりとりにいかに時間を使っているかを認識することが重要です。
次の質問の答えを考えてください。
一日の労働時間のうち、メールに費やされる時間はどれくらいでしょうか?
世界的なコンサルティング会社として知られるマッキンゼーの分析では、約28%の労働時間がメールの管理に費やされているそうです。一日8時間働いているとして、つまり約2時間15分です。
また、一般社団法人日本ビジネスメール協会が実施している「ビジネスメール実態調査2020」でも、約2時間30分となっています。
どうやら、一般的な社会人は一日2時間以上、メールを読んだり書いたりすることに時間を使っているようです。
同調査によると、メールを1通読むのに1分19秒かかっており、一日約50通のメールを受信しているため、毎日66分がメールを読むことに使われています。1通のメールを書くのにかかる時間は5分54秒、一日14通のメールを送っているため、毎日約83分がメールを書くことに費やされているといえます。
ちなみに、最もメールのやりとりが多いのは部長クラスで、受信は一日約96通、送信は約20通と平均を大きく上回っています。
ぜひ職場にいる部長の姿をイメージしてみてください。長時間パソコンの前に座っているイメージがあるかもしれませんが、ほかの社員以上にメールのやりとりに時間を取られているのでしょう。
■メールの往復数を減らす方法
以上のように、メールのやりとりに多くの時間が費やされているため、私たちはメールでのやりとりを効率化していく必要があります。
さて、あなたは、次のようなメールを送っていないでしょうか?
○○様

いつもお世話になっております。

△△の田中です。

先日お話があった□□の件について、ぜひ一度打ち合わせをさせていただきたいのですが、いかがでしょうか?

どうぞよろしくお願いいたします。
このようなメールの場合、何度もメールを往復する必要が生じます。あなたはメールのやりとりで、少し極端ですが、次のように何度も往復していないでしょうか?
相手 「承知しました。
いつにしましょうか?」

あなた「そちらに合わせますよ」 (2往復)

相手 「それでは2月15日はどうですか?」

あなた「合わせると言っておきながら、申し訳ございません。その日だけはお休みをいただいておりまして……」(3往復)

相手 「そうなのですね。その翌日はどうでしょうか?」

あなた「可能でございます」(4往復)

相手 「時間は13時30分からでいかがですか?」

あなた「かしこまりました。1時間ほどお時間をいただけると助かります」(5往復)

相手 「問題ございません」

あなた「場所については、ご都合の良いところに伺います」(6往復)

相手 「それでは、弊社の3F会議室ということでお願いします」(6.5往復)
「どうしましょうか?」と相手に仕事の方向性を委ねるのではなく、「○○でいこうと思いますが、いかがでしょうか?」のように自分にとって都合の良いストーリーを作り上げ、それを相手に問うのです。
つまり、さきほどのメールには仮説がないのです。対面でのコミュニケーションだけでなく、メールでのコミュニケーションにおいても仮説(答え、自分に都合の良いストーリー)を入れ込みましょう。それによって、メールの往復数を減らすと同時に、あなたの時間と手間を節約することができます。
さきほどのメールを書き直しましょう。
○○様

いつもお世話になっております。

△△の田中です。

先日お話があった□□の件について、ぜひ一度打ち合わせをさせていただきたいと考えております。

日時につきまして、2月16日、もしくは2月17日の13:30分から1時間ほどお時間を頂戴できますでしょうか? ご不都合がありましたら、調整させていただきます。


また、打ち合わせ後に別件がありまして、Zoomにて実施させていただけますと幸いです。

あらかじめZoomのURLもお伝えいたします。

(URL)

勝手を申し上げて恐縮でございますが、どうぞよろしくお願いいたします。
この段階でZoomのURLを送るのは少しやりすぎかもしれませんが、こうしてメールに仮説を加えることで、うまくいけば相手から日時の連絡メールが1通来るだけでやりとりが終了します。
やはり「仮説(答え)を持って質問する」というのは、仕事を劇的に減らす可能性を秘めていますね。

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中村 一也(なかむら・かずや)

データサイエンティスト

京都大学経済学部卒業。日本生命保険相互会社にて勤務後、退職。現在、DSE総研代表理事研究所長兼特別主席研究員。AI・機械学習・DXなど先端テクノロジー領域に加えて、生産性を向上させる個人・組織の行動を研究する組織行動学(経営学の一分野)にも精通。データと論文知識をベースとした科学的観点から組織の生産性向上をサポートしている。さまざまな企業・自治体・大学・各種団体にて講師として登壇。著書に『仕事のできる人がやっている減らす習慣』(フォレスト出版)、『7つのゼロ思考 外資系コンサルタントも知らない異次元スピード仕事術』(ぱる出版)、『だから論理少女は嘘をつく ビジネス・就活に効くロジカルシンキングがみにつく』(自由国民社)、『僕が無料の英語マンガで楽にTOEIC900点を取って、映画の英語を字幕なしでリスニングできるワケ』​(扶桑社)がある。


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(データサイエンティスト 中村 一也)
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