ワイン選びで気をつけることは何か。ソムリエの佐野敏高さんは「ワインには良い商売になる商品が比較的簡単に入手できるため、並行ワイン市場が存在する。
並行品については、一度格安ネットショップで叩き売られている低価格の有名ワインを購入し、飲んでみることをおすすめする」という――。
※本稿は、佐野敏高『ワインビジネス』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■並行品輸入のワインをソムリエが「偽りの市場」と言うワケ
ワインを選ぶとき、もしかするとつい表ラベルのデザインや名前に惹かれて選んでいるかもしれません。でも、実は裏ラベルを見ることが大切です。
僕は尊敬するお取引先が扱うワインを心から愛し、その想いを込めてお客様へ提供しています。なぜなら、それを輸入するインポーターの方々のワインへの情熱を感じ取れるからです。そして、その想いをお客様にも届けたいと願っているからです。
さまざまなジャンルの製品において、正規代理店輸入と並行品輸入という異なる流通経路が存在します。ワインの場合、この区分が少し厄介なことを引き起こすことがあります。
どのような問題があるか、輸入商社の視点、消費者の視点で考えてみましょう。並行品は偽造品とは異なりますので、混同しないようにしてくださいね。
並行輸入ワインとは、ワイン生産者と直接取引関係を続けている正規輸入業者以外のワイン輸入業者、またはワイン小売店が並行市場で仕入れたワインたちのことをいいます。

並行ワインを専門的に取り扱っている業者は世界に存在します。生産者と正規の取引関係にある業者や個人から、直接または間接的にワインを買い取っているケースもあります。
並行ワインの問題点は、輸入される前にワインがどのような環境に置かれていたかがわからないことです。温度管理がされていたか、適切な場所で保管されていたか調べることができないのです。僕は偽りの市場と言っています。
信頼のある場所から買い付けたと言えば、情報のない僕たち消費者は騙されてしまいます。つまり状態に対しての保証のないワインなのです。
どんなに高価だったとしてもロマネ・コンティ社のワインを入荷しました、と案内があればブランド化されたワインに対して、味わいとは別軸の需要が生まれます。たとえそれが並行品であっても、ワインの状態が良いのか悪いのかわからなかったとしても。
■本来は生産者が売上を享受するべき
生産量の少ない高品質ワインは、正規インポーターですら割り当て本数が少ないのが現状です。そのようなワインは並行輸入されることが多くなりました。そのワインを飲んで、生産者が本来表現したいワインの味わいとかけ離れていたら、こんな悲しいことはありませんよね。

なぜ並行ワイン市場が存在するのでしょうか。簡単に言えば、良い商売になる商品が比較的簡単に入手できるからだと思います。
欲しいワインが正規輸入元の供給量では少なく手に入らない、あまり流通しない熟成ワインを探している、あるいは少しでも安く購入したい、そんな要望にピッタリと応えてくれる存在なのかもしれません(正規輸入商社は宣伝費や代理店に対しての費用が含まれることがあるので価格に上乗せされていることがあります)。
並行マーケットに対してどのような対策ができるのでしょうか。
造り手によっては本当にほしい方へ届けられるように、販売枠を限定する方法を取ることもあります。小売店への販売はせず、レストランのみに販売して転売させないやり方や、ブロックチェーン技術を使ったワインの出所追跡システムなども使用されています。
流通経路を遡ることで、偽造ワインかどうかを含め、ブランドイメージを守るために市場と企業の透明性を証明します。ただどんなに対策をしても、個人売買ができるメルカリやヤフオクで転売されるワインが後を絶たないのも事実です。
さらにそこから海外へ持ち出され、転売されることもあります。日本の正規輸入元で設定されている小売価格の数倍の値付けになっていることも珍しくありません。
これらの行為は生産者とインポーターの良心を踏み躙る行為だと思います。どうせなら生産者が売上を享受するべきだと思うのです。

■その魅力が損なわれてしまう危険
結局、並行品は買わない方がいいの? という問いへの答えは、一度格安ネットショップで叩き売られている低価格の有名ワインを購入し、飲んでみることをおすすめします。
そのあとに正規輸入元の同じワインを飲んでみると、歴然とした味わいやワインの世界観の違いがわかると思います。液体の味わいに真実が反映されるはずですから。
お気に入りのワインが見つかったなら、その商社が輸入した別のワインを飲み続けてみてください。そのインポーターの個性がはっきりと理解でき、味わいや世界観の方向性が見えてくることでしょう。そうすれば、段々と好きなワインの引き出しが増えていきます。
僕は正規輸入元のワインがもつ唯一無二の個性が好きです。
一方で、並行輸入での希少ワインの流通は避けられない一面もあります。しかし、ワインという繊細な商品は適切に取り扱われなければ、その魅力が損なわれてしまう危険があることを覚えておいてくださいね。
ワインは生きているため、保管や輸送が不適切だと元の美しい味わいから大きく変質してしまうことがあります。品質の劣化から目を逸らし「ただのブランド品」として扱うのは、生産者の思いも、購入者自身の期待も裏切ることになります。
ワインは、丁寧に造られたひとつの作品です。
でも難しく考えないでください、まずは飲んでみたいなと思ったワインを手にしてみることから始めてみましょう。きっとワインが飲んで飲んでと手招いてくれると思います。
■日本ワインを飲む意味に「歌舞伎的」な要素
日本では大規模生産者から非常に小さな造り手まで、さまざまな規模でワインが造られています。温暖化の影響により、高温多湿な環境で年々栽培環境はさらに過酷になっていると耳にします。
2025年現在、佐賀県を除く全都道府県にワイナリーが存在します。都心部から車でふらりと立ち寄ることもできますし、大型バスを使ったツアーなどもたくさんあります。
日本に住む僕たちが日本ワインを飲む意味は何なのだろうか、と自問自答しながら取り扱ってきました。僕が思う日本ワインは、色々な手法を取り入れた歌舞伎的な要素と、遊び心がある存在。和のエッセンスを感じ、日常使いしやすいワインたちです。
たとえば、滋賀県の栗東ワイナリーの浅柄野レッドミルレンニュームという白ワイン。これは長野で開発されたブドウで造られています。ほのかな甘さ、伸びやかなブドウの果実味とバランスは、毎日の食卓にぴったりです。

山形県にあるタケダワイナリーは、どのキュヴェもブドウのエネルギーを感じるワインです。透明でいて、薄いのに複雑な模様をもつ和紙のような広がりをもっています。デラウェア種でつくる微発泡ワインは食事に合わせやすく活躍してくれるでしょう。
■大地の生命力、自然への愛を感じるワインも
北海道の余市郡にある、じきさんのワインは大地の生命力、そして自然への愛を感じるワインです。なかなか飲む機会が少ないのですが、ぜひ試してほしいです。
山梨県の勝沼醸造は日本が誇る甲州種で造られるワインです。畑も美しく、水と風の恩恵をたっぷりと受けています。芯があるのに物腰の柔らかな紳士のように、丁寧な味わいなのに煌めく品位を感じます。
そのほか、東京では日本ワインを知ってもらうために、生産者が中心になって「LIFE WITH WINE」というイベントが行われています。
造り手の顔を見て、直接お話を聞きながらワインを飲むことができます。みなさんの住む場所のそばにも、日本ワインと触れ合う機会があるはずです。ぜひ身近なワインを楽しんでみてください。


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佐野 敏高(さの・としたか)

ソムリエ

1984年神奈川県横浜市生まれ。幼い頃マレーシアで育ち、高校卒業後ニュージーランドへ留学。ワインのある生活に魅せられイギリスへと拠点を移す。ヨーロッパ各国へ足を運びワインを学ぶ。帰国後は老舗グランメゾンのアピシウスなど、さまざまなフレンチレストランやワインバーで経験を積む。Racines、puhuraなどに勤めたのち、2016年に独立。Wine Bistro calmeとワインのお店 さらさを開業。オーストリアワインアンバサダー。ポルトガルワインコンクールにて最優秀賞受賞。趣味はフルート演奏と日本舞踊。

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(ソムリエ 佐野 敏高)
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