■砂漠に横たわる“宇宙人研究所”
米ネバダ州ラスベガスの北東、砂漠地帯の只中に、エリア51は存在する。米空軍が所管するネリス試験訓練場のなかでも、とりわけ機密度の高い施設の通称だ。地図上のコード名「51」にちなんでこう呼ばれ、正式名をホーミー空港という。滑走路ほか数十の建造物を有し、さながら不毛地帯に突如現れた街のようだ。
立ち入りが厳しく制限されたこの軍事施設に、長年絶えない噂がある。宇宙から飛来し墜落したUFOを回収・分析し、または宇宙人を捕獲・研究しているという類いのものだ。米軍や米政府がこうした事実を隠蔽しているとの主張は、いわゆる陰謀論のレッテルを貼られながらも、1947年のロズウェル事件以来まことしやかに囁かれてきた。
だが、現在まで80年近くこうした噂の真相は、予想外のひねりを含んだものだった。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙は今月6日、「アメリカのUFO神話を煽ったペンタゴン(米国防総省)の虚偽情報」と題する記事を掲載。記事は、「米軍はエイリアンの技術に関する証拠を捏造し、実在する秘密兵器プログラムを隠蔽するために噂を流した」と総括している。
すなわち米軍は、エイリアンなど基地内にいないにもかかわらず、あたかもエイリアンの存在を隠しているかのように情報操作することで、本来行っている兵器開発から人々の目を逸らしていたという。
■国防総省の調査報告書から消された記述
報道の根拠となっているのが、国防総省全領域異常解決局(AARO)による調査だ。2023年、軍事施設周辺での異常現象の目撃例とその原因をとりまとめており、結果が昨年になって公開されている。このなかで米政府による隠蔽説に触れており、公開版では「政府のUFO隠蔽説には根拠がない」と結論づけている。
だが、この文書には一般公開前に削除された記述が存在する。ウォール・ストリート・ジャーナル紙は現職および元政府関係者24人に取材し、数千ページの文書、録音、メール、テキストメッセージを分析した。すると、ペンタゴンが機密情報保護のため、公開版から重要な事実を省いたことが見えてきたという。
■偽の写真をさりげなく流行らせた
1980年代のある日のこと。ネバダ砂漠の奥深く、エリア51近くのバーで奇妙な出来事があった。ふらりと店に立ち寄った空軍の大佐が、空飛ぶ円盤らしき写真を店主に手渡して去っていった。
奇妙な写真はすぐに壁に飾られ、訪れた噂好きの酒飲みたちの好奇心を大いに刺激した。話は人づてに伝わり、あれよあれよと尾ひれが付いて地域の話題に。米軍が極秘裏に回収したエイリアンの技術を実験しているという噂が、地元で瞬く間に広まった。
だが40年以上の時を経た2023年、現在では退役しているこの大佐は、AARO調査に対して思わぬ告白をした。米ウォール・ストリート・ジャーナル紙が入手した国防総省の調査文書によれば、彼はペンタゴンの調査官に「写真は改ざんされたもので、作戦全体が欺瞞工作だった」と認めた。
米ソ冷戦の真っ只中、当時のエリア51では、F-117ステルス戦闘機が開発されていた。レーダー波に発見されにくいよう平たい三角形をしており、当時とすればまるで別世界から来たかのような外観だ。軍幹部は、この最高機密の機体の試験飛行を地元住民が目撃すれば、ソ連との軍拡競争における切り札が暴露されかねないと危惧していた。そこで、「アンドロメダから来たと信じさせた方がまだましだった」との発想から、UFOの噂を意図的に流布したという。
■UFO神話は格好の隠れ蓑に
開発中の戦闘機や兵器を隠蔽したい空軍にとって、UFO神話は格好の隠れ蓑だった。軍事技術専門家のアレックス・ホリングス氏は、米公共TV放送のPBSの番組でこう分析している。「政府は国民が(情報の)空白を自分たちの(想像で)好きなように埋めることを期待できますし、実際そうしています。人々がエリア51で活動するエイリアンについて話している限り、そこで実験されている真の軍事技術については何も明かさなくてよいのです。一種の煙幕を作り出しています」
実際、時期的にも符合する。B-2スピリット爆撃機が開発されていた時期、アメリカ各地でのUFO目撃談は従来の円盤型から三角形へと変化していった。
この現象は1990年代には大衆文化にまで浸透した。人気テレビドラマ『Xファイル』では、主人公のフォックス・モルダー捜査官の頭上に三角形の宇宙船が浮かぶ場面が描かれており、印象的なシーンとして視聴者の想像力をかき立てた。1996年の米映画『インデペンデンス・デイ』でも宇宙人やUFOの秘密研究施設として登場するなど、エリア51といえば宇宙人という印象を形成することに成功している。
■密かに試験飛行を重ねていた
エリア51の歴史は、冷戦初期にさかのぼる。1955年にアメリカのドワイト・D・アイゼンハワー大統領が、荒涼とした砂漠地帯に過ぎなかったエリア51を、ネバダ実験場に追加するよう承認したことで正式に設立された。当初の目的は高高度偵察機U-2の開発だった。
その後も米国の航空技術の最先端を担い続けた。宇宙・航空メディアの米スペース・ドットコムは、音速を超えるA-12偵察機、伝説的なSR-71ブラックバード、そして角張った形状で当時の常識を覆したF-117ステルス戦闘機など、これらすべてがエリア51の広大な砂漠で密かに試験飛行を重ねていたと報じている。
航空宇宙企業ロッキード(現ロッキード・マーティン)は、現地での労働者を募集する際、殺風景な砂漠地帯をどうにか魅力的に見せようと、「パラダイス・ランチ」のニックネームで呼んだ。存在自体が隠蔽された施設だったが、情報公開法に基づく請求を受けたCIAが2013年になってようやく、U-2計画に関連する文書の中でエリア51の存在を公式に認めた。
■敵を欺くにはまず味方から…騙され続けた空軍関係者
それ以降も風説の流布は続いた。
彼らの前に置かれたのは、空飛ぶ円盤のような物体が写った一枚の紙だ。まるで宇宙人の技術をコピーしたかのような「反重力操縦車両」だと説明され、その技術を解析・再現する極秘プロジェクト「ヤンキーブルー(Yankee Blue)」に、彼ら新任指揮官らが抜擢されたのだと告げられた。秘密保持契約に署名させられた上、「プロジェクトを決して口外するな」ともっともらしい脅しまで加えられた。
ある元空軍将校は数十年前に受けたヤンキーブルー計画の説明を思い出しながら、目に見えて怯えた様子でAAROの調査チームに語ったという。「仮に秘密を漏らせば、投獄または処刑される可能性があると警告されました」。同じような証言は他の複数の男性からも寄せられ、彼らは配偶者にさえ決して話さなかったという。
多くの者にとって、それが壮大な嘘だったと知ったのは、数十年後の2023年になってからだった。米国防長官室が2023年春、全軍に向け、この慣行を中止するよう指示を出している。軍司令官すら騙す壮大な嘘が、エリア51宇宙人研究所説に信憑性を与えていった。
■ロズウェル事件の正体
エリア51神話の原点ともいえるのが、1947年のロズウェル事件だ。
農場主のウィリアム・ブラゼル氏がニューメキシコ州の自分の土地で、奇妙な残骸を発見したことから始まった。金属棒、プラスチック片、銀色の紙くずが散乱していたのを見つけた彼は保安官に連絡した。すぐに軍が装甲車で現場に駆けつけ、跡形もなくすべてを回収していった。
この一件は瞬く間に全米の注目を集めた。政府がエイリアンと宇宙船を隠し、その技術を解析して恒星間航行や強力なエネルギー兵器を開発しようとしているという説が広まった。
真相が明かされるまでに、実におよそ半世紀を要した。米ワシントン・ポスト紙は2017年、空軍が公表した231ページに及ぶ報告書を取りあげている。報告書によれば、それはソ連の核実験を探知するための高高度気球の残骸だったという。
別の分析結果としては、ニューメキシコ上空で分解した核爆撃機の破片だった可能性も指摘されている。ロズウェルが1945年に広島と長崎を爆撃した第509混成部隊の本拠地だったことを考えれば、この説にも説得力がある、と同紙はみる。
■先端兵器の実験が「地球外の技術」に見えた
また、1967年、モンタナ州の核ミサイル基地で起きた事件も、長年にわたってUFO神話を支える重要な根拠となってきた。
当時空軍大尉だったロバート・サラス氏(現在84歳)は、10基の核ミサイルを制御する狭い地下壕で勤務していた。ある夜の午後8時頃、上の警備所から緊急連絡が入った。「正門の上に赤みがかったオレンジ色の楕円形が浮かんでいる」という。地上では警備員たちが、門の上空で静止している謎の物体に向け、必死でライフルを構えている。その直後、サラス氏のいる地下壕で警報が鳴り響いた。10基のミサイルすべてが突如として無効化されたのだ。
サラス氏はこの一件から長年、UFOが核ミサイル基地に干渉したのだと信じてきた。しかし、2023年のAARO調査チームにより、全く違う真相が明かされた。当時の軍は、核爆発で発生する強烈な電磁パルスがミサイルシステムに影響を与えるのではないかと懸念し、核爆発を伴わない電磁パルス発生装置を開発していた。この装置が設置されていたのが、施設の18メートル上空だ。作動時には強烈なオレンジ色の光を放ち、時には稲妻のような放電現象も起こしたという。
「幽霊の正体見たり枯れ尾花」ではないが、当時の一般の軍関係者では知り得ない先端兵器の実験が目撃されたことで、地球外の技術であるかのような印象を与えた。
■UFO神話は「冷戦期の国家安全保障」の産物
エリア51をめぐる壮大なUFO神話は、米軍自身が意図的に種をまいた偽装作戦だったようだ。冷戦期の国家安全保障を目的として始まった偽りの情報は、人々の好奇心を肥やしとして大きく根を張り、いつしか地元の人々の目を欺く当初の目的を超えて膨れ上がった。噂や映画のテーマなどを通じ、今日では世界の人々の好奇心を掻き立てている。
現在もエリア51の周辺は、新型航空機の実験場として活用されている。米技術誌のインタレスティング・エンジニアリングによると、世界で最も秘密のベールに包まれているとも言われる米空軍資材司令部のRAT55と呼ばれる機体が最近目撃された。
米国防総省は年内にAARO報告書の続編を公開する予定だ。米フォックス・ニュースは、そこには偽情報作戦の詳細、司令官たちの通過儀礼の実態、そして「本物でない資料」がどのように欺瞞の道具として使われたかが記されると伝えている。
今年後半の報告書で、壮大な虚構の全貌がついに明らかになるのか。エイリアン研究所という偽りのベールの向こうに隠されていた、冷戦期アメリカの知られざる偽装作戦のさらなる詳細が明かされる。
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青葉 やまと(あおば・やまと)
フリーライター・翻訳者
1982年生まれ。関西学院大学を卒業後、都内IT企業でエンジニアとして活動。6年間の業界経験ののち、2010年から文筆業に転身。技術知識を生かした技術翻訳ほか、IT・国際情勢などニュース記事の執筆を手がける。ウェブサイト『ニューズウィーク日本版』などで執筆中。
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(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)