■特殊詐欺関与、18%は未成年
日本から遠く離れたミャンマーにある特殊詐欺の拠点から、日本にうその電話をかけて現金をだまし取ったとして2025年5月、名古屋市の高校生の少年(16)が詐欺容疑で逮捕されました。
少年はインターネットで知り合った人から「海外で特技を生かせる仕事がある」と誘われて渡航、詐欺の片棒を担がされていました。いわゆる「闇バイト」に安易に応じたがための暗転です。
闇バイトとは、SNSやインターネット掲示板などで「楽なお仕事で高額報酬」と好条件で働き手を募り、応じると特殊詐欺や強盗などの犯罪の使い走りをさせられるアルバイトのことです。
私は特殊詐欺の取材を長く続けています。関与した当事者多数からも話を聞いてきました。
高校生と同じように儲け話にほいほい乗って海外に渡り、だまし電話をかける愚か者は以前からいました。元暴力団組員ら犯罪にさほど抵抗を感じない人たちが多かったのですが、SNSの爆発的な普及で最近は詐欺に加担する層が広がり、この高校生のように子どもが加害者になるケースが増えています。
警察庁によると、全国の警察は2024年に2274人を特殊詐欺への関与容疑で摘発しました。このうち少年は416人で、全体の18.3%を占めます。暴力団組員(準構成員含む)の436人に迫る勢いです。
■闇バイトの基本パターン
捜査関係者によると、少年が闇バイトに応募し、犯罪に加担するまでの流れには基本的なパターンがあるようです。
自らXやインスタグラムなどで「高額報酬」や「闇バイト」と入力・検索
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犯行グループや先輩から「荷物を受け取るだけの仕事」、「大金保証」などの連絡が入る
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匿名性の高いアプリを使うよう指示され、詳細なやり取りが始まる
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「仕事をするうえで個人情報を登録する必要がある」と求められ、身分証明書や顔写真のほか家族構成、交際相手の氏名や生年月日を犯行グループに送信
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ようやく仕事内容の詳細が伝えられ、断ると「家族全員殺す」などと脅される
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特殊詐欺などの犯罪に加担
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警察に逮捕される
裏社会に通じたワルの先達は、自らの経験を踏まえて「未来ある少年少女が闇バイトに手を出すと確実に人生が終わる」と口を揃えます。
その証言に耳を傾けます。
■証言1:「電話をかけるだけで1日50万円」に騙された50代元暴力団員
東京で出会った男性は複数の暴力団を渡り歩いていました。組織内で幹部にのし上がる気はさらさらなく、「○○組」という看板があれば金儲けに有利と思い込んで所属する組織を転々としていたのです。
上昇志向の強い「同僚」は、覚醒剤や大麻などの違法薬物をせっせと売ったり、賭博開帳に励んだりして金を集め、それを上部に納めています。「上納金」です。
薬物や賭博は暴力団の伝統的な資金集めで、警察に目を付けられやすく摘発されるリスクが高い。薬物の仕入れにはそれなりの元手がかかる。
だから男性はこうした暴力団本来の活動に力を入れず、債券回収代行やみかじめ料(飲食業者などに「トラブル発生の折には解決任せろ」と言って定期的に数万円を支払わせる用心棒代)集めを細々と続けていました。
こんな日々を送っていたら組の中で居場所がなくなり、男性は組を抜けました。年齢は50歳代、定職に就いた経験はなくまっとうに働くつもりもない。でもカネはほしい。
ある日、知り合いの組員から「怠け者のおまえにぴったりの仕事がある」と連絡がありました。
冷暖房完備の中国のマンションから電話をかけるだけで、日に50万円を稼げる。3食付きで渡航費もただとの条件です。迷わず話に乗って中国へ渡りました。
南部の都市で待ち受ける案内役の中国人に連れて行かれたのは高層マンションの一室でした。6畳ほどの部屋がいくつもあり、どの部屋にも電話が10台以上あります。
男性と同じように勧誘されてやってきた日本人が数十人いました。「どう見ても未成年の若者もいた」と男性は明かします。
日本語を上手に操る中国人から名簿とマニュアルを渡されました。名簿は日本に住む高齢者リストです。「情報屋」と呼ばれる人たちが調達し、犯罪組織に売りさばいています。氏名、住所、年齢、家族構成が事細かく書かれていて末尾に電話番号が載っています。
マニュアルはドラマの台本のようでした。文言の上に「警察官」や「弁護士」、「銀行員」などの役名が記され、それぞれ台詞がありました。
ここでの男性の仕事は、これらを使って日本にひたすら電話をかけ、お年寄りからお金をだまし取ることでした。「特殊詐欺」です。
■中国と日本の犯罪組織がタッグ
「自分の親と近い年齢の人をだますのはいやだな」と一瞬思ったそうですが、監視役の中国人からせっつかれて日に50件以上電話をかけました。「あなたの口座が犯罪に使われている。このままではあなたが逮捕される。そうならないための方法を教えます」とかなんとか出まかせをしゃべっていると、相手は術中にはまります。
だましたお年寄りの名前を監視役に伝えると監視役はどこかに連絡、日本での詐取金受け取りの段取りを整えていました。中国と日本の犯罪組織がタッグを組んでいると知りました。
■脱走後も「報復を受けるかも」と怯える生活
待遇は事前に示された条件とは大違いで、ひどかったようです。
食事は拠点近くの汚い食堂限定で、「中身が何だかわからないモノを薄汚れた鍋で調理していて、ろくに食べられなかった」と言います。
行動は常に監視され、外出は部屋の鍵を持つ中国人の許可を得なければならない。
夜は6畳ほどの部屋で数人が雑魚寝していました。詐欺の成功回数が減ると、指示役に脅される。男性は数日で嫌気がさし、脱走しました。
伝手を頼って何とか帰国したものの「報復を受けるかも」と怯えています。旅券や運転免許証のコピーは犯行グループが押さえていて、住所や電話番号も知られているからです。
捜査関係者によると、中国当局はこうした詐欺拠点について当初は摘発に消極的だったようです。ところが中国人がだまされる「電信詐騙」事件が続発したため取り締まりを強化したそうです。
そうなると詐欺組織はさっさと中国から撤退し、当局による取り締まりの緩い地域に拠点を求めます。最近よく報じられるフィリピンやタイ、ミャンマーなどの拠点がそれです。
■証言2:「闇バイトは使い捨て。募集すればどんどん集まる」
やはり東京で会った男性です。
中でもひとりだませば数百万円以上の大金が手に入る特殊詐欺に傾倒しています。
「特殊詐欺はピラミッド型の組織でやる。頂点にはヤクザや海外の犯罪組織がどんと居座っていて下に指示を出す。電話をかける『架け子』や詐取金回収役の『受け子』はピラミッドの末端で、ネットなどで釣り上げる」と話します。
闇バイト募集に応じて採用された末端役は組織のことも上層部の名前も知りません。だから架け子らが逮捕されても上層部に捜査が及ぶことがありません。
「そいつらは使い捨て。逮捕されても組織は痛くもかゆくもない。募集すればどんどん集まる」と男は言います。
最近はボスから末端まですべてアルバイト上がりという組織もあるそうです。
奪われたお金は犯罪で得た収益です。警察に被害を届けることはない。そこが狙い目というのです。
■証言3:「他人の免許証」を手にする暴力団組長
関東の暴力団組長は他人の運転免許証を持っていました。
免許証は運転の際に不可欠だし、重要な身分証明書でもあります。これがないと名義人はさぞ困るでしょうに。
組長の手元にある理由を聞くと「まあ、いろいろとあるので」と口を濁します。
食い下がってあれこれ聞くと、ぼんやりと理由がわかりました。犯罪にいったん引きずり込んだ人間をずっと今後も活用するため、ということのようです。
闇バイトに応じ、詐欺に加担した少年が身分証明書の画像をSNSにさらされたこともあります。犯行グループから離脱したことへの制裁とみられます。
■証言4:「闇バイトにワンチャンは絶対にない」
暴走族リーダーから暴力団組員になり、その後暴力団を離脱して、現在は関東で飲食店を営む男性に話を聞きました。
最近、特殊詐欺にかかわって逮捕された少年と会ったといいます。ごく普通の若者ですが、ネットで「簡単なアルバイトがある」と誘われて応じたら、海外の拠点から日本に電話をかける詐欺グループの末端として使われ、詐取金回収役を担ったと。約束のアルバイト報酬は受け取っていないそうです。
男性には海外の詐欺拠点を仕切る知り合いがいます。海外にいる理由を聞くとその知り合いは「日本では取り締まりが厳しいから」と答えたそうです。
男性はいま闇バイトや特殊詐欺に興味を持ったり、関与したりした少年の相談に乗っています。これらで身を持ち崩す実態をたくさん見てきたから、救いたいと考えてのことです。必ず「闇バイトにワンチャンは絶対にない」と説いているそうです。
ワンチャンはない、すなわち「そんなうまいことはあり得ないよ」との説得です。裏社会の冷酷さ、狡猾さを知り尽くしている男性の助言が若い衆に届くことを願っています。
■「ゲームのように楽しんでいた」若者も
証言1の男性が言います。
「あまりの重労働と、ほんの少し残っている良心の呵責に耐えかねて私は途中で脱走したが、若い人は電話でお年寄りをだますことをゲームのように楽しんでいた」
どの口が言うのか、と言いたいところですが趣旨はわかります。自分は長く裏社会にいて半分犯罪者だが、将来ある若者がそれでいいのかとの思いでしょう。
目先のお金欲しさで誘いに乗って海外に渡り、おじいちゃんやおばあちゃんら人生の先達が懸命に貯めたお金をだまし取る。背後に犯罪組織がいることの想像すらできない。そんな少年が増えているのが現実のようです。
■被害者の65%は高齢者
特殊詐欺の被害は増加の一途です。警察庁が2025年5月に公表した「令和6年における特殊詐欺及びSNS型投資・ロマンス詐欺の認知・検挙状況について(確定版)」によると、2024年には2万1043件発生し、被害額は718億8000万円です。前年より266億円増えました。1日に1億9693万円もの大切なお金がだまし取られています。
被害者の65%は65歳以上の高齢者です。警察が「電話でお金云々はすべて詐欺」と繰り返し注意を呼び掛けているのに止まりません。
闇バイトや特殊詐欺に少しでもかかわって困っている少年や保護者のみなさん、いますぐ警察の相談窓口に電話をしましょう。♯9110です。発信地を管轄する警察本部の窓口につながります。
■警察は情報を募っている
もうひとつ警察の電話を伝えます。「匿名通報ダイヤル」(0120-924-839)です。犯罪組織の捜査に役立つ情報の提供窓口です。闇バイトや特殊詐欺にはいま暴力団以外に「匿名・流動型犯罪グループ(通称トクリュウ)」が関与している、と警察は見ています。
その実態をつかむのに警察は難渋していて、広く情報を募っているのです。通報者の秘密は守られ、捜査に役立った情報の提供主には最高10万円が支払われます。さらに犯罪組織壊滅につながったと判断されれば最高100万円を得られます。
闇バイトや特殊詐欺なんぞに引っ掛かってびくびくするより、見たこと聞いたこと(間接的でもOK)を警察に知らせればワンチャン、きれいなお金を手にできるかもしれません。
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緒方 健二(おがた・けんじ)
元朝日新聞編集委員
1958年大分県生まれ。同志社大学文学部卒業、1982年毎日新聞社入社。1988年朝日新聞社入社。西部本社社会部で福岡県警捜査2課(贈収賄、詐欺)・捜査4課(暴力団)担当、東京本社社会部で警視庁警備・公安(過激派、右翼、外事事件、テロ)担当、捜査1課(殺人、誘拐、ハイジャック、立てこもりなど)担当。捜査1課担当時代に地下鉄サリンなど一連のオウム真理教事件、警察庁長官銃撃事件を取材。国税担当の後、警視庁サブキャップ、キャップ(社会部次長)5年、事件担当デスク、警察・事件担当編集委員10年、前橋総局長、組織暴力専門記者。2021年朝日新聞社退社。2022年4月短期大学保育学科入学、2024年3月卒業。保育士資格、幼稚園教諭免許、こども音楽療育士資格を取得。得意な手遊び歌は「はじまるよ」、好きな童謡は「蛙の夜まわり」、「あめふりくまのこ」。愛唱する子守歌は「浪曲子守唄」。朝日カルチャーセンターで事件・犯罪講座の講師を務めながら、取材と執筆、講演活動を続けている。「子どもの最善の利益」実現のために何ができるかを模索中。
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(元朝日新聞編集委員 緒方 健二)