なぜ1on1に時間や労力をかけても効果が上がらないのか。パーソル総合研究所の児島功和氏は「こうした熱心なのに空回りしがちな上司のことを『1on1おじさん』と巷では呼ぶそうだ。
われわれが行った実態調査で1on1が嫌われる原因がわかってきた」という――。
■「1on1おじさん」と揶揄される上司たち
近年、多くの企業において、部下との定期的な面談を通じて成長を支援する「1on1(ワンオンワン)ミーティング」(以下、1on1)が急速に普及しました。1on1とは、上司と部下が1対1で定期的に行う面談のことです。部下の成長を促すことを目的とし、業務の進捗確認だけでなく、キャリアや働き方などについても話し合い、部下の成長を支援するとされています。
しかし、1on1についての実態調査を行っていると、部下の成長のためにと始まったはずの1on1が、多くの部下から嫌われる存在になっていることがわかります。例えば、「上司ばかりが話をする」「上司の自己満足の場になっている」「時間が長すぎる・頻度が多すぎる」「業務に支障が出る」――などの声が聞こえてきます。
また、1on1に熱心に取り組む上司に対して、「1on1おじさん」と揶揄する声もあるそうです。例えば、業務の大半が部下との1on1で埋め尽くされ、「あの上司は、1on1ばかりやっている」と見られてしまう。我流で1on1を行った結果、部下の成長につながらず、1on1が上司の自己満足の時間になってしまっている――。こうした上司が「1on1おじさん」と揶揄されているのでしょう。
■「1on1」が嫌われる3つの要因
部下の自律的な成長を促し、エンゲージメントを高める――そんな理想を掲げて導入されたはずの「1on1」が、なぜ部下たちから嫌われたり、揶揄されたりするのか。パーソル総合研究所が行った、1on1の実態調査を基に、その背景について考察すると、以下の3つの要因が挙げられます。

①「手探り状態」の果てに「量」で勝負
「面談について学ぶ仕組みがない」――。これは、1on1に関する実態調査の結果(図表1)、上司の困りごとで1位、部下にとっても2位になる困りごとでした。多くの企業で1on1が導入されたものの、その「目的」や「具体的な実施方法」が従業員に十分に説明されず、学ぶ機会も提供されていないのが実情です。
「とりあえず、やってみよう!」という掛け声のもと、手探りで1on1を始めた上司たち。効果的なやり方がわからないまま、「とにかく回数をこなせばいいのか?」「時間を長くすれば、もっと話してくれるのか?」と試行錯誤を繰り返します。結果として、質よりも量を追求する「1on1おじさん」が生まれてしまうのでしょう。
②「効果が感じられない」ジレンマ
上司が1on1について抱える困りごとの3位、そして部下にとっては1位が「面談の効果が感じられない」ことでした(図表1)。時間をかけて部下と向き合っているのに、一向に手応えがない。部下もまた、「これって、意味あるのかな……」と疑問を抱いている。この「効果が感じられない」というジレンマが、上司をさらなる試行錯誤へと駆り立てます。どうすれば効果が出るのかと模索する中で、さらに時間や頻度をかけることに終始してしまうケースも少なくありません。
③組織のコミットメントやサポートが不足し、孤軍奮闘
「人材育成を重視する組織風土をつくる」「上司の主な役割として部下の育成を位置づける」――。
これらは、調査の結果(図表2)から、上司と部下が共に、1on1を改善するために最も必要だと感じていることです。しかし、多くの組織では、人材育成が個々の上司の「奮闘」に委ねられており、組織としての明確なコミットメントやサポートが不足しています。上司が一人で部下育成を担おうと奮闘した結果、1on1に過度に偏ってしまう可能性が考えられます。
現代の中間管理職の多くは、組織から厳しい数値目標や成果を求められ、人員不足などからプレイング業務もしなくてはいけない立場にあります。こうした多忙な状況の中で、「部下を育てろ」というプレッシャーまでのしかかります。
組織的なサポートや、1on1の効果的な運用方法に関する学習の機会がろくにないまま、手探り状態で「良かれ」と思って時間や労力をかけているにもかかわらず、部下の成長につながる重要なポイントから外れたやり方に陥っています。結果として、部下育成という目的を果たせず、周囲から見て「おかしい」状況に陥っていると考えられます。
■「上司の講演会化」が部下の成長を阻害する
では、実際に1on1の現場で、具体的にどのような問題が起こっているのか、そしてどう改善していけばいいのでしょうか。
「1on1は部下のための時間」――これは、1on1を導入する際に必ず言われる言葉です。しかし、1on1は往々にして「上司の講演会」と化しています。例えば、以下の様な会話がそうです。
上司「○○君、これはね、こうやった方が絶対いいんだよ。
僕の経験から言うとね……」

部下「そう、そうなんですね……(心の声:いや、それは僕が聞きたかったことじゃないんだけどな)」
上記のようなコミュニケーションでは、上司から一方的に「答え」を与えられているので、部下の主体的な学びは生まれず、仕事に応用するという「成長」につながりません。あたかも小学校の授業で、先生が一方的に正解を教え続けるようなものです。1on1では、「部下自身がテーマを決めて、話す」という、部下にとって主体的なプロセスが重要なのです。話のテーマは、部下自身が仕事で困っていることや、相談したいことが望ましいと思います。
調査の結果を見ると、部下が上司よりも多く話す場合や、部下が話すテーマを決めている場合の方が、成長度が高いことが示されています(図表3)。1on1では部下が話したいことをテーマに据え、上司は傾聴を心掛けなければいけないのです。また、頻度は1~2週間に1回、1回あたり30~40分にとどめるのがよいでしょう。
■「手段」が「目的」になってはいけない
1on1は、マネジャーの重要な仕事である「部下の育成」のための有効な手段(ツール)として導入が進んだものです。ところが、「1on1おじさん」問題では、「手段である1on1を行うこと自体が目的になってしまい、本来の目的である部下の成長につながっていない」ことと、「マネジャーとして欠かせない他の重要な業務(チームの目標達成など)とのバランスを崩している」という2点が浮き彫りになっています。
2点目に関しては、頻繁すぎる、あるいは長すぎる1on1に時間を取られることで、上司自身が多忙になり、結果的にチームのミッション達成など、マネジャーとしての重要な仕事が疎かになる。他の業務とのバランスを失い、かえってチーム全体のパフォーマンス低下を招いているとしたら、まさに本末転倒と言わざるを得ません。
健全な1on1を実現し、部下の成長とチームの目標達成を両立させるためには、上司の孤軍奮闘に頼るのではなく、以下の3つの視点から、組織と個人の協働が不可欠でしょう。

①人材育成を経営課題にする
組織は、人材育成を単なるタスクとしてではなく、経営戦略の重要な柱として明確に位置づけるべきです。その上で、1on1の目的、意義、具体的な運用方法について、上司だけでなく部下にも丁寧に説明し、理解を促す必要があります。
➁上司への継続的なサポート
多くの日本の管理職は、「上司・先輩の背中を見て学ぶ」という経験(OJT)を通じて成長してきたため、体系的に部下と向き合い、教える経験が不足している傾向があります。加えて、管理職には男性が多いですが、傾聴を苦手とする方も多い印象があります。
そこで、上司には、傾聴やコーチングなど、1on1に必要なスキルを体系的に学ぶ機会を継続的に提供することが重要です。一度きりの研修で終わらせるのではなく、定期的なフォローアップや、うまくいっている事例の共有、課題解決のための相談窓口などを設けることで、上司が安心して1on1に取り組める環境を整えるべきです。
③部下の主体的な参加
1on1は、上司と部下の「共同作業」です。部下にも、1on1の目的や、自分の成長のためにどのように活用すべきかを理解してもらう必要があります。部下が自らテーマを設定し、率直に話すことで、上司も本音で向き合うことができる「相互作用」が生まれます。組織は、部下側にも「聞く」「話す」スキルを向上させるための研修機会を提供するなど、主体的な参加を促す働きかけを行うべきでしょう。
以上見てきたように、「1on1おじさん」問題は、ある意味で、現代の管理職が抱える「苦境」と、日本企業の「人材育成」に対する意識のギャップが生み出した悲劇と言えるかもしれません。しかし、この問題を深く理解し、組織と個人が手を取り合って改善に取り組むことで、1on1は本来の輝きを取り戻し、部下の成長、ひいては組織全体の活性化に貢献する「希望のツール」となるはずです。


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児島 功和(こじま・よしかず)

パーソル総合研究所 研究員

東京都立大学大学院人文科学研究科教育学専攻(博士課程)単位取得満期退学。日本社会事業大学、岐阜大学、山梨学院大学の教員を経て、2023年4月より現職。大学教員としてはキャリア教育科目の開発・担当、教養教育改革、教員を対象とした研修運営などを担当。研究者としては、主に若者の学校から職業世界への移行、大学教職員や専門学校教員のキャリアに関する調査に関わってきた。

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(パーソル総合研究所 研究員 児島 功和)
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