※本稿は、池谷敏郎『高血圧、脳卒中、心筋梗塞をよせつけない! 「100年血管」のつくり方』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
■オヤジっぽく入り、年寄りっぽく出る
入浴は、1日の疲れを癒やすリラックスタイムですから、本来は副交感神経が優位になる時間です。日中に活動する中で高ぶっていた交感神経を鎮め、交感神経から副交感神経へとスイッチする、とてもいい習慣です。
その一方で、入浴は血管事故が起こりやすいシーンでもあります。入り方によっては、交感神経のほうを刺激してしまうのです。実際、入浴中に亡くなる高齢者は、交通事故死の倍以上です。(政府広報オンライン「交通事故死の約2倍?!冬の入浴中の事故に要注意!」)
安心してバスタイムを楽しむために、入り方のコツを覚えておいてほしいと思います。私がよくお伝えするのは、「オヤジっぽく入り、年寄りっぽく出る」ということ。そう話すと、みなさん「え?」と一瞬固まります。
■「あ゛~~」と脱力して入るといい
まず、湯船に入るとき。熱いお湯にドボンと勢いよく入るのは危険です。
42度以上のお湯に急に浸かると、交感神経が刺激され、血管がキュッと収縮して、血圧が一気に上がります。そこで、39度から41度のややぬるめのお湯に、「あ゛~~」と言いながらゆっくり脱力して入りましょう。温泉に行くと、おじさんが「あ゛~~」と気持ちよさそうに入っていますよね。あんなイメージです。ゆっくり脱力して入ることで、血圧の急上昇を抑えられます。
そして、湯船から出るときには年寄りっぽく、です。片手で手すりか浴槽のふちをつかみながらゆっくりと腰を上げたら、膝にもう片方の手を当てて、軽く腰を曲げて、頭を下げた姿勢に。そこから「どっこいしょ」と口にしながらゆっくりと立ち上がりましょう。
湯船から出るときに、クラッとしたことはありませんか? お湯に浸かっているときは体が温まって血管が開き、血圧が下がります。その状態でいきなり立ち上がると、頭まで十分な血液が届かず、脳貧血を起こすことがあるのです。ひどいときには意識がもうろうとしてその場で倒れてしまい、頭を打って脳挫傷を起こしたり、浴槽でおぼれてしまったりすることもあります。
だから、湯船から出るときには、「どっこいしょ」とあえて声に出し、ゆっくりした動作で、脳まで血液がのぼる時間を確保しましょう。
■“スマホと20分以上の長湯”は危ない
入浴時の血管事故が起こりやすいのが、冬です。暖かい部屋を出て、脱衣所で衣類を脱いで、湯船に浸かる。温度変化が大きく、血管は温度差にとても敏感なのです。
寒い場所では血管はキュッと収縮して血圧が上がり、温まると血管が開いて血圧が下がる。敏感な血管をむやみに驚かさないためには、急な温度変化がないように入浴の前に脱衣所を暖め、浴室の洗い場にもお湯を流しておくことをおすすめします。
そして、湯船に浸かるときも出るときも「ゆっくり」がキーワードです。また、長湯は禁物。長くお湯に浸かっていると、血管が過度に開くとともに、発汗による脱水から血液の量が減って、血圧が下がりすぎてしまいます。
最近では、スマホで動画を見ながらバスタイムを楽しむ人もいますが、ほどほどに。気づかぬうちに血圧が下がっていて、湯船から出ようと立ち上がったら脳貧血を起こして意識を失ってしまうこともあるのです。20分以上の長湯は避けましょう。
それから、飲酒後の入浴も要注意です。
■サウナ室より「水風呂」に注意
近年、サウナが人気です。サウナーと呼ばれる、サウナ愛好家も増えています。私もサウナは好きですが、サウナーの方が好きなあることはしません。というのは、サウナは健康にいいイメージがあるかもしれませんが、入り方によっては血管事故を起こしやすいのです。
実際、サウナ中の事故は増えています。福島県郡山市をはじめとする郡山地方広域消防組合管内では、2013年から2022年までの10年間で、101人がサウナ中に体調不良などで救急搬送されたそうです。どんな症状が多かったのかというと、「失神・意識障害」が30人、「熱中症・脱水症」が24人、「脳疾患」が5人でした。
サウナのどんな点がリスクになるのでしょうか。サウナに入るだけなら、じつは血圧はそれほど急上昇しません。
サウナに入った瞬間は暑さで少し血圧が上がっても、体が温まるにつれてだんだん血圧は下がっていくはずです。サウナでいちばん注意が必要なのが、むしろサウナの後の行為なのです。それは「水風呂」。
■血管は急な温度変化が苦手
高温のサウナの後に冷たい水風呂に入ると「ととのう」なんていわれて、サウナを出た直後に10度以下の水風呂にザブンと浸かる人がいますが、血管にとっては大変な迷惑行為です。ととのうどころか、急な温度変化に大慌てすることになります。
サウナで温まって開いていた血管が、水風呂で急激に冷やされることでキュッと収縮して、一気に血圧が上がるのです。そうすると、心筋梗塞や脳卒中などの血管事故、不整脈などの心臓の病気を起こしやすい。
少し前には、サウナ後に冷水浴のために池に入った男性が溺死するという事故も起こっています。その方は20代でした。
血管は急な温度変化が苦手です。
■水を飲まないと血液がドロドロになる
サウナで気をつけたいポイントのもうひとつが、脱水です。サウナに入るだけであれば、血圧はそれほど急上昇しないと書きましたが、汗をかく分、体内の水分が失われて脱水症状になりやすいのです。だから、水分補給が欠かせません。
血管内の水分も減り、血液がドロドロと固まりやすくなると、血栓ができて心筋梗塞や脳梗塞を増やします。また、サウナに長時間入っていることで血圧が下がりすぎて、心臓や脳への血流が落ちて、心筋梗塞や脳梗塞を起こすこともあります。
とくに心臓や血圧の薬を飲んでいると血管が広がりやすいので、より血圧が下がりやすく、心配です。
また、一般のドライサウナよりもスチームサウナやミストサウナ、岩盤浴、陶板浴などのほうが、温度が低い分、血管にはやさしい。でも、その分、長時間入りがちですよね。
温度が低くても長い時間入れば脱水症状を起こしやすいことは変わりません。低温のサウナも岩盤浴などもこまめに水分を摂りながら楽しみましょう。
■朝は血管事故を起こしやすい
血管は温度変化が苦手という点では、最近の異常気象も注意が必要です。10年に1度の冷え込みともいわれた2022年の冬、当院の患者さんのご家族や近隣の方など、ある1週間で8人が急性心不全を起こし、そのうち7人が命を落としました。7人の方が急性心不全に至った原因は、4人が心筋梗塞、3人が大動脈解離でした。
こんなにも短い間にこれだけの方が立て続けに急性心不全を発症したことは、これまでに一度もありません。それだけ寒さが厳しかったのだと思います。
8人の方には共通点がいくつかあり、まず全員が女性でした。そして、みなさん70代で、それまでは元気に生活をされていたことも共通していました。また、急性心不全を起こした時間帯も共通していて、みなさん朝でした。
朝というのは、血管にとってセンシティブな時間帯です。自律神経が「リラックスモードの副交感神経」から「活動モードの交感神経」に切り替わり、血圧も上がり、心拍数も増える時間帯なのです。
ただでさえ、朝は血管や心臓に負荷がかかりやすいもの。さらに冬の厳しい寒さが加わる中、バタバタと家事に勤いそしんだり、早朝からウォーキングやジョギング、ゴルフなどの運動に励んだりすると、血圧が急上昇して、血管事故を起こしてしまいやすいのです。
■猛暑の夏も注意が必要
一方、年々暑さが増しているように感じる夏はというと、猛暑も心不全や心筋梗塞が増えます。サウナの話と同じで、暑さによって体温が上がると、発汗が増え、脱水状態に陥りやすくなるので、全身のすみずみまで血液を送り届けるために心拍数が増えます。そうすると、当然心臓の負担も増えます。
また、脱水によって血液がドロドロになると血栓ができて心筋梗塞や脳梗塞を引き起こしやすくなるので、血管事故のリスクも高まるのです。
最近では、毎年のように「異常気象」と聞くようになっていますが、厳寒や猛暑は血管にとっても厳しい環境です。より血管を思いやる生活を送っていただければと思います。
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池谷 敏郎(いけたに・としろう)
池谷医院院長、医学博士
1962年、東京都生まれ。東京医科大学医学部卒業後、同大学病院第二内科に入局。97年、医療法人社団池谷医院理事長兼院長に就任。専門は内科、循環器科。現在も臨床現場に立つ。生活習慣病、血管・心臓などの循環器系のエキスパートとしてメディアにも多数出演している。東京医科大学循環器内科客員講師、日本内科学会認定総合内科専門医、日本循環器学会循環器専門医。
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(池谷医院院長、医学博士 池谷 敏郎)