※本稿は、雑誌「プレジデント」(2025年7月18日号)の掲載記事を再編集したものです。
■Question
7人の子の親として親子関係の苦労は?
本誌読者には子育て世代の人も多く、子供の進学や就職などで親子間の意見が衝突する悩みも聞かれます。7人のお子さんを持つ橋下さんも、親子のコミュニケーションでは苦労が多いと思います。親子の意見が衝突したとき、どう対処していますか?
■Answer
僕自身が“悩み”の真っ最中…妙案があったらアドバイスを!
これまでいろいろな質問に答えてきましたが、今回のテーマが一番難しい。なにしろ僕自身が悩みの真っ最中ですから(苦笑)。
わが家には社会人から大学生・高校生まで、7人の子供がいて、常に誰かが悩みを抱えています。目下、わが家のテーマは「進路問題」。大学生の次男・三男は「なぜ大学に通うのか」に悩み、中退も選択肢として浮上している模様。文系の子は学部の授業が自分に合っていないと感じ、理系の子は専門が細分化されすぎていて、「本当にやりたいこと」とのズレに苦しんでいる。間もなく就職活動が待っており、「このままでいいのか」という不安が拭えないようです。
でもね、僕から言わせれば、大学生の年代で将来やりたいことがはっきりしている人なんていますかね。
20歳前後の年代はまだ何者でもありません。中高生とも社会人とも違って時間に余裕があり、成人していたら自由はあり余るほどある。お酒だって飲めるじゃないですか。そういうときこそ悩むのがいい。むしろ思い切り悩むべきです。グチャグチャ惑うことが許されるゴールデンタイムがこの時期だと思います。悩んでこそ、自分の道が見えてくる。
そう伝えてみても、子供たちの反応は鈍いんですよ。今の若い子は僕らの頃よりも案外マジメで、やりたいことや進路がすぐに見つからないのはいけないことだと考えがちです。
でも、自分の道が決まっていないことが悪いんじゃなくて、道を見つけるために悩んだり、その努力をしなかったりすることが悪いんです。
例えば僕自身は法学部ではなく政治経済学部に通っていたのに、大学2年のときに個人的な体験から司法試験を志し、卒業と同時に合格しました。ちょっと変わった経歴です。また、職業柄、有名人や成功者の話をたくさん聞いてきました。その経験を基に、「若いうちは悩んで当然」とか「向いていないことでも一生懸命取り組んだら意外な道が開けるぞ」とか話すんですが、「そんなの特別な人の話じゃないか。普通の人の参考にはならないよ」と一刀両断で返されます。
まあ確かに、中学や高校の野球部員に「大谷翔平選手も昔はこうだった」という話をしても、プレッシャーにしかならないですよね。若い頃は誰しも自分が「何者でもない」ことに焦りを感じるもの。しかも現代はさらにSNSで簡単に「成功者」の情報が入ってきます。それを見て余計に、「早く何者かにならなければ」と気持ちが急くのかもしれません。
一方で、早いうちに「本当にやりたい仕事」を見つけて突き進める人なんてごくごく少数。むしろ多くの人は、想像していたものとは違う仕事に就き、働くうちにやりがいや楽しさを見つけていくものです。
今、就職氷河期世代への対策が政治問題化しています。僕よりも少し後に大学を出た氷河期世代は新卒採用の入り口が狭まり、一社も内定を取れない人が続出しました。そういう中では、たとえ希望の業界や職種でなくても内定をくれた会社へとりあえず入社し、「しばらくは頑張ってみよう!」と考えたはずなんです。
同じように、学部や学科の内容が自分には向いていないと感じたとしても、中退するのではなく、とりあえずは卒業して、それから次のステップへ向かえばいいんじゃないかと僕は思っています。でも、子供たちとはそのあたりの意見が食い違ってしまうんですよね。悩ましい限りです。
■自主性に任せるだけでは何が足りないか
僕はこれまで子供たちには「好きなことを学べばいい」と伝えてきたし、できる限りサポートもしてきたつもりです。しかし最近、それだけでは足りなかったのではないかと思うようになりました。
では、何が足りなかったのでしょうか?
一言でいうと、幼い頃からの親子のコミュニケーションです。今述べた通り、僕は「子供の自主性に任せる」主義でやってきました。しかし選択の自由は与えたものの、それまでの迷いや選択してからの悩みには寄り添ってこなかった。
当の子供たちに言わせると、「確かにお父さんは何も言わない。でも、無言のプレッシャーがある」。無言のプレッシャーを与えるんじゃなく、少しずつでも声をかけて、折々の子供の悩みに応えてあげる必要があったのだと思います。成人する頃になって父親があれこれ意見しても、長い間のコミュニケーションの土台がなければ伝わりませんよね。
僕は「ハインリッヒの法則」を組織論で語ることがあります。大きな事故の背後には必ず小さなトラブルがたくさん隠れている。そんなことを偉そうに言ってきた僕ですが、考えてみれば家庭でも同じなんです。日々の小さなサインを見逃していると、気づいたときには大きなトラブルが起きてしまう。わが家の問題に直面して大いに反省しているところです。
ただ、「橋下さんはお子さんが小さかった頃は、公職にあって激務だったでしょう」と慰めてくださる方もいます。僕自身、そう考えて公務を優先し、子育てはすべて妻任せにしていました。
でも、それは単なる言い訳だったと今になって思うんです。だって僕よりはるかに激務だったはずの小泉純一郎元首相も、お子さんたちとの時間を何とか捻出していたと聞きます。実は大阪府知事の吉村洋文さんも、超多忙の中できちんとお子さんと向き合っているんですよね。
吉村さんのお子さんとうちの子、たまたま同じ学校を受験する機会があったんです。当然のように僕は仕事へ向かい、受験会場への付き添いは妻に任せましたけど、吉村さんは付き添っただけじゃなく、なんと全受験生に向けて盛大にエールを送っていたんだとか。「吉村さんは来ていたわよ」。あとで妻にチクリと言われてしまいました。
要するに「忙しいから家族と向き合えない」というのは言い訳なんです。そしてその結果は、10年後、20年後に必ず自分に返ってくる。現在子育て真っ最中の皆さんは、ぜひ僕を反面教師に、お子さんときっちり向き合ってください。
今、おむつ替えや夜泣きに追われている方、「明日も仕事なのに」とげっそりしている方、思春期の子供に振り回され、毎日イライラしている方もいるかもしれません。でも、そうした日々の関わりが、将来の親子の対話の基盤になります。
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橋下 徹(はしもと・とおる)
元大阪市長・元大阪府知事
1969年生まれ。大阪府立北野高校、早稲田大学政治経済学部卒業。弁護士。2008年から大阪府知事、大阪市長として府市政の改革に尽力。15年12月、政界引退。北野高校時代はラグビー部に所属し、3年生のとき全国大会(花園)に出場。『実行力』『異端のすすめ』『交渉力』『大阪都構想&万博の表とウラ全部話そう』など著書多数。最新の著作は『政権変容論』(講談社)。
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(元大阪市長・元大阪府知事 橋下 徹 構成=三浦愛美 写真=時事通信フォト)