「悩み」を抱えたときにはどうすればいいか。公認心理師の伊藤絵美さんは「30年以上カウンセリングを行ってきて、気づいたことがある。
人間関係、仕事、トラウマ……表に見える“困りごと”は様々でも、根本には同じ問題を抱えている」という――。
※本稿は、伊藤絵美『自分にやさしくする生き方』(ちくまプリマー新書)の「まえがき」を抜粋・再編集したものです。
■カウンセリングを受けに来る人たちの共通点
こんにちは。伊藤絵美と申します。
私は心理職(公認心理師、臨床心理士)として、長年(かれこれ30年以上)、カウンセリング(心理相談や心理療法)を行ってきました。
その対象は幅広く、うつ病や不安症といったメンタルヘルスの症状を抱えている人もいれば、勉強や仕事の進め方に問題を抱えている人、生活リズムが乱れて困っている人、対人関係がうまくいかず悩んでいる人、心理的なストレスが身体の症状として出てしまいがちな人、ストレス対処のためにセルフケアの方法を身につけたい人、人生の意味や目的を見失いどうしたらよいかわからないという人、トラウマの後遺症に苦しめられている人……など、実にさまざまな人がいます。
このようにクライアント(相談者のことをそう呼びます)が抱える表向きの困りごとは多種多様ですが、そこには共通する特徴があります。それは「自分に厳しい」ということです。
みなさんの話を聞いていると、口癖のように出てくるのが、「自分はダメだ」「自分を信じられない」「自分が嫌い」「自分は何をやっても上手くいかない」「自分には価値がない」など、自分を容赦なく責め立てるような厳しい言葉たちです。
とにかくみなさん、自分に厳しすぎるんです!
■「自分に甘すぎる」という勘違い
なかには「(厳しいどころか)私は自分に甘すぎる。そんな自分が大嫌い」などと言う人もいます。
私から見れば、そのような人は全然自分に甘くなんかなく、「自分に甘すぎる」というレッテルを貼ることで、ますます自分に厳しくしているとしか言いようがありません。
そしてその厳しさのせいで、ますます心身の状態が悪化するという悪循環にはまっています。なんということでしょう。
では、これらのクライアントがカウンセリングを通じて回復していくと、どう変化するでしょうか。もちろん個々のクライアントが抱えている具体的な問題が解決するのですが、それと同時に、みなさん、自分にやさしくできるようになります。自分に対して厳しい言葉を投げつけることが少なくなり、自分を大切にする行動が取れるようになります。逆は決してありません。自分に厳しい人がさらに自分を厳しく追い込むことによって回復したケースには、一度も遭遇したことがありません。ここから何がわかるでしょうか?
それは、自分に厳しくすることは人を幸せにしないということ、自分にやさしくすることで人は回復できるということの二点です。
■なぜ自分に厳しくなってしまうのか
自分に厳しくすることが幸せをもたらさないとしたら、ではなぜみなさん、自分に対してそんなに厳しいのでしょうか?
それは私たちの暮らすこの社会の価値観と大いに関係していると思います。小さい頃から今に至るまで、私たちは社会や周りの大人たちから、次のようなメッセージを浴びてきているのではないでしょうか。
・効率的であるべきだ

・完璧であるべきだ

・頑張るのはよいことだ

・怠けてはならない

・成果を上げなければならない

・休むのは頑張った後だ

・人に頼ってはいけない

・失敗は自己責任だ

・強くないといけない

・弱くあってはならない

・弱音を吐いてはならない

・前向きであるべきだ

・いつも元気でいるべきだ

・自分を甘やかしてはならない
これって煎じ詰めれば「自分に厳しくあれ」というメッセージですよね。
つまり自分に厳しいことをよしとする社会があって、その社会から「自分に厳しくあれ」というメッセージを受けて育って、そういう社会で暮らしているのですから、私たちが自分に対して厳しいのはある意味当然のことです。

そういう意味では、カウンセリングに来る人だけでなく、普通にこの社会で生きている人の多くも、やはり自分に厳しいのではないかと私は考えます。
■大人たちだけの問題ではなかった
実際、本書(『自分にやさしくする生き方』)を書く際に編集者から高校生に対して行ったアンケートを見せてもらいました。
それは「人間関係に悩んだ経験は?」「自分の嫌いなところは?」「部活や勉強に関する悩み事は?」といった問いに対する自由記述だったのですが、その回答があまりにも自分に厳しいことばかりなのに驚きました。
「自分の嫌いなところは?」の回答が自分に厳しいのはまあ当然かもしれませんが(それにしてもみなさん、自分の嫌いなところを「これでもか」というぐらい次から次へと挙げまくっており、読んでいる私がつらくなりました)。
他の問いへの回答にも、たとえば「自分のことが好きになれず、「私なんか」と思ってしまう」「勉強をする際にできない単元があるとすぐにあきらめてしまう」「周りの人と自分を比べてしまって自信を持てない」「自制心がなさすぎる」など、自分を否定したり批判したりする文章のオンパレードで、今どきの高校生も、私が育ったときとさほど変わらず、「自分に厳しくあれ」とのメッセージを浴びて育っているのだな、と実感しました。
「自分に厳しくあれ」というメッセージに満ちた社会は、私たちにとって幸せな社会でしょうか?
私はそうは思いません。
カウンセリングを求めて来る人が当初ことごとく自分に厳しいこと、高校生のアンケートの回答もことごとく自分に厳しいことと、今のこの社会がとても生きづらいものであることは深く関係していると私は考えます。
そこでヒントになるのが、カウンセリングで回復する人が自分に厳しくなくなり、自分にやさしくできるようになるという事実です。
私たちはみんな、もっと自分にやさしくなれるように練習する必要があるのではないかと思います。それが今より生きやすい社会を作っていくことにもつながるのではないでしょうか。
■「自分に厳しい人」によくある矛盾点
もう一つ興味深い現象があります。カウンセリングに来る「自分に厳しい人」たちは、他人に対してどうかというと、みなさん、他人に対してはやさしくできる人ばかりです。

他人に対しては思いやりをもって、やさしく接することができる人が、なぜか自分には厳しいのです。
その矛盾を指摘すると、みなさん、「あれ? なんで自分に対してだけこんなに厳しくなってしまうのだろう」と首をかしげます。
私は言います。
「心が傷ついた人、生きるのがつらいという人がいたとして、そういう人を「もっと傷つけてやろう」「もっとつらい目に遭わせてやろう」とは普通思いませんよね。むしろ「その人をケアしたい」「その人にやさしくしたい」と思いますよね。
傷ついた存在をケアしたいというのは、人間の、というより生き物の本能のようなものではないでしょうか。であれば、自分が傷ついたりつらかったりしたら、やはりやさしくケアすることが必要なのではないでしょうか。私たちに必要なのは、自分に厳しくすることではなく、むしろ自分にやさしくすることを学ぶことではないでしょうか」。
このように説明すると、みなさん、まずは頭で「自分にやさしくすることが必要だ」と理解し、カウンセリングでそのための方法を練習することに同意してくれます。そして徐々に頭だけではなく心から自分にやさしくなる術を身につけていき、回復していくのです。
■ストレスから「自分を助ける」方法
ここで私自身の話をさせてください。
私は大学と大学院において心理学と心理療法を学び、職業にしました。
最初に学んだのは「認知心理学」「ストレス心理学」「認知行動療法」といった理論や手法でした。どれも長い歴史のある分野です。
そこで強調されるのは、ストレスに対する気づきが重要であること、ストレスをどう受け止めるか(この受け止め方を「認知」といいます)によって人の反応が異なること、ストレスを適応的に認知し、適切な行動を取ることで、人はストレスから回復できること、といったことです。
心理学や心理療法を学ぶ利点の一つは、それを自分の生活や人生に活かせることです。私は認知心理学、ストレス心理学、認知行動療法を学ぶことで、私自身のストレスに上手に気づいて、認知や行動の工夫を通じてストレスとうまく付き合う方法を身につけることができました。
この段階では「自分にやさしくする」ことの重要性について気づいていませんでしたが、それでもこれらは私にとって非常に助けになりました。ストレスから「自分を助ける」術を習得できたからです。
そしてカウンセリングでもこれらの手法をクライアントに紹介し、クライアント自身のセルフヘルプ(自助)のためのスキルアップの手助けをし、その効果に手応えを感じていました。
■生きづらさの原因は「根っこ」にある
次に私が学んだのは「スキーマ療法」という心理療法です。
認知行動療法は、うつ病や不安症といったメンタルヘルスの問題に対するアプローチとして構築されたものであり、その一種であるスキーマ療法は、その背景にあるパーソナリティの有り様に対するアプローチとして構築されました。
スキーマ療法では、自分を生きづらくさせる「心の根っこ」(それを「スキーマ」と呼びます)を知り、その根っこから自分を解放することを目指します。その際、自分のなかに小さな子ども(「内なるチャイルド」と呼びます)がいることを想定し、その「内なるチャイルド」が傷ついていたらやさしくケアし、チャイルドが望む方向に人生を進めていけるようサポートすることを重視します。

スキーマ療法を学び、実践するようになって初めて私は、「自分にやさしくする」ことの重要性をはっきりと知りました。
傷ついている「内なるチャイルド」はやさしくケアされる必要があるからです。誰がやさしくするのかというと、大人の私自身です。大人の私が、自らの「内なるチャイルド」に気づき、やさしくケアするのです。
ちなみにスキーマ療法をカウンセリングとして行う場合は、カウンセラーである私が、クライアントの「内なるチャイルド」をやさしくケアすることになります。傷ついた「内なるチャイルド」はやさしくケアされることによって、その傷つきが癒され、回復していきます。
■私自身が「自分に厳しい」人間だった
このスキーマ療法を自分のために実践することで、私はそれまでの人生を振り返って実にさまざまなことに気づきました。それを以下に列記します。
・長い間、仕事を頑張り過ぎていた。私生活を削って働いていた。それがよいことだし、当然のことだと思っていた。

・仕事に限ったことだが、めちゃめちゃ完璧主義だった。
間違いを自分に許さなかった。

・人に巻き込まれやすく、人の期待に応えるのが当然だと思っていた。一方、自分が人に何かを頼んだり、断ったりすることができなかった。

・もっと遊んだりのんびりしたりしたかったのに、それを我慢して、寸暇を惜しんで仕事をしたり仕事関連の勉強をしたりしていた。
これまでに書いたように、カウンセリングでお目にかかるクライアントはみんな、自分にとても厳しくて、私はカウンセリングをしながら、「こんなに自分に厳しいんじゃ、生きるのがつらくなるよな」と完全に他人事として受け止めていました。私はクライアントたちほど自分に厳しくない、むしろ自分に甘いぐらいだと思っていました。
ところがスキーマ療法を通じてよくよく振り返ってみると、私は特に仕事や人間関係において、それなりに自分に厳しかったようなんです。そしてその厳しさによって、「内なるチャイルド」はそこそこ、いや、かなり傷ついていたのでした。
私は自分のチャイルドに謝りました。「今まで、けっこう、我慢させてきちゃったね。もっとのんびりしたり遊んだりしたかったのにね。ごめんね。これからはもっとあなたの声を聞くからね」。そして自分に対する厳しさを和らげ、チャイルドの欲求に沿って自分をケアすることを意識的に実践するようになりました。
■自分にやさしく生きるために「やめたこと」
特に仕事のオファー(講演、研修、執筆、取材、学会など)があったときに、それまでは「断る」という選択肢がなかったのですが、一つ一つ、その仕事を受けるか否かを吟味することにしました。関心を持てないテーマだったり、時間的に調整が難しかったりするときには、無理に仕事を引き受けず、勇気を出して断るようにしました。
また「内なるチャイルド」の声を聞いて、チャイルドのしたいこと(「オレンジジュースを飲みたい」「海を見に出かけたい」)を極力かなえてあげようとしました。
同時に、自分をケアし、自分にやさしくすることが回復に不可欠であることを、私はスキーマ療法を通じてクライアントにも伝えるようになりました。
するとどうでしょう。
認知行動療法に基づくカウンセリングを行っていたときに比べて、そこにスキーマ療法を加えはじめたほうが、クライアントの「内なるチャイルド」がいかに傷ついていたかが露わになり、そのチャイルドをいかに癒すか、ということに焦点を当てられるようになったのです。

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伊藤 絵美(いとう・えみ)

公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士

洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。専門は臨床心理学、ストレス心理学、認知行動療法、スキーマ療法。大学院在籍時より精神科クリニックにてカウンセラーとして勤務。その後、民間企業でのメンタルヘルスの仕事に従事し、2004年より認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関を開設。主な著書に、『事例で学ぶ認知行動療法』(誠信書房)、『自分でできるスキーマ療法ワークブックBook1&Book2』(星和書店)、『ケアする人も楽になる 認知行動療法入門 BOOK1&BOOK2』『ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法 BOOK1&BOOK2』(いずれも医学書院)、『イラスト版 子どものストレスマネジメント』(合同出版)、『セルフケアの道具箱』(晶文社)、『コーピングのやさしい教科書』(金剛出版)などがある。

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(公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士 伊藤 絵美)
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