※本稿は、伊藤絵美『自分にやさしくする生き方』(ちくまプリマー新書)の「まえがき」の一部を抜粋・再編集したものです。
■専門家なのに、メンタルを崩してしまった
(第1回からつづく)
「内なるチャイルド」の声に耳を傾け、チャイルドの欲求を満たすようにものを考えたり行動したりできるよう、私はクライアントを手助けするようになりました。
その結果、クライアント自身が、自分にやさしくできるようになり、それが回復につながっていきました。認知行動療法に加えてスキーマ療法を実践することで、明確に「自分にやさしくする」ことができるようになり、それがカウンセリングのさらなる効果を導いたのだと思われます。
「自分にやさしくする」というのがとても重要で、人々が健やかに、そして幸せに生きていくためには不可欠だということを、私は身をもって知りました。
ここで話をハッピーエンドで終わらせられたらよかったのですが、スキーマ療法で自分にやさしくできるようになったと思っていた私は、しかしその後、2019年から2023年にかけて、体調やメンタルの調子を大幅に崩してしまう、ということを体験しました。
その間、家族の病気や介護や入院や手術や死が立て続けにおこり、その対応に追われていました。フルタイムで働きながらの対応は、今思えばかなり大変で、私自身のキャパシティを超えていましたが、そのときはそれに気づかず、「誰もが仕事と介護の両立に苦労しているんだから」と自分に言い聞かせ、頑張っていたのです。
■「自分へのやさしさ」では間に合わなくなってしまった
スキーマ療法で、心理的には以前より自分にやさしい対応ができるようにはなっていたのですが、行動面ではまだまだ「このぐらいは頑張って当たり前」だと思って頑張り続けてしまったのでしょう。
また年齢的にも更年期にさしかかり、普通に暮らしていても女性であれば誰もが心身が揺らぐ時期であったということも関係していたのだと思います。
さらにそのなかでコロナ禍に見舞われました。
私は、自分のカウンセリングオフィスの運営を継続させること、オフィスからクラスター感染を出さないこと、もちろん自分が感染したらもろもろ大変なのでとにかく感染しないようにすることに必死でした。
それまでは会場を借りて実施していたワークショップもオンラインに切り替えなくてはなりません。カウンセリングも希望するクライアントにはオンラインで提供できるようシステムを整えました。
そんなこんなで、スキーマ療法で得た「自分へのやさしさ」では間に合わなくなってしまい、心身の調子を大幅に崩したのです。
■いろいろな人に「泣きついた」
ただ、ここでよかったのは、調子が悪くなった最初のほうで一人で我慢せず、すぐにいろいろな人に泣きつくことができたことです。
スキーマ療法に出会う前の私であれば、それができず、相当ヤバい状態になるまで我慢していたと思います。人に泣きつくとか、誰かに頼るとか、そういう行動を以前の私であれば絶対に取ることができませんでした。
でも今回は泣きつきまくりました。
家族(夫や妹)に泣きつく。
そういう意味では、具合が悪くなってからですが、かろうじて自分にやさしくできたといえるでしょう。
そのおかげで、私にとって一番大切なカウンセリングの仕事は何とか続けることができましたし、時間はかかりましたが何とか回復に向かうことができました。
■一体、何が足りなかったのか
ある程度回復したあと、私は考えました。認知行動療法やスキーマ療法まで駆使してセルフケアをしているつもりだったのに、一体何が足りなかったのだろうと。今後、再発を防ぎ、健やかに生きていくためには何が課題になるのだろうと。
そして次のような課題が明らかになりました。
・生活習慣の問題(特に睡眠時間の短さ)。
・結局まだまだ仕事ばかりしていた。仕事が生活を侵食していた。オフィスにいる時間以外(自宅、カフェ)にもずっと仕事をしていた。スキーマ療法によって仕事量を減らしたが、それは従来120パーセントやっていたのを100パーセントに減らしたのに過ぎなかった。
・「内なるチャイルド」の「遊びたい」「活動したい」には応えていたが、「疲れたよ」「のんびりしたい」「休みたい」には応えていなかった。もともと多動傾向があるので、それらの声を拾いづらいというのがあった。
・「内なるチャイルド」をケアする「大人の私」がケアされていなかった。「大人の私」も加齢によりかなりくたびれてきているのに、それへのケアが足りなかった。
まだまだ私は自分に厳しかったのです!
■元気な自分を取り戻すために「やめたこと」
反省した私は、セルフケアをさらに強化することにしました。
まず睡眠時間を大幅に増やしました。
夜にはゆっくりお風呂に入ることにしました。
そして家ではできるだけのんびり過ごすことにしました。ストレッチをしたり、おやつを食べたり、ソファでゴロゴロしたりというように。
家で仕事をすることをきっぱりとやめました。
夜中に仕事のメールに返信することもやめました。
カフェにPCを持ち込んで仕事をするのではなく、読みたい本を読むことにしました。
ときどきマッサージを受けることにしました。
頑張って自習していたジャズピアノや将棋を先生に教わって習うことにしました。
カロリーを気にして控えめにしていたパンを、カフェベーカリーで気にせず*美味しく食べることにしました。
調子がよくないことをスタッフに正直に告げて、仕事の時間も最小限に抑えることにしました。
外部からの仕事のオファーは原則として断ることにしました。
時間があれば「内なるチャイルド」と相談して、遊びに行くことにしました(先日も動物園に出かけました。すごく楽しかったですー)。
つまり徹底的に自分にやさしくあろうと努めたのです。
■「セルフ・コンパッション」という考え方
「自分を甘やかしすぎているのではないか?」との内なる批判が聞こえてくるときもありますが、そこは開き直ることにして、「いいじゃん、甘やかしたって」と反論します。
そもそも「内なるチャイルド」はなにせチャイルド(子ども)なので、仕事なんかしたくないんですよね。
とはいえ、生きていくためには働かないわけにはいかないですし、カウンセリングや執筆の仕事自体は嫌いじゃない(というか、むしろ好き)なので、無理のない範囲でするぶんには、チャイルドも「いいよ~」と言ってくれるのです。
問題はそれ以外の時間をちゃんと取らなかったこと、仕事とそれ以外の時間の境界線が曖昧だったことだったのです。そういうわけで、前述のような変化を通じて、私のコンディションはだいぶ回復しました。
そしてちょうどこのタイミングで新たに出合った心理学の考え方と手法がありました。
それが「セルフ・コンパッション」です。
■「自分にやさしくする生き方」を決意した
「セルフ」は「自分」、「コンパッション」は「思いやり」なので、セルフ・コンパッションを日本語で平たく言えば、「自分への思いやり」ということになります。
縁あって、セルフ・コンパッションの海外の古典的なテキストを翻訳する仕事に携わることになり、セルフ・コンパッションについて深く学ぶ(もちろんその翻訳仕事は家に持ち帰ることはせず、オフィスのみで取り組みました)。
ここで私は「最後のピースがはまった!」と強く感じました。スキーマ療法とセルフ・コンパッションを組み合わせることで、「自分にやさしくする」ことを最大限に強化できることがわかったからです。
「内なるチャイルド」にやさしくする「大人の私」に対してセルフ・コンパッションを実践することで、どんなときでも自分に対して徹底的にやさしくすることができるようになりました。
今まで抜けがちだった「大人の私」に対するケアの部分を、セルフ・コンパッションで担うことにしたのです。これはもうスキルとかそういう話だけでなく、生き方レベルの話です。
私は今後生涯にわたって「自分にやさしくする生き方」をすることを心に決めました。とはいえ、これまでしてきた「自分に厳しくする生き方」の残骸はまだまだ多く残っており、「自分にやさしくする生き方」を決意しただけでは足りません。だからこそ日々の生活で、意識しながら自分にやさしくする必要があります。
■『自分にやさしくする生き方』執筆のマイルール
ちくまプリマー新書で本を書かないかとお誘いをいただいたとき、セルフ・コンパッションの翻訳作業が終わったら執筆に着手したいとお答えしました。
そして無事翻訳の仕事が終わって、いざ何について書こうかと考えたところ、今の自分の心境(「自分にやさしくする生き方をしよう」)に至るまでの経緯と、それでもまだまだ自分へのやさしさが足りない現状に鑑み、私がたどってきたことを、そして今私が努めていることを、そのままの順番で具体的に紹介してみたいと思いました。
そして本書(『自分にやさしくする生き方』)を書きながら、「自分にやさしくする生き方」を私自身、さらに確実にしていきたいと考えています。つまり決して無理をせず、生活時間と仕事時間の境界線を守ったまま、本書を執筆しようと心に決めています。
「自分にやさしくする生き方」を自分自身にしっかりと定着させたいのです。
そんなふうにして書いた文章が読者のみなさんに届くことで、みなさんがそれぞれ「自分にやさしくする生き方」ができるようになるといいなあと考えています。
そしてこの世に生きる人がみんな、「自分にやさしくする生き方」ができることで、今度は互いにやさしくし合うことのできる「やさしい世界」を創ることにつながっていくことを願っています。
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伊藤 絵美(いとう・えみ)
公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士
洗足ストレスコーピング・サポートオフィス所長。慶應義塾大学文学部人間関係学科心理学専攻卒業。同大学大学院社会学研究科博士課程修了、博士(社会学)。専門は臨床心理学、ストレス心理学、認知行動療法、スキーマ療法。大学院在籍時より精神科クリニックにてカウンセラーとして勤務。その後、民間企業でのメンタルヘルスの仕事に従事し、2004年より認知行動療法に基づくカウンセリングを提供する専門機関を開設。主な著書に、『事例で学ぶ認知行動療法』(誠信書房)、『自分でできるスキーマ療法ワークブックBook1&Book2』(星和書店)、『ケアする人も楽になる 認知行動療法入門 BOOK1&BOOK2』『ケアする人も楽になる マインドフルネス&スキーマ療法 BOOK1&BOOK2』(いずれも医学書院)、『イラスト版 子どものストレスマネジメント』(合同出版)、『セルフケアの道具箱』(晶文社)、『コーピングのやさしい教科書』(金剛出版)などがある。
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(公認心理師、臨床心理士、精神保健福祉士 伊藤 絵美)