今や「自由陣営の盟主」ではなく、「世界の王」のごとくふるまうアメリカのトランプ大統領。戦後80年、一貫してアメリカに追従してきた日本はどうすべきか。
※本稿は、大前研一『ゲームチェンジ トランプ2.0の世界と日本の戦い方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■石破首相は、習近平やトランプと渡り合えるのか
図表1で、日米中の関係性と、想定される要求事項をまとめてみた。
トランプ氏のアメリカ大統領復帰により、米中対立は再び激化することが予想される。その中で石破首相が取るべき道は、単なる対米追従でも中国への傾斜でもなく、日本独自の戦略的自立性を確保したバランス外交である。
まず、安全保障面では、日米同盟の実効性を高め、尖閣諸島など対中抑止力を強化する必要がある。その一方で、経済・環境・感染症対策といった地球規模の課題については、中国との対話と協力の窓を閉ざすべきではない。
石破首相は、アメリカには原理原則に基づいた是々非々の姿勢を貫きつつ、中国には毅然としながらも敵視に走らない、臨機応変な対応が求められる。また、ASEAN諸国やインド、オーストラリア、EUとの連携を通じて、多国間協調の枠組みを強化し、日本が米中両国に対して発言力を持つ「信頼される中核国家」として存在感を高めることが重要である。
石破外交の真価は、米中いずれにも偏らず、国際秩序の安定に寄与する“中庸の道”を切り拓けるかにかかっている。
■今後4年間、世界はトランプ大統領に振り回される
あらためて今後予想されることについて確認しておこう。
トランプ氏は2025年1月20日に第47代アメリカ大統領に就任した。
また、中国と組んで、日本や韓国、台湾を切り捨てる可能性もゼロではない。すべては中国とのディール次第だ。メキシコやカナダとの緊張関係にあり、北米は不安定になるだろう。中東では、イスラエルを正当化し、ヒズボラやハマスなどのイスラム組織はもちろん、イランとの直接対決も辞さない。ロシアにしても、中東にしても、トランプ氏が化石燃料推進派なので、歓迎するところだろう。
大統領就任100日間のハネムーン期間が4月29日に終わり、6月にG7サミットがカナダのカナナスキスで開催された。トランプ氏は中東情勢への対応のため、初日のみ参加して、帰国したが、ここまででトランプ氏の方向性が見えてきたと言える。
■イーロン・マスクとの決別は吉か凶か
大統領選でトランプ氏当選に多大な貢献をしたイーロン・マスク氏と、トランプ氏の蜜月関係は半年で終わり、両者は袂を分かつことになった。
私もそうだが、この2人の決別を予測していた識者は多かった。マスク氏の存在はトランプ氏にとって、獅子身中の虫であったのである。
実際、政権から去った7月、マスク氏は新党「アメリカ党」を結成し、来年2026年の中間選挙を見据えて、第三極の形成を目指すと言い出した。これに対し、トランプ氏はマスク氏の国外追放をほのめかすなど、早くも両者の間で激しい応酬が繰り広げられている。
また、トランプ氏はディールメーカーなので、ウクライナ、中国、メキシコ、カナダ、イスラエルなどに対して、どのようなメッセージを発信していくのかによって、プラスの影響を受ける国とマイナスの影響を受ける国または市場が変わってくるだろう。
■日本は“失われた35年”からの脱却を目指せ
図表2は、日本の課題を「政府」「企業」「ビジネスパーソン・生活者」別にまとめたものだ。
まず政府は「失われた35年」からの脱却を目指すことである。そのためには、真の観光立国を目指すべきだ。富裕層も含めて海外から呼び込み、50兆円の産業をつくるのが一つ。そして、総額2000兆円にのぼる個人金融資産の活用だ。「失われた35年」からの脱却は、この2つしかない。
2024年のインバウンド客数は3600人万人以上であり、これが5000万人になれば、一人が100万円使ってくれるだけで50兆円の規模になる。GDPの10%がここで生み出されることは非常に大きなチャンスだ。
一方で、2000兆円を超える個人金融資産をどう運用に回していくか、そこから得た金融のキャピタルゲインをどのように国内経済が拡大再生産できる方向に持っていくか、が重要なポイントになる。当然、10年続けて効果のなかったアベクロの反省から、金利を大幅に上げて貯金が膨らんだ分を消費に向かわせる政策が重要となる。
次に企業は「サプライチェーンのシフト」と「AIシフト」の2つのシフトを進めなければならない。トランプ関税によるサプライチェーンの変化は、企業にとって重要な問題だ。「製造は中国で行う」「エネルギーは中東から買う」といったこれまでの前提がずいぶん変わってくるだろう。北米においても、カナダやメキシコでつくってアメリカ市場に持ち込むという構造が崩れる可能性が高まっている。
■教育問題は個人が自分事として考えていくしかない
最後に、ビジネスパーソン・生活者は、リスキリングやマッチング、家庭教育の見直しが重要である。義務教育課程または幼小中高大といった人格を形成して稼ぐ力を獲得していくための教育については、日本の将来の国家戦略や、日本経済がどういう姿形のものを目指すのかを見据えながら、それを支えられるスキルセットを紐解いて学んでいく仕組みにしていく必要がある。
ただし、国の教育方針は根本的には変わらないため、子どもや一族の教育は個人が自分事として考えていくべき課題だ。
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大前 研一(おおまえ・けんいち)
ビジネス・ブレークスルー大学学長
1943年生まれ。
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(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一)
BBT大学学長の大前研一氏は「石破首相はトランプ氏、中国の習近平主席ともわたりあいながら、『失われた35年』からの脱却を図るしかない」という――。
※本稿は、大前研一『ゲームチェンジ トランプ2.0の世界と日本の戦い方』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■石破首相は、習近平やトランプと渡り合えるのか
図表1で、日米中の関係性と、想定される要求事項をまとめてみた。
トランプ氏のアメリカ大統領復帰により、米中対立は再び激化することが予想される。その中で石破首相が取るべき道は、単なる対米追従でも中国への傾斜でもなく、日本独自の戦略的自立性を確保したバランス外交である。
まず、安全保障面では、日米同盟の実効性を高め、尖閣諸島など対中抑止力を強化する必要がある。その一方で、経済・環境・感染症対策といった地球規模の課題については、中国との対話と協力の窓を閉ざすべきではない。
石破首相は、アメリカには原理原則に基づいた是々非々の姿勢を貫きつつ、中国には毅然としながらも敵視に走らない、臨機応変な対応が求められる。また、ASEAN諸国やインド、オーストラリア、EUとの連携を通じて、多国間協調の枠組みを強化し、日本が米中両国に対して発言力を持つ「信頼される中核国家」として存在感を高めることが重要である。
石破外交の真価は、米中いずれにも偏らず、国際秩序の安定に寄与する“中庸の道”を切り拓けるかにかかっている。
■今後4年間、世界はトランプ大統領に振り回される
あらためて今後予想されることについて確認しておこう。
トランプ氏は2025年1月20日に第47代アメリカ大統領に就任した。
彼は大統領に就任する前からウクライナの戦争を終わらせると豪語しており、ウクライナを切り捨ててロシアとの関係強化を図ろうとしている。そのためにはNATO(北大西洋条約機構)との対立も辞さない。
また、中国と組んで、日本や韓国、台湾を切り捨てる可能性もゼロではない。すべては中国とのディール次第だ。メキシコやカナダとの緊張関係にあり、北米は不安定になるだろう。中東では、イスラエルを正当化し、ヒズボラやハマスなどのイスラム組織はもちろん、イランとの直接対決も辞さない。ロシアにしても、中東にしても、トランプ氏が化石燃料推進派なので、歓迎するところだろう。
大統領就任100日間のハネムーン期間が4月29日に終わり、6月にG7サミットがカナダのカナナスキスで開催された。トランプ氏は中東情勢への対応のため、初日のみ参加して、帰国したが、ここまででトランプ氏の方向性が見えてきたと言える。
■イーロン・マスクとの決別は吉か凶か
大統領選でトランプ氏当選に多大な貢献をしたイーロン・マスク氏と、トランプ氏の蜜月関係は半年で終わり、両者は袂を分かつことになった。
私もそうだが、この2人の決別を予測していた識者は多かった。マスク氏の存在はトランプ氏にとって、獅子身中の虫であったのである。
仲違いして政権を去れば、マスク氏は何をするかわからないと言われていた。何しろ、マスク氏は今までつきあってきたすべての人々を敵に回している。彼とうまくやれる人などいないからである。
実際、政権から去った7月、マスク氏は新党「アメリカ党」を結成し、来年2026年の中間選挙を見据えて、第三極の形成を目指すと言い出した。これに対し、トランプ氏はマスク氏の国外追放をほのめかすなど、早くも両者の間で激しい応酬が繰り広げられている。
また、トランプ氏はディールメーカーなので、ウクライナ、中国、メキシコ、カナダ、イスラエルなどに対して、どのようなメッセージを発信していくのかによって、プラスの影響を受ける国とマイナスの影響を受ける国または市場が変わってくるだろう。
■日本は“失われた35年”からの脱却を目指せ
図表2は、日本の課題を「政府」「企業」「ビジネスパーソン・生活者」別にまとめたものだ。
まず政府は「失われた35年」からの脱却を目指すことである。そのためには、真の観光立国を目指すべきだ。富裕層も含めて海外から呼び込み、50兆円の産業をつくるのが一つ。そして、総額2000兆円にのぼる個人金融資産の活用だ。「失われた35年」からの脱却は、この2つしかない。
2024年のインバウンド客数は3600人万人以上であり、これが5000万人になれば、一人が100万円使ってくれるだけで50兆円の規模になる。GDPの10%がここで生み出されることは非常に大きなチャンスだ。
一方で、2000兆円を超える個人金融資産をどう運用に回していくか、そこから得た金融のキャピタルゲインをどのように国内経済が拡大再生産できる方向に持っていくか、が重要なポイントになる。当然、10年続けて効果のなかったアベクロの反省から、金利を大幅に上げて貯金が膨らんだ分を消費に向かわせる政策が重要となる。
次に企業は「サプライチェーンのシフト」と「AIシフト」の2つのシフトを進めなければならない。トランプ関税によるサプライチェーンの変化は、企業にとって重要な問題だ。「製造は中国で行う」「エネルギーは中東から買う」といったこれまでの前提がずいぶん変わってくるだろう。北米においても、カナダやメキシコでつくってアメリカ市場に持ち込むという構造が崩れる可能性が高まっている。
■教育問題は個人が自分事として考えていくしかない
最後に、ビジネスパーソン・生活者は、リスキリングやマッチング、家庭教育の見直しが重要である。義務教育課程または幼小中高大といった人格を形成して稼ぐ力を獲得していくための教育については、日本の将来の国家戦略や、日本経済がどういう姿形のものを目指すのかを見据えながら、それを支えられるスキルセットを紐解いて学んでいく仕組みにしていく必要がある。
ただし、国の教育方針は根本的には変わらないため、子どもや一族の教育は個人が自分事として考えていくべき課題だ。
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大前 研一(おおまえ・けんいち)
ビジネス・ブレークスルー大学学長
1943年生まれ。
早稲田大学理工学部卒業後、東京工業大学大学院原子核工学科で修士号取得、マサチューセッツ工科大学大学院原子力工学科で博士号取得。日立製作所へ入社(原子力開発部技師)後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社し日本支社長などを経て、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長を務める。近著に『世界の潮流2023~24』(プレジデント社)など著書多数。
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(ビジネス・ブレークスルー大学学長 大前 研一)
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