人生がしんどいとき、解消するにはどうしたらいいか。心療内科医の鈴木裕介さんは「僕のクリニックでは、相談に来た人のしんどさを軽減するのに役立つであろう作品や本を紹介する『コンテンツ処方』というものをやっている。
これまで一番多くの人におすすめしてきた、心のHPが回復するのはこの曲だ」という――。
※本稿は、鈴木裕介『「心のHPがゼロになりそう」なときに読む本』(三笠書房)の一部を再編集したものです。
■人生でありもしない絶対解にとらわれない
僕が生粋のゲーム好きですが、ゲームと現実の人生では、一つだけ大きく違う点があります。
それは、人生には用意された「正解の選択肢」が存在しないということです。
僕たちは得てして、人生の選択の場面において「間違いを選ばない」ことを一番大事だと思ってしまいがちです。
学校、就職、パートナー、ファッションに至るまで、そのすべてにおいて「より間違いのない選択」をすることが、正しい生き方であるかのように感じてしまいます。その考えの裏には、「選択肢の中に『最も正しい答え』があり、それを選び取らなければ、損してしまうのではないか」という価値観が存在します。
しかし、人生の選択に“絶対解”などありません。あるのは“納得解”だけです。
生きづらい人は、自分の選択に不安や後悔を抱えています。自分の決断に自信がないので、どこかで誰かに決めてもらおうと願ったり、多くの人が「正しい」と考えるであろう選択をしがちです。しかし、ありもしない絶対解にとらわれていると、いつまでたっても自分の選択に納得することができません。

自分の物語を生きている人とは、「自分の生き方に納得をしている人」だと思っています。それは、絶えず「正解」を選び続けている人のことではなく、苦悩や迷いがある中でも、その都度に現れる人生の選択を、自分自身でちゃんと納得して決めている人です。
それは決して簡単なことではないですが、良質な知識を得ることや、ある程度「あがく」ことで、納得感は深まっていくでしょう。
■「自分の選択に納得するのだ」と決意する
でも、納得のために一番必要なのは、「自分の選択に納得するのだ」という決意だと思います。
自分が決めたことの責任を引き受ける覚悟を持つ。それができれば、たとえその選択がつらい結果を招いたとしても、過去の自分を責めたり、他人のせいにしたりしなくて済みます。
自分が選ばなかった選択肢のことを悶々(もんもん)と引きずりながら過去を生きることよりも、「あの時の自分には、こうするしかなかったのだ」という事実を引き受けながら、その経験を学びに変えて今この時を粛々(しゅくしゅく)と生きていくことのほうが幾分ラクだと思います。自分で決めるのはしんどいけれど、結局そっちのほうがラクなのです。
そして、自己決定を積み重ねていくことは、勇気を生みます。どんなに絶望的な状況であっても、「これらは自分が決めてきたことだ」と思えることは、あなた自身を強くします。人生の主導権を放棄せずにいられるよう、背中をあたたかく押してくれることでしょう。
「自分で決めた」と思えることを、なるべく奪いも奪われもせずに、少しでも増やしていくこと。
それが、あなたの生き方への納得度を高め、「自分の物語」を生きることにつながっていくのだろうと確信しています。
僕がこの本でお伝えしたことが、あなた自身の人生の納得感を高めるヒントになってくれることを、強く願います。
■苦しみを軽くする“処方箋”としての「コンテンツ」
僕のクリニックでは、「コンテンツ処方」というものをやっています。これは、相談に来た人のしんどさを軽減するのに役立つであろう作品や本を紹介するものです。
よくわからない苦しみや生きづらさを持つ人に対して、例えばそれを紐解くような本や、似た苦痛・困難を描いた作品、癒しにつながる曲だったり、それを見たり聞いたりしたら少し気分がラクになるようなコンテンツをおすすめしています。
人は、何かの作品の中に自分を見つけた時に、自分の苦しみに輪郭をつけることができ、それだけで苦しみが軽減します。
また、何もしないとネガティブなことばかり考えてしまう心理状態の時に、ラジオや音楽など受動的に聞き流せるコンテンツは、ただ「空白を埋めて」くれます。一刻も早く過ぎ去ってほしい絶望的な気分の夜なんかには、そうしたコンテンツが救いになるものです。
これまで一番多くの人におすすめしてきたのは、フラワーカンパニーズの「深夜高速」という曲です。
僕が小学生の頃から聴いている伊集院光さんのラジオ番組でこの曲を知ったのですが、特定のアーティストを褒めることがあまりない伊集院さんが、この曲を知ってうっかり泣いてしまったというエピソードがとても好きなのです。
この曲の、お気に入りの歌詞をご紹介します。
生きててよかった 生きててよかった

生きててよかった そんな夜を探してる

生きててよかった 生きててよかった

生きててよかった そんな夜はどこだ
「生きづらさ」の渦中にいる時の、終わりが見えない霧の中を歩いているような感覚を見事に表現していると感じて、特別な思い入れを持っています。

原曲の素晴らしさもさることながら、トリビュートアルバム「生きててよかったの集い」に収録されている湯川潮音さんのバージョンもとてもいいので、ぜひお聴きいただければと思います。心のHPが回復しますよ。
■「カード」をめくり続ける
カードゲームの世界では、その1枚を引きさえすれば、すべての戦況をひっくり返すことができる「ジョーカー」が存在します。ビジネスや戦略論の世界では、「戦況を根本からひっくり返す要素」のことを「ゲームチェンジャー」と呼ぶそうです。でも、現実の世界でそんなミラクルなカードを引き当てることはなかなかありません。
僕自身も誰かにとっての「ジョーカー」や「ゲームチェンジャー」になりたいと願っていますが、いまだ失敗ばかりです。しかし、世の中にはその道に人生を懸けた専門家たちの知性の結晶のようなコンテンツがあります。もしかしたら、あなたにとっての「切り札となる1枚」が、どこかにあるかもしれない。
何か一つのきっかけで世界が変わりはじめることはあります。
まだめくっていない裏返しのままのカードが、あなたの世界にもまだたくさん眠っています。
疲れたら休んでもいいし、「ハズレ」ばかりだと嘆くことがあってもいい。
でも、「カードをめくること」を続けてさえいれば、いつか「生きててよかった」という夜を探し当てられる可能性はゼロではありません。

前に「人間関係はギャンブルだ」と言いました。ギャンブルとは、不確実なリスクに身を投じることでリターンを得るものであり、どうしても運や偶然に左右されます。
でも、確率論に左右されるのですから、一生「ハズレ」を引き続けるということも非現実的です。
そして、自分にとっての「当たり」が何かを掘り下げ、その当たりを引き当てるような学習や努力を積み重ねることで、「勝ち筋」を上げることもできるのです。
あまりに楽観的で無責任かもしれませんが、僕はそういうふうに思っています。

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鈴木 裕介(すずき・ゆうすけ)

内科医・心療内科医・産業医

2008年高知大学卒。内科医として高知県内の病院に勤務後、一般社団法人高知医療再生機構にて医療広報や若手医療職のメンタルヘルス支援などに従事。2015年よりハイズ株式会社に参画、コンサルタントとして経営視点から医療現場の環境改善に従事。2018年、「セーブポイント(安心の拠点)」をコンセプトとした秋葉原内科saveクリニックを高知時代の仲間と共に開業、院長に就任。著書に『我慢して生きるほど人生は長くない』(アスコム)などがある。

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(内科医・心療内科医・産業医 鈴木 裕介)
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