60代以降はどのように資産形成していくべきか。フィンウェル研究所所長の野尻哲史さんは「現行の新NISA制度では、出来上がった資産を売却して活用する際に注意点があることを知っておくべきだ」という――。
※本稿は、野尻哲史『100歳まで残す 資産「使い切り」実践法』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■意外な60代投資家の新NISA利用率
60代でも投資をしている人は多いといえます。
フィンウェル研究所の「60代6000人の声」アンケート(2025年)で回答した6461人のうち、「現在資産運用を行っている」と回答した人は2535人、39%でした。24年調査ではその比率は43%、23年調査では38%でしたので、60代都市生活者の約4割は投資をしていることがわかります。
投資をしている2535人を母数にして、新NISAの活用状況を分析すると、「以前からNISAを使っており、新NISAになっても使っている」と答えた方が51%、「新NISAで初めて使うようになった」人が13%となり、6割以上の60代投資家が新NISAを利用しています。
また「今後新NISAを開設するつもり」と答えた人も8%いて、投資家の7割以上が新NISAを使っている、または使おうとしているのです。
こうした投資家のみなさんに向けて、改めて60代向けの「新NISA活用の注意点」などを伝えておく必要があると感じ、私の考えをまとめたいと思います。
■新NISAの使い勝手の悪さとは
新NISAが資産形成期から資産活用期への移行で課題を秘めている点がありますので、ここでその課題を整理して、その中でわれわれは何ができるのかを考えてみたいと思います。
現役時代に資産形成を行い、出来上がった資産のリスクを軽減するため、退職した後にそれを売却するなどしてリバランスしようとすると、新NISAには使い勝手の悪い部分があります。
現役時代に、新NISAで1800万円(上限)の投資元本を使って資産形成し、65歳時点の残高は利益も合わせて3000万円に達しているとします。
退職後の資産の取り崩しに備えてリスクを軽減するために、この資産を一度売却するとします。
しかし、新NISAの仕組みでは、3000万円を売却してしまえば、その年には非課税で買い戻すことができず、翌年度まで待つことになります。
■売却から買い替えのムダをどうするか
ただ年間の非課税投資上限額は360万円ですから、売却した3000万円すべてを翌年だけでは買い戻せません。どんなに頑張っても買い戻しに5年かかることになります。となると、その間、3000万円の資産をどうするのかを決めておく必要があります。
「その3000万円のうちの360万円は翌年、新NISAのなかでローリスク・ローリターンの投資信託の購入に充て、残り2640万円を課税口座で同じローリスク・ローリターンの投資信託を購入する」というのが、ひとつの方法になります。
この方法では2年目になれば、課税口座の2640万円のなかから360万円分を売却して、新NISAで同じものを買い戻すということをします。
これを5年続けるわけですから、なんだかこれは良い方法だとは思えませんね。機動的にリスク調整しているとはいえませんし、ムダな売買をしているように感じます。
■宙に浮く240万円
であれば、リバランスのために全額売却しないで、翌年の360万円分だけ各年末に売却する方法の方が良いはずです。
ただ、ちょっと注意するポイントがあります。
翌年360万円を買い戻すためには、“元本で360万円分”すなわち、この場合だと利益も含めて600万円を売却する必要があります。
そこでこの金額を生活費として費消するか、預金として残高に加えるか、または課税口座での投資資金にすることになります。
最終的に、5年間かけても新NISA内で作り上げてきた運用資産3000万円のリバランスは、新NISAのなかでは1800万円分しかできないことになります。この場合、残りの1200万円分は「引き出した資産」だと割り切るのがいいと思います。
このようにリスク軽減したくても、その資産を新NISAのなかだけでできない点に注意が必要です。
本来なら、この資産から4%で引き出すなら、初年度は年間120万円だけで十分となります。そのためリスク軽減のためには、全額低リスク運用に乗り換えたうえで必要金額を引き出せるようにするべきでしょう。
■スイッチング可能なら問題は解決
これを改善するために退職層向けに新NISA制度を変更して欲しいところです。
現役世代にとっては生涯非課税投資額が投資元本ベースで、しかも1800万円と高額で決まっていることは、運用によって資産額が増えてもほとんど問題にならないでしょう。しかし、退職世代が資産の取り崩しを想定してリスクを軽減させようとすると、ここで説明したように投資元本ベースの生涯非課税上限は柔軟性に欠けます。
そこで、新NISA内の時価総額をベースにスイッチングが認められるようになれば、この問題は一気に解決します。
保有する資産が大きくなることへの対応だけでなく、信託報酬の安い投資信託や新しい投資対象・投資手法の投資信託などが登場し、そちらに乗り換えることまで考えると一段とスイッチングへの要望が高まることになるでしょう。
新NISA内でスイッチングができないのは、回転売買を抑制することが背景にあったと理解しています。
しかし既に新NISAにおける販売手数料はどんどんゼロに近づいており、販売会社に回転売買のインセンティブはほとんどないと思います。
差し当たり1800万円の上限に達するのは、早い人でも5年後になります。
まだ時間的な猶予はありますが、できるだけ早い段階で新NISA内でのスイッチングが認められるようになるべきだと思います。
■新NISA改善機運の高まりは歓迎
ちなみに、25年4月になって突然、「高齢者の資産取り崩しニーズに応えるべく、新NISAをもう一段改善すべき」との議論が盛り上がりました。メディアでは、高齢者用の“プラチナNISAの創設”とか、“そこに毎月分配型投信も認める”、“ジュニアNISAも復活させる”といった印象に残る言葉や表現が踊りました。
ひとつひとつは必ずしも評価できない点があるものの、私は本質的に新NISAを全世代でもっと使いやすくする“全世代型化”することは有効だと考えています。
制度がどんな型になるのか現時点では不明ですが、高齢者の資産取り崩しに目が向いてきたことは望ましいことだと言えるでしょう。
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野尻 哲史(のじり・さとし)
フィンウェル研究所代表
1959年生まれ。一橋大学商学部卒業。82年山一証券経済研究所、同ニューヨーク事務所駐在、98年メリルリンチ証券東京支店調査部、同調査部副部長、2006年フィデリティ投信入社、07年フィデリティ退職・投資教育研究所所長。19年5月、定年を機にフィンウェル研究所を設立し、資産形成を終えた世代向けに資産の取り崩し、地方都市移住、勤労の継続などに特化した啓発活動をスタート。
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(フィンウェル研究所代表 野尻 哲史)
※本稿は、野尻哲史『100歳まで残す 資産「使い切り」実践法』(日本経済新聞出版)の一部を再編集したものです。
■意外な60代投資家の新NISA利用率
60代でも投資をしている人は多いといえます。
フィンウェル研究所の「60代6000人の声」アンケート(2025年)で回答した6461人のうち、「現在資産運用を行っている」と回答した人は2535人、39%でした。24年調査ではその比率は43%、23年調査では38%でしたので、60代都市生活者の約4割は投資をしていることがわかります。
投資をしている2535人を母数にして、新NISAの活用状況を分析すると、「以前からNISAを使っており、新NISAになっても使っている」と答えた方が51%、「新NISAで初めて使うようになった」人が13%となり、6割以上の60代投資家が新NISAを利用しています。
また「今後新NISAを開設するつもり」と答えた人も8%いて、投資家の7割以上が新NISAを使っている、または使おうとしているのです。
こうした投資家のみなさんに向けて、改めて60代向けの「新NISA活用の注意点」などを伝えておく必要があると感じ、私の考えをまとめたいと思います。
■新NISAの使い勝手の悪さとは
新NISAが資産形成期から資産活用期への移行で課題を秘めている点がありますので、ここでその課題を整理して、その中でわれわれは何ができるのかを考えてみたいと思います。
現役時代に資産形成を行い、出来上がった資産のリスクを軽減するため、退職した後にそれを売却するなどしてリバランスしようとすると、新NISAには使い勝手の悪い部分があります。
現役時代に、新NISAで1800万円(上限)の投資元本を使って資産形成し、65歳時点の残高は利益も合わせて3000万円に達しているとします。
退職後の資産の取り崩しに備えてリスクを軽減するために、この資産を一度売却するとします。
しかし、新NISAの仕組みでは、3000万円を売却してしまえば、その年には非課税で買い戻すことができず、翌年度まで待つことになります。
買い戻せるのは翌年の1月以降ですから、売買タイミングにかなりのズレが発生します。それを避けるためには、売却を年末にするなどして、タイミングのズレを極力少なくすることが大切になります。
■売却から買い替えのムダをどうするか
ただ年間の非課税投資上限額は360万円ですから、売却した3000万円すべてを翌年だけでは買い戻せません。どんなに頑張っても買い戻しに5年かかることになります。となると、その間、3000万円の資産をどうするのかを決めておく必要があります。
「その3000万円のうちの360万円は翌年、新NISAのなかでローリスク・ローリターンの投資信託の購入に充て、残り2640万円を課税口座で同じローリスク・ローリターンの投資信託を購入する」というのが、ひとつの方法になります。
この方法では2年目になれば、課税口座の2640万円のなかから360万円分を売却して、新NISAで同じものを買い戻すということをします。
これを5年続けるわけですから、なんだかこれは良い方法だとは思えませんね。機動的にリスク調整しているとはいえませんし、ムダな売買をしているように感じます。
■宙に浮く240万円
であれば、リバランスのために全額売却しないで、翌年の360万円分だけ各年末に売却する方法の方が良いはずです。
ただ、ちょっと注意するポイントがあります。
翌年360万円を買い戻すためには、“元本で360万円分”すなわち、この場合だと利益も含めて600万円を売却する必要があります。
毎年600万円を売却して、翌年に360万円を新NISAで再投資ができますが、240万円が残ることになります。
そこでこの金額を生活費として費消するか、預金として残高に加えるか、または課税口座での投資資金にすることになります。
最終的に、5年間かけても新NISA内で作り上げてきた運用資産3000万円のリバランスは、新NISAのなかでは1800万円分しかできないことになります。この場合、残りの1200万円分は「引き出した資産」だと割り切るのがいいと思います。
このようにリスク軽減したくても、その資産を新NISAのなかだけでできない点に注意が必要です。
本来なら、この資産から4%で引き出すなら、初年度は年間120万円だけで十分となります。そのためリスク軽減のためには、全額低リスク運用に乗り換えたうえで必要金額を引き出せるようにするべきでしょう。
■スイッチング可能なら問題は解決
これを改善するために退職層向けに新NISA制度を変更して欲しいところです。
現役世代にとっては生涯非課税投資額が投資元本ベースで、しかも1800万円と高額で決まっていることは、運用によって資産額が増えてもほとんど問題にならないでしょう。しかし、退職世代が資産の取り崩しを想定してリスクを軽減させようとすると、ここで説明したように投資元本ベースの生涯非課税上限は柔軟性に欠けます。
そこで、新NISA内の時価総額をベースにスイッチングが認められるようになれば、この問題は一気に解決します。
保有する資産が大きくなることへの対応だけでなく、信託報酬の安い投資信託や新しい投資対象・投資手法の投資信託などが登場し、そちらに乗り換えることまで考えると一段とスイッチングへの要望が高まることになるでしょう。
新NISA内でスイッチングができないのは、回転売買を抑制することが背景にあったと理解しています。
しかし既に新NISAにおける販売手数料はどんどんゼロに近づいており、販売会社に回転売買のインセンティブはほとんどないと思います。
差し当たり1800万円の上限に達するのは、早い人でも5年後になります。
まだ時間的な猶予はありますが、できるだけ早い段階で新NISA内でのスイッチングが認められるようになるべきだと思います。
■新NISA改善機運の高まりは歓迎
ちなみに、25年4月になって突然、「高齢者の資産取り崩しニーズに応えるべく、新NISAをもう一段改善すべき」との議論が盛り上がりました。メディアでは、高齢者用の“プラチナNISAの創設”とか、“そこに毎月分配型投信も認める”、“ジュニアNISAも復活させる”といった印象に残る言葉や表現が踊りました。
ひとつひとつは必ずしも評価できない点があるものの、私は本質的に新NISAを全世代でもっと使いやすくする“全世代型化”することは有効だと考えています。
制度がどんな型になるのか現時点では不明ですが、高齢者の資産取り崩しに目が向いてきたことは望ましいことだと言えるでしょう。
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野尻 哲史(のじり・さとし)
フィンウェル研究所代表
1959年生まれ。一橋大学商学部卒業。82年山一証券経済研究所、同ニューヨーク事務所駐在、98年メリルリンチ証券東京支店調査部、同調査部副部長、2006年フィデリティ投信入社、07年フィデリティ退職・投資教育研究所所長。19年5月、定年を機にフィンウェル研究所を設立し、資産形成を終えた世代向けに資産の取り崩し、地方都市移住、勤労の継続などに特化した啓発活動をスタート。
18年9月より金融審議会市場ワーキング・グループ委員、22年9月より同審議会顧客本位タスクフォース委員、23年10月より同審議会資産運用タスクフォース委員。
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(フィンウェル研究所代表 野尻 哲史)
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