時に失笑をもって読まれるマンションの大仰な広告コピー。そのコピーを収集する大山顕さんは「マンションポエムでは格調高さを狙って『住む』に『澄む』という字を当てたりするが、子供のキラキラネームと同じような違和感を抱かせる」という――。

※本稿は、大山顕『マンションポエム東京論』(本の雑誌社)の一部を再編集したものです。
■「刻」と書いて「とき」と読む独特の言い回し
マンションポエムには独特の言い回しがある。「刻(とき)止まる瞬感」(「サンコリーヌタワー横須賀中央駅前」ナベショー/ヤマザキ・2015年築)のように、「刻」と書いて「とき」と読ませるのはそのひとつ。
「刻(とき)を超えて輝くもの。」(「ディアナコート櫻町雅壇」モリモト・2005年築)

「雅景の邸、芳潤の刻(とき)。」(「ディアナコート櫻町雅壇」モリモト・2005年築)

「不変の刻を標す丘。」(「オープンレジデンシア代沢2丁目」オープンハウス・ディベロップメント・2019年築)

「都心の刻、悠久の刻、上質の刻。」(「シティハウス芳野白壁」住友不動産・2015年築)

「TOKI――刻の奏――刻を奏でる駅徒歩4分の私邸」(「デュオヒルズ東川口」フージャースコーポレーション・2017年築)
■「住む」の当て字が多すぎるマンションポエム
など、マンションポエムは「刻」だらけである。これはマンション広告以外でもよく見かけるが、常用漢字表にない読み方(表外音訓)だ。「刻(とき)止まる瞬感」の「瞬感」はもちろん完全な当て字。ぱっと見「刻止まる」が「咳止まる」に見えてしょうがない。のど飴の広告にありそうだ。「咳止まる瞬感」。薬機法違反かもしれないが。
「住む」ではなく「棲む」と表記するものも多い。
「TOKYOの『最前席』に棲む。」(「品川Vタワー」三菱商事/東京建物/近鉄不動産/トータルハウジング/勧業日土地販売・2003年築)

「知るほどに、その価値を識る。
六本木7丁目、棲むべき理由。」(「マジェスタワー六本木」東急不動産・2006年築)

「作品に棲む。」(「グランドメゾン山芦屋」積水ハウス・2017年築)

「千里本流、駅前に棲まう」(「シティテラス千里桃山台」住友不動産・2018年築)
「すむ」のバリエーションは多く、「澄む」もある。この語もマンションポエムを代表する語だ。
「新宿に、澄む。」(「It's東京フォーサイトスクエア」日商岩井/日商岩井不動産/トータルハウジング・2001年築)

「緑苑に、澄む。」(「クリオ駒沢公園」明和地所・2016年築)

「音無の杜に澄む。」(「プラウド王子本町」野村不動産・2013年築)

「静と光に澄む。」(「パークホームズ大船リファージュ」三井不動産レジデンシャル・2012年築)
「TOKYOの『美知なる森』に清む。」(「リビオシティ文京小石川」日鉄興和不動産/東京建物/中央日本土地建物/住友商事・2024年販売開始)のように「清む」の例もある。
■格調高さを狙っているが、ヤンキーっぽい
とはいえこれらは「住む」のポエム的当て字ではないかもしれない。「新宿に、澄む。」は「(マンションが)新宿で澄み渡っている」の可能性もある。いったいどちらと解釈すれば良いのか。「住むことは、澄むこと。」(「パークコート虎ノ門」三井不動産レジデンシャル・2022年築)という判定の難しい「澄む」もある。まあ、どちらにせよポエムだが。余談だが、「純住宅」と謳うこのポエムは、昨今、高級マンションが投機の対象になってしまっていることへの牽制だと思いたい。
「とき」に「刻」を当てたり、「すむ」に「棲む」「澄む」、ほかにもよくあるのが「いえ」に「邸」。当て字はマンションポエムがついやってしまうクセのようなもので、中には桜上水の物件が「桜上粋。」(「アルス桜上水」東急不動産・2006年築)と謳ってしまった例もある。さきの「『美知なる森』に清む。」は当て字の2連発だ。

こういう当て字はへたをするとふざけているように見えてしまう。前出ポエムの「識る」のような、わざわざ画数の多い漢字を当て字に選ぶあたりは1980年代の暴走族の落書きを彷彿とさせる。マンションポエムは格調高く見せようとしているはずで、おどけていると思われては逆効果だ。さきの「瞬感」はぎりぎりだ。「都心の『隠れ我』」(「D'グランセ駒沢公園」大和ハウス工業・2004年築)や「響感 私の美意識が、yesと言った。」(「リビオ奥沢自由通り」新日鉄都市開発・2005年築)、「御池通、彩前席。」(「プレミスト京都 御池通」大和ハウス工業・2017年築)もだいぶきわどい。
■「もう、マンションとは呼べない領域へ」の謎
「あなたへ真に価値あるものを。都市の芯に価値あるものを。」(「クレストプライムタワー芝」ゴールドクレスト・2007年築)や「進化する街に、真価の邸を。」(「シティテラス草加松原」住友不動産・2016年築)などは、良く言えばライム(韻を踏む)、悪く言えば駄洒落だ。
「凛区。」(「プラウド新浦安」野村不動産・2008年築)というポエムもある。「リンク」とかけているのだろう。「もう、マンションとは呼べない領域へ」と続く。マンションじゃないなら何だというのか。ちなみにこの物件の広告には渡辺謙がフィーチャーされている。
2000年代後半の一時期、タレントを使うマンション広告が異常に増えた時期があって、その頃のものだ。
■子供のキラキラネームと同時期に当て字が流行
「瞬輝(とき)を語る陽風(はるかぜ)の丘」(「プレミアムヒルズ戸塚」ツーワン・2015年築)を代表とするこういった類のやや強引な当て字ポエムは、独特な読みと漢字を使った子供の名付けを彷彿とさせる。いわゆる「キラキラネーム」だ。実際「刻芽(ときめ)」や「琉我(りゅうが)」、「響彩(おとあ)」といった名前には、マンションポエムで頻出する文字が見られる。一説によればキラキラネームが付けられた子供が多かったのは2000年代前半から2010年代前半までの間といわれ、興味深いことにこれはちょうどマンションポエムが盛んな時期と一致する。
とはいえ、本来の意味から離れて音だけで漢字を当てる文化は昔からあり、何を持ってキラキラネームと呼びうるのかも定まってはいない。
■ポエム的効果を狙っていないコピーもある
同様に、「マンションポエム」の定義もあいまいだ。その対象は主に物件広告ウェブサイトのトップページおよびコンセプトページ(ほとんどのウェブサイトに設けられている)に比較的大きな文字で記されているコピーだが、その全てがポエムというわけではない。ぼくの主観によって「これはポエムだな」と判断したものをとりあげている。
たとえば「奥ゆかしさを愛し、躍動を忘れない、選ばれし52家族へ贈る、ツインレジデンス。」(「プレサンス ロジェ 緑地公園」プレサンスコーポレーション・2018年築)はまさにポエムだと感じるが、「さあ、住まいは『暮らし心地』で選ぶ時代へ。」(「パークホームズ赤羽西」三井不動産レジデンシャル・2016年築)はポエムとは言いがたいとぼくは思う。長年マンション広告を見てきたせいで、ぼくが「ポエムずれ」している可能性もあるが。
さきほど「マンションポエムが盛んな時期」と言ったが、これもぼくの印象だ。
また「『刻』と書いて『とき』」も、マンションポエムの特徴というよりは、こういう当て字がなされているものを、ぼくがマンションポエムであると判断している、といったほうが正確だ。
■末尾につけられる「。」には何の意味が?
さきの「凛区。」がそうだが、文章ではない語の末尾につけられる「。」も、ぼくが「これはマンションポエムだ」と判断する材料のひとつである。
「流儀。」(「クラッシィハウス広尾フィオリーレ」住友商事・2003年築)

「精緻。」「余韻。」(「ディアナコート櫻町雅壇」モリモト・2005年築)

「二重奏。」(「東急ドエル アルス白金長者丸」東急不動産・1998年築)

「静穏の格。泰然たる美。重厚なる格。」(「シティハウス神宮北参道」住友不動産・2016年築)

「どこよりも。」(「代官山アドレス」鹿島建設/大成建設・2000年築)
などといったように。ただし、これはマンション広告だけに見られるものではなく、以前からキャッチコピー含めさまざまな語句に「。」が付けられていた。名称に句点がついた最も有名な事例はアイドルグループ「モーニング娘。」だろう。
実は日本語における句点の規則的な使用は、それほど長い歴史を持っていない。新聞紙面で、現在のように全ての文章の最後にマルが付くようになったのは戦後だという。一方で、いまでもマンガのフキダシ内の文章には句点が付かないという例もある。その歴史の浅さと例外のバリエーションを思えば、今後、あらゆる見出しやキャッチコピーに句点が付くようになっても不思議ではない。もしかしたら三井不動産あたりは会社名が「三井不動産レジデンシャル。」になり、ブランド名表記は「パークタワー。」になるかもしれない。

■1997年がひとつの分岐点だったのか
ぼくの観測では、マンションポエムが目立つようになるのは、1997年の規制緩和以降である。いわゆる都心回帰が本格的になってきたころだ。これを象徴するのが翌1998年築の武蔵浦和駅直結の物件のマンションポエム「人、都市へ還る。」(「ラムザタワー」リクルートコスモス/JR東日本)である。
興味深いことにこの1997年は「モーニング娘。」と最後に句点を付ける表記がこのグループの正式な名称になった年でもある。この年に建築基準法の大改正が行われ、日照権や容積率などの規制が大幅に緩和され、都心部や駅周辺の人口密集地区にタワーマンションの建設が可能となった。
とはいえ、この年から急にマンション広告に「。」が付くわけではない。たとえばこれ以前の1992年に竣工した「西ヶ原ペアシティ」(東高ハウス)は「実感・主義。」と謳い、1994年築の「立川昭和記念公園パーク・ホームズ」(三井不動産/旭化成工業)にも「会話生活。」というものがある。
これら、当て字や句点の使われ方の推移からわかるのは、マンションポエムは、それまでも使われてきたクセのある表記の集大成ということだ。

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大山 顕(おおやま・けん)

写真家、ライター

1972年生まれ。千葉大学工学部卒業後、松下電器株式会社(現Panasonic)に入社。シンクタンク部門に10年間勤めた後、写真家として独立。出版、イベント主催なども行っている。
著書に『工場萌え』(石井哲との共著、2007年)、『団地の見究』(2008年)、『ショッピングモールから考える』(東浩紀との共著、2016年)、『立体交差』(2019年)などがある。

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(写真家、ライター 大山 顕)
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