不動産価格が上がり続ける街はどのようにして探せばいいのか。不動産事業プロデューサーの牧野知弘さんは「社会増と社会減から計算できる『代謝率』を見れば、その自治体が近い将来どうなるかが一目でわかる」という――。

※本稿は、牧野知弘『不動産の教室』(大和書房)の一部を再編集したものです。
■「人の出入りが多い街」は不動産価格が上がる
不動産を長らく取り扱ってきて感じるのが、「たくさんの人が出入りする街の不動産は価格が上がる」というものです。
ともすると、たくさんの人が集まってくる街が成長する街、地価が上がる街と考えがちです。
なるほどかつてのニュータウンがそうでした。ニュータウンができると短期間に住民が増えていきます。新住民は活発に街に出て買い物をする、遊びに出る、周囲からみて憧れの街になる、そうした構図でした。
しかし、同じ時期に同じような年齢、同じような家族構成の世帯で形成された街は、その後は人の出入りがなくなります。
やがて街中の公園で遊んでいた子供たちは中学受験のために塾に通い、大学を卒業して街から出ます。社会人となり家族を持ってもニュータウンには戻ってきません。住民の高齢化が進行し、やがて公園で遊ぶ子の姿は見かけなくなり、街はひっそりと眠ったような街になります。
■人が動けば不動産が動き、経済が回る
いっぽうで常に人が「出入り」する街はどうでしょうか。人が出ていくと賃貸アパートが空きます。
家が売却に出されます。そこに人が流入してくると家を買ったり、アパートを借りたりします。不動産が動くことになります。
街に常に新しい人がやってくるということは、不動産が動くだけでなく街の経済が活発になります。新しく街にやってきた人は、家具や車、生活用品などを買いそろえます。街中にどんな商品やサービスがあるか探検に出かけます。
新しいトレンドが常に流入する街では、飲食店などが進出してきます。流行の品を扱う雑貨店がオープンします。常に不動産が動くのです。
新住民が常に存在することは、住民の発想も多様化し、交流を通じて独自の文化を発信できるようになります。
私はこうした状況を「街の新陳代謝」と呼んでいます。
人間の体で言い換えるなら、街は骨格であり肉体です。
そして人の流出入はいわば内蔵、血液のようなものです。常に新しい血液が入り、内臓を活性化させる。骨格や肉体が多少衰えても、血液や内臓で常に新陳代謝が行われていれば、街の健康状態が保たれるのです。
ニュータウンのオールド化はまさに、流れる血液が沈殿し、内臓の機能が衰え、肉体がしぼみ、骨格がむしばまれる、まさに老人の姿なのです。
■その街の移動者数から「代謝率」を計算する
では、どの程度、人の入れ替わり=新陳代謝が生じていれば、常に街は活性化し、地域価値を含めた意味での地価が上昇するのでしょうか。
各自治体で発表される人口動態を克明に調べてみると、その実態がわかってきます。各自治体のホームページ上では各年の人口およびその推移を知ることができます。
大きくは出生者数と死亡者数、および転入者数と転出者数です。前者を人口の自然増減と呼び、後者を人口の社会増減と呼びます。
まずほとんどの自治体では人口の自然増減についてはマイナスの状況になっていることがわかります。人口が増加中の東京都ですら、自然減の状況です。
そして不動産の動きに敏感なのが社会増減です。
街に何人の人が転入し、何人の人が転出したかを見て、転入増か転入減かをみていくのです。
どうしても転入減の状況が深刻な街にばかり目が行きがちになりますが、私の会社では、そこだけに目をつけるのではなく、転入者数と転出者数を合計したものを移動者数とし、年初の人口を分母に、その年の移動者数を分子にした割合を「代謝率」として各自治体のデータを分析しています。
■川崎市は年間15万5000人が移動する
この分析によれば、代謝率が高い街ほど地価上昇が顕著になっていることがわかります。おおむね代謝率が10%を超える街は不動産が活発に動く結果、地価が上昇傾向にあることが明確に証明できるのです。
もちろん、人口の1割以上が一方的に転出していく街は代謝が進んでいるのではなく、人口急減の事態に陥っていることになります(実際にそんなにひどい状況の自治体はありません)が、都市部においてこの分析はかなり街の実態と今後の成長を読み取るには良いツールであると感じています。
例えば新陳代謝が活発な自治体の代表的存在なのが神奈川県川崎市です。
川崎市の人口は約155万人です。市の年間の転入者は約8万人、転出者は7万5000人で、年間約5000人の転入増です。移動者数は約15万5000人。ちょうど代謝率は10%になります。川崎市の公示地価は令和7年の住宅地で対前年比4.4%、商業地で同8.5%の高い伸びを示しているのも、こうした人の新陳代謝が活発に行われていることが背景にあるのです。
■年寄りだけが残る街の代謝率
人の新陳代謝が弱まると街は急激に衰退していきます。

たとえば埼玉県は首都圏にあって、東京に通勤する人が多数居住することで発展してきました。
しかし、高齢化がすすみ、都心居住が常態化することで、県奥を中心として代謝が鈍化しているさまがわかります。
さいたま市の大宮区や浦和区では代謝率がそれぞれ14.6%、12.9%で、活発に出入りが行われている一方で、秩父市は4.9%、飯能市7.2%、深谷市7.0%など代謝が弱くなっています。埼玉県では有数のニュータウンがある鳩山町は5.3%、小川町は6.1%。子供たちが出て行った街には年寄りだけが残っているさまがみてとれます。
同様に千葉県では睦沢町の4.6%を筆頭に、市部であっても君津市7.2%、富津市6.9%など代謝率が落ち込んでいます。
神奈川県も山北町5.6%のほか、三浦市6.1%、大磯町7.0%、真鶴町7.1%などかつての観光地の低迷が目立ちます。東京都内とて、檜原村6.7%、あきる野市6.9%など山間部の代謝率が落ちています。
このように首都圏の事例でみても、かつてスプロール化によって広がった住宅地が逆回転をはじめ、人の出入りがなくなった街から衰退化が始まっています。
■代謝の落ちた町は不動産取引も減少する
そしてこうした街でこれから起こるのが廃墟化への道です。
既に地方の多くの街で、住民は高齢者だけとなり、街での生産活動がなくなり、日用品の購入にすら窮する街が増えています。いわゆる買い物難民です。

こうした話は地方の話にとどまらず、今後首都圏や関西圏と言った大都市圏でも普通にみられる現象になります。
最近、地方都市では熊や鹿などの野生動物が町内を跋扈する姿が報道されます。人が出入りしないということは、その隙間を縫って野生動物たちが進出してくるのです。多勢に無勢、やがて人が住めなくなる街が数多く出現することが予測されます。
代謝の落ちた街の不動産は売買も賃貸借も取引件数が減少します。
不動産が動かないところでは、街としての価値を維持できないのです。大都市圏の街の中には、衰退する街に外国人が住みつき、日本人が足を踏み入れることができない街も現れてくるでしょう。
■東京23区であっても油断できない
東京都区部は常に多くの人々がやってくる巨大都市。
それでは都区部はどの街でも活発に新陳代謝が生じているのでしょうか。
2023年における各区の年初人口およびその年中の移動者数をもとに区別の代謝率と2024年における公示地価ベースでの地価上昇率の関係をグラフにしてみましょう(図表1)。実は代謝率と地価上昇率は見事にリニアの関係にあることがわかります。
千代田区は21.4%と代謝率では都区部トップです。
以下新宿区20.8%、豊島区19.6%、台東区19.4%、渋谷区18.1%が続きます。
特にインバウンド需要が多い街が代謝も高く、地価も6.8%から8.8%と高い上昇率を示しているさまがみてとれます。
いっぽうで代謝が低く、地価上昇率も低いエリアとして登場するのが葛飾区、足立区、江戸川区の下町三兄弟です。このエリアでも代謝率は10%から11%と都区部の中では低く、地価上昇率も4.8%から4.9%にとどまっています。
意外なのが、世田谷区、練馬区という都内では古くから住宅地を抱えるエリアです。代謝率が11%から12%、地価上昇率は下町三兄弟より低い4.1%から4.3%です。
世田谷区といえば富裕層も多く、代謝も活発で成長している憧れの区という印象が強いかもしれませんが、区内の高齢者は増え続けており、空き家数では都区内では5万戸と最も多くなっているのが現状です。
■2030年の都区部不動産の未来は…
また、やはり古くからの住宅街を多く抱える杉並区、板橋区、江東区、大田区といったエリアも代謝率は13%から14%、地価上昇率も5.5%から5.8%にとどまっています。住民の高齢化が進み、新しいマンションや戸建て住宅が建設されるエリアも少ないなどの影響もあり、地価の上昇率も低い傾向にあります。
このように同じ都区部にあっても人の新陳代謝がすすむ街と、人が滞留して動きが少なく、不動産も動かなくなっている街とに分かれる傾向が強まっています。
私はこうした現象を街間格差と呼んでいます。
特に今後は都区部であっても、その街に住む魅力がなければ、街としての成長を見失う区が出てきてもおかしくありません。
というのも今後世田谷区や大田区、練馬区といったところで大量に発生する相続です。戦後、東京にやってきた多くの人たちが居を構えたのがこうしたエリアでした。戦後80年が経過する中で、相続数は増え続けています。
相続した家を多くの相続人が売る、貸すなどの行為に出ると、街の持つ魅力によって人気に差がついてくることが予想されます。
東京都区部といえども街間格差に晒されることになるのが、2030年あたりを起点とする都区部不動産の未来なのです。

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牧野 知弘(まきの・ともひろ)

不動産事業プロデューサー

東京大学経済学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て、三井不動産に勤務。その後、J-REIT(不動産投資信託)執行役員、運用会社代表取締役を経て独立。現在は、オラガ総研代表取締役としてホテルなどの不動産事業プロデュースを展開している。著書に『不動産の未来』(朝日新書)、『負動産地獄』(文春新書)、『家が買えない』(ハヤカワ新書)、『2030年の東京』(河合雅司氏との共著)『空き家問題』『なぜマンションは高騰しているのか』(いずれも祥伝社新書)など。

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(不動産事業プロデューサー 牧野 知弘)
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