生活者と“共に学ぶ”空間をつくっているスーパーが兵庫にある。流通科学大学教授の白鳥和生さんは「兵庫県に9店ほど展開するヤマダストアーの店頭には、なぜミツバチが減っているのかといった社会課題が手書きPOPで掲示されている。
信頼とサステナビリティを軸にした小売業の未来が映る」という――。
搾乳日を明記した低温殺菌牛乳や、手間を惜しまず丁寧に作られた冷凍食品――そんな「手間」と「非効率」にこそ価値を見出すスーパーがある。兵庫県で9店舗を展開する地方スーパーのヤマダストアーだ。野菜売場では、地元農家の朝採れ野菜が並び、「誰がどう育てたか」が丁寧に掲示される。
■生産者の想いが伝わる商品を売る
物価高と節約志向が消費者心理を覆うなか、ヤマダストアーが異彩を放っている。とくに「搾乳日まで明記された低温殺菌牛乳」は、安心・安全への徹底したこだわりを象徴する商品だ。冷蔵ケースに陳列されたその牛乳には、兵庫県内の酪農家から直接仕入れたもので、「○月○日朝搾乳・同日殺菌」といった詳細な情報が印字されている。消費者に「本当の鮮度とは何か」を問いかけ、生産者と販売者の顔が見えることで、生活者との距離がぐっと縮まる。
この牛乳は、但馬の小規模酪農家との協業により実現した取り組みで、店内には「生産者の想い」や「飼育環境」まで丁寧に紹介するコーナーも設けられている。毎朝納品される牛乳の数は多くないが、その希少性も含めて「選ばれる理由」となっている。ヤマダストアーの“顔が見える商品”の象徴であり、来店動機にもなっているという。
丁寧な製法で仕上げた高品質な商品が多く揃い、規模の経済や効率化とは真逆の、手間ひまかけた“非効率”な品ぞろえが支持を集めている。
サステナブルな食材選定、地域生産者との信頼構築、ワインの試飲機まで揃えたイートイン空間など、大手流通とは一線を画す「信頼資本」重視の戦略が徹底されている。
たとえば、ある地元の草の根生産者は、手間がかかるために市場では評価されにくい在来種の野菜を育てている。ヤマダストアーではそうした野菜に「伝統の味」「固定種ならではの風味」などのPOPを添え、栽培背景もあわせて紹介する。たとえば丹波地域の黒枝豆などがその好例で、高齢の農家が「こんなに丁寧に紹介してくれてうれしい」とPOPの前でつぶやいていた。こうした発信が、作り手の想いを丁寧に伝え、生活者の“選ぶ力”を引き出しているのだ。
■「なぜミツバチが減っているのか」というPOPの意味
実際に店舗を訪れて驚かされるのは、野菜売場の美しさと品ぞろえの力強さだ。産地直送の新鮮な旬野菜が、手書きPOPとともに並び、その一つひとつにストーリーが宿る。店頭には「農薬の使用状況」「ミツバチが減っている背景」など、一般のスーパーでは見過ごされがちな社会課題も掲示され、生活者に思考を促す仕掛けが随所に施されている。買い物とは、単なる消費行動ではなく、社会や未来への意思表示でもある――そう語りかけてくるような売場構成だ。
とりわけ、野菜売場で目を引いたのが、「この野菜から何をつくろうか」と呼びかける提案型POPの数々である。一般的なスーパーが“完成された商品”を並べるのに対し、ヤマダストアーは素材そのものに向き合わせ、「調理という創造的行為」に買い手を誘う。レシピのヒント、栄養的な効能、食材の背景――そうした情報を通じて、売場全体が“学びの空間”となっている。

■一物全体(Whole Food)という哲学を売る
六甲アイランド店の正面入口を入ってすぐ、白い壁に掲げられた「COMMITMENT TO HEALTHY LIFE」の文字が目に飛び込んでくる。その下には「STATEMENT(ステートメント)」として、ヤマダストアーの食品選定における理念と具体的行動指針が簡潔かつ力強く記されている。
「一物全体」「野菜中心の食生活」「高栄養価食材」「ヘルシーな脂肪分」――これらは単なる健康志向のスローガンではなく、「食を通じてどう生きるか」という哲学を背景にしたメッセージである。POPや商品配置といった売場の構成すべてが、ヤマダストアーの信条を可視化しており、商品に添えられた情報量は「何を買うか」だけでなく「なぜそれを選ぶのか」まで思考を促してくる。
理念を言葉にするだけでなく、「店全体で語る」「生活者に体験してもらう」という姿勢――それがこのスーパーの最大の特徴であり、大手チェーンにはない“空気感”を生み出している。
■恵方巻は前年より多くつくらない・売らないという決断
ヤマダストアーの企業姿勢を全国に知らしめたきっかけの一つが、「恵方巻の廃棄ロスを出さない」という選択だった。同社は「もうやめにしよう」とのメッセージで、年々販売競争が激しくなる恵方巻について前年実績よりもつくらない・販売しないことを宣言した。2017年にはイカナゴの不漁を目の当たりにし、販売休止を決めた。この決断はSNS上で大きな共感を呼び、企業が短期的な売上よりも社会的意義を優先した象徴的な事例として広く報じられた。
この「売らない選択」は、同社の商売観――すなわち「消費者に売ることが目的ではなく、暮らしに必要なものを届けること」が本質であるという姿勢を体現している。利益追求や慣習に流されず、自ら問い、選び直す。そうした倫理観と生活者への信頼が、ヤマダストアーの根底にあるのだ。

■買い物しながらワインテイスティングさせる
ヤマダストアーの売場では、生活者が商品を手にとった瞬間から「学び合い」が始まる。POPには商品知識だけでなく、生産背景や栄養情報、調理例が詳しく書かれており、店員との対話も自然と生まれる。「これはどうやって食べるの?」「どこで作られているの?」――こうした会話の中にこそ、信頼と発見がある。
六甲アイランド店の店内には、ワインの試飲機が設置されており、買い物中に自由にテイスティングを楽しむことができる。これは単なるサービスではなく、「自ら試して納得して選ぶ」という消費者の主体性を尊重した提案だ。味の違いを確かめるプロセスを経て、選んだ一本が「自分で選んだ価値のある一品」になる――そうした“食の体験”が売場に溶け込んでいる。
■大手スーパーより「非効率」な棚を作る
ヤマダストアーの店内オペレーションには、効率最優先の量販店とは異なる思想が流れている。たとえば売場の補充は、閉店後にまとめて効率的に行うのではなく、営業中に随時実施される。これは「いつ来ても新鮮な商品が並んでいる」という信頼を維持するためだ。また、値引き販売に頼らず、品質に応じた適正価格を掲げる方針も一貫している。「値段で選ばせない」ことが、逆説的に顧客との信頼を育んでいる。
野菜売場は、まさに「売場こそが語る」という信念を体現した空間だ。
均一化された大手スーパーの青果コーナーとは一線を画し、ここには旬・生産者・食べ方が息づいている。地元兵庫の生産者から届いたばかりの朝採れ野菜が並び、POPには「誰が、どこで、どうやって」育てたかが丁寧に記されている。
陳列棚には、見た目の不揃いさも厭わず、味や栄養価を重視した野菜たちが並ぶ。スーパーというより「小さな青果専門店」に近いこの空気感が、買い物を“選ぶ行為”から“つながる行為”へと変えている。
■売り場をメディアにするという発想
とりわけ印象的なのが、「野菜からメニューを考える」提案の数々だ。一般的な惣菜売場が“完成された料理”を並べるのに対し、ヤマダストアーは「この野菜で何を作ろうか」と生活者に問いかけてくる。旬の野菜と、その調理提案、栄養学的価値の説明が三位一体で配置されており、買い物自体が「学び」のプロセスになる。
さらには、「農薬使用の現状を知らせる」「ミツバチの減少に警鐘を鳴らす」「草の根生産者の営みを支援する」など、売場そのものが“メディア”として機能している。サステナビリティや地域農業の持続性を、言葉ではなく現場で伝える――それがヤマダストアーの哲学だ。
もう一つの強みが、地元生産者との深い信頼関係だ。取り引きの前提には「誰のために、どのような思いで作っているか」を共有するという意識がある。単なる納入先・仕入先の関係を超え、生活者と生産者、店との三者が「食」を通じてつながっている。
その結果として、朝採れ野菜の定期納入や、希少な有機野菜の安定供給など、通常の効率優先型の流通では実現しにくい仕組みが構築されている。
■モノを売るとは「情報を伝える」こと
ヤマダストアーの事例は、人口減少・高齢化・節約志向といった逆風が吹く今の時代において、小売業がいかにして生活者の共感と信頼を勝ち得るかのヒントを与えてくれる。「非効率」「手間」「価格競争をしない」といった一見すると逆張りのような経営姿勢のなかに、実は“新しい正解”が潜む。
同社の売場には、「安さ」や「便利さ」では測れない価値がある。たとえば、搾乳日と殺菌日時が明記された低温殺菌牛乳は、安心・安全への徹底したこだわりを象徴する商品だ。冷蔵ケースに並ぶこの牛乳は、消費者の「見えない不安」に真摯に向き合う姿勢を可視化する。また、丁寧な製法で仕上げた冷凍食品や、地元農家の野菜、売らないことを選んだ恵方巻に象徴される倫理観など、どれもが「ものを売る」から「意味を伝える」へのパラダイムシフトを体現する。
信頼資本を土台にしたコミュニティ型の経営、食を通じた生活者との対話、そして学び合う売場の姿勢――それは、小売業の未来像を提示しているのかもしれない。たとえばワイン試飲機のそばでは、ある常連客が「この白ワインは鶏肉に合いますか?」とスタッフに質問し、そこから家庭料理の工夫まで会話が広がっていた。こうした日常のやりとりにこそ、信頼と共感の土壌が育っている。
ヤマダストアーが静かに示しているのは、単なる商売の成功モデルではなく、これからの時代における「共感される企業」の条件である。

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白鳥 和生(しろとり・かずお)

流通科学大学商学部経営学科教授

1967年3月長野県生まれ。
明治学院大学国際学部を卒業後、1990年に日本経済新聞社に入社。小売り、卸、外食、食品メーカー、流通政策などを長く取材し、『日経MJ』『日本経済新聞』のデスクを歴任。2024年2月まで編集総合編集センター調査グループ調査担当部長を務めた。その一方で、国學院大學経済学部と日本大学大学院総合社会情報研究科の非常勤講師として「マーケティング」「流通ビジネス論特講」の科目を担当。日本大学大学院で企業の社会的責任(CSR)を研究し、2020年に博士(総合社会文化)の学位を取得する。2024年4月に流通科学大学商学部経営学科教授に着任。著書に『改訂版 ようこそ小売業の世界へ』(共編著、商業界)、『即!ビジネスで使える 新聞記者式伝わる文章術』(CCCメディアハウス)、『不況に強いビジネスは北海道の「小売」に学べ』『グミがわかればヒットの法則がわかる』(プレジデント社)などがある。最新刊に『フードサービスの世界を知る』(創成社刊)がある。

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(流通科学大学商学部経営学科教授 白鳥 和生)
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