日産自動車が発表した2025年4月~6月期決算は、純利益が1157億円の赤字だった。リストラや工場封鎖をする方針だが、これで日産は復活できるのか。
淑徳大学経営学部の雨宮寛二教授は「旧経営陣が進めてきた拡大路線を見直し、高コスト体質からの脱却が求められている。収益性を高めるには成長戦略も不可欠だ。中国で2025年4月に発売した新型EVにヒントが隠れている」という――。
■日産は「再生」できるか
日産自動車(日産)が現在、経営の危機的状況にあることは、既知の事実となっていますが、「再生」に向けて着実にその歩みを進めていくことはできるのでしょうか。
日産にとって2025年は、本田技研工業(ホンダ)との提携破談という結果で幕を開けました。この破談は、日産の経営に外部から梃子(てこ)の原理として働くこととなり、経営陣を刷新して、リストラ計画と成長戦略により再生を図ることが急務であることを強く日産に認識させるものとなりました。
しかしながら、イヴァン・エスピノーサ氏が、内田誠前社長の後任として新社長に就任したのは4月1日で、ホンダとの経営破談が発表された2月13日から概ね1カ月半もの期間が経過してのことでした。
その後、エスピノーサ社長が中心となり、経営再建計画に取り組むことになりますが、「Re:Nissan」を発表したのは5月13日で、くしくも経営刷新にかかった期間と同じ1カ月半を要することになりました。しかし、こちらについては、このような短期間で社内の総意を集約して難題なリストラ計画を取りまとめ上げたという点で、十分評価に値すると言えます。
■リストラは“待ったなし”
リストラ計画の焦点は、旧経営陣が進めてきた拡大路線を縮小路線に転換して高コスト体質の脱却による構造改革を図ることで、2027年度末までに国内外にある7つの完成車工場を閉鎖することと、世界従業員数の15%に相当する2万人を削減することが主な計画として示されることになります。この時点では、まだ具体的な工場名までは示されていませんでした。
閉鎖する完成車工場が具体的に示されたのは、約2カ月後の7月15日で、国内では、追浜工場(稼働率44%)と日産車体の湘南工場(稼働率36%)の2工場で、車両生産の終了は、計画通り2027年度末であることを発表しています。

懸念されるのは、車両生産の終了時期です。2025年3月期の純利益が6708億円もの赤字に陥ったことを考慮すれば、リストラを待ったなしで進めていくことが必要不可欠であるため、終了はなるべく早い時期、たとえば、2025年度中に前倒しすることが求められることになります。
実際、国外では、7月30日にメキシコのシバック工場での車両生産を終了することを発表しており、こちらは2025年度中に、同じメキシコ内にあるアグアスカリエンテス工場に車両生産を統合する計画を示しています。
■生産体制の最適化が求められている
日産は、2025年7月30日に2025年度第1四半期の業績を発表しました。グローバル小売台数が対前年同期比10.1%減の70万7000台となったことで、売上高はこれに呼応して同9.7%減の2兆7000億円という結果に至りました。
また、営業損失は791億円で、前年同累計期間に比べ801億円の悪化となり、主に為替変動と米国関税(タリフ)の影響によるところが大きく、これを反映して、純損失は1158億円となり、前年同累計期間に比べ1443億円の悪化となりました。
この結果を踏まえると、2025年度の販売台数は通年で240万台程度となり、経営再建計画で示された完成車工場の削減プランが実現した際の年産能力とほぼ同等程度になります。あとは、赤字幅をどれだけ抑えることができるかということになるので、なおさら国内工場の車両生産終了時期を早めることが求められることになります。
また、国内外で閉鎖もしくは統合する予定の7つの完成車工場のうち、まだ5つの生産拠点しか決定していないことから、残りの2拠点を早急に決定し、グローバルレベルで生産体制を最適化していくことが求められます。
■旧経営陣がもっと早く手を打つべきだった
一方、社内ではコスト削減に向けた取り組みが、第1四半期に立ち上がり、その成果が着実に出ていることが業績発表では示されています。
具体的には、新たに立ち上げた専任のチームがこれまで、トータルデリバリーコスト(Total delivered Cost:TdC)削減活動を推進しており、変動費については約4000件のコスト削減案をすでに打ち出し、そのうちの約1600件が実行段階を迎えています。固定費の削減についても成果を上げ始めており、第1四半期だけで300億円以上の削減を実現しています。

しかし、日産は、こうしたコスト削減策を含めたリストラ策をもっと早い時期に打ち出して実行していれば、つまり、内田社長以下の旧経営陣が、発足早々にも着手して一気に減損を出し、拡大路線に訣別していれば、財務状況がかなり強かったことから、耐えることができたと言えます。
なぜなら、日産は、バブル期前後からの拡大路線で多額の負債を抱えた苦い経験を生かして、その後はキャッシュを着実に貯め込み、負債に頼ることなく自前の資金で投資を進めてきたからです。実際、現時点(2025年3月期)では、有利子負債1.9兆円に対して、純資産が5.4兆円にのぼることから、財務的には厚みを残し流動性を確保していると言えます。
■“売れるクルマをつくること”が最優先
ここで敢えて言及すべきは、日産が、有利子負債の限度額を超える前に黒字転換を果たしV字回復するためには、経営再建計画による構造改革の実現は、いわゆる“必要条件”に過ぎず、“十分条件”を満たすことにはならないという点です。
では、何で補うのかということになりますが、それは、価値を創出することのできる「成長戦略」を打ち出し、それを完遂することにより、恒常的に収益を高める体制を作り上げることです。
成長戦略の軸足は、“売れるクルマをつくること”です。そのヒントは、日産が2025年4月に中国で発売したセダンの新型EV「N7」に隠されています。N7の販売台数は発売からわずか50日後の6月末には累計で2万台を突破しています。
販売好調の主たる要因として挙げられるのは、「ローカライズ」です。日産は、中国市場で2020年以降販売が伸び悩み苦戦を強いられてきたことから、現地企業の技術や市場ニーズを取り込むことで巻き返しを図ります。そのために設立したのが、東風汽車公司をパートナーとした合弁会社「東風日産」になります。
この東風日産を基点にして、日産は、2022年頃から中国市場に特化したEV開発に取り組み始めます。
2025年になってようやく商品化が実現されることになり、N7は、東風日産の中国研究開発チームが主導で開発を行った最初の新エネルギー車として発売するに至ります。
■徹底的に“中国”に合わせた新型EV
N7は、一般家庭をターゲットにして、そのポジショニングを、「高い快適性」「中・高級セダン」「電動車」に定め、これを実現するために、モメンタ(Momenta)開発の人工知能(AI)を全面的に使った「E2E」の自動運転技術(ADAS)や、ディープシーク(DeepSeek)の大規模言語モデル(LLM)「DeepSeek-R1」を搭載するなどなど、中国企業の知能化技術を導入することで価値を創出するに至ります。
ローカライズはこれだけに留まらず、市場ニーズを見据えて、AIを使って座り心地をよくしたマッサージシートや冷蔵庫を搭載するとともに、最安値モデルを11万9900元(約238万円)に設定し、中国の消費者の嗜好に合わせたプライシングを実現して、需要の取り込みを図っています。
ただ、中国市場では、最も高い市場シェアを獲得しているBYDが、最近、EV車の価格をさらに引き下げ、8000ドル(約118万円)を切る水準に設定したことから、市場での価格訴求力がさらに高まりつつあります。
そのため、今後、中国市場で売れるクルマを作り出すためには、ローカライズによる価値の創出に加え、製造原価を大幅に削減することが求められることになります。
リストラを完遂して、売れるクルマを作り、競合よりも製造原価を削減できるのか。日産の今後の動向に注目していきたいと思います。

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雨宮 寛二(あめみや・かんじ)

淑徳大学経営学部教授

淑徳大学経営学部教授。ハーバード大学留学時代に情報通信の技術革新に刺激を受けたことから、長年、イノベーションやICTビジネスの競争戦略に関わる研究に携わり、企業のイノベーション研修や講演、記事連載、TVコメンテーターなどを務める。日本電信電話株式会社に入社後、中曽根康弘世界平和研究所などを経て現職。単著に『世界のDXはどこまで進んでいるか』(新潮社)、『2020年代の最重要マーケティングトピックを1冊にまとめてみた』『サブスクリプション』(いずれもKADOKAWA)など多数。新著に『経営戦略論 戦略マネジメントの要諦』(勁草書房)がある。


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(淑徳大学経営学部教授 雨宮 寛二)
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