【インタビュー】たった一人でDAZNを訴えた大学生が法廷に立つ理由「大きな組織だからといって、好き勝手にしていいとは思いません」
【インタビュー】たった一人でDAZNを訴えた大学生が法廷に立つ理由「大きな組織だからといって、好き勝手にしていいとは思いません」

スポーツ専門のVOD(ビデオ・オン・デマンド)サービスを提供しているDAZN(ダゾーン)を相手取り、一人で世界的な巨大メディアと法廷で戦う若者がいる。

「(DAZNは)契約者数も多いですし、規模の大きいビジネスなので、これを認めたら影響は大きいので最後まで争う」

冷静な口調で話したHさんは、現在都内の大学に通う大学4年だ。

今回Qolyは、DAZNを訴えたHさんにインタビューを実施。訴訟を起こした理由や、裁判の進捗状況について話を伺った。

(取材・文・撮影・構成 縄手猟)

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Qolyのインタビューに応じてくれたSさん

訴訟を起こした理由

今回、Hさんが問題視している事案は同社が行った突然のIPアドレスに関する視聴形態の仕様変更についてだ。

Hさんは2023年7月に、自身が応援するJ1東京ヴェルディ(当時J2)の試合を観るため、年間プラン3万円でDAZNと契約した。

同社は当初、公式ホームページで『2台同時視聴可能』とうたっていたが、Jリーグ2024シーズンが開幕する9日前の2024年2月14日に「同じIPアドレスに接続した2台の端末のみ同時視聴可能」と突然仕様の変更を発表した。

さらに同社は、『異なるIPアドレスでの同時視聴には月額980円の追加料金が必要』と別途の料金サービスの展開も行った。

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DAZNはJリーグと2033年まで放映権契約を結んでいる(Getty Images)

この突然の発表に、SNSではDAZNに対して非難が殺到。

もともと『異なるIPアドレスでの2台同時視聴』に魅力を感じてDAZNと契約したHさんも、この仕様変更に憤りを感じたユーザーの一人だ。

「(ほかの人が訴訟を起こす)気配はなかったですし、使命感はもちろんありますけど、僕は基本的にフットワークが軽いだけなんです。裁判というものが大ごとだと思っていません」と、大企業相手の訴訟に躊躇(ためら)いはなかった。

また、弁護士をつけなかった理由は「DAZNは年間で3万円のサービスです。それで損害賠償を求めようとしても、1万円、2万円の話。弁護士を委任しても10万円から20万円の損失が出るだけです」と説明した。

裁判の争点は三つ

Hさんは今回の裁判について、争点は三つあると分析している。

➀異なるIPアドレスで同時視聴できる機能が、契約の給付内容(サービスの提供)に含まれるか。

➁仕様の変更が、定型約款(ある特定の者が不特定多数の者を相手方として行う取引において、契約の内容とすることを目的としてその特定の者により準備された条項のすべて)の変更(民法第548条の4)として有効か。

➂DAZNがサービスプラン及びサービスの価格を変更できるとした利用規約4.10条の有効性(消費者契約法10条)

以上の3点だ。

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DAZNのサービスは仕様変更前まで異なるIPアドレスで視聴ができていた(Getty Images)

争点➀について

まずは『契約の給付内容』について理解する必要がある。

民法では、給付(サービス)について『債務者(サービスを請求できる者(債権者)に、何らかの行為(給付)を履行する義務を負う者)が債務に従って行う行為のこと(民法481条)』と説明されており、『契約の給付内容』とは契約によって生じる当事者間の債務(義務)の内容を指す。

例えば、Aさんがスーパーマーケットで牛乳を買った場合、Aさんは代金を支払うという債務が発生し、スーパーマーケットは牛乳を渡すという債務が発生する。

今回の訴訟に置き換えると、DAZNに年間3万円を支払った債務を負うHさんに対し、同社は動画を配信するサービスを提供するという債務を負っている。Hさんが指摘している部分は『異なるIPアドレスでの2台同時視聴が可能』という機能・サービスも、DAZNが負う債務に含まれているかという点だ。

Hさんによると、この争点➀の証明は、争点➁➂について議論していく上で重要なポイントだという。

「(仕様変更が)契約に含まれていないとすれば、『約款(大量の同種取引を迅速に行うために、作成された定型的な内容の取引条項)の変更として有効なのか』と『消費者契約法に違反しているかどうか』については議論するまでもないので、契約に含まれないものを事実上変えたとしても、それは契約違反にはなりません。DAZNとしては、『ほかの二つの主張(争点➀、争点➁)は、仮に契約内容に含まれるとしても約款の変更として有効だし、消費者契約法10条に違反するものでもないため変更は有効だ』ということなんです」と説明した。

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2018年9月29日、J1第28節FC東京 0-2 清水エスパルスが行われた味の素スタジアム(Getty Images)

争点➁について

Hさんによると、DAZNが行った仕様変更は『定型約款の変更』として有効なのか、否かを証明する必要性があるという。

定型約款(民法548条の2第1項)とは、事業者が不特定多数の顧客と行う取引で、契約内容としてあらかじめ用意されたルール(契約条項)全般を指す。契約書と約款の違いは、契約書は当事者同士が話し合って決定した内容に対して双方の合意が必要だが、約款は事業者が一方的に作成し、顧客はそのまま受け入れるだけで成立する。

例を挙げると、インターネットサービスの利用規約や保険契約のルールなどがある。DAZNは、Jリーグの試合を中継するサービスが、不特定多数の視聴者を相手方としてサービスを提供する定型取引であることから「本件変更は定型約款の変更に当たる」と主張している。

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東京地方裁判所(Getty Images)

争点➂について

今回、DAZN側は仕様変更の正当性を主張する根拠として『利用規約4.10条』の有効性を主張している。

同社の利用規約4.10条には『当社は、適宜、当社のサービスプラン及び当サービスの価格を変更することができます』と記載されており、Hさんはこれが消費者契約法10条の違反にあたるのではないかと指摘している。

消費者契約法10条の条文には『法令中の公の秩序に関しない規定による場合に比して、消費者の権利を制限し又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、民法第1条第2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする』と記されている。

ここで言う『法令中の公の秩序に関しない規定』とは、任意規定のことを指す。任意規定とは、当事者の合意によって変更できる法律の規定を指し、当事者が契約で異なる内容を定めた場合、その内容が優先される。

例えば、「アパートの家賃は毎月末に支払わなければならない」という決まりはあるが、当事者の合意で月末以外に変更することができるため、任意規定と言える。

今後の主張の方向性

争点➀『契約の給付内容』について

HさんはJリーグの公式ホームページに掲載されていたDAZNの広告の文言に注目している。

「もともとJリーグのホームぺージに『同時に二つのデバイスで視聴できるので、通勤中のパパはスマホで。家族はリビングで応援。リビングでお気に入りのチームを観ているときに、別のスマホでライバルの試合を確認なんてこともできます』という広告が載っていたんです。つまり『通勤中のパパはスマホで応援!家族はリビングで応援』とすると、物理的に異なる場所にいるので、異なるIPアドレスで接続して同時視聴していることが前提とされた広告・文言なんです。これを前提とすれば、『(異なるIPアドレスでの同時視聴は)契約内容に含まれる』というのは一つ(の主張)です」と意見を述べた。

また、異なるIPアドレスでの同時視聴を宣伝したとみられる広告について被告は、「Jリーグの広告の作成には関与していない。Jリーグが独自に作成した」と反論しており、Hさんは「まったく関与していないのか、あるいはある程度説明を受けていたのかは明らかではない。向こう(被告)に確認を取った上で(進めていこう)かなと思います」と話した。

さらに、同社は昨年行った仕様変更の際に、月額980円を別途で支払うことで引き続き異なるIPアドレスで視聴できるサービスを新設している。このようなサービス展開からも、DAZNが『異なるIPアドレスでの同時視聴』に利益があると判断し、付加価値を見出していると推測できる。Hさんはこのような事情からも『異なるIPアドレスでの同時視聴』が『契約の給付内容』に含まれると考えている。

【インタビュー】たった一人でDAZNを訴えた大学生が法廷に立つ理由「大きな組織だからといって、好き勝手にしていいとは思いません」
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DAZNのサービスをテレビで視聴するイメージ(Getty Images)

争点➁『約款の変更』について

一定の要件を満たしたとき、約款の変更が有効であるという民法上の規定(民法第548条の4)がある。だが、DAZNの異なるIPアドレスでの同時視聴については、規約に明文の定めがなく、条項(契約や法律のルールを一つ、一つの項目としてまとめたもの)として決まったものではない。そのため、Hさんは「定型約款の変更としては有効ではない」と主張している。

対して被告は、今回の仕様変更についていくつかの判例(①最高裁昭和45年12月24日判決、②福岡高等裁判所平成28年10月4日判決)を用いて約款法理に基づく約款の変更として有効だと反論した。

約款法理とは、契約の当事者が個別に条項の内容について交渉をせず、片方の当事者(企業など)があらかじめ準備した一定の契約条項(約款)に基づいて契約が成立する場合に、どのようにその効力や内容を認めるかを示す法的な概念(考え方)を指す。

この枠組みの一部を取り出し、「さらに変更できる場合」を定めた明文(ルール)が定型約款の変更(民法第548条の4)だ。

定型約款の変更とは、事業者(契約を定める側)が、事前に定められた約款(利用規約など)の内容を、契約相手の個別の同意を得ることなく、変更できる制度を指す。

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東京地方裁判所の外観(Getty Images)

一つ目の最高裁の判例は、保険契約の約款について、保険業者が主務大臣の認可を得ずに約款を変更し、その約款に基づいて提示された契約の有効性が争われた事案だ。この事案は主務大臣の認可を得ていないという点が問題とされたため、必ずしも約款法理(約款の内容が合理的な場合、個々の顧客がその内容を知っていても知らなくても、約款の拘束力が認められるという考え方)を認めたものではない。

二つ目の福岡高裁の裁判例は、普通預金口座開設の契約についての事案だ。当初、契約した預金契約の後に約款に追加された『暴力団排除条項』に基づいて金融機関側が契約を解除したことが有効かを争われた。公益的な理由から、暴力団排除条項が後から追加されたものでも有効だと約款の効力を認めた特殊な事例だ。

Hさんは、これらが例外的な判例である事情から「約款法理が確立しているとは言えないのではないか」との見解を示している。

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裁判官がたたくカベル(Getty Images)

争点➂『利用規約4条10項』の有効性

前述した通り、HさんはDAZNの利用規約4条10項の『当社は、適宜、当社のサービスプラン及び当サービスの価格を変更することができます』という文言が消費者契約法10条の違反に該当するのではないかと疑っている。

被告側は「任意規定の適用による場合に比して消費者の権利を制限するものではない」「信義則(互いに相手の信頼を裏切らないように、誠意をもって行動しなければならないというルール)に反して消費者の利益を一方的に害するものではない」として、同法10条違反には当たらないと主張。

Hさんによると、同社は仕様変更前、不正なアカウント共有が頻繁に行われ、多大な損害を被っていたという。DAZN側はアカウント共有は利用規約で明確に禁止されているため、本件変更によって顧客が被る不利益はほとんど想定できないという点を強調している。

それでもHさんは「前提として“本当にアカウントシェアリングが多発していたのか”という立証は不十分なのではないかと思います」と、被告の反論に対してさらに深堀をして立証していく必要があると訴えた。

「大きな組織だからといって、好き勝手にしていいとは思いません」

大企業を相手取った裁判も、Hさんにとっては特別な戦いではない。

「僕が小学生、中学生のときに通っていた市に、指導要録という行政文書(公文書)があるのですが、高校生のときにそれの個人情報開示請求をしたことがあります。

通信簿のもととなるものなんですけど、それを開示請求したときに(所見欄が)黒塗りになって返ってきたんです」と苦笑い。

結果的に全面開示に至ったが、この黒塗りの処分が違法だったことが分かり、大学2年のときに国家賠償請求訴訟を提起した。

違和感や不条理を感じたときには己の正義を信じて事実を追及する、純粋で正義感にあふれるHさんらしいエピソードだ。

そんなHさんも、今回の訴訟は大変だと話す。

【インタビュー】たった一人でDAZNを訴えた大学生が法廷に立つ理由「大きな組織だからといって、好き勝手にしていいとは思いません」
【インタビュー】たった一人でDAZNを訴えた大学生が法廷に立つ理由「大きな組織だからといって、好き勝手にしていいとは思いません」
裁判は様々な判例や法律を調べる必要があり、骨が折れる長期戦だ(Getty Images)

大企業を訴えた大学生は「民法上の定型約款の争点や消費者契約法違反についての争点もあるので、複数の争点についていろいろ文献を調べる必要があって、(調べる)範囲が広いのは大変かなと。(大学4年なので)スケジュール調整も大変です」とため息交じりに語った。

現在は弁護士を目指し、法律事務所でアルバイトをしながら、日々司法試験の勉強に励んでいる。

「(DAZNは)大きな組織だからといって、好き勝手にしていいとは思いません」と、こぶしを強く握った青年は、忙しいスケジュールの中でも今回の訴訟を最後までやり切る姿勢だ。

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大企業相手にたった一人で訴訟を起こしたSさん

たった一人で法廷に立つ法学生は「(DAZNは)契約者数も多いですし、規模の大きいビジネスなので、これを認めたら影響は大きいです。最後まで争います」と前を見据えた。

巨大な相手にもひるまずに挑むその行動は、静かだが確かな問いを社会に投げかけている。

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