J1・浦和レッズのパフォーマンスやコンディションを食事面で支えるのは、管理栄養士を務める石川三知氏だ。これまでに、バレーボールや新体操、陸上男子短距離走の日本代表チームをはじめ、フィギュアスケートの髙橋大輔、荒川静香、スピードスケートの岡崎朋美、競泳の田中雅美など、オリンピアンやトップアスリートの豊富な栄養指導経験を持つ。

浦和レッズではクラブハウスのダイニングで提供する食事の全献立を管理し、週に4日はチームにも帯同。チームスタッフに加わった2020年5月以降、選手たちが残す食事の量は減り、食に対する意識はクラブ全体で変わりつつある。一人一人に最適なアドバイスを送るために「食べ方も含めてよく観察している」という石川氏は、どのようなスタンスでチームをサポートしているのだろうか。海外遠征時の対策や試合前の“勝負飯”についても聞いた。

(インタビュー・構成=松原渓[REAL SPORTS編集部]、写真提供=©URAWA REDS)※写真は浦和レッズの選手たちの食を支えるプロフェッショナルたち。向かって右端が管理栄養士を務める石川三知氏

レッズのサポートを始めて、培ってきた引き出しが一気に開いた

――2020年5月からクラブをサポートされていますが、きっかけはどんなことだったんですか?

石川:きっかけは、チームドクターの関芳衛先生が、私の講演を聞いてクラブにこういう人がいると提案してくださったことです。最初は大変と思うことの方が多かったのですが、今では本当にやりがいを感じていて、受け入れていただいたスタッフの皆さんにもすごく感謝しています。

 チーム活動の日常に「食事と栄養」の必要性、重要性を感じ、動いて下さった関先生の存在は大きく、私が着任以前にダイニングの設置と稼働は開始されていました。食事環境とトレーニングを含めたチーム活動は、バラバラというと大袈裟ですが、別のことになってしまう傾向があります。けれど、レッズでは、関先生のお陰もありクラブハウスでのトレーニング、ケア、食事などの日常の一環として動いていると感じます。

――サッカーには、元々あまり馴染みはないところからのスタートだったんですか?

石川:いえ、元々サッカーが好きでよく観戦していましたが、遊びで見る競技として残しておきたかったんですよ。仕事になると遊びの気持ちで見られなくなってしまうので。だから、取っておきたかったんです(笑)。

でも、これまで個人競技やパーソナルの指導、大学のチームや代表のサポートもやってきたからこそ、レッズでお仕事ができているのかなと。その意味では、担当した競技の順番が幸運だったと思います。

――どんなところにやりがいを感じていますか?

石川:レッズのように個性豊かでエキサイティングなチームに携わることができて、今まで培ってきたものの引き出しが一気に開いている感じです。チームが関係する場所の全献立を立てる機会をいただいて、食堂での円滑な食事提供にも責任を持つ中で、クラブの置かれた環境やチームを支えるスタッフの人たちがどんなサポートしてきたのかも見えます。

 レッズでは長いシーズンを通じて、いくつもの種類(リーグやカップ戦)の試合にのぞみ、連戦も多く、なおかつ結果をすごく求められるからこそ、日常からさまざまな情報を丁寧に集めて発信し続けることに、重要性と楽しさを見出しています。地味なことを淡々と、楽しく続けていくことがすごく大事だと改めて気づかせてもらいました。

少し前まで、Jリーグを外野から見ていたからこそ、「このチームが強いと面白くなるんだな」と感じています。

食べることへの意識が変わり、ダイニングの残食量が減った

――クラブハウスのダイニングで選手たちの食事のメニュー作りなど、栄養指導のサポートをされている中で、一番変化したのはどんなところですか?

石川:選手たちの食べることへの意識もそうですし、料理を作ってくださる方も本当に頑張ってくださっていますし、クラブスタッフの中でも「食事が大事だよね」って言ってくれる人の比率が上がったと思います。そう考えると、全員の意識が変わったことですね。おかげさまで喫食率、完食率は高い状態です。酷暑シーズンも食事量が減ることはありませんでした。60人が食べても、小さいビニール袋1つ分ぐらいしか捨てないんですよ。頑張って作ってくれているスタッフにも感謝しています。

――そんなに少ないんですか。週にどのぐらいの頻度でサポートされているのですか?

石川:週に3-4日ぐらいで、試合の時はホームだけ帯同しています。キャンプにも帯同しています。ダイニングでは、今シーズンから練習のある日は毎日食事提供を行っています。もちろん、作成メニューの内容は熟慮しています。与えられた条件の中で、できる限りのことをしています。

 ただ、それはキッチンスタッフが私の立てたメニューを再現してくれるから成り立っています。今シーズンは非常にタイトなスケジュールなので、そこを乗り切り、前進することをイメージしたメニューには食材数、手間、提供する料理数、すべてが多くなります。それを嫌な顔をすることなく、気持ちよく作ってくださるキッチンスタッフなくしては実現できません。着任後、徐々にですが、キッチンスタッフ全員の人柄のおかげで、今は食事に関するダイニングチームのようなものが出来つつあるな、と感じています。

――石川さんもハードな日々をこなしているんですね。1日のタイムスケジュールや、ダイニングでの動きを教えていただけますか?

石川:5時には起きて家事と仕事をしてから、クラブハウスに到着します。

その後はキッチンのスタッフとも打ち合わせしますし、食材の仕入れ状況を確認したり、キッチンスタッフのシフトを確認し、その状況に応じて献立作成や調整をします。今後はクラブハウス提供以外の食事内容が、さらに良くなっていくようなアプローチが必須だと感じています。

――選手の奥様方にもアドバイスをされているんですよね。

石川:希望がある時はしていて、何人かですね。今はちょうど、秋冬のテキストをつくったので、PDFなどのデータや紙でチーム全体に展開します。

アウェーのACLでは時差対策や疲労回復対策も

――日本代表チームと違ってシーズンを通しての仕事をする上で、どんなことに気を付けていますか?

石川:ハードなスケジュールをこなしていくにはどうすればいいのかを考えると、いかに早くダメージから回復するかということと、基礎体力の厚みをつけてダメージに強い体づくりをしていくことが大切です。去年と今年は特にACL(AFC チャンピオンズリーグ)も含めたハードなスケジュールの中で選手たちは頑張っていますから。

 それから、オリンピック競技とはピークのつくり方が全然違いますね。例えば、陸上競技の場合は日本選手権と世界陸上とオリンピックという3つの山に向けてピークをつくりますが、サッカーはシーズン中に数多くの試合がありますし、プロは興行収入を得て成り立っていますよね。その中で、選手たちが長く力強くパフォーマンスを発揮できる環境づくりの役には立ちたいなと。その年のパフォーマンスで生涯年俸が変わってくる厳しい世界です。そういう責任も感じながら仕事をしています。

――ACLで海外に行く時などは、食べられるものも変わってきますよね。

石川:そうですね。海外はエリアにもよりますが、時差対策の食べ方についての情報を提供したり、試合後に移動する時には、空港でしっかりと食事をして、機内ではすぐに寝られる環境を作る工夫をしています。それをすることが時差対策にもなるので、お弁当や軽食に比べ予算はかかりますが、チームも理解をしてくれるのでありがたいです。

――試合での選手の活躍など、喜びを感じる瞬間はどんな時ですか?

石川:やはり、選手が持っている能力が完全に発揮される、満開に咲くことが一番嬉しいですよね。それはすごく難しいことですけど、私自身はそこを目指すべきだと思っているんです。あとはコツコツやってきた選手がゴールを決めたとか、メンバーに入ったとか、いろんな責任を感じながらやってきた中でチームの勝利にダイレクトに貢献する活躍があったりしたら、それは私も嬉しいです。

浦和レッズの“勝負飯”は?

――石川さんが「一人一人に合わせた食事」を大切にされていることを承知で、あえて聞かせていただきたいのですが、浦和レッズで試合前にいつも食べる“勝負飯”ってありますか?

石川:答えはもうわかると思いますが、ないですよ(笑)。でも、ハードな練習をした後や、スケジュール的にどう考えてもこれはきついなという日にスムージーを作っています。合宿の時などは選手が自分でも作るようにしているんですけど、試合の翌日とかすごくタイトな時とか、アウェーから帰ってきてすぐ練習の時などには、状況に合わせて私が作っています。

――スムージーは飲みやすくて栄養価も高くて良さそうですね。どんなものを入れているんですか?

石川:基本的にはアサイーをベースに夏はバナナを事前に凍らせておいたり、パイナップルやマンゴーなど。涼しくなったらバナナは凍らせないで使おうとか。秋以降はリンゴや人参に変えます。あとはヨーグルトや牛乳、豆乳、アーモンドミルクを加えています。ただ、私自身が子どもの頃にバナナとパイナップルが好きすぎて、アナフィラキシーになっちゃったから味見ができないんです(苦笑)。

――そうなんですか! じゃあ分量はどうしているんですか?

石川:基本の分量は決めています。ただ、その時々で果物や野菜の味に違いがあるので、最初の頃はキッチンのスタッフに試飲をお願いしていました。でも、最近はまあまあだいたい、こんな感じ!と思って作っていると、「ミッチー、スムージーうまいよ!」と言ってもらえるので。分量はいい加減ですが、味は好評です(笑)。

――さすがですね(笑)。石川さんはミッチーさんという愛称で呼ばれることが多いんですか?

石川:「ミッチーさん」なんて呼んでくれる選手は少ないですけれどね。ミチさん、ミッチー、石川さん、などそれぞれの呼び方です。

――最後に、管理栄養士を目指す人や、セカンドキャリアで資格を取りたいというアスリートに向けてアドバイスをいただけますか?

石川:私は大学の栄養科を出たわけではなく、最初に行っていた大学の学科も違って、偶然の巡り合わせもあって今があるので、キャリアとしてはあまり参考にならないかもしれません。ただ、皆さんもそれぞれ目指すきっかけは違うと思いますし、現場はいろんな感性や観点を持った人たちを望んでいると思うので、目標に向かって頑張っていただきたいです。私自身は、「現場に栄養士なんていらないよね」って言われないように頑張りますので。

【第2回連載】トップアスリート“食事”の共通点とは? 浦和レッズを支えるスポーツ栄養士に聞く「結果を出す」体作りのアプローチ

【第3回連載】アスリートのポテンシャルは“10代の食習慣”で決まる! 「栄養素はチームじゃないと働かない」

<了>

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[PROFILE]
石川三知(いしかわ・みち)
「(有)Office LAC-U」代表。八王子スポーツ整形外科栄養管理部門スタッフ。中央大学商学部兼任講師(スポーツ科学)。これまでに、フィギュアスケート・荒川静香選手、高橋大輔選手、全日本男子バレーボールチームなど多くのメダリストやオリンピアンを栄養面からサポート。現在は、サッカーJ 1・浦和レッズ、東海大学附属仰星高校ラグビー部、山梨学院大学陸上部(短距離・フィールドパート・長距離)のサポートを行う。生涯学習のユーキャンでは、「スポーツ栄養プランナー講座」を監修。