2023年全日本卓球選手権大会。男子は張本智和との激闘を制した戸上隼輔が2年連続の優勝を決め、女子は早田ひなが女子シングルス、女子ダブルス、混合ダブルスの3種目制覇を果たした。
(文=本島修司、写真=Getyy Images)
日本卓球界女子にいた、“もう一人の18歳”
日本女子卓球界の期待の18歳。現在のこの世代の代名詞といえば、昨年行われた世界卓球選手権・団体戦でもレギュラーとして活躍した木原美悠だろう。今年1月に行われた全日本選手権でも木原の活躍は目覚ましく、持ち前の前陣速攻は乱れることなく、快進撃が続いた。
早田ひなとの対戦となった決勝戦も激しい試合に。惜しくも逆転を許したが、序盤から試合をリード。あの早田に「一度負けたと思った」と言わせるほど、改めて力を感じさせる準優勝だった。
しかしこの“木原世代”には、もう一人「高校生チャンピオン」がいる。横井咲桜だ。
2014年、全日本選手権カブの部(小学4年生以下)でベスト4に入り頭角を現すと、一気に全国大会の常連となる。2019年からは、アジアジュニア・カデット選手権、世界各地で行われるジュニア&カデットオープンへの出場など、世界の舞台での経験も積み始める。
2020年は、ジュニア女子シングルスでベスト4。2021年になると、ジュニア女子シングルスで準優勝まで上り詰めてくる。そしてこの年の高体連で、ついにその才能が開花。インターハイにおいて、女子シングルス、女子ダブルス、女子団体で優勝。高体連で3冠を制覇した。
横井の全日本選手権ベスト8進出は、無名の選手の無欲での勝利ではない。高校2年生の段階で高体連3冠を達成していた「いつ一般の部でもブレイクしてもおかしくない」警戒すべき選手だった。
もちろん、伊藤美誠は誰よりもそのことを念頭に置いて試合をしていたはずだ。それでも横井は日本のエースの分厚い壁を突破してしまった。その要因を見ていこう。
目立った、巻き込みサーブからの3球目攻撃
ベスト16での対戦となった、伊藤誠美と横井咲桜。この試合で目立ったのは、伊藤が、横井の深い所へ攻め込んでくるバックハンドに苦戦して失点するシーンだった。
バッククロスのミートの打ち合いにおいても、横井が優勢のシーンが多かった。そして、時折放たれる横井の豪快なバックドライブは、伊藤のフォア側へ、ストレートに打ち抜くことに成功していた。横井のボールはまるで男子のような破壊力のドライブへと昇華していた。
男子のようなボール。
この代名詞といえば、伊藤が世界の頂点を目指すうえで避けては通れない、卓球王国・中国の女子選手だ。一時期、中国の女子選手は「男子化が進んでいる」といわれるほど、強烈なドライブを放ってきていた。そしてその現象は今も変わらない。
女子卓球の王道技術も、仕上がっていた横井
横井はもともと女子卓球の王道といえるプレースタイルだった。安定感が目立っていたのは「巻き込みサーブからの3球目攻撃」。これが、大事な場面で必ずといっていいほど飛び出してくる。卓球は、こうした「自身のお守りのような得点パターン」がある選手が強い。
巻き込みサーブには、大きく分けると2種類の回転がある。
本来、これは伊藤にとっても得意パターンであるが、今大会に限っては横井のほうが精度で上回った。2ゲーム目、10-9。最も大事な場面で、巻き込みサーブの横回転を披露。伊藤がツッツキ気味の角度でラケットを出すとボールは上にはねてミスとなった。
一方、下回転系は、ネットへと一直線に落ちる切れ味だ。3―1で迎えた5ゲーム目の8―8。この場面で、強烈な下回転系のサーブを出している。伊藤もストップ気味のツッツキの角度でラケットを出し、しっかり対応しているが、それでもネットを超えなかった。横井のサーブが本当に強烈な回転だったことを表している。
この試合の象徴的なシーンは、横井のバックハンドに火がついた3セット目。4―5から、5―5に追いつく場面。ストレートに放った、ミートではないバックドライブは、まるで男子のボールのようなスピードとパワー。
その後はバックハンドミートの長いラリーの打ち合いでも、横井が優位に試合を進めた。持ち前の「思い切りの良さ」を最高の形で解放しての、素晴らしい勝利だった。
鉄壁と思われた伊藤美誠、避けられない疲労の蓄積。待望される完全復活
日本の女子卓球が底上げされていることを実感させた一戦となった、伊藤・横井戦。
伊藤は、フィジカル面でも完調ではなかったとの報道もあった。加えて、詰め込まれたスケジュールにおける連戦の疲労もあったはずだ。それでもこの試合は、「仮想・中国人選手」という点で、改めて鍛えるべき点も見えた試合だったのではないだろうか。
中国人選手が放つ、男子のようなバックドライブ。それに似た進化を遂げてきている女子が日本にもいた。
Tリーグがパリ五輪代表選手の選考基準に加わり、主力選手のスケジュールが過密になったことは想像に難しくない。不調というより、疲労がピークに達しているようにも見える。
全日本選手権後のTリーグでの試合でチェン・イーチン(台湾)に負けたこと、逆にその翌日には、今度は芝田沙季に完勝して涙を見せたことなど、伊藤の試合は一試合一試合の注目度もどうしても高くなる。
選手を酷使することにもなりかねない選考基準には疑問の声もある。伊藤は、長く世界の女子卓球の第一線で活躍してきたなかで、おそらく初めて経験する大きな不調と思える今この時を、なんとか乗り越えてほしい。日本のエース・伊藤美誠の完全復活を日本中の卓球ファンが待ち望んでいる。
リフレッシュ。休日。気分転換になる練習法。言葉にすると簡単だが、パリ五輪を目指す選手にとっては、今が最もつらく、苦しい時期かもしれない。メンタルスポーツともいわれる卓球。
5月には、南アフリカのダーバンで世界卓球が開幕する。その時、復調を遂げた伊藤の姿が見たい。男子化したボールも笑顔で打ち返す、日本のエースの姿が見たい。日本の女子卓球が悲願の世界一を奪取するには、エース伊藤美誠の完全復活が、何より必要なことなのだから。
<了>