日本で5年間暮らして、中国に戻ってから4カ月がたったという中国人ネットユーザーの雲仙さんはこのほど、日本での生活と今の中国での生活を比較する文章をSNSに投稿した。雲仙さんは、日本では北陸の小さな街に住み、今では雲南省昆明市で暮らしている。

中国では精神面を含めて「自由度」が増大したと強く感じ、一方で日本に比べて未熟な面も目につくという。

交流が自由になった

そもそもは日本語があまり上手ではなかった。人見知りでもあり、日本では人と交流する機会がほぼゼロだった。中国に戻ると突然、交流に障害がなくなった。飲食店での注文時に料理の作り方を尋ねたり、ホテルを予約する際に部屋の詳細を尋ねたりするようになった。たったそれだけで幸せだと感じる。もちろん、友人たちと集まってとりとめもない世間話に花を咲かせることもとても楽しい。

だから、すでに中年であり、日本語ができない中国人には忠告したい。超人的な学習能力があるか、あるいは超外向的な人でない限り、日本への移住は再考すべきだ。

飲食が自由になった

日本で「中国の胃袋」を満足できなかったことは、住んでいた場所が北陸の小さな街で、本格的な中華料理店がほとんど見つからなかったことも関係していた。これも食べられない、あれも食べられないという状態だった。東京のような中国人が集まる大都市ならずっとましだったろう。自炊しようにも、子供の頃から食べて育った食材の多くは、日本では手に入らなかった。

中国に戻ってからは野菜と果物を実に自由に選べる。

日本は非常に高価であるだけでなく、種類も少ない。今では、家の近くの市場へ買い出しに行っては悩んでしまう。種類があまりにも豊富で、見たこともない、作り方もわからないものがたくさんあるからだ。

診察が自由になった

日本では基本的に、病院が外来患者を受け入れるのは平日だけだ。そのため長期連休の前にはいつも、自分自身に「お願いだから今このタイミングで病気にならないで」と祈り、不安になっていた。中国に戻ると話は別だ。最高ランクの「三甲病院」であっても、24時間365日いつでも門戸を開いている。昆明のような地方都市でも同じだ。

「診察の自由」には「交流の自由」も含まれる。日本にいた時のように(日本人の)夫に通訳してもらう必要はなく、自分で病院へ行き、自分で医師と意思疎通できるようになった。

サービスの享受が自由になった

帰国したばかりの頃、わが家の玄関先は宅配の荷物で埋め尽くされそうになった。ネットショッピングが便利すぎてあまりにも利用したからだ。1元(約22円)程度の品物でさえなぜ送料無料にできるのか。それどころか返品の場合の送料まで無料になるのはなぜなのか。

いまだに理解できない。日本では「人手」が介在するものは何であれ非常に高価だ。

日本にいた時、私が住んでいた街にはデリバリーがなかった。つまり、どんなに疲れていようが体調が悪かろうが、自分で這い起きて何か食べるものを用意せねばならなかった。東京ならばデリバリーを利用できるが、選択肢が少なく、高く、そして遅い。

責任を持って言えるのは、今の中国は、普通の庶民が最も快適で便利な生活を送ることができる時代だということだ。もしあなたが非常に裕福であれば、どこへ行っても幸福に暮らせるだろう。もし非常に貧しければ、中国以外の国で肉体労働者をした方が稼げるかもしれない。だが、もし私のように普通の人であれば、快適にゆったり暮らせる国は、中国をおいて他にない。

安全感が自由になった

中日両国の治安はどちらも非常に良く、この面での安心感は十分すぎるほどだ。日本人が中国人に不親切だとか、あるいは中国人が日本人に不親切だといったことは、少なくとも私個人の経験では全く感じたことがない。

日本で私が感じた不安の源は、頻繁に起こる地震だった。2024年1月1日に能登半島地震が発生し、それ以来、恐怖が頭から離れなくなった。

北陸地方はまだましだったが、東京に滞在した1カ月の間には、夜中に軽微な地震で揺り起こされ、動悸がして二度と眠れない日が何日かあった。理屈ではこれしきの揺れは安全に何の影響もないと分かっていても、生理的な苦痛は厳然として存在した。ましてや、今日来るかもしれないし、数十年後かもしれないと予測されている首都直下地震の問題もある。このことが、私が住む場所に東京を選ばなかった理由の一つだ。

未熟な中国の空気の質

北京のスモッグ対策はかなり成功し、空気の質は以前よりずっと良くなった。昆明は通年で空気の質が「優」と評価されている。しかし、実感として、中国での空気の質は日本との間に巨大な落差があると言わざるを得ない。

主な原因はたばこの煙だ。タクシーを呼べば、高確率でタバコ臭い不潔な車に当たる。道を歩けば、いつでも顔に臭い煙を吹きかけられる。北京では基本的に室内禁煙なのでまだよいが、昆明では禁煙でないレストランがあまりにも多すぎる。禁煙条例がないわけではないのだが、誰もが「執行しない」ことを黙認している。昆明ではあろうことか、病院で診察を待っている時でさえたばこの臭いがしてきた。

あの瞬間の絶望感といったらなかった。

未熟な中国の車内マナー

日本の公共交通機関の静かさに慣れてしまうと、中国の高速鉄道内はとりわけ騒々しく感じる。中国に戻ってから利用した高速鉄道の列車内の前の席には、東北地方出身の中年女性が数人いて、車内でずっと大声で笑いながら話していた。後ろの席では、上品で小ぎれいな身なりのホワイトカラー風の女性がスマホでスポーツの試合を音を出して視聴していた。通路では「ピヨピヨ」という鋭い音の出る靴を履いた子供が、走り回っていた。

私はその日、微信(ウィーチャット)に、「もし将来、私が再び祖国を離れることがあるとすれば、それは公共の場でたばこを吸う人や音を垂れ流す人たちに追い出される時だろう」と書き込んだ。

未熟なトイレの衛生

中国では、公衆トイレの衛生面は以前と比較すれば改善したとする声がある。しかしそれは、比較の対象による。日本のトイレでは本当に全く悪臭すらない。日本人は誰もが自覚を持ってトイレの衛生を維持しており、便座の上に土足でしゃがんで用を足したり、紙を散乱させたり、使用後に流さなかったりすることはない。

私は夫に、日本のトイレはなぜこれほどきれいなのかと尋ねた。夫は「それは当たり前のことではないか」と言った。日本人である夫は、どう使えばトイレが汚れるのかが理解できないのだ。

未熟な交通秩序

昆明の素晴らしい気候は諸刃の剣だ。

1年365日のうち364日が電動バイクでの移動に適した快適な天候だからだ。電動バイクの大群はイナゴのように道を席巻し、無理な割り込みや急な右折左折もイナゴのように突然かつ素早い。歩道では至る所に電動バイクが乱雑に停められ、歩行者は奇妙なステップを踏まなければ通り抜けられない。

夫は横断歩道を渡る際に、車が来る方向だけを見て歩き出して、猛スピードで逆走して飛んできたデリバリーの配達員にぶつかりそうになったことがある。私が日本に行ったばかりのころの話だが、夫と横断歩道を渡った際、夫が歩行者用信号が青になった瞬間に左右も見ずに渡りはじめたので驚いたこともある。私は夫に「中国だったら今頃はね飛ばされている」と言ったものだ。交通問題は管理レベルの問題でもあり、個々の意識の問題でもある。中国では当面、この問題は解決できないと思う。(翻訳・編集/如月隼人)

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