2026年は午年、馬の年です。中国や日本では、古くから馬は人々の生活や文化に深く関わってきました。

中国では神話や伝説の中で、馬は龍と並んで力や栄光を象徴する存在とされ、日本では願掛けの「絵馬」にその姿が描かれます。

今年の干支にちなみ、両国における馬の文化史の共通点と相違点について、民俗学者、清華大学歴史学部の劉暁峰教授に話を聞きました。

■馬は「六畜の首」 「丙午」は盛陽の年

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
午年がテーマの切り絵展の出展作品(山東省)

――2026年は「午」年、つまり馬の年です。馬は古くから中国だけでなく、世界各地で親しまれている動物です。

そうですね。馬は数千年にわたり、人類の良きパートナーであり続けてきました。古代中国では、馬・牛・羊・豚・犬・鶏は代表的な家畜として「六畜(りくちく)」と呼ばれますが、その中でも馬は「六畜の首」とされていました。

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
「洛陽文物珍宝展」で展示された唐代の彩文陶馬と馴馬俑(河南省洛陽博物館)

馬は力強く、農耕では重い犂(すき)を引く重要な労働力でした。また、俊足を生かし、騎乗や馬車は当時最速の交通手段ともなっていました。さらに戦場では、騎兵が、しばしば戦局を決定づける存在でもありました。

中国では長きにわたり馬が飼われ、使われ、愛されてきました。そして同時に、馬に高い精神性をも見いだしてきたのです。

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
広東省恵州市の「迎春花市」の春節の縁起物店

――特に、2026年は、「丙午(ひのえうま)」ということで注目されていますね。民俗学では丙午の年をどのような年と捉えられているのでしょうか?

丙午は、干支(かんし)の一つ。「干支」とは、古代中国で考えられた「十干(じっかん・天の性質を表す10種類の記号)」と「十二支(じゅうにし・地上の動物にちなんだ12種類の記号。“地支”ともいう)を組み合わせて年を表す仕組みで、60年でひと回りするものです。

2026年は、十干が「丙(ひのえ)」、十二支が「午(うま)」となります。陰陽五行説(古代中国の自然や宇宙の性質を説明する理論)では、丙は、十干の中で「火の兄(え)」、つまり、激しい「陽の火」を意味します。一方、午は時間でいえば正午(11時~13時)、すなわち一日のうちで最も陽気が充実する時間帯です。丙も午もいずれも「陽」に属するため、「丙午」は、陽気が最高潮に達する「盛陽の年」と考えられています。そのことから、丙午は古来「火馬(ひうま)の年」「赤馬(あかうま)の年」とも呼ばれています。

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
『丙午年春節展』に出展された切り紙作品(中国工芸美術館(中国無形文化遺産館))

■八卦の起源か 「河図洛書」に遡る馬の伝説 

――おっしゃるように、馬は古くから生活や信仰の中で大切にされてきました。中国には馬にまつわる伝説が数多く残されています。馬の文化史と知る意味で、特に代表的なものを教えていただけますか。

まず挙げたいのが、「河図洛書」(かずらくしょ)の伝説です。これは古代中国でも特に神秘的な物語の一つです。

伝説によれば、帝王・伏羲(ふくぎ)の時代、黄河から龍のような姿をした馬「龍馬(りゅうば)」が現れました。その背には特別な紋様(「河図」)があり、伏羲はその紋様をもとに、宇宙にあるさまざまな力を象徴する「八卦(はっけ)」を創り出したと伝えられています。古代の文献にも多くの記録が残されており、前漢(紀元前206年~8年)の学者・孔安国が著した『尚書伝』には、「伏羲氏王天下,龍馬出河,遂則其文,以畫八卦」(伏羲氏が天下を治めたとき、龍馬が河より出で、その紋様に則って八卦を描いた」と記されています。

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
「龍馬負図」像(河南省洛陽市孟津区の龍馬負図寺)

一方、別の言い伝えでは、伝説上の王・大禹(だいう)が、治水の折、洛水(現在の河南省洛陽付近)から神亀が現れ、その甲羅に不思議な図案(「洛書」)があったとされています。現存する宋代(960年~1279年)の「洛書」は、1~9の数を3×3のマス目に配置した「九宮格(きゅうぐうかく)」となっており、縦・横・斜めのどの列の数字を足しても合計が15になる特徴を持っています。

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
「河図洛書」をモチーフにした彫刻(河南省洛陽博物館)

古代中国では、「河より図(ず)が出で、洛より書(しょ)が出で、聖人これに則(のっと)る」という言葉があり、天命を受けた帝が世を治める際には、瑞兆(ずいちょう)として「河図」「洛書」、そして、「聖人」が現れると信じられていました。

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
魏晋時代(184年~589年)の画像磚 左から河図、洛書(浙江省杭州市・中国絲綢博物館)

春秋時代(前770年~前476年)の思想家・孔子の時代にもこの伝説はすでに広く知られており、『論語・子罕(しかん)』には「鳳鳥(ほうちょう)至らず、河図出でず、吾已(や)む」(鳳鳥は来ない、黄河から河図は出ない、私はもうどうしようもない)と嘆いた記録があります。

実は、この伝説にも、陰と陽の構造が内包されており、「洛書」を背負う神亀は「陰」、「河図」を運ぶ龍馬は「陽」的な存在と解釈されてきました。

■現在も息づく「龍馬精神」

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
成都の道教寺院・青羊宮の青銅製龍馬像

――龍の姿をしていても「馬」とされる龍馬は、古代中国で馬が象徴的に重要視されてきたことを示す存在といえますね。現在も中国では「龍馬精神」という言葉がよく使われます。

向上心や積極的に前進する精神を表しますが、なぜ龍と馬が結びつけられているのでしょうか?

馬と龍を結びつける発想は古くから見られます。古代中国では馬と龍はしばしば並び称されてきました。戦国時代(紀元前475年~紀元前221年)末期の『呂氏春秋』には、「馬の美なる者は青龍(せいりゅう)の匹(ひき)なり」とあり、5世紀の歴史書『後漢書』には、「天を行くには龍に如(し)かず、地を行くには馬に如かず」と記されています。

また、馬と龍は、互いに変じ得る存在とも考えられていました。戦国時代の経典『周礼』(夏官司馬篇)には「馬、八尺以上を以て龍と為す」とあり、漢代(紀元前202年~220年)の儒者・戴徳の『大戴礼記・五帝徳』には、「帝嚳(ていこく)は、春夏は龍に乗じ、秋冬は馬に乗ず」とあります。「帝嚳」とは上古の帝王の一人ですが、その乗り物として馬が龍と同等に扱われていたことから、馬が龍と並ぶ聖なる存在として認識されていたことがうかがえます。

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
深セン証券取引所ビル前にある龍馬モチーフの彫刻(広東省深セン市)

――なるほど。古代中国では、空を翔ける龍と地を駆ける馬は、対になる存在として結びつけて考えられてきたのですね。

そうですね。龍は想像上の生き物ですが、後漢時代の思想書『論衡・龍虚』には、「龍の象(かたち)、馬首蛇身(ばしゅだしん)」とあり、龍の姿に馬の要素が含まれていることがわかります。龍も馬も「力」「速度」「栄光」と結びつき、陽剛や情熱を象徴する存在でした。空を翔ける龍が力強さや精悍さを象徴するように、大地を疾走する馬もまた、その俊敏さと行動力で人々の心を捉えてきたのです。

■邪気を払う馬 古代日本の宮中儀式「白馬節会」

――では、日本ではどうでしょうか。日本でも古くから馬は神聖な動物とされてきましたが、その具体例を教えていただけますか。

代表的なものの一つが、8世紀から行われていた宮中儀式「白馬節会(あおうまのせちえ)」だと思います。正月7日、宮中で白馬を天皇や貴族の前に引き出し、その姿を鑑賞することで邪気を祓う儀式でした。

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
上賀茂神社の白馬奏覧神事(京都/2026年1月7日/京都観光オフィシャルサイトから)

中国古代の歳時書『十節記』(現存せず、日本の古典に逸文として残る)にも、「馬の性(さが)、白を本とす。天に白龍あり、地に白馬あり。この日、白馬を見れば、年中邪気(じゃき)遠ざかりて来たらず」とあり、ここでも馬が吉祥の象徴とされていたことがわかります。現在も京都・上賀茂神社では毎年正月に「白馬奏覧神事(はくばそうらんじんじ)」が行われています。

■「絵馬」はなぜ「馬」なのか

――日本で願掛けに使われる「絵馬」については、どうお考えですか?

絵馬は神仏への願いや感謝を託して奉納するものです。木片に馬や人物、物品などの絵を描き、願い事を書き記して奉納します。中国の「龍馬」が宇宙的スケールの象徴であるのに対し、日本の絵馬は個人の願いに寄り添う存在へと変化しました。素朴ながらも、人々の生きることへの愛と未来への祈りを静かに支えています。

――なぜ願いを託す対象に「馬」が選ばれたのでしょうか。

馬が持つ「陽気」の力、すなわち邪気を払い、縁起を担ぐ力と深く関わっているのではないかと思います。初めにご説明したとおり、十二支の「午」は、正午を表し、一日の中で最も陽気が強く、光に満ちた時間帯です。馬の絵に願いを書くことで、その願いもまた日の光に照らされ、成就へと向かうと考えられていたのではないでしょうか。

■東アジアに共通する「馬」への想い

龍馬に白馬 そして絵馬 「午年」のよもやま話〜清華大学・劉暁峰教授に聞く〜
午年をテーマにした切り絵作品を鑑賞する親子(安徽淮南市)

――中国でも日本でも、馬は願いが託される存在なのですね。

その通りです。両国の人々はそれぞれの習わしの中で、古くからのパートナーである馬に新年の願いを託してきました。同じ馬という存在を共有しながらも、その意味づけや表現の仕方は大きく異なっています。「美美与共、和而不同(互いに美しさを認め合い、共有しつつも、調和を保ちながらそれぞれの違いを尊重する)」――中国と日本の馬の文化史はまさに、この言葉を体現しています。古代から現在へと脈々と受け継がれてきた東アジア文化の奥深さを物語っているといえるでしょう。(提供/CRI)

編集部おすすめ