アメリカが66の国際機関から脱退するという本年1月7日のホワイトハウス声明は、トランプ大統領による国際秩序への一連の挑戦の一つとして、国際社会に多大の懸念を引き起こしている。このセンセーショナルな措置は、国際機関、特に国連を中心とするマルチ協力システムにどれほどの影響を与えるだろうか。
まず、発表された国連機関と国際機関を見てみよう。31の国連機関と35の非国連の国際機関が脱退の対象になっている。脱退の理由としてトランプ大統領やホワイトハウスが挙げているのは、(1)米国の国益にそぐわない、(2)組織が放漫経営であり、税金の無駄使いで非効率、あるいは有害、(3)米国の主権や自由を脅かす特定のイデオロギー(グローバリズムや気候変動など)を推進している、というものだ。
31の国連機関
国連機関で規模が大きい組織からの脱退としては、国連気候変動枠組条約(UNFCCC)、国連人口基金(UNFPA)、国連女性機関(UN Women)、国連貿易開発会議(UNCTAD)、福岡市にアジア・太平洋地域本部がある国連人間居住計画(UNハビタット)などがある。今回は、すでに脱退を表明した世界保健機関(WHO)やユネスコなどのような国連専門機関は含まれていないが、国連関連条約や国連総会の下部機関たる「基金・計画」、国連総会の補機関などが多く入っている。
国連の「基金・計画」に属する組織は、一国一城の独立した15の国連専門機関とは異なり、国連総会決議で作られ、トップは国連事務総長が任命する。今回のリストには、国連人口基金や国連女性機関などが含まれている。人口基金については、米国の共和党政権は以前から、同基金が中国の強制中絶・強制不妊を支援しているとの(誤った)理由で拠出金の停止を何度も繰り返してきた。それだけに、今回の脱退発表は想定外ではないだろうが、それでも資金面だけでなく、現場のサービスや人道支援の提供面で、多大の影響が出ることが懸念される。国連女性機関についても、米国の拠出金は世界第8位とあまり大きくはないが、ジェンダー平等や女性の権利推進のための現地プログラムの停止など多大な影響が出るだろう。
リストを見ると、「水増し」というか、「粉飾発表」の感がするものも多い。例えば、国連の経済社会局と経済社会理事会(ECOSOC)ならびにその4地域委員会とが真っ先にリストアップされているが、これらの組織は国連内の一部局でしかない。SDGs(持続可能な開発目標)の担当部門であり、また、最近は中国が局長を占めて力を入れているところである。
35の非国連機関
他方、35の非国連系の国際機関だが、そのうち比較的規模が大きいのは、国際自然保護連合(IUCN)、政府間気候変動パネル(IPCC)、国際再生可能エネルギー機関(IRENA)、横浜に本部を置く国際熱帯木材機関(ITTO)などだ。
国連機関の場合と同様、脱退する非国連機関の国際組織には、気候変動、生物多様性などの環境および自然保護、エネルギーおよび再生エネルギー、移住と開発、自由、民主主義、正義、芸術・文化などに関連する国際組織やフォーラムなどが含まれている。
リストに含まれなかった機関
視点を変えて、この66の脱退リストに含まれなかった組織を見てみよう。まずは、国連事務局だ。トランプ大統領は、昨年9月の国連総会でさんざん国連に対して悪態をついたが、今回のリストには、国連本体からの脱退は含んでいない。常任理事国としての特別な地位、さらにはニューヨークに国連本部があるという特別な名誉と利益を考えると、国連本体からの脱退までは考えないのだろう。
国連の専門機関では、WHOとユネスコからは、すでにアメリカの脱退方針が発表されているが、今回のリストに国連食糧農業機関(FAO)や国際労働機関(ILO)といった大手、老舗の専門機関は含まれていない。また、国際電気通信連合(ITU)や、万国郵便連合(UPU)、世界知的所有権機関(WIPO)なども含まれていない。
さらに、世銀および国際通貨基金(IMF)、さらに国連システム外の世界貿易機関(WTO)、経済協力開発機構(OECD)などの大きな国際機関も含まれていない。世銀のトップは1946年の初代総裁からずっとアメリカ人が占めている。世銀の総裁は最大の出資国であるアメリカが指名し、IMFのトップ(専務理事)は欧州諸国が指名するという暗黙の了解がある。
国連の「基金・計画」では、国連児童基金(ユニセフ)、世界食糧計画(WFP)や、国連開発計画(UNDP)が含まれていない。
まとめ
このように見てくると、今回の66国際機関からの脱退というビッグ・ニュースは、その中身を冷静に分析することが大事なことを示唆している。
まず、脱退するという66のリストに含まれた国連および非国連機関よりも、含まれなかった国際機関(国連本部、世銀、IMF、ユニセフ、WFPなど)の方が、規模といい、機能といい、相対的にずっと大きいことが分かる。真実は、語られた言葉の中ではなくて、語られなかった沈黙の方に棲(す)みつくといわれるとおりである。
第2に、アメリカが脱退するという国際機関は、比較的小規模なものが多く、しかも、トランプ大統領が嫌ってきたことがよく知られている気候変動、ジェンダー、人権、SDGsなどの開発分野が主体であることが分かる。すなわち、66機関からの脱退といっても、「二番煎じ」の感がぬぐえず、かなり小さなフォーラムや委員会なども含めての象徴的な、政治的メッセージを込めたものといえるだろう。
第3に、今回の決定は、国際秩序を支える国連などのマルチ協力体制を根底から揺るがせるほどのものではなく、国連などの国際機関は、相当のダメージを受けるところがあっても、大黒柱が崩れてバラバラになるわけではないと判断できる。トランプ大統領が次々と繰り出す措置があまりに法外なものだから、「国際秩序がすでに崩壊している」と見なす向きもあるが、これまでのところは、まだそこまでは行っていないと見るべきであろう。
第4に、アメリカのしたたかさが目立つ。アメリカの国益にとって大事な国際機関(例えば、世銀、ユニセフ、WFPなど)はちゃっかり保存してあって、それらに対する影響力の行使は続けるのだろう。特にトランプ大統領の打ち出す措置は、経済効率や、予算の節約、利潤の最大化、米国経済および企業にとっての利益といった、特定の利害関係に注目したビジネスマン的判断によるところが大きい。それを国際機関にも適用したと見られる。
第5に、このようなアメリカの動きの中で、日本の国際的な役割が一層大事になるだろう。アメリカが退いた後に中国が入り込むという構図ではなく、日本は、カナダ、オーストラリア、欧州諸国といったリベラルな諸国と協力して、傷ついたマルチ協力体制を支えることが重要になっている。単なる調整役ではなく、どんどん積極的なイニシアチブをとる指導的な役割だ。国際機関人事でも、ますます群雄割拠の様子を呈することとなり、野心のある日本人の若者にとってはチャンス到来とも言える。
今後もトランプ大統領からは、予断を許さない厳しい攻撃の矢が飛んでくることが予想される。アメリカに対する有効なカウンターパンチがない以上、どの国際機関も、次の攻撃に備える防衛策を講じるしかない。生成AI等を駆使し、自らの組織が米国に対していかに具体的な利益をもたらしているかを徹底的に可視化することが大事だ。
今回の措置の対象となった国際機関の職員の人たちには、深い同情を禁じ得ない。それでなくても長期的な職の安定度に欠ける国際機関で、アメリカからの資金が断たれることによるポストの不安はいかばかりかと想像に難くない。このような無茶苦茶な攻撃には腹の虫が治まらないだろうが、アメリカに健全な常識と国際的な見識が戻ってくるまで辛抱するしかない。それでも、国際機関で経験を積んだ有能な人たちだから、他のどのようなポストや職場に移っても信頼され、活躍することは間違いないと信ずる。











