※この記事は昨年12月25日発売の『Rolling Stone JAPAN vol.01』内、「フロム・ジェントラル・パーク」に掲載されたものです。
こんにちは。唐木元と申します。2年ほど前に軽く気が触れてしまって脱サラ、渡米。ボストンにあるバークリーという音楽大学に留学して卒業したのち、今はブルックリンに居を移して音楽を制作したり演奏したりしています。ミドルエイジ・クライシスっていうんでしょうか、怖いですね。
今の僕はレコード会社との契約もない駆け出しだから、あした幼女誘拐かなんかで捕まったら(しませんが)、日本のテレビのテロップにはたぶん”自称ミュージシャン”って書かれる気がしてるんですが、こちらでは割とミュージシャン面しておりまして、どうしてかというと音楽での収入がちょっとばかりあるからです。
具体的に何をやってお金をもらってるかって結婚式なんですが、こちらのウェディングって生バンドが入るスタイルが多くて、結婚式の他にも、企業の新作発表会から、誰かが昇進したとか果ては子どもの誕生日まで、毎夜数えきれないくらいのパーティがあちこちで催され、パーティには生バンドが入るのがお約束で。
その生バンド文化を裏支えしているのがエージェントと呼ばれる派遣業者。僕がいる東海岸北部だけでも4つの大手エージェントがあり、ミュージシャンはバンマスに勧誘されて、都度、もしくは年間の契約を結ぶことになります。パーティ主催者はウェブサイトから予算とスタイルを申し込むと、ミュージシャンがPA一式とともにデリバリーされてくるという仕組み。
そういったパーティ・バンドのことを、ミュージシャン同士では”GB”と呼んでいます。
バンマスによって異なるのですが、事前に300~400曲のソングリストが渡され、そのなかから、運が良ければ1週間前、たいていは前日におよそ40曲のセットリストが送られてきます。演目はおおよそご想像のとおり、テイラー・スウィフトにブルーノ・マーズ、スティーヴィーからマイケル、EW&Fのヒットメドレー。あと結婚行進曲は絶対に。
会場は誰かの家かレストランか公民館か、なんにせよ日本の結婚式場に比べたら質素なもんです。バンドさんはたいてい4部構成、入場時に数曲やったのち、カクテルタイム。ここはピアノだけになるので鍵盤奏者はギャラが5割増です。食事とスピーチにひと段落ついたら、あとはお楽しみのダンスタイム、休憩を挟んでたっぷり2セットやるのがお定まりです。
GBの気になるギャラは?
肝心のギャラだけど、1日拘束でいくらもらえるかというと、ひどく安くて100ドル、気前のいい主催者だと300ドルってところ。先ほど話したように鍵盤奏者にはカクテルタイムぶん多く払われ、あと基本的な事実としてバンマスは分配前にそこそこ抜いてる。どんくらい抜いてるかでバンマスの評判が上下したりも、する。
ちなみにいちばんギャラがいいのはバーミツヴァといって、ユダヤ人の元服式といえばいいのかな。僕はやったことないけど、すごくチップをはずんでくれるんだって。ルールが謎な席取りゲームみたいのがえんえん行われ、その間じゅうユダヤの民謡や童謡を演奏しなくちゃいけないから、そのレパートリーに対応できるミュージシャンは稼ぎがいい。
暗算が苦手だからざっくり1日200ドルとしてみましょう、週2で入れたら月1800ドル、20万円。ハウスシェアなら暮らせる金額です。もちろんもっとがんばって入れてもいいし、バンマスともなればみんな法人化して節税と訴訟リスクに備えるほどに、ちゃんとした仕事として成立してしまいます。
ここまで話すと、映画『ラ・ラ・ランド』で、主人公がプールサイドでフロック・オブ・シーガルズを演奏していたシーンを思い出す人も少なくないかもしれません。あれがまさにGBです。ただ僕はあの映画のことを残念に思っています。端的にいえば、嫌いだな。
それは劇中で流れる曲がジャズかジャズじゃないかとかそういう話ではまったくなくて、ダミアン・チャゼルが主人公のミュージシャンの演奏シーンを終始、猛烈につまんなそうに、やってらんねーぜーって風情で撮りくさったからです。僕は『ラ・ラ・ランド』を4回観たという友達の娘に聞かれたことがあります。
軽い怒りとともに胸を張って答えたいんだけど、全然そんなことはないよ。どんな場末の、床がきしむようなベランダでも、くそださいポルカかなんかだって、音楽ってもんには確かにミラクルがあって、ひとたび演奏が始まってしまえば、やんなっちゃうくらい楽しいもんなんだ。チャゼルにはそれがまったくさっぱりわかっていないし、子どもにこんなこと言わすなんて、はっきりと害悪だなと思いました。
もちろんその楽しさには麻薬というか、毒の部分があるのも事実で、特に自分の音楽を世に問いたいと考えるタイプのミュージシャンにとっては、たぶんマンガ家のアシスタントさんなんかと似た話だと思うんだけど、へたに食えちゃうがゆえに自分の制作と向き合うことなく、気づいたら35、40になってしまいました、という人も少なくない。
そんなこともあって、僕はもう中年で残された時間が少ないから、誰かの代役でスポットでしかGBをやることはないけれど、アマチュアに毛が生えたくらいのミュージシャンにとって、居酒屋やコンビニでバイトしなくても、しょぼい田舎仕事とはいえ、音楽を演奏することだけで暮らしていけちゃうというのは、アメリカのいいところなんじゃないかなーと思っています。
唐木 元
ミュージシャン、ベース奏者。2015年まで株式会社ナターシャ取締役を務めたのち渡米。バークリー音楽大学を卒業後、ブルックリンに拠点を移して「ROOTSY」名義で活動中。最近自宅の近くに事務所兼スタジオを借りまして、セントラルパークをもじって「GENTRAL PARK」と名付けました(GENTRALは「寝ぼけた」という意味のスラング)。twitter : @rootsy
◾️バックナンバー
Vol.1「アメリカのバンドマンが居酒屋バイトをしないわけ、もしくは『ラ・ラ・ランド』に物申す」
Vol.2「職場としてのチャーチ、苗床としてのチャーチ」
Vol.3「地方都市から全米にミュージシャンを輩出し続ける登竜門に、飛び込んではみたのだが」
Vol.4「ディープな黒人音楽ファンのつもりが、ただのサブカルくそ野郎とバレてしまった夜」
Vol.5「ドラッグで自滅する凄腕ミュージシャンを見て、凡人は『なんでまた』と今日も嘆く」
Vol.6「満員御礼のクラブイベント『レッスンGK』は、ほんとに公開レッスンの場所だった」