ドクター・ジョンは、自身の死期を悟っていた。約1年を費やし、遺作となるアルバムを録音していた。
そして、そのアルバムの完成版を本人が最期に聴くことができたという。「彼は聴きながら一緒に口ずさみ、満面の笑みを浮かべていたよ」と、ドクター・ジョンのプロデューサーを務めたシェーン・セリオットは、ローリングストーン誌に語ってくれた。

2018年12月、ギタリストのシェーン・セリオットは車に乗り込み、ニューオリンズにあるマック・レベナックの自宅に向かっていた。ロックの殿堂入りを果たしたピアニスト兼シンガーソングライター兼プロデューサーで、ドクター・ジョンとして広く知られているレベナックの新作の完成版を渡すためだった。これをプロデュースしたのがセリオットなのである。その頃、レベナックの健康は衰えていく一方で、自宅を出るのもままならないほど歩行が困難になっていた。それから半年後、レベナックの家族が心臓発作でレベナックが他界したと発表した。

しかし、そうなる前の1年間を費やして、ドクター・ジョンは最後のアルバムを完成させていた。レコーディング・セッションが行われたのはニューオリンズのエスプラナード・スタジオ、レベナックの自宅、セリオットの自宅で、完成したこのアルバムに収録されているのは新曲、カントリー調のカバー曲、リメイクしたドクター・ジョンのクラシック曲だ。全曲、ドクター・ジョン自身が選んだニューオリンズのセッション・ミュージシャンたちとプレイしたものである。自身の健康問題も計画を実施する上でのさまざまな障害も乗り越えて、これまで30枚のアルバムを世に送り出してきたピアニストであり、ソングライターであり、シンガーのドクター・ジョンは、最後の作品を完成させて世に送り出すことを見据えていた。

この完成版を聞いたドクター・ジョンは大喜びした。
「僕たちは一緒に座って、全曲とも2回繰り返して聞いた。彼は聞きながら一緒に口ずさんで、満面の笑みを浮かべていたよ。そして僕を車まで送り出して、僕の顔を見つめて『嬉しいよ。私の判断は正しかったね』と言ったあとで、僕をハグして、頬にキスしてくれた」と、セリオットが語った。

完成したアルバムの詳細は、タイトルやリリース日を含めて、まだ最終決定していないが、ドクター・ジョンが存命中に彼の最後の作品が完成した。しかし、この作品を制作中のドクター・ジョンはこれが最後の作品だと感じていたようなのだ。セリオットが状況を説明してくれた。「制作開始以前のマックは、これが自分の最後のレコードになるとは思っていなかったはずだ。でも制作が進むにつれて、彼はそうなると気付いたんだと思う。

「これには本当に心が痛んだ。だってマックが僕の家にやってきたときに体調がすぐれないことが一目瞭然だったが、マックの労働倫理はオールドスクールで……つまり彼は一晩に5セットやるのが普通という労働環境で鍛えられた人なんだ。折に触れて僕にそんな話をしてくれて、マックは『やるべきことが何であれ、必ずやり遂げないといけない。
だからちゃんと終わらせないとな、シャゼイン(ドクター・ジョンがつけたセリオットのあだ名)』と言っていた。『このマザーファッカーを完成させるために、やらなきゃいけないことを全部やって完成させるぞ』ってね」

この作品でキーボードを演奏したデヴィッド・トーカナウスキーは「マックはこれが最後のレコードになると知っていたよ。彼の声を聞くだけでスタジオの中がエモーショナルになった。これが最後に作るレコードだという意識が持つ独特の重みがこの作品にはあるんだよ」と語った。

ドクター・ジョンがこの作品のレコーディングを始めたのが2017年で、最初はセリオットの自宅で、次にエスプラナード・スタジオで作業を続けた。2018年初めにドクター・ジョンの体調が思わしくなくなり、エスプラナードでの2回目のセッションではついにピアノを弾くことも困難になった。「しっかりと演奏するのがかなり困難だった」と、エスプラナードのスタジオ・マネージャー、ミシャ・カクカキシュヴィリが当時を思い出して教えてくれた。

しかし、2018年3月になるとドクター・ジョンの体調は驚異的な回復を見せて、セリオットがドクター・ジョンの自宅に間に合わせのスタジオを作って、セリオットが言うところの「リック・ルービン=ジョニー・キャッシュ」方式でレコーディングできた。「必要に迫られて彼らと同じアプローチを取った」とセリオット。

そして完成したアルバムは伝統的なカントリー・ミュージックに軸足を置いたものとなった。「彼は子供の頃からカントリーもよく聞いていたが、それを知る人は多くないんだ」と、セリオットが説明した。ドクター・ジョンが10代の頃から憧れていたのがハンク・ウィリアムス・シニアだった。
また、ジョン・スコフィールドなどのベテラン・ジャズ・プレイヤーたちによると、ドクター・ジョンは、少なくとも80年代からずっと、カントリー調のピアノとレイ・チャールズのモダン・サウンドを掛け合わせてカントリー&ウエスタン・ミュージックをレコーディングしたい、と話していたという。今回のアルバムには、「Old Time Religion(原題)」(ウィリー・ネルソンとのデュエット)、ジョニー・キャッシュの「Guess Things Happen That Way(原題)」と「Funny How Time Slips Away(原題)」などのカントリーのクラシック曲が多数フィーチャーされていて、それに加えて「Ramblin Man(原題)」など、ハンク・ウィリアムス・シニアの曲もカバーしている。

「それに(ハンク・ウィリアムス・シニアの1949年の歌)『Im So Lonesome I Could Cry(原題)』のカバーもあって、この曲を歌うマックの声を聞くとみんな涙するはずだ。このレコードの形が出来上がるにつれて、まったく意図していなかったのに、取り上げた曲に共通するのが”時間と過去を振り返る”だと気づいた。マックの歌声を聞くと、彼が人生を精一杯生きたことがわかる。最高の歌声なのだが、同時に危うさも感じさせるんだ」と、セリオットが述べた。

「歌詞の内容はカントリー風のものなのだが、完全にレベナック色に染め上げている」と、トーカナウスキーが付け加えた。

セリオットが「ホーンと女性シンガーを従えたマックのお馴染みのスタイル」と呼ぶアップテンポな新曲4曲に加え、ドクター・ジョンは自身のクラシック曲をアレンジし直して再録音している。「Such a Night(原題)」と「I Walk On Guilded Splinters(原題)」がそれで、後者はリッキー・リー・ジョーンズをフィーチャーした「トリッピー」なアレンジになっている。

セリオットは必要以上に豪華に飾ってこの作品を台無しにしたくなかったと言う。「たくさんのゲストを招きたいとは思わなかった」と。ジョーンズ、ネルソン、アーロン・ネヴィルがドクター・ジョンと一緒にプレイしている”ニューオリンズのストリートパーティー”風にアレンジしたトラヴェリング・ウィルベリーズの「End of the Line(原題)」以外は、余計な装飾を一切排除して、ドクター・ジョンの歌声とピアノに重きを置いたミックスになっている。
「どの曲も彼がすぐ近くで歌っているようだ」とセリオット。

ドクター・ジョンが存命中に完成したこのアルバムを聞くことができて本当に良かったとエリオットは言って続けた。「マックはこのアルバムを聞いて、このアルバムと生きて、提案もしてくれた。これは彼のクリエーションの一つだったんだ」と。
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