米現地時間7月10日水曜日の夜、ニューヨーク州のハマースタイン・ボールルームに集まった観客たちは、7月15日からはじまるAmazonプライムデーを祝うため、ステージとの距離がかなり近い小さな会場でテイラー・スウィフトによるスタジアムコンサート級のライヴを堪能した。
ひとつの世界では、完璧なビジネスウーマンのテイラー・スウィフトは、彼女がかつて所属していたレコードレーベルのビッグマシン・レコードをマネージャーのスクーター・ブラウンが買収し、初期のアルバム6作のマスターレコーディングを手中に収めたことに対して大っぴらにブラウンを非難した。「私にとって最悪のシナリオだわ」と6月末にスウィフトはTumblrに投稿した。「ブラウンのもとで何年も受けた洗脳のようないじめのことばかり思い出してしまう。」近年の音楽業界において、マイケル・ジャクソンの「今夜はビート・イット」のMVの最後の2分間のように、ポップスターたちがブラウン対スウィフトの対決に参戦し、熱い戦いを繰り広げることなどなかった。”音楽業界インサイダー”ことキングメーカーのもとで陰謀を目論む怪しげな輩とすべての音楽業界関係者が、典型的な密室での取引が白日にさらされるのを見つめる様子は、いかにも内輪ネタにふさわしい。その一方で、今回の買収騒動は、昨今話題の作者の所有権(あるいはその欠如)に関する幅広い議論へと緩やかに向かいつつある。
水曜日の夜に生まれた別の世界では、ロイヤルティのレート、取引の決め手、マスター音源の所有権などの類は一切存在しなかった。スウィフトはここ最近の騒動への言及を避け、親密な雰囲気の会場にふさわしく、ファンに人気の9曲を45分にわたって歌い上げた(女性誌ELLE曰く、スウィフトはライヴのラストを飾った「Shake It Off」の曲中で「世界中の汚いサイテーな奴ら」と叫ぶ場面を切り取ったTumblrの投稿に「いいね」をした、と報じた。だから、正確には完全に騒動を無視したわけではない)。
シェイクスピアの戯曲『ヘンリー4世』に「王冠を頂く頭は安眠せず」という有名な台詞があるように、トップに立つ者の苦悩は大きい。それでも、スウィフトはファンがイベントに来る目的をちゃんと理解していた。デュア・リパ、SZA(シザ)、ベッキーGなどの他の参加アーティストがこぢんまりとした会場——フロアの中心まで広がるH型のステージのせいで、小さな会場はさらに小さく感じられた——ならではの親近感を活かしたのに対し、スウィフトはスタジアムコンサート級のライヴを持ってきたのだ。
ライヴの目玉はもちろん打ち上げ花火ではない。スウィフトにしては珍しい小さなステージを利用して、スウィフトはアコースティックギターだけで「Welcome to New York」を披露した。同作のライヴ演奏は初めてではないが、普段の10分の1ほどの大きさの会場でスウィフトを見られるチャンスなんて『テイラー・スウィフト:Unplugged』以外ない(Amazonはプライム・ビデオでライヴを限定配信した)。
だからといって、イベントの目的を忘れてはいけない。360度広がる壁紙装飾、ステージの中央にセットされた巨大スクリーンに映し出されるAmazonの最新商品、プライムサービスを盛り上げるためにセットチェンジごとに登場する俳優陣の姿からも、観客のパパとママがこのイベント代を払っていることは明らかだ。これこそまさに、”サブリミナル”ならぬ、”スーパーリミナル”と呼ぶにふさわしいAmazonのマーケティング方法なのだ。アカデミー賞女優のジェーン・リンチが見事なホスト役を務めるなか、観客が「送料無料!」と喝采を送るイベントはここだけだ。
イベントの主役はスウィフトだけではない。音源よりもステージでパワフルさを発揮するデュア・リパは「Blow Your Mind」、「One Kiss」、「Electricity」、「IDGAF」をクールで洗練されているとも、無関心で退屈そうともとらえられるロボットダンス風のシックな振り付けとともにこなした。
22歳のベッキーGは、ステージ上で自分らしさを最大限に発揮することで自信とカリスマ性を見せつけた。カリフォルニア生まれのベッキーGは、6名ほどのダンサーに囲まれて「Dollar」、「Mayores」、「Sin Pijama」などを披露し、テイラー目当ての観客からも拍手喝采を浴びた。シザもまた、2017年のデビューアルバム『コントロール』が決して色あせていないことを証明した。「Supermodel」、「Broken Clocks」、「Love Galore」とともにシザのツアーの定番曲であるシックスペンス・ノン・ザ・リッチャーの「Kiss Me」のカバーを披露した。
しかし、その夜の主役はスウィフトだった。来月リリースされる『ラヴァー』のプロモーションとしても大成功だ。ニューアルバム発売を前に、ブラウンとビッグマシン・レコードのスコット・ボルチェッタCEOとのバトルをどれだけエスカレートさせるかは誰にも予想できない。いずれにしても、Amazonプライムデーコンサートのスーパースターはテイラー・スウィフトであることに違いはない。スウィフトを愛するファンにとってはそれだけで十分なのだ。
テイラー・スウィフト – Amazonプライムデーコンサートのセットリスト
1. ”ME!”
2. ”Blank Space”
3. ”I Knew You Were Trouble”
4. ”Love Story”
5. ”Welcome to New York”
6. ”Delicate”
7. ”Style”
8. ”You Need to Calm Down”
9. ”Shake It Off”