ファンクやソウルのリズムを取り入れたビートに、等身大で耳に引っかかる歌詞を載せて歌う4人組ロックバンド、トリプルファイヤーの音楽ブレインであるギタリスト・鳥居真道による連載「モヤモヤリズム考 − パンツの中の蟻を探して」。クルアンビン、ジェイムス・ブラウン、細野晴臣の楽曲考察に続き、第4回となる今回はヴルフペックの楽曲「Disco Ulysses」を徹底考察します。


今回は現在もっともリズムコンシャスなバンドのひとつで、日本でも人気が高く、来日をまだかまだかと心待ちにする人も多いであろうヴルフペックを取り上げたいと思います。曲は「Disco Ulysses(Instrumental)」。

ライブレコーディングの様子を毎回YouTubeにアップすることでお馴染みの彼らを我々は「ポストYouTube時代のファンク・マエストロ」とでも呼ぶべきでしょうか。エディットが当たり前になっており、皆で同じ部屋に集まり膝を突き合わせて「せーの」でレコーディングすることも少ない現代において、暗譜して一発録りを行い、それを撮影してYouTubeにアップするだなんて俄には信じがたいことです。ちなみにベースのジョー・ダートのインタビューを読むところ、録音は1、2テイクしか行わないそうです。またリーダーのジャック・ストラットンが言うにはクリックも使わないとのこと。

彼らのことを知ったとき、『ナポレオン・ダイナマイト』や『天才マックスの世界』に出てきそうな風体の人物たちが集まってファンクに取り組んでいることにまず感動しました。まだバンド名の日本語表記が揺れていた頃の話です。趣味が高じて自らファンクを実践する様子が実に楽しそうで、こちらまで嬉しくなりました。メンバーの中でもジャックはとりわけファンクのオタクで、教則ビデオをマッシュアップしたり、ジェームス・ジェマーソンのベースラインをビジュアライズしたり、ブラウザ上で操作ができるドラムマシンを駆使してファンクのビート・パターンを解説するFunklet/というサイトを作ったりしており、『Aja』の制作ドキュメンタリーを繰り返し視聴するようなタイプのオタクを泣かすコンテンツを多く世に放っております。また、彼らはデヴィッド・T・ウォーカーやジェームス・ギャドソン、ジガブーやパーディといったレジェンドたちと共演しておりオタクの夢を次々と叶えております。

趣味性が高い一方で、ポップスとしてのファンクを評価していることにもシンパシーを感じました。
イギリス発祥のレア・グルーヴ、あるいはディープ・ファンクといった「かっこいい」括りからこぼれ落ちるような、ベタ過ぎてちょっと様になりにくい類のファンクやR&Bのヒット曲にインスパイアされたことを彼らは明け透けにしています。もちろんヌメロやミスター・ボンゴといったクールな再発系のレーベルからリリースされるオブスキュアな音源も良いけれど、シスター・スレッジ最高じゃん…と言いたいタイプのオタクにとって彼らの活躍は福音のように感じられたりもしました。

日本において彼らの音楽は「ミニマル・ファンク」と紹介されがちですが、そもそもファンクには、アートワークや衣装などビジュアル面では過剰な部分があるものの、「Less is more」という美学が内包されていると考えているので、個人的にこの形容にはあまりしっくりきていません。「スピード・パンク」、「ラウド・メタル」、「サイレント・アンビエント」みたいなものと一緒じゃないかと思うのです。それで言ったらクルアンビンのほうがミニマルじゃね? 3人だし…と思ったりもします。ちなみにヴルフペック自身は「ローボリューム・ファンク」という言い方することがあります。

随分と前置きが長くなってしまいましたが、本題の「Disco Ulysses(Instrumental)」に進んでいきましょう。この曲は、初期のプリンス、シック、マイケル・ジャクソンを混ぜたような甘酸っぱいテイストのディスコ調の曲となっております。70年代の山下達郎的な雰囲気も感じられます。元々ジャックがヴルフモン名義で2014年にリリースした「My First Beat」という曲を改作したものだそうです。

イントロでちゃきちゃきした歯切れの良いカッティングを披露するのはプリンスを生んだミネアポリス出身のコリー・ウォンです。彼はストラトキャスターを抱え、フロントとセンターのハーフトーンになるようピックアップ・セレクターを「4thポジション」にし、逆アングルでピックを持って、手首を柔らかく振り回しながら素早くストロークすることで、パーカッシブで鈴っぽい軽やかなサウンドを生み出しています。


ナイル・ロジャースよろしくステレオのセンターに陣取ったこのフレーズ、ちょっと際どく感じません? 拍子が取りにくくリズム迷子になってしまいそうです。これはなぜか。フレーズの出だしが4拍目のウラで、続く音も1拍目のウラになっており、1拍目のオモテが休符になっているからです。これはハードル走で利き足じゃないほうの足で踏み切るようなもので、ややトリッキーといえます。

動画を観るとコリーは8分音符で構成されたフレーズをすべてダウンストロークで演奏しています。8分をダウンとアップに振り分けて4拍で4往復するように演奏しても良いところなのですが、やはり倍の8往復で刻むのがミソです。ストロークのスピードが上がることで弦にピックが当たるスピードも上がるし、アップとダウンという2種のピッキングによる音色の変化もないので、タイトなニュアンスになるといえます。複数の弦をコード弾きする際、ピックを当てるのは点ではなく面となります。そして、この面をピックが通過するスピードが速ければ速いほど音にまとまりが生まれ、アタックのタイミングが明瞭になるわけです。食感に例えるとクリスピーと言ったところでしょうか。ナイル・ロジャースと比較するとわかりやすいかもしれません。彼はコリーほどスピード重視ではなく、歯切れ良さを残しつつも若干もっちりした感じのニュアンスでカッティングします。


さて、コリーに続いて登場するのがダブルストップ奏法で16分を刻むテオ・カッツマンです。コリーのやや際どい8分刻みのフレーズに16分刻みのフレーズを重ねるというのは、同じパターンを細分化したものとはいえ、なかなかに難しそうです。本番でトチって悲しそうな顔をするテオをライブ動画で観て胸を痛めたことがあります。

ど頭からコリーのタイム感に注目して聴いていくと、テオが入るタイミングでリズムのグリッドから外れる微妙な間があるように感じられます。これはおそらくテオが入るのを待っているからでしょう。いくら日頃の鍛錬によってより正確なタイム感を会得しているという自負があろうとも、誰かと一緒に演奏する限り、微妙なタイム感の違いを引き受けてアンサンブルを構築しなくてはなりません。「リズムはナマモノ」というのが私の持論です。例えば、ひとえにトマトと言えども個体差があるし、収穫の時期で味が違うし、時間の経過によって状態も変化するものです。リズムも同様で、杓子定規の対応では良いアンサンブルは築くことは困難です。ファンクは決め打ちのフレーズをひたすら繰り返しているだけという先入観があるかもしれませんが、実際はプレーヤー間で非常にスリリングなやり取りが行われているのです。

ジャックのシンプルなドラム・フィルに導かれて、いよいよバンド全体の演奏がスタートします。1、3拍目にキック、2、4拍目にスネアという王道ディスコパターンのドラムが入るとやはりグルーヴがどっしり安定しますね。
ジャックは若干バックビートを遅らせて納豆のような粘り気を与えているようにも感じられます。3点の音量バランスも素晴らしい。

ヴルフペック一番の人気者、ジョーはバーナード・エドワーズ的なゴツくてバネの強いベースでボトムを引き締めています。彼は華美なプレイでフロアを大いに沸かすこともありますが、リズム・セクションはチームワークが重要なので、チーム内での働きにこそ我々は注視すべきではないでしょうか。1:55からのベースとドラムだけになる箇所を聴けばわかるように、ドラムへのレスポンスが実に素晴らしい。我々の下半身をモヤモヤさせるのはドラムとベースの息のあったプレイに他なりません。ちょっとこっ恥ずかしいことを言いますが、ファンクは非常にファンクショナルな音楽なので、プレーヤー同士のギヤが噛み合っていないと成立しません。各々が歯車となり時計のクォーツのように精巧な働きをして初めてファンクになる。それが私の持論その2です。

残る演奏者はピアノのジョーイ・ドーシックとウーリッツァーのウッディー・ゴスで、白玉系のフレーズとオブリでソフトな質感を楽曲に与えています。「外はカリッと中はふんわり」のふんわり担当です。ウッディー・ゴスは控えめであまり目立たない印象もありますが、ヴルフペックファンのベーシストなら必ずコピーする「Dean Town」のベースラインを考えたのは他ならぬ彼であります。
「Fugue State」や「Smile Meditation」なども彼の作品で、個人的にはウッディーのファンです。

演奏は次第に熱を帯び、テンポも上がって盛り上がりを見せたのち、ジャックの「イェー」という掛け声をきっかけにキメが演奏されて終了となるわけですが、動画で見られるメンバーたちの嬉しそうな顔! つられてこちらまで笑顔になってしまうではありませんか。ヴルフペックは「みんなで演奏するのって楽しいね!」というなんだか照れくさくて抑圧しがちな感情を思い出させてくれる存在でもあります。同時に、みんなで演奏を楽しむと言ったって心得がなくてはどうにもならんという現実も示しているわけですが…。

今回、誰かに頼まれたわけでもありませんが、ヴルフペックとファンクが好きなあまり「VULFY」というタイトルのプレイリスト作成いたしました。彼らがカバーで取り上げた曲、インタビューなどで言及している曲、個人的にヴルフペック的なものを感じる曲などをファンクを中心に集めた3時間ほどのプレイリストになっております。こちらも併せてお楽しみいただけたら幸いです。


鳥居真道

ファンクはプレーヤー間のスリリングなやり取り? ヴルフペックを鳥居真道が解き明かす


1987年生まれ。「トリプルファイヤー」のギタリストで、バンドの多くの楽曲で作曲を手がける。バンドでの活動に加え、他アーティストのレコーディングやライブへの参加および楽曲提供、リミックス、選曲/DJ、音楽メディアへの寄稿、トークイベントへの出演も。Twitter : @mushitoka / @TRIPLE_FIRE

◾️バックナンバー

Vol.1「クルアンビンは米が美味しい定食屋!? トリプルファイヤー鳥居真道が語り尽くすリズムの妙」
Vol.2「高速道路のジャンクションのような構造、鳥居真道がファンクの金字塔を解き明かす」
Vol.3「細野晴臣「CHOO-CHOOガタゴト」はおっちゃんのリズム前哨戦? 鳥居真道が徹底分析」

<ライブ情報>

トリプルファイヤー
「アルティメットパーティー7-1」
2019年11月22日(金)渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:トリプルファイヤー(ワンマン)
時間:開場18:30/開演19:30

「アルティメットパーティー7-2」
2019年11月29日(金)渋谷 TSUTAYA O-nest
出演:トリプルファイヤー(ワンマン)
時間:開場18:30/開演19:30

前売(1日券)3500円(ドリンク代別)
チケット:7月21日(日)10:00より発売
ぴあ(Pコード:159-985)
ローチケ(Lコード:73830)
e+:https://eplus.jp/triplefire/
O-nest店頭

トリプルファイヤー公式tumblr
http://triplefirefirefire.tumblr.com
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